醒めた炎―木戸孝允〈1〉 (中公文庫)

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  • 中央公論社
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  • Amazon.co.jp ・本 (547ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122017382

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  • 【醒めた炎 木戸孝允 (一) 】
    村松剛著、中央公論社、1990年

    明治維新というのは、とても難しい。

    1853年のペリー来航から尊皇攘夷が始まり、次第に公武合体が叫ばれ、そのうち倒幕運動に至り、1867年の五ヶ条の御誓文と王政復古により1868年に明治政府が誕生する。

    この間、わずか15年。
    その間、政策がいったりきたりし、プレーヤーも誕生したり、去っていったりと目まぐるしい。

    しかし、一貫して真ん中に居続けたのが、維新の三傑の中でも木戸孝允(桂小五郎)だろう。

    長州藩のエリートとして期待され、最後までやりきった。

    本書の著者は仏文学者。

    なぜこのバックグラウンドを持った人が木戸孝允を書こうとしているのか、まだ、一巻目では背景はわからないが、きっと最終巻のあとがきにあるにちがいなくそこまでの楽しみとしたい。

    海外の文献にも丁寧にあたっているので、日本へ開国を迫る欧米列強の内部事情が詳しく調べられている。

    ペリー以前の各国の交渉人は非常に丁寧に日本人と接したばかりに、徳川幕府はなめてかかり不成立。

    その失敗を分析して挑んだペリーは、超強硬手段で相手のことなど構わず押し込んでみたら、日米修交通商条約に至る。

    なんだか、ここのところの国際情勢などが彷彿とさせられる。

    本書を読んで気がついたのは、「征夷大将軍」と「攘夷」は同じ「夷」の字があるということだ。

    つまり、武士の棟梁とは「夷を征する」役職を朝廷から頂いているのに、欧米列強という「夷」を征さないなら徳川幕府は無用ではないか、という思いが孝明天皇や公家たちに、あったのであろう。

    一方、幕府は隣国の清が1840年のアヘン戦争でイギリス、フランスに負けたことによりどんどん植民地化されていく様を知っていたので、国力がつくまでは戦ってはいけないことを知っていた。

    結果的には、封建制度の幕藩体制から近代国家に代わり、日本はアジアで唯一の地位を占めることになる。

    今年はその明治維新から150年。

    また、トランスフォーメーションとしての維新が必要なのではないか、と教育の現場にいると強く思う。

    明治維新、戦後と日本が大きく変わった時は何がどうあったのかをもう一度頭で整理しながら丁寧に学んでおきたい。

    そうそう、松下村塾門下生は、自分のことを「僕」と呼んでいたそうだ。

    僕も大学生くらいから、「僕」を使い始めたことを思い出した。

    いまでも、僕は「僕」だ。

    #優読書

  • (2015.07.01読了)(1990.08.21購入)
    副題「木戸孝允」
    最初、日本経済新聞の日曜版に連載されました。その後、1987年に中央公論社から上・下二巻の単行本として刊行され、1990年に四巻の文庫版になりました。
    「花燃ゆ」関連で、「世に棲む日日」司馬遼太郎著、全四巻を読んだついでに、長州藩関連で、この本に取り掛かりました。一巻500頁ほどで、4冊ありますので、なかなか取りかかれなかったのですが、この機会に読破できればと思います。
    小説かなと思って読み始めたのですが、幕末史という感じです。「ユダヤ人」「ジャンヌ・ダルク」という著作もあるので、日本だけでなく、アメリカやヨーロッパのことにまで触れながら書いています。中心軸は、長州藩と桂小五郎にあるのですが、必要に応じて、水戸藩や薩摩藩、その他の藩(土佐藩、福井藩、等)にも触れて行きます。
    なかなかに興味深い本です。1987年に菊池寛賞を受賞しているというのももっともかなと思います。
    この巻では、「黒船」来航のころから「久光東上」「生麦事件」のあたりまで、述べています。
    「花燃ゆ」では、詳しく触れていないあたりも、詳しく触れています。詳しくなれば、わかりやすくなるというわけではないのは残念ですが、幕末の京都、江戸の情勢は、複雑怪奇ということなのでしょう。

    【目次】
    癸丑の年
    「黄金郷」日本
    処女国家
    邪宗門
    水戸学
    兵術家
    老公ご謀叛
    大獄
    武蔵の野辺
    丙辰丸
    航海遠略策
    久光東上
    君臣湊川

