榎本武揚 (中公文庫 あ 18-3)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (355ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122016842

感想・レビュー・書評

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  • 毎年4~5月くらいになると幕末ものを読みたくなるのだけれど(命日が多いせい)今年はこれを土方さんの命日(5月11日)あたりから再読。安部公房にしては珍しく、歴史上の人物がタイトルになっていますが、もちろん中身は単純な伝記などではなく複雑で重層的な構成。史実をふんだんにまじえつつ、トリッキーで得体のしれない榎本武揚像を描き出しています。

    出だしはドキュメンタリー風。語り手の「私」(著者自身の実話っぽくも読めるところがミソ、たぶんフィクションだろうけど)は、かつて北海道の厚岸(あっけし)で泊まった福地屋旅館の主人・福地氏から、明治2~3年頃に300人ほどの脱走兵が榎本武揚の示唆を受けて蝦夷地に共和国を作ろうと行方をくらましたという伝説を聞かされる。

    「私」は、この伝説自体は興味深いものとして聞くが、福地氏の榎本武揚への異様な思い入れには辟易する。実はこの福地氏、大東亜戦争時代に憲兵だった過去があり、当時職務に忠実なあまり義弟(妹の夫)を逮捕し処刑に追い込んだことについて現在も葛藤しており、幕臣でありながら明治政府に仕えた変節漢と批判される榎本武揚に自分を重ねあわせているらしい。

    数年後、この福地氏から「私」あてにある史料が届く。それは元新選組隊士の浅井十三郎という人物(もちろん架空)が記した「五人組結成の顛末」というもので、これを偶然発見し内容を知った福地氏は、それまで心の拠り所にしていた榎本武揚を信頼できなくなってしまったという。この本の半分は、この「五人組結成の顛末」の内容であり、あとはそれについての福地氏の想いと「私」の註釈となる。

    さてこの「五人組結成の顛末」について。浅井十三郎は元は薬の行商人、ひょんなことで土方歳三と出会い、新選組に加入することに。時期的にはすでに京都新選組は空中分解しており、相次ぐ敗戦、近藤勇の投降後、土方が残りの隊士を連れて会津方面に向かおうとしている頃。土方に心酔するようになった浅井は彼とともに各地を転戦していくが、旧幕府陸軍を率いた大鳥圭介、そして旧幕府海軍を率いていた榎本武揚の不審な行動に疑問を抱くようになる。

    大鳥・榎本は、わざと旧幕府軍が不利になるような行動を常にしており、それに気づいている土方を邪魔者にしているのではないか。常にその疑惑を持ちながら浅井は従軍し、そしてついに運命の5月11日、土方は戦死し、榎本は新政府軍に降伏する。

    浅井は榎本許すまじの一念で、榎本が収容されている東京の辰の口の牢屋に自分もわざと逮捕され入牢する。しかし榎本とは別の房になってしまった。辰の口の牢屋には5つの房があり、基本的に同一の犯罪で捕まった仲間同士は別の房に振り分けられる。これに気づいた浅井は、出獄後、4人の同志を募り、5人揃って逮捕されることで誰か一人は必ず榎本と同じ房に入れられる、その者が榎本を暗殺する、という計画を立てる。つまりこれが史料の表題にある「五人組」。そしてついにそれを実行するが、榎本にバレて計画は失敗に終わる。

    この史料内容により、福地氏は、榎本はやはりただの変節漢であった、と失望し失踪。福地氏は、自分が処刑に追い込んだ義弟の息子を自分の養子にしており、いつか自分の口から事実を伝えねば、と思っていたが、憲兵として時代に忠誠を誓った自分の行動が、時代が変わったことで非難の的となったことに自分なりに納得のいく言い訳をみつけたがっていた。榎本の中にその救済をみつけたかったのだが、それは失敗に終わったというところだろうか。

    幕末オタク的には、とても面白く読んだ。大鳥圭介ポンコツ説はある意味史実だし(失敬)、榎本が新政府におもねって「八百長戦争」をしたという見方も、とくに今は新しくはない。フィクションの世界では、土方や伊庭八のような徹底抗戦派は味方から撃たれたという説を唱えているものものも多数あるし、存命中から福沢諭吉が榎本を変節漢と批判したのも、親玉のはずの勝海舟までも榎本を嫌っていたのも事実。

    とはいえ本書で安部公房は榎本を、本当にただの変節漢として描いているかといえばけしてそうではない。榎本には榎本で、幕府だの新政府だのに拘らない、もっと広い目線での志があったかのように思える部分もしっかり書き込まれており、榎本がいったい何に「忠誠」を誓っていたのか、考えさせられる仕組みになっている。見る角度によって、榎本の評価は180度変わるところが面白い。

    史料の中の会話が部分的に戯曲風になっているのだけれど、のちに演劇好きの安部公房自身が本書を戯曲化もしている。

  • 幕府の命令でオランダへ留学していた榎本武揚
    帰ってみたら浦島太郎だった
    なにしろ当時、薩長同盟に押されてガタガタの幕府は
    大政奉還まで要求されているありさま
    しかし榎本は、オランダから持ち帰った軍艦「開陽丸」とともに
    助っ人として幕府軍へと参加した

    ところでこの小説「榎本武揚」だが
    タイトルからして歴史・伝記の内容を想像させるのだけど
    実態は必ずしもそうでない
    「箱男」の手法を用いた、一種の伝奇小説と考えるのが
    近いように感じられる

