チャリング・クロス街84番地 書物を愛する人のための本 (中公文庫)

  • 中央公論新社 (1984年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784122011632

感想・レビュー・書評

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  • ニューヨークに住む脚本家のヘレーンと、ロンドンの古書店との20年間に及ぶ往復書簡集。
    ここまで文通で可能なのかと、驚くほどの深い感銘を与えてくれる。
    「書物を愛する人のための本」というサブタイトルそのままに、本への愛でいっぱいだ。そして人への愛もいっぱい。

    1949年10月5日。ヘレーンは新聞広告で見つけたロンドンの古書店・マークス社に手紙を書く。
    「一冊につき5ドルを超えないもので、汚れていない古書」を注文する内容で、中には欲しい書籍のリストを同封。
    同年10月25日、誠実で丁寧な返事が古書店のフランク・ドエルから届き、そこから20年間に渡る手紙の往復が始まっていく。
    その古書店の住所が「チャリング・クロス街84番地」なのだ。

    当初は「様」付けで書いていた手紙が、やがて「ヘレーン」「フランキー」と呼び合うようになり、店のスタッフからも手紙が届いたり、クリスマスや復活祭には贈り物をしあったり。
    刺繍入りのテーブルクロスを贈られたヘレーンが、製作者の高齢のご婦人宛にお礼の手紙を出し、またそのご婦人からも返信がある。
    その間、お互いにどれほど手紙を楽しみにしているかが語られている。
    20年間の最後の手紙は、古書店主の娘さんからヘレーンに宛てたものだ。
    その全てに、敬意をこめたユーモアと本への愛と、相手への思いやりがギュッと詰まっている。
    驚くのはこれが全て実話だということ。

    フランクの律義さと、それを軽く揶揄するようなヘレーンのユーモア(たまに皮肉)も面白い。
    こんな会話ができるとは、互いに稀有な相手と巡り合えたとも言えるかな。羨ましい。
    チャーチルやビートルズの話題も登場しナイロンのストッキングをヘレーンが贈るところなども時代を彷彿とさせる。

    小説嫌いのヘレーンが、注文する名作たちの何と面白そうなこと。新刊書や現代小説などの「消費するためだけの書物」への嫌悪感は、思わず共感だ。
    しかしヘレーンはTV番組の脚本を書いて生計をたてる身。その矛盾への小さな絶望もみてとれる。それで猶更、この古書店へと気持ちが傾いたとも思える。

    本を注文する時、届いたとき、読むとき、その時々の高揚感も伝わってくる。
    「私がどこか他のところで何かいい本を見つけたんじゃないかなんて、決して思わないでください。もうよそでは捜しっこないの」
    「(本が)私のところへ来たのが嬉しくてたまらないとあなたに伝えてくれって言ってます」
    嬉しくてたまらないのは、送る側も同じなのだということも。

    もしかしたらこの瞬間も、世界のどこかで書店主と本好きな読者との手紙が行き来しているのだろうか。
    およそ本を愛する者ならこうであってほしい、こうでなくてはと、何度も考えさせられる、素晴らしい出会いの書だった。
    訳者は江藤淳さん。亡くなったことをいまだに「諒」としていない私だが、その解説を載せてみよう。
    「(この本を)読む人々は、書物というものの本来あるべき姿を思い、真に書物を愛する人々がどのような人々であるかを思い、そういう人々の心が奏でた善意の音楽を聴くであろう。」
    これから読まれる方は、後日談までぜひ。

    • nejidonさん
      猫丸さん。
      Amazonを利用してないのにスパムが届くのですか!?
      どこかで誰かが引っかかるのを待っている不逞の輩がいるってことですね。...
      猫丸さん。
      Amazonを利用してないのにスパムが届くのですか!?
      どこかで誰かが引っかかるのを待っている不逞の輩がいるってことですね。
      私の元に届くのは日本語が変なので、お隣の国からだと思われます。
      気をつけましょうね、お互いに。。
      2020/09/20
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      nejidonさん
      開いたりされない方が無難かも、、、
      nejidonさん
      開いたりされない方が無難かも、、、
      2020/09/20
    • nejidonさん
      猫丸さん。
      はい、仰る通りです。
      co.jp になっていたので、つい油断しました。
      ファイルは開いてませんけどね、もちろん。
      以後気...
      猫丸さん。
      はい、仰る通りです。
      co.jp になっていたので、つい油断しました。
      ファイルは開いてませんけどね、もちろん。
      以後気を付けます!
      2020/09/20
  • 改訂版が出るらしいのですが、文庫版のあとがきで訳者の江藤淳が、後日談を加えない方が良い?みたいに書かれていたが、30数年経って心境に変化があったのだろうか?って故人ですが、、、