    ●桂小五郎は長身(24頁)
    桂小五郎は、身長が約五尺八寸あったという。五尺八寸は、百七十四センチである。
    北辰一刀流千葉道場の塾頭だった坂本竜馬は長身で知られ、これは剣客とはいえないながら久坂玄瑞も大男だった。(25頁)
    ●生家(27頁)
    桂の生家は和田といって、二十石どりの藩医だった。専門は、眼科と外科とである。
    小五郎は満六歳のとき、近くに住んでいた大組(馬廻り)士の桂九兵衛孝古の養子となる。桂孝古は、知行百五十石。
    ●坊主頭(29頁)
    医師は戦陣に出ることはあっても僧侶と同様に非戦闘員だったし、またある時期には僧侶が医師を兼ねた。大名の抱え医師が坊主頭にする習慣は、そこから出たらしい。
    ●小五郎(32頁)
    小五郎はとりわけ水練が達者で、川を往来する舟の下に潜って行っていろいろ悪戯をしかけた。舟の櫓をはずして押流し、船頭が慌てるのを見てよろこんだり、船端に手をかけて舟をひっくりかえしたりする。
    ●日本の巨大な富(47頁)
    黒船来日の背景には、日本の巨大な「富」に対する国際的な幻想があった。
    当時もいまも日本ではあまり知られていないことだが、この国は金、銀、銅、ダイヤモンドなどの地下資源を無尽蔵にもっていると、欧米では信じられていた。
    ●ペリイ(63頁)
    ペリイはナポレオンがエジプト遠征のさいに千人に近い学者、学生を伴った例にならって、科学者、藝術家を同伴するための予算を政府に要求した。議会がこれを拒否すると、彼は植物学者、画家、写真技師などを臨時の軍人として採用し、軍人のなかからも地質学、天文学などの知識をもつものを、つとめて艦隊に集めるようにした。
    ●純粋な福音(65頁)
    日本は金銀銅鉄と真珠、瑪瑙、大理石を豊富に産出する国であると、ヴィントンも―当時の通説にしたがって―主張している。オランダの独占貿易権を排除してこれらの天然資源を世界市場に放出させ、あわせて「仏教や神道のような腐敗した教義」から日本人の魂を救い出すことが、すなわちプロテスタント教会の発する「純粋な福音の神聖な光をもって東方の列島を照らすこと」が、ペリイ艦隊の使命であると彼はいう。
    ●木戸孝允(116頁)
    「小五郎は僕無二の知己なり、」
    とは、吉田松陰のことばである。松陰の日記、書簡を通読すると、彼は松下村塾の弟子たち以外では小五郎と來原良蔵とをいちばん深く信頼していた。
    維新以後の行動を見ても、「五箇條の御誓文」の完成稿をつくり、公卿たちの抵抗を排してこれを明治新政の基礎にすえたのは木戸だったし、廃藩置県を西郷に説いて強引に遂行したのも彼だった。木戸はこの時、殺される覚悟でいた。
    三権分立と地方自治の確立とを、廟堂でだれよりも熱心に主張したのは木戸である。「人民のための政府」という言葉が、彼の日記、書簡のなかにはくりかえし出て来る。
    ●較差(170頁)
    若い小五郎は江川太郎左衛門と中島三郎助との二人の蘭学の師から、日本と「洋夷」とのあいだの軍事技術上の較差を、くりかえし教えられている。
    ●大砲(235頁)
    白堊の天守は美しいし、鉄砲が主力武器の時代には役にも立つ。大砲の威力が大きくなれば、天守閣のような塔は単に敵に格好の標的を提供するだけである。
    ●大検使(307頁)
    江戸藩邸の大検使という役に、小五郎は安政五年八月に任命された。
    異例の抜擢、といってよい。大検使は江戸藩邸の財務主任であり、機密費として毎年銀二百五十匁を「拝借」の名目で支給される。
    ●久坂玄瑞(335頁)
    松陰のもう一人の妹婿、久坂玄瑞は、二月のはじめに山口に帰って来ていた。久坂は村田臧六(大村益次郎)が江戸麹町の下六番町に開いていた学塾、鳩居堂に十月に入門し、さらに蕃書調所にはいった。
    ところが玄瑞には蘭書の素養がなく、外国語の書籍購読について行けない。長州に新しくつくられた洋学所で勉強しなおすことが、彼の帰藩の目的である。
    ●井伊直弼(369頁)
    雪のために視界がわるく、不意をうたれた井伊方では個個人の善戦はあったにせよ、組織的な戦闘は展開できなかった。直弼は駕籠の外から刺され、負傷した身体をひきずり出されて有村次左衛門に首を斬られた。
    (現在では、拳銃で撃たれた、という説が有力です)
    ●直弼の関心事(371頁)
    (直弼)の関心事はもっぱら徳川「王朝」の威信であり、「西夷」などはそもそも大きらいだったから、彼は幕府の一部様式化された軍制をもとにもどし、阿部正弘の開いた長崎の海軍伝習所も閉鎖した。
    ●久坂の愛人(488頁)
    久坂の愛人は、前後二人いた。ひとりは島原のお辰(井筒タツ)で、そのまえに愛妓にしていたのが祇園の秀勇である。

