醒めた炎〈2〉木戸孝允 (中公文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (626ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122017450

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  • (2015.08.01読了)(1990.09.27購入)
    副題「木戸孝允」
    桂小五郎・木戸孝允の評伝、全四巻の二巻目です。
    桂小五郎のことを書きながらも、小五郎がかかわった事件については、長州や他藩の動きにも触れていますので、幕末史としても読めます。
    第二巻は、対馬藩の話から始まります。桂小五郎は、対馬藩との縁が深かったようで、佐幕派から追われる身になったときの潜伏先として、対馬藩の関係先が選ばれています。
    全体の動きとしては、薩摩の島津久光や長州の久坂玄瑞の働きかけによって、将軍の上洛が実現し、攘夷の決行が決まり、長州のみ、攘夷を決行したけれど、長州は西欧からも攻められ、京都からも追われて、巻き返しを狙ったけれど、蛤御門の変、長州征討と追い込まれることになる。幕府に降参しようとしたけれど、高杉晋作によるクーデターにより、尊皇派が実権をとりもどす。晋作のクーデターは、司馬遼太郎著「世に棲む日日」に詳しく書いてあるが、この本では小五郎が関わっていないので、触れられていない。
    その後、薩摩と提携し、武器の購入などで、力をつけ、幕府軍を破り、大政奉還へと進んでゆく。

    【目次】
    将軍上洛
    三本木
    政変
    潜伏
    蛤御門
    出石
    藩制改革
    薩長連合
    四境戦争
    将軍慶喜
    大政奉還

    ●塙次郎(63頁)
    伊藤俊輔が国学者、塙次郎を斬殺したのは、この事件(横井小楠が襲われた事件)の四日後だった。
    ●攘夷実行(72頁)
    (中山)忠光は久坂の旅宿を訪れ、攘夷の実行に関して朝廷が一向に積極的にならないのは公武合体論をはばかってのことだから、このさい岩倉具視、千種有文の両奸の首を斬り、それを手土産に関白の邸に行こうといった。
    久坂は中山に説得されて両人を斬る気になり、後輩の品川彌二郎に岩倉村の偵察に行かせた。
    しかしこの計画には、武市半平太と宮部鼎蔵とが反対した。謹慎中とはいえ前権少将と前権中将とを公然と斬ることは朝廷への挑戦となり、いかにもまずい。
    ●久坂の愛人(80頁)
    将軍の上洛とともに政争の舞台は京都に移動し、花柳界が志士たちに密会所を提供するのである。たとえば久坂玄瑞の愛人は、島原のお辰だった。
    祇園の秀勇からお辰に鞍がえしたのは、文久三年にはいってからと推定される。翌年に戦死をとげる久坂はお辰との間に、男児を遺している。
    ●池田屋(231頁)
    松陰のもう一人の弟子、吉田稔麿は、負傷しながらも奥座敷から裏の小路に飛び降り、見張りにあたっていた桑名藩士二人を斬って長州藩邸のそばまで走った。そのあと子母澤寛によれば再び池田屋にとって返し、沖田總司と斬り合いになったという。
    子母澤氏は、
    「あれは私の作り話だから……」
    とこたえたとの由である。
    ●乞食の小五郎(301頁)
    三条の橋の下に乞食に変装して小五郎がひそみ、幾松が夕涼みをよそおって辨当を届けたはなしは有名だろう。しかし大黒屋の今井太郎右衛門のこの今井純の証言では、小五郎のいた場処は三条の橋の下ではなかった。
    小五郎が乞食に変装した事実もなかったと、今井純はいっている。
    ●予備金(360頁)
    予備金については、長州藩は二種類の貯えをもっていた。一つは萩と江戸とにおいていた宝蔵金であって、江戸の分は麻布の藩邸の地下に格納されていたところから穴蔵金と呼ばれた。
    ほかの藩から進物などが来るとそれを売り払って金にかえ、穴蔵にいれる。藩邸内に不用の品が出ると、これも金にかえる。
    爪に火をともすけちな作業を二百数十年間つづけて来た結果、穴蔵金は文久のはじめに古金六万両、天保以後の新金一万七、八千両に達していた。
    萩と江戸との宝蔵金のほかに、長州藩には撫育金という名の特別会計による巨額の積立金がある。
    ●村田臧六(367頁)
    長州藩では軽卒と民兵との正規軍化が藩是として決定され、軍の近代化は村田臧六に事実上一任されていた。
    ●薩長同盟(387頁)
    薩摩に本当に長州と提携する意志があるのなら、まず行為によって誠意を示してほしいと小五郎はいった。
    小五郎のいう行為とはイギリスからの銃器、船舶の購入に、薩摩が名義を貸して仲介を演じることである。そうすれば長州の反薩摩感情もある程度鎮静するから、一石二鳥の案だった。
    ●イギリス(406頁)
    インド、ビルマを併呑し(イギリスのインド領有は、最終的には1877年)、シンガポール(1819年)、マライ(1868年)を奪い、シナ大陸では阿片戦争とアロー号事件の戦争との二度にわたる侵略戦争を行ったイギリス帝国が、日本に関してのみ攻撃の意図をもっていなかったことは、この島国の幸運、というべきだろう。
    ●貿易(417頁)
    清国も日本も、何が起こったのかを十分には理解していなかった。西洋諸国の貿易への情熱はヨオロッパの土地の貧しさに由来していると、日本に外交官として長く勤務したサー・ジョージ・サンソムが、その著書『西欧世界と日本』の冒頭近くで述べている。
    ●製鉄所(465頁)
    フランスの援助によって横須賀と横浜とに製鉄所がつくられることになり、技術将校フランソワ・ウェルニイが慶応元年七月に総裁に任じられた(赴任は翌年五月)。横須賀がえらばれたのは、地形がトゥーロンの軍港に似ていたことによる。
    ●フランス(468頁)
    インドシナ半島での軍事的成功が、ナポレオン三世のアジア政策に弾みをつけていた。サイゴンは1861年(文久元年)に完全にフランスの手に帰し、翌年の条約によってコーチ・シナがフランス領に編入される。
    フランスはサイゴンを、上海に拮抗する貿易基地にしようと企てた。メコン川平定にはなお数年を要したので、日本に大兵力を運んでくるほどの余力はない。
    ●総力戦(483頁)
    戦争をはじめるのに全住民に戦争目的を書いた文書をくばった大名は、歴史を通じて毛利藩だけである。
    長州藩だけが、ほかの藩とは違った型の戦争を準備していた。極言すれば二十世紀型の「総力戦」を、無意識裡に先取りしていたといえるかも知れない。