    それと、中央公論新社サイトとブクログでは書影が違う。

    チャリング・クロス街84番地|文庫|中央公論新社
    https://www.chuko.co.jp/bunko/1984/10/201163.html

  • 勢いよく始まって、だんだん間が空いて行くやり取りが悲しかった。どうしても何かと用事ができて、英国を訪れなかったヘレンさん。疎遠になってしまう人。いつか終わりがくる。映画を先に見ました。映画もよかった。ヘレンさんの語り口、好きだなあ。良い訳だなあと思います。

  • 古書好きなアメリカ人女性と、イギリスの古書店マークス社との間で交わされた、
    二十年に渡る往復書簡集。
    やりとりから垣間見える本への愛情とワクワク感。
    そして何より相手に対する信頼と思いやり。
    読み進めれば進めるほど登場する全ての人物に愛着が湧き、温かい気持ちになるのでした。

    以下、解説からの引用になりますが…
    『世の中が荒れ果て、悪意と敵意に占領され、
    人と人との間の信頼が軽んじられるような風潮がさかんな現代にあってこそ、
    このようなささやかな本の存在意義は大きいように思われる』
    …ほんとその通りだなと思います。

  • 往復書簡集。
    テレビドラマの脚本家ヘレーンと古書専門店の店員フランク、他にも二人の友人達との手紙のやりとりが収録されている。

    始まりは古書の注文の手紙。手紙の内容はどんどん親密になっていき、文面からは本への愛情と相手への思いやりが伝わってくる。
    素敵な本との出会いに喜ぶヘレーンの手紙を読んでいると、私まで嬉しくなってしまう。

    後半なかなか会いに行かないヘレーンにやきもきしたけれど、彼女が友人に宛てた手紙に書いた「たぶん行っても行かなくても同じことだという気がします」という言葉を読んで納得した。
    お金や仕事の問題で行けなかっただけではなくて、いつの間にか彼女は(もしかしたら彼女を待っている人達も)会いに行く必要性を感じなくなっていたんだ。
    会って話すこと以上に手紙から伝わることが大きいと感じたのではないかと思う。

    手紙をもらった時の嬉しさと、書いている時のワクワクした気持ちを思い出した。
    随分長いこと離れていたけど、この本を読んで手紙を書きたくなった。

    • 花鳥風月さん
      takanatsuさんこんにちは
      この本のこと知りませんでした! 何かとても素敵な雰囲気がしますね。表紙の色合いとかもなんだか惹かれる。。
      ...
      takanatsuさんこんにちは
      この本のこと知りませんでした! 何かとても素敵な雰囲気がしますね。表紙の色合いとかもなんだか惹かれる。。
      小川洋子さんの『博士の本棚』も最近気になって買ってみました。そのうち読んで感想を書きたいと思います。あと波平さんの本がとても気になる(笑) Amazonでは版切れのようでしたので、本屋では見つけられないかも?なんでしょうか。
      2012/01/17
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「手紙の内容はどんどん親密になっていき」
      メールで何でも簡単に済ませてしまっている昨今を思うと、手紙が往復する時間くらいのゆったりさがあった...
      「手紙の内容はどんどん親密になっていき」
      メールで何でも簡単に済ませてしまっている昨今を思うと、手紙が往復する時間くらいのゆったりさがあった方が良いのでしょうね。。。
      私が読んだ時とはカバー画が変わったみたい。もっと本の話って感じでした。
      2012/04/07
  • ニューヨークに住む作家ヘレーヌ・ハンフと、ロンドンの古書店Marks & Co. の店員フランクのあいだで交わされた、約20年に渡る往復書簡のお話で 実話です。
    さて、著者であるヘレーン宛の手紙が残っているのは当然として、ヘレーンが出した手紙については、本書執筆にあたり関係者各位から集めたものでしょうね。そのため、長めの時間的空白や時系列的に二三回のやり取りがすっ飛ばされているのは、当時の手紙が紛失したのでしょうか。
    やり取りされる内容は、もちろん古書の注文と配送がメインですが、筆者のユーモア溢れた文面のおかげか、次第に実名からニックネームへとやり取りが変化してゆきます。その間、物資不足のロンドン子へ何かとプレゼントするので、いつしか会社全員がヘレーンの文通相手に。20年の間に、様々な出来事が互いの身に起こったのが、手紙のやり取りでわかります。そして、いつかはロンドンへ行きたいというヘレーンの夢が日常のドタバタで叶えられない内に、当のフランクが1968年末に亡くなってしまいます。
    ちなみに、筆者は1997年に死去。合掌。

