夏の朝の成層圏 (中公文庫 い 3-2)

著者 :
  • 中央公論新社
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感想 : 68
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  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122017122

感想・レビュー・書評

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  • 臨場感があって自分も漂流しているような気分になった。星や宇宙や内蔵の話をミランダとしてるシーンが好き

  • 何度目かの再読。
    20代前半、図書館で背表紙を見て思わず手に取った。
    南の島、土着の人の生活・文化に対するリスペクト、精霊たち、便利さの皮をかぶった資本主義の流入に対する抗えなさ。「マシアス・ギリの失脚」などのちの著作へ脈々と続いていく。
    細かいところは忘れていたので、再読でも楽しめた。

  • うわー!池澤さん最高だな。
    彼とともに、私は漂着して、少しだけ自然に浸る生活を味わった。

  • 新聞記者のヤスシ・キムラは、遠洋マグロ漁についてのレポート企画の準備をしているとき、誤って船から落ちてしまい、無人島に流れ着きます。彼は、自分が漂着した島を「アサ島」と名づけ、ヤシの実やバナナを食料に現代のロビンソン・クルーソーのような生活を送ります。しかし、周辺の島の探索をはじめた彼は、「ユウ島」と名づけた島に一件の家が建てられているのを発見します。そして、その家にアメリカ人の映画俳優であるマイロン・キューナードがやってきて、二人は出会うことになります。

    彼は、文明社会へつながる導線を保ったままで島の暮らしをたのしむマイロンに、ときおり説明のできない反発をおぼえます。マイロンは、そんな彼の態度にロマン主義的な心情を見てとり、そのことを指摘しますが、彼にとってより大きな問題だったのは、マイロンに出会ったことでみずからの心情に説明がつけられてしまうことに対する疑いでした。やがてマイロンは島を出ることになりますが、彼はまだしばらく島に滞在すると告げ、自分自身の体験を記すことを決意します。

    南洋での彼の生活は、文明と自然を対照する視座そのものを包むようなスケールを示し、彼はそれを前にして説明することばをうばわれながらも、表現を通じてその自然を包み返す試みへとつながるプロセスがえがかれているように感じました。

  • 文章がかなり好み。常夏の島の景色や、音や温度が脳裏によぎり、そこに自分も行ったように感じる。大変魅力的な文章。
    彼のように全てを捨ててしまいたくなること、時々あるから、共感しながら読んだ。

  • ぼくが彼となり、そしてぼくに戻っていく物語といえばいいのでしょうか。
    漂着した島で自然と一体化していく彼。今日1日を生きていくために魚を釣り貝を拾い、火を起こす・・・次第に過去の生活に戻ることを躊躇いはじめます。
    彼は島の精霊たちの声を聞きます。そして精霊たちの喜びは、決して彼ひとりがこの島で生きていくことを見守ることではないと分かります。
    子どもの声が聞きたい。赤子の泣く声が聞きたい。若い女の悲鳴、年増のよがる声、老人のつぶやき、若衆の声、犬の声。聞きたい。聞きたい。それが精霊の熱望する喜び。どうして誰もいなくなったのだ。そんな精霊の声に彼は答える術がありません。男が女と結ばれて子どもが生まれる。反対に老人がその生涯を終えると島の精霊となります。たったひとりぼっちの漂流者である彼にはそれは叶えられません。
    もといた文明の世界からやってきたマイロンたちと島の間に落ち着かなく漂うもの、それが彼なのです。
    そして彼は「書く」ことによってぼくへと戻り文明社会へと帰っていきます。
    忘れたくない夢も目が覚めると忘れてしまっていて。でも、楽しかったことだけは覚えてるんだけど・・・後ろ髪ひかれながらも新しい朝を迎える、そんな気持ちにさせられました。
    最後に人はひとりでは生きられないと思いました。それは物質的なことではなく精神的なもののことなんだけど。人は人と触れ合い語り合い、そこから自分の心の内がみえてくるのだろうと思いました。ひとりでは精神が孤島化してしまう。そこから救い出してくれるものはやっぱり人なんですね。

  • 大好きな大好きな池澤夏樹の処女作。南の島、自然と文明、個と全体、理系的な要素と紛れも無い文学性に溢れた文章、彼の作品を彩るエッセンスが剥き出しにぎゅっと詰まってる。その後の小説においてこれらの要素は洗練され、発展していくわけですが、ああここが原点だったんだなあ、って思ってしまって感慨深い。一文一文が染み渡るように、大事に読みました。わたしにとってたいせつな問題を捉えているのも、その問題に対するアプローチ方法も、物語に落とし込むスキルとそれを彩る文章の芸術性も、ぜんぶもっているのはけっきょくのところ、純文学なのかなあ、わかんないけど、池澤夏樹の文学がわたしは本当に好きです。個人として生きていくことを突き詰めて、突き詰めてしまうと、全体性に繋がっていく、そういうのを超えてどこへ行くのかなあっていうのをわたしはけっこう池澤夏樹に求めている気がする。うつくしい文章、澄み渡る空気、感覚的なものも含めて、ああすきだなあ、