    ☆村松剛さんの本(既読)
    「ユダヤ人」村松剛著、中公新書、1963.12.18
    「古代の光を求めて」村松剛著、角川新書、1964.02.15
    「ジャンヌ・ダルク」村松剛著、中公新書、1967.08.25
    「醒めた炎(一)」村松剛著、中公文庫、1990.08.10
    ☆関連図書(既読)
    「花燃ゆ(一)」大島里美・宮村優子作・五十嵐佳子著、NHK出版、2014.11.25
    「花燃ゆ(二)」大島里美・宮村優子・金子ありさ作・五十嵐佳子著、NHK出版、2015.03.30
    「久坂玄瑞の妻」田郷虎雄著、河出文庫、2014.11.20
    「世に棲む日日(1)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10
    「世に棲む日日(2)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.03.10
    「世に棲む日日(3)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.04.10
    「世に棲む日日(4)」司馬遼太郎著、文春文庫、2003.04.10
    「高杉晋作と奇兵隊」田中彰著、岩波新書、1985.10.21
    (2015年8月6日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    新選組の白刃の下をくぐって桂小五郎(木戸孝允)は政治工作に奔走し、蛤御門の戦いでは天皇遷座の秘密部隊の指揮をとった。出石に脱れてからの彼は荒物屋の主人となり、美貌の「京猫」幾松を思いつづける。フランス公使ロッシュの手紙をはじめ数々の未公開史料を用いて本書は従来の定説に修正を加え、池田屋の変から大政奉還にいたる歴史の巨大な劇を、詳細かつ躍動的にえがき出す。昭和62年度菊池寛賞受賞の大作。

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