  • 200ページほどの文庫本を一気に読んでしまった後で、この往復書簡が20年以上にわたって行われていたことを知り、ちょっと驚いた。最初の手紙は1949年に書かれている。アメリカ在住の脚本家の女性が、イギリスの古書店に本を注文する手紙と、それに対する書店の返事。ヘレンの注文する本は、訳者の江藤淳によれば、「英文学のきわめつきの名作」ばかりで、「彼女の趣味は一流」だという。(英国の批評家クイラー・クーチの弟子なのだ。)今ならワンクリックで本が買え、古書も買うことができるのだが、本を買うことについて、これほどのやりとりが行われていたなんて、なんだか羨ましい。

    当時の英国はドイツに敗戦したばかりで、庶民は食糧や日常品を手に入れるのも大変だったようだ。そこで、こちらの要求に応え続けてくれるチャリング・クロス街84番池にあるこの古書店がすっかり気に入ったヘレンは、従業員たちの分まで、クリスマスのプレゼントなどに食糧や「ナイロンのストッキング」などを送るのだ。そしてある時、店主のフランクは、もうお互いを敬称で呼び合うのはやめましょうと提案する、ヘレンの申し入れを受け入れる。

    手紙はフランク以外の従業員からも届くようになる。ヘレンからのプレゼントのお礼として、80歳を超えたメリー・ポールドンの刺繍したテーブルクロスを送られた時は、ヘレンが感激して、彼女の住所と名前を聞いている。おそらく直接手紙を出して感激を伝えたのだろう。

    江藤淳氏は、ヘレンは「太平洋の彼方に顔を見たこともない友人を求めなければならないほど淋しいのだろうか。」「おそらくメリー・ポールドンいう老婦人とさして変わらない精神生活」を送っていたのではという。(彼女は独身だった)
    彼女が本を注文する時は短い間にやりとりがされていたが、20年の間、手紙はそれほど頻繁だったわけではない。私は彼女が始終そのような日常であったとは思えない。機知とユーモアの効いた手紙は、見知らぬ人たちだからこそ、発揮できたのかもしれないとさえ思う。中にはヘレンの友人がイギリスを訪ねた時、古書店に立ち寄ったことが書いてある手紙、ヘレンのアメリカの友人の手紙などが混じっているが、それに対する彼女の手紙は、ここに公開されていないのだ。
     
    この本の改訂増補版が2月に出る。それも読んでみたい。

  • ニューヨークに住む本好きの女性がロンドンの古書店に送った一通の手紙、そこから始まった20年に及ぶ手紙の行き来。
    ユーモアに溢れ素敵な本に出会えたことを心の底から喜び、残念な本と出会ってしまったことへの落胆も隠さずぶつけるヘレーンの筆に笑みがこぼれます。そして対する古書店のドエル氏のある種の真面目さと、へレーンのユーモアを受け取るユーモア性のある返信に心温まります。そこには本を通じて感じ得る信頼と友情があったのでしょう。ヘレーンは買い物制限のあったロンドンの友のために缶詰などを送り、ドエル氏は家族の様子を知らせクリスマスのカードを送ります。