    ☆村松剛さんの本(既読)
    「ユダヤ人」村松剛著、中公新書、1963.12.18
    「古代の光を求めて」村松剛著、角川新書、1964.02.15
    「ジャンヌ・ダルク」村松剛著、中公新書、1967.08.25
    ☆関連図書(既読)
    「花燃ゆ(一)」大島里美・宮村優子作・五十嵐佳子著、NHK出版、2014.11.25
    「花燃ゆ(二)」大島里美・宮村優子・金子ありさ作・五十嵐佳子著、NHK出版、2015.03.30
    「久坂玄瑞の妻」田郷虎雄著、河出文庫、2014.11.20
    「世に棲む日日(1)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10
    「世に棲む日日(2)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10
    「世に棲む日日(3)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.04.10
    「世に棲む日日(4)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.04.10
    「高杉晋作と奇兵隊」田中彰著、岩波新書、1985.10.21
    (2015年8月7日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    ペリーが浦賀に来たとき、桂小五郎(木戸孝允)は江戸で剣の修業中だった。黒船の日本来航は「黄金の国」日本の幻影と、パルマーという人物の熱心な運動とに、アメリカの議会が動かされたためである。欧米の未発表史料や幕府隠密の報告までも駆使して、本書は、小五郎を中心に幕末、維新の歴史を活写する。昭和62年度菊池寛賞受賞の大作。

  • なうなう(^^)

  • 「明治三傑」の一人、木戸孝允(桂小五郎)の事が物凄くよくわかる伝記です。
    「あとがき」にある、「~創作ではない以上、架空のことがらは書けない~」の通り、所謂、小説とは違います。
    私自身、司馬遼太郎の小説を好んで読んでいたので、最初の方はなかなか読み進まなかったのですが、段々と木戸孝允の人物に魅せられながら面白く読むことが出来ました。
    元々、西郷・大久保の本を読んでいたのもあり、長州系の人物を詳しく知らなかったので、吉田松陰、周布政之助、来原良蔵、高杉晋作、久坂玄瑞、などなど木戸孝允が時代背景を通じてどのように変わって行ったのかがよくわかりました。幕末に興味のある人は、読んでおいて損はないと思います!
    また、よくある言い伝えなども丁寧に考証してあったりするので、それも面白く感じました。(文庫版1~4を通じての感想)

  • 恐らく桂小五郎(木戸孝允)の最もくわしい伝記。
    長州から幕府側の史料も使い、かなり濃密に書かれている。
    桂小五郎ファンにとってのバイブルといえる。

  • 桂小五郎の最も詳しい伝記。クールに歴史を斬ってくのでエピソード好きより歴史好き向けです。
    絶版で神保町で探しても見つからず、結局某密林で中古買いました…

  • 数少ない木戸孝允を扱った小説。小説というよりは伝記に近い気がします。
    木戸孝允ファンですので、これはバイブルです。けれど、難しい。。。

  • 皆さんご存知、木戸ファンのバイブル。再販を強く希望します、もう図書館に何回借りに行ったかわからない_| ̄|○

  • 分厚い上下巻で読んだ当時は、歴史背景がさっぱりだったのでひたすら難しい本でした。それだけ綿密に桂さん〜木戸さんを追ってくれている本なのです。

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著者プロフィール

評論家。筑波大学名誉教授。1929年生。東京大学大学院文学研究科仏語仏文学専攻〔59年〕博士課程修了。94年没。大学院在学中から文芸評論家として活躍。58年には遠藤周作らと『批評』を創刊する。ナチズムに対する関心から、61年アイヒマン裁判傍聴のためイスラエルへ赴く。62年にはアルジェリア独立戦争に従軍取材。立教大学教授などを務めたのち、74年筑波大学教授。著書に『アルジェリア戦争従軍記』『死の日本文学史』『評伝アンドレ・マルロオ』『帝王後醍醐 「中世」の光と影』『三島由紀夫の世界』など。

「2018年 『新版 ナチズムとユダヤ人 アイヒマンの人間像』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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