    維新の成った後
    新選組の生き残り浅井十三郎は、榎本武揚の命をつけ狙っていた
    榎本こそ、大鳥圭介と示し合わせて新政府のスパイとなった賊であり
    幕府軍を攪乱し、疲弊させて敗北へ導いた張本人である
    という、確証を持っていたからだ
    土方歳三には討ち死にさせておいて、連中だけのうのうと生きている
    つまりは不忠義の裏切者
    それどころか戊辰戦争そのものが
    敵に通じた彼らの手引きによる八百長の戦であったと
    かたく信じていた

    しかしそれほど忠義にこだわるならば
    土方がそうしたように、黙って殉死の道を取るべきではなかったか
    第二次大戦中、義理の弟を見殺しにしたことで
    罪の意識に苛まれる元・憲兵の福地は
    榎本武揚の「裏切り」の真相を解明し
    まことの忠節を証明することが、自らの慰撫に繋がると信じて
    その研究に没頭した
    けれども何を発見したのか
    結局すべて放棄して何処かへ失踪する
    「汚名に甘んじる勇気もない者に、忠義をもてあそぶ資格はない」

  • よく「迷路」に例えられる、安部公房の小説世界だが、それは作者に対してとても親切な見方で、私は「迷路のように見せかけた一本道」という気がしている。

    現代は、それこそ「安部公房的思考」を通過し、統一的な価値観などという幻想の前には、メタ的なフィルターが1枚噛む。共同幻想自体がすでに散漫だから、安部公房の描く世界にノスタルジーを感じるところもある。

    本作は、過去に憲兵の職務に忠実だった男が、自分の「忠誠」の意味を問う日々の中で、「変節者」榎本武揚の特殊な忠節に答えを得ようとする物語。

    「忠誠とは一つの時代に支払った、身分保証の代金である」

    読後の感想としては、本作も一本道という印象は残る。
    正直なところ、物足りない。

  • 新撰組や榎本の心情や駆け引きは面白いけど、安部公房を期待してたから少しものたらず。作品自体は良い。

  • 新選組残党の涙ぐましい姿、本人たちは真面目なんだろうが、笑ってしまう。

  • いわゆる歴史小説とは言い難い小説
    安部公房らしい虚構?も満載されている
    以前からいくつかの齟齬・矛盾を感じる明治維新の、やはり不条理な部分を取り上げている手腕が素晴らしい
    どちらかというと榎本に批判的なトーンが大半だが
    時代の抱えた数々の亀裂を描き出している
    欧米の多くの国は王制からは共和制に振り切れた?が
    日本は独特の流れになっている そういう曖昧性?が日本の特性かもしれない

  • 明治維新後、函館でろう城した徳川幕府残党の真の狙いを問う話である。(HPの日記より)
    土方歳三が登場するため読んだ。
    ※2004.3.29購入、旧版の船の表紙
     2005.12.9読了
     売却済み

  • 安部公房 「 榎本武揚 」

    榎本武揚の史伝というより、榎本武揚の近代国家への道標という感じ


    著者は 榎本武揚を賛美しているわけではないが、侍による戦争国家より、榎本武揚の目指す近代国家の方がまし という論調に読める


    タイトルに反して、土方歳三ら侍たちのシーンの方が多いが、著者の目線は 異端者たる榎本武揚を捉えていて、「異端者が世界を変える」という著者の文学的テーマは一貫している


    名言「士道とは節。節を全うするのは至難の業。されど節を捨てるのは、さらに至難の道」


    榎本武揚と土方歳三のやりとりシーンは面白い。
    *五稜郭を捨てることは、函館を捨てること。函館を捨てることは、諸外国に認めさせた我々の権益を放棄すること
    *政権を相手に認めさせるには、何と言っても 経済力
    *時代が変わってしまった〜侍だって ただ戦争の稽古をしているだけで、飯が食える時代でなくなった


    勝海舟は、世間が勤王か佐幕かと騒いでいるときに、そのどちらでもない立場があることを〜見通し実行した


  • 久しぶりに読む。面白い。安部公房氏が歴史物を書いている意外さに興味を持ち購入、読むが外れではなかった。厚岸に伝わる伝説を中心に添えそれからの時代の忠誠などへ拡がる展開は面白い。榎本武揚は裏切り者か大極を見定めたの大人物か。榎本武揚の飄々とした生き方はなにものにも縛られず清々しく感じるられる。
    新型ころウィルスのより図書館が閉館の憂き目に遭い、仕方がなく身近にある我が本棚からひっぱり出して読んでみたが、再読した価値が充分にある作品であった。

  • 史実はともあれ、敗者とはどうあるべきか、時代に対するケジメとは何か、明治維新を通してこの小説執筆時の現代的課題であった敗戦について考えさせる小説。

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著者プロフィール

安部公房
大正十三(一九二四)年、東京に生まれる。少年期を旧満州の奉天(現在の藩陽)で過ごす。昭和二十三(一九四八)年、東京大学医学部卒業。同二十六年『壁』で芥川賞受賞。『砂の女』で読売文学賞、戯曲『友達』で谷崎賞受賞。その他の主著に『燃えつきた地図』『内なる辺境』『箱男』『方舟さくら丸』など。平成五(一九九三)年没。

「2019年 『内なる辺境/都市への回路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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