    そして今回読んだこの本は、なんと前の持ち主によって線が引かれメモ書きが為されたいわゆる痕跡本だったのです。気になる箇所に線が引かれ、感想や調べたことが余白に記されていたのです。普段ならば本を読む時の邪魔にも思えるそれらの痕跡が、この本にいたっては知らぬ人との本を通じたやり取りにも思えたのです。そこが気になりましたか、そう感じましたかと、どこの誰かも知らぬ時間も空間も越えた相手とともに読むような面白さを味わいました。

  • ユーモア溢れる率直な物言いのアメリカ人作家と、真面目で仕事熱心なイギリス人古書店員。二人と、その周囲の人たちが実際に交わした書簡集です。本の注文と発送から始まり、感謝とお礼のやり取り、家族や近況報告などの私的な文通へと変化していく、その緩やかな変化に親しみと憧れを覚えます。期待以上の本が届く感動と喜びは自分の体験にそのまま当てはめることができるし、これだけ素直に感謝され思いやってもらえたら、この人のためなら何でもしたいって思う気持ちになるのもよくわかる。まるで自分が手紙のやり取りをしている誰かになっているかのような一体感を味わえます。数々のイギリスの名著はタイトルも知らなかったものが多く、大きな書店ではじめて足を踏み入れたコーナーにいる気分。ただ、ヘレーンもこの手紙のやり取りが夢の世界であることに気がついているように感じました。手紙では一切触れられない、現実で起こる問題に耐えるための逃避先でもあったのではないかと。何度もイギリスに行こうとしながらその度に頓挫してしまう、その無自覚な原因に、夢を夢として残しておこうという気持ちがなかったか。全くの想像ですが、そう考えるとラストにはなんとも言い表しがたい余韻が漂います。その後のヘレーンが気になりつつも、後書きにもある通り後日談のないものが読めて良かった。

  • 書簡のやりとりの妙が随所に見られる。
    江藤氏曰く、読書は消費とのこと。そうなのか。考えも及ばなかった。
    吉祥寺の本屋で見つけた本だが、図書館で借りて一通り読んでみて、手元に置いて読みなおしたい本だと思った。
    1949年に始まる最初の手紙から1969年のエピローグまで本の注文のやりとりはもちろんのこと、戦後のイギリスの日常の窮状が垣間見え、アメリカとは対照的で興味深い。
    なにより、手紙の書き手の心情が言葉の端々にみえるところは秀逸。読み手が想像しながら手紙を読む、という至極当たり前のようで今や失われつつと感じる行為に心が動かされた。

  • 最初の数ページを読んだだけですぐに引き込まれました。
    翻訳されている日本語の美しさ、ユーモアたっぷりの
    手紙のやりとりはたまらなく魅力的で、本当に良い本と
    出会えて良かったなぁと、読み終わったあとは、
    胸にジーンときました。

    書簡小説となっていますが、実話に基づいており、
    本当の手紙と同じ文面であることは疑いないので
    ほぼノンフィクション。
    ニューヨークに住む本好きの女性とロンドンの古書店の
    人々とのやりとりは、毎回こんな素敵な手紙を書いてみたい!
    と思わせるものばかり。
    どうしてこんなに楽しいのでしょう。

    それに書物の魅力とは中身だけではないことも
    教えてくれます。
    古書の匂い、表紙のデザインや手触り、
    紙の感触に至るまで、大切にされてきた古い本の魅力や
    美しさが伝わってきます。
    本の注文から派生して人との関わりが見えてくると
    いっそう手紙は面白くなっていきます。

    1950年代〜1960年代の話なのですが、
    第二次大戦後のイギリスでも食べ物は配給制だった
    という事実に驚かされました。
    主人公が古書店の人たちにハムや卵を送るという場面が
    たびたび出てきて、ニューヨークからロンドンに卵を送るの?と
    ちょっとびっくりします。
    乾燥卵というものがあるらしいのです。
    それを使ってお菓子を作ったと書いてあるのですが、
    一体どんなものなんでしょう?
    そんな当時の生活についても興味深い発見がちらほら。

    しかし何よりも、登場人物たちの、特に著者(主人公)の
    ヘレン・ハンフと実在した古書店マークス社の
    フランク・ドエル氏の飾らない人柄が本当に良くて、
    読んでいて幸せな気持ちになります。

    実はこの本は友人がずいぶん前に薦めてくれたものでした。
    ”これから読みたい本リスト”に加えてあったものの、
    なかなか本屋さんで見かけることはありませんでした。
    最近になって近所に雰囲気のよい古本屋ができましたので
    行ってみるとこの本に目が吸い寄せられました。
    初めて入った古本屋さんで買った本が
    『チャリング・クロス街84番地』だなんて
    少しばかり運命を感じてしまいます。
    そんなこともあり、ワクワク二倍増しだったかもしれません。

    それにしても、なんて豊かな気持ちにさせてくれる
    本だったことでしょう!