  • すごいすごい、素晴らしい。

    無人島に漂着して、生命を維持することが目的の生活を送る。
    その愉悦と現実に戻らないことへの背徳感。

    想像力で人はここまでのものが書けるんだなあ。
    本当にこの作家さんは素晴らしい。
    世界と人間を手のひらにのせて、見せてくれる。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「世界と人間を手のひらにのせて」
      池澤夏樹を読むと、先ず生真面目さに、襟を正す気分になるのですが、チョッと突き抜けたと言うか、え!と思わせる...
      「世界と人間を手のひらにのせて」
      池澤夏樹を読むと、先ず生真面目さに、襟を正す気分になるのですが、チョッと突き抜けたと言うか、え!と思わせるところが凄い。
      2013/08/02
  • とても美しいタイトル。こういう言葉の使い方は、とても好きだ。
    『スティル・ライフ』の次に読んだ池澤作品。
    『スティル・ライフ』で池澤作品の世界観に触れ、そこから興味をもってこの本にたどり着いた。
    美しいタイトルと、文庫本の装丁(真っ青なバックに、黄色いインクで無造作に点が打たれている、抽象的な絵)に惹かれて購入した。

    使われている言の葉は、繊細で美しい。ただ、デビュー作ということもあって、その言葉の扱い方にどことなく微かにぎこちなさを感じる(ように個人的には思った)。
    そのせいか、前半は無人島に漂着したたった一人の男の(あえて三人称表記ではあるが)独白形式なので、なかなか読み進められなかった。
    ただ、中盤で彼がもう一人の男と出会ってから、つまり彼が文明との繋がりを徐々に取り戻してゆくところから、だんだんと話が面白くなってきた。

    前半は読み進めるのに少々難儀したとはいえ、彼の「孤絶の生活への無意識の願望」には、個人的に共感を感じている。
    彼が恐怖と混乱の中で夜の海を漂い、無人島に漂着し、時刻の感覚を失い、食べ物を探し、椰子の繊維を剥く過程を読みながら、自分も追体験しているような気持ちになっていた。



    なお、以下は本筋ではないが、読んでいて印象に残った箇所がある。

    1つは、p12の、言葉の限界について述べられた部分だ。

    (引用)
    「夕焼けがないところでは言葉で夕焼けを作ることもできよう。死んだもののことは言葉で語るほかない。しかしこの瞬間に目前にある物を捕える力は言葉にはない。記述や描写や表現は、過去の事物と、遠方と、死者を語るためのものだ。言葉の積木をいくら積んでも、この世界は作れない。」

    この部分は、『二十億光年の孤独』の解説に書かれていた、谷川俊太郎氏の詩観によく似ていると感じた。
    いずれも言葉を紡ぐことを生業としている人間が、言葉の限界について同じように感じている、ということが興味深い。
    限界があるからこそ、限りのある中でいかに表現するか、言葉の紡ぎ方に細心の注意を払うのだろう。
    煌めくような美しい言葉たちが、繊細で(しかしピンと芯のある)透明な糸で紡がれている、そんな文章が、私は好きだ。
    本書のタイトル「夏の朝の成層圏」をとても美しいと感じるのも、そういうキラキラしたものを感じるからだ。



    もう1つは、『スティル・ライフ』を読んだ時にも感じた、理系的な感性を感じる部分だ。

    (引用)
    p73「彼は(中略)この建物の角ごとの精密な直角、壁の平面の仕上げ、左の方に二つ並んだ同じ大きさの窓の完全な合同などを感心してながめた。こんな平板な白さはこの島にはない。椰子の木も砂浜も彼自身の身体もこのように平面や直角からはできていない。この島にはあの二つの窓のようにまったく同じ形のものは絶対にない。二枚の葉も二個の貝も同じ形ではない。内側から生成してくるものは決して同じ形にはならない。外側から機械によって削りこまれ、形づくられるものだけが、まったく合同という、自然にない形をとるのだ。」

    こういう物事のとらえ方は、理系の素養をもった著者の作品ならではのように思う。
    また、この部分は、なんとなく福岡伸一先生の『生物と無生物のあいだ』を連想させる。



    こうして、今まで出会ってきた別の作家の別の作品との繋がりを感じるところも、読書の面白いところだなと思う。


    レビューブログ
    https://preciousdays20xx.blog.fc2.com/blog-entry-529.html

  • 静謐で美しい文章でした。

    夏の涼風を感じられ、読んでいてとても心地よかったです。

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著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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