ユートピア 改版 (中公文庫 モ 1-2)

  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122019911

作品紹介・あらすじ

平和で幸福な社会とは何か?真の快楽とは何か?16世紀の大ヒューマニストが「ユートピア」という形で提起した人類の根本問題にたいする省察は、理想社会を求める全ての人々に、時代と民族をこえて、訴えつづける力をもつ。改版では原典訳にさらに推敲をくわえ、新たに索引を付した。

感想・レビュー・書評

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  • トマス・モア(1478年~1535年)はロンドンに生まれ、法律家、政治家、イギリスの大法官を歴任した知識人で、親友エラスムスの「痴愚神礼讃」(1511年)に大いにインスパイアされ、「ありえない国」=「ユートピア」(1516年)を執筆しました。

    この作品タイトル「ユートピア」はモアの造語です。作中主人公のモアが、「ユートピア」に滞在したことのある(と設定した)ポルトガル人からその様子を尋ねる又聞き、回想録形式の物語になっています。

    ――ユートピアとは?
    赤道下にある島で、その周りのリーフ(岩礁)によって、水先案内なしでは容易に近づくことができない地形になっているようです。
    基幹産業は、農業、養鶏、畜産、養蜂、羊毛、亜紗などの第一次産業。共産制を採用して島民内の格差はなく、国民全員の食料や生活必需品を2年分確保した上で、余分があれば輸出します。国をあげて農業を重視し、どうやら独立採算可能な国のようです。

    国民は勤勉で質素堅実な生活を常識としています。大人は6時間の労働をすることが基本のようで、その余の時間は自由。とくに公開講座や音楽に触れるのが人気。なるべく多くの時間を肉体労働から解放することをモットーとしています(なんと羨ましい~)。

    金銀宝石も産出しますが、国民がこれに価値を認めていません。ただの自然産物として、金銀は受刑者を繋ぐ鎖やトイレの便器に使用し、宝石類は、光り物が好きな幼児の飾りやおもちゃになります(笑)。

    政治は、30世帯ごとに1人の部族長を選出して寄り合い、200人余の部族長から秘密投票により都市統領を1名選出し、部族長が寄り合って協議を基本として評決するシステム。名文の法律はなく、ごく限られた基本法以外存在しません(この点はモアのイギリスを意識しているよう)。国民の教育・教養レベルが高いため、協議と人間の理性から導かれるコモンセンスにより解決可能。

    宗教は、信教の自由が保障されています。ユートピアは非キリスト国。特定の信仰が他の信仰を迫害・抑圧することを禁じています(日本の憲法でも認めていますね)。
    医療レベルは高く、患者の格差もなく、最高水準の医療を受けることができます。また、本人の安楽死の自由も認めています。
    教育・教養レベルは高く、女性は18歳、男性は22歳から婚姻できます。婚姻は自由ですが、基本的に離婚は制限されています。

    平和主義を堅持しているため、他国とは外交により解決しています。やむなく戦争状態になる場合は、自国民ではなく、まず傭兵を活用します(そのための国家備蓄をしている)。
    また、戦争時の逃走兵や庶民の殺戮および略奪行為を厳しく禁じています

    ――そんなこと、ありえません!? でも凄いかも……。
    すっかり現世に毒された私ですが、これが500年前に書かれたことをつらつら思いますと、時間やノルマやお金に追われまくる現代…はたして人間の尊厳とか真の豊かさとは何なのだろう? という素朴な疑問や思索が広がって、壮大で楽しい作品となりました。

    ふと、井上ひさしさんの「グロウブ号の冒険」(本棚掲載中)を想起しました。
    東大法学部卒の元力士「山田山」は、船旅の途中のカリブ海で遭難してある島に漂着するのですが、そこはくしくもカリブ海ユートピア諸島のトニホキョン島。第一次産業が盛んで――井上さん曰く――権力の発生を防止するため、余剰生産物を生み出してはならないというタブーがあります。じつに奇想天外な島で、「ユートピア」を彷彿とさせます。残念ながら井上さん逝去により未完となりましたが、文豪の遺志を継いで、誰かがこの作品を完成させてくれないかな。

    さて晩年のトマス・モアは、イギリス王ヘンリー8世の離婚に強く反対しました。宗教対立が後々の政争と平和の破壊の火種になることをひどく嫌悪したからです。しかし王は離婚を認めないローマ・カトリック教会と決裂。そこから脱退して、あらたに国教会を設置し、王妃と離婚して別の女性(確か王妃の侍女…)と婚姻しました。

    1535年、王と国権は、大法官まで重用して酷使してきたトマス・モアを反逆罪のかどでロンドン塔に幽閉し、斬首刑に処したのです(57歳)。
    モアがエラスムスにあてた最期の書簡(自分の墓碑に刻む言葉)を読みますと、痛恨の極み。溢れる才気は断頭台に潰えてしまい、その翌年、彼の後を追うように親友エラスムスも病死しました。

    