  • 手紙小説としてとても楽しめた。終わり方も、悲しいけれどシュッとまとまっていて。ヘレーンがフランクに会いに行かないところがまた良し。その気持ち分かる。

  • 本が大好きな人同士の文通は言葉が美しく、心地よく響きました。
    欲しいと思う本が手元に届き、開く時の気持ちはいつの時代も同じなんだなと思えた一冊。

  • イギリスの古書店マークス社とアメリカの本好き女性との往復書簡集。「書物を愛する人のための本」と題にあるように、本が好きな人の心を惹く内容。扱われる本に英文学が多く、自分も知っているものがけっこうあって楽しかった。名前しか知らないようなものも多かったけど。

    手紙だからそう思ったのかどうかはわからないが、翻訳ものに感じる文章のごつごつした感じをかなり直接に感じた。そしてそのことがどこかなつかしい感覚を自分の中から呼び起こす。この本の中にはよくヘレーンがマークス社に対して「送ってくれた本が違う」といって怒るところなどがある。その怒り方、文となって出てきた言葉はやはり日本語を使う私の感覚からはかなりずれたものの言い方のように感じる。欧米の人の怒り方の方が、もっと倫理的というか姿勢がしっかりとしていて(裏にキリスト教の雰囲気を感じ取っているのだろうか)昔から連綿と引き継がれてきたもの言い方、という感じがする。もっと小さい頃に外国の本を読んでいた頃に「外国の人は日本人と怒り方からして違うのだろうか」とぼんやりと思っていたことなどが思い出されてくる。この書物が書かれた土地の物理的な遠さまで、そんなところに感じているのかもしれない。この本の余白の多さが不思議と「外国で書かれたもの」一般に対する感想を引き起こした。

    二十年にわたってやりとりを続ける、というのはなかなかすごいことのように思えるし、今から五十年も前だから、このようなやりとりが可能だったのだろうか?などと思ったりもする。いろんな条件が揃わないと、こういったやりとりは続かない気もするし、だからこそこうして読まれるような貴重な本となったのだが、やはりこういったやりとりにあこがれてしまうのである。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「こういったやりとりにあこがれて」
      今はネットで探しますからねぇ~、タイムラグに郷愁に近いものを感じます。
      「送ってくれた本が違う」
      その件...
      「こういったやりとりにあこがれて」
      今はネットで探しますからねぇ~、タイムラグに郷愁に近いものを感じます。
      「送ってくれた本が違う」
      その件は全然覚えてない。読み返してみよう。
      2012/08/22
    • 花鳥風月さん
      本当にネットは便利ですね… ネットでの検索はやや生活に組み込まれている気がします。

      ただ、私の場合はAmazonとかで検索はしますけど、実...
      本当にネットは便利ですね… ネットでの検索はやや生活に組み込まれている気がします。

      ただ、私の場合はAmazonとかで検索はしますけど、実物は本屋まで行って見てみてから買います。一回だけネットで注文して本を買ったことがあるんですが(ちなみに笙野頼子さんの『説教師カニバットと百人の危ない美女』。一回だけだったので覚えている)あまりに手軽なので「これだと本屋に行かなくなりそう」と思ったのでそれ以来やってません。

      なんだかんだで本屋に行くのが楽しいもので…
      2012/08/25
  • 書物を愛する者たちとの心の交流を描いた友情録。

    この本は1人の女性と古書店店員との文通を記載した日記。
    本が好きな者同士で育まれた、客と従業員の枠を越えた友情の記録にも見受けられる。

    日記形式で読みやすく、また当時の時代背景がよくわかる文通内容。
    1人の女性はニューヨーク。古書店はイギリス。
    大陸を越えた20年の長い文通と、その中で本を愛する者だけが感じられる喜びと幸福を綴っている。

    淡々と綴られているような手紙でも、その中に細やかな喜びが混じっている。
    また女性が本を深く愛するあまりに描かれる描写が時にオーバーで面白い。

    この本ではたくさんの著名な本達が登場する。
    私はほとんど読んだことがない海外の作品ばかりだった。
    この本を手引きとして彼女が愛した古書を探して読んでみたい。
    私がまだまだ知らない本の世界があり奥深く羨望な眼差しを送ってしまう友情録だった。

  • 「ニューヨーク東95丁目14番地」から
    「ロンドン西中央2 チャリング・クロス街84番地」への
    最初の手紙は、1949年10月5日だった。

    新聞の広告で、マークス社が「絶版本を専門に扱っている」ことを知った
    ヘーレン・ハンフが、「今すぐにもほしい書籍のリスト」を
    送付したのだった。

    返信は10日後の10月25日。

    返信の署名は「古書専門店 マークス社 内 FPD」。

    ヘーレンが、「貧乏作家の古本好き」といったように
    最初から自分の内情を語るような少し砕けた手紙を送っているのに対し、
    FPDの返信は、最上級に丁寧だ。

    ヘーレンは、自分の注文に対応してくれている人が毎回同じ人であると
    気づくと、「マークス社御中」から「拝啓」へと宛名を変え、
    しかも、クリスマスだからとみんなにプレゼントまで贈る。

    そして、その後手紙は、FPDに宛てられることとなる。

    ヘーレンの手紙がますます砕けていくのに対し、
    「FPD」が、「フランク・ドエル」と署名するまでには
    2ヶ月の月日を要した。

    ヘーレンは、本が早く来れば、「スピード・アップさん」、
    本が遅ければ、「モノグサメ」などと宛名にも遊び心があるが、
    フランク・ドエルはずっと「ハンフ様」。

    フランク・ドエルの手紙は、職場に写しを残していた手紙だから
    というのもあるのだけれど、なかなかくだけてはいかない。

    ヘーレンの手紙とは、ずっと違うトーンを貫いている。

    だが、冷たさは感じない。

    彼の、古書そのものと店の蔵書、
    自らの仕事に対する静かな愛情がそこにはある。

    そして、仕事として手紙を書きながらも、
    ヘーレンからの手紙を心から楽しんでいることが感じられるのだ。

    手紙は、本の注文がないときや本が入荷しないときは
    途切れるので不規則ではあるが、
    本を通した両者のつながりは、細く長く続いていく。

    宛名がついに「へーレン」になったのは、2年以上後のこと。

    「ハンフより(ヘーレンは友人に対してだけ使います)」と
    ヘーレンが署名をしたから。

    ヘーレンには古書店のほかの店員も手紙を書いていたり、
    ヘーレンからは、当時の配給制だった英国ではなかなか手に入りづらい
    肉やストッキングや卵を送っていたり、
    英国からヘーレンへ手作りのクリスマスプレゼントが届いたりと、
    彼らのつながりは、古書店員と顧客の関係を超えていく。

    ところが、彼らは互いに会うことを切望していながら、
    どうしてもそれがなかなか実現しない。

    ヘーレンが渡英するためのお金をためていると、
    住んでいるアパートが取り壊しになり、
    ためていたお金は引越し費用にしなければならなくなったり、
    歯が悪くなり、治療をしなければならなくなったりといった具合だ。

    この往復書簡は、いつもとは異なる不思議な、
    距離感覚、時間感覚、読書感覚を呼び覚ます。

    ヘーレンの心の距離感では、歩いていける本屋よりも
    チャリング・クロス街の方が近いのだ。

    だが、物理的な距離に加えて条件が合わないという意味では、
    チャリング・クロス街はあまりに遠い。

    本を頼んでから届くまでの時間間隔も全く違う。

    2年以上も前に頼んだ本が手に入ったからと送られてくるのだ。

    また、本自体も、大量生産されているようなタイプの本ではなくて、
    その1冊1冊が代わりがなくて貴重なものばかり。

    へーレンは、図書館ですでに借りて自分で読んで
    心底気に入った本を買い求める主義。

    前の持ち主がその本に残した痕跡-何度も読んだところが
    勝手に開いてしまうような癖や余白の落書き-が大好きなのだ。

    もちろん、数少ない気に入った本を大切に何度も読み返して味わう。

    私は、タドキストだし、本に人の痕跡は要らないと思う
    (どこが気に入るかは私が決めるのだ!)し、
    趣味としての読書だけでなく情報としての読書もしているから
    少ないお気に入り本だけでは満足しないし、
    欲しいときにすぐ来ないと困ると思うし、再読する本は数少ない。

    ほぼすべてにおいて彼女と私は異なるけれど、
    本に対する愛情表現が異なるだけで、本が好きなことはもちろんだし、
    文章に気持ちをめいっぱい載せることが好きなことは大きく一致した。

    そして、物の交換だけでなく、
    心の交流も求めている存在であることも同じだと思った。

    私が書いているのは、ほとんどが「電子メール」であって
    「手紙」ではないかもしれないけれど、
    そういうところを超えて、
    お手紙って、テキストでの自己表現の交換って素敵かも、
    と思わせてくれた。

    ブログ書きの私は、ブログに書かれているテキストは
    思う以上に自分を表現していて、
    この書評だって、書評の顔して自分語りをしていて、
    そこからどうしようもなく逃れられないのだと自覚もしている。

    リアルで会わなければ分からないことも確かに多いが、
    それでも、
    テキストの情報量が動画のそれを越えてしまう事だってあるはずだ。

    ヘーレンとフランクは、本を通して確かにつながっていて、
    ある意味で、誰よりも側にいたのだと思った。「ニューヨーク東95丁目14番地」から
    「ロンドン西中央2 チャリング・クロス街84番地」への
    最初の手紙は、1949年10月5日だった。

    新聞の広告で、マークス社が「絶版本を専門に扱っている」ことを知った
    ヘーレン・ハンフが、「今すぐにもほしい書籍のリスト」を
    送付したのだった。

    返信は10日後の10月25日。

    返信の署名は「古書専門店 マークス社 内 FPD」。

    ヘーレンが、「貧乏作家の古本好き」といったように
    最初から自分の内情を語るような少し砕けた手紙を送っているのに対し、
    FPDの返信は、最上級に丁寧だ。

    ヘーレンは、自分の注文に対応してくれている人が毎回同じ人であると
    気づくと、「マークス社御中」から「拝啓」へと宛名を変え、
    しかも、クリスマスだからとみんなにプレゼントまで贈る。

    そして、その後手紙は、FPDに宛てられることとなる。

    ヘーレンの手紙がますます砕けていくのに対し、
    「FPD」が、「フランク・ドエル」と署名するまでには
    2ヶ月の月日を要した。

    ヘーレンは、本が早く来れば、「スピード・アップさん」、
    本が遅ければ、「モノグサメ」などと宛名にも遊び心があるが、
    フランク・ドエルはずっと「ハンフ様」。

    フランク・ドエルの手紙は、職場に写しを残していた手紙だから
    というのもあるのだけれど、なかなかくだけてはいかない。

    ヘーレンの手紙とは、ずっと違うトーンを貫いている。

    だが、冷たさは感じない。

    彼の、古書そのものと店の蔵書、
    自らの仕事に対する静かな愛情がそこにはある。

    そして、仕事として手紙を書きながらも、
    ヘーレンからの手紙を心から楽しんでいることが感じられるのだ。

    手紙は、本の注文がないときや本が入荷しないときは
    途切れるので不規則ではあるが、
    本を通した両者のつながりは、細く長く続いていく。

    宛名がついに「へーレン」になったのは、2年以上後のこと。

    「ハンフより(ヘーレンは友人に対してだけ使います)」と
    ヘーレンが署名をしたから。

    ヘーレンには古書店のほかの店員も手紙を書いていたり、
    ヘーレンからは、当時の配給制だった英国ではなかなか手に入りづらい
    肉やストッキングや卵を送っていたり、
    英国からヘーレンへ手作りのクリスマスプレゼントが届いたりと、
    彼らのつながりは、古書店員と顧客の関係を超えていく。

    ところが、彼らは互いに会うことを切望していながら、
    どうしてもそれがなかなか実現しない。

    ヘーレンが渡英するためのお金をためていると、
    住んでいるアパートが取り壊しになり、
    ためていたお金は引越し費用にしなければならなくなったり、
    歯が悪くなり、治療をしなければならなくなったりといった具合だ。

    この往復書簡は、いつもとは異なる不思議な、
    距離感覚、時間感覚、読書感覚を呼び覚ます。

    ヘーレンの心の距離感では、歩いていける本屋よりも
    チャリング・クロス街の方が近いのだ。

    だが、物理的な距離に加えて条件が合わないという意味では、
    チャリング・クロス街はあまりに遠い。

    本を頼んでから届くまでの時間間隔も全く違う。

    2年以上も前に頼んだ本が手に入ったからと送られてくるのだ。

    また、本自体も、大量生産されているようなタイプの本ではなくて、
    その1冊1冊が代わりがなくて貴重なものばかり。

    へーレンは、図書館ですでに借りて自分で読んで
    心底気に入った本を買い求める主義。

    前の持ち主がその本に残した痕跡-何度も読んだところが
    勝手に開いてしまうような癖や余白の落書き-が大好きなのだ。

    もちろん、数少ない気に入った本を大切に何度も読み返して味わう。

    私は、タドキストだし、本に人の痕跡は要らないと思う
    (どこが気に入るかは私が決めるのだ!)し、
    趣味としての読書だけでなく情報としての読書もしているから
    少ないお気に入り本だけでは満足しないし、
    欲しいときにすぐ来ないと困ると思うし、再読する本は数少ない。

    ほぼすべてにおいて彼女と私は異なるけれど、
    本に対する愛情表現が異なるだけで、本が好きなことはもちろんだし、
    文章に気持ちをめいっぱい載せることが好きなことは大きく一致した。

    そして、物の交換だけでなく、
    心の交流も求めている存在であることも同じだと思った。

    私が書いているのは、ほとんどが「電子メール」であって
    「手紙」ではないかもしれないけれど、
    そういうところを超えて、
    お手紙って、テキストでの自己表現の交換って素敵かも、
    と思わせてくれた。

    ブログ書きの私は、ブログに書かれているテキストは
    思う以上に自分を表現していて、
    この書評だって、書評の顔して自分語りをしていて、
    そこからどうしようもなく逃れられないのだと自覚もしている。

    リアルで会わなければ分からないことも確かに多いが、
    それでも、
    テキストの情報量が動画のそれを越えてしまう事だってあるはずだ。

    ヘーレンとフランクは、本を通して確かにつながっていて、
    ある意味で、誰よりも側にいたのだと思った。

  • 愛書家と古書店との書簡 手紙の往復
    会ったことのない人、自分を知らない人に手紙を書きたくなった

  • もう何度読んだかわからないけど。
    ドラマチックな出来事は何一つ起こらないけど。
    人と人の関係性というものに私は惹かれるのだ、と改めて思わされる。

  • リチャード・ラムのエリア随筆、ベオウルフ、ヴァージニア・ウルフの一般読書人、ジェイムズ・ジョイスのユリシーズ、チョーサーのカンタベリー物語、などなど、後回しだったり休憩だったりしてた数々思い出させてくれた。

  • 某書店の「本にまつわる物語」と題された特設棚で手にした一冊。
    1949年から20年に渡って、米国ニューヨークに住む読書家の女性と英国ロンドンの古書店の担当者との間で実際に交わされた書簡。ユーモアたっぷりに敢えて高飛車な文章を綴る読書家に対して、あくまでも生真面目に対応する古書店員。本に対する愛情がたっぷりなやり取りが絶妙で、あたたかい。
    会うことがなくても、ここまで心を通い合わせることができるのも、本が持つ魅力の成せる業。そう感じるのは、決してstay homeが叫ばれている昨今の事情だけが理由なのではない。

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著者プロフィール

江藤 淳(えとう・じゅん):文芸評論家。昭和7年12月‐平成11年7月。昭和31年、「夏目漱石」で評論家デビュー。32年、慶應大学文学部卒。37年、ロックフェラー財団研究員と してプリンストン大学留学。東工大教授、慶大教授などを歴任した。新潮社文学賞、菊池寛賞、日本芸術院賞、野間文芸賞など受賞多数。

「2024年 『なつかしい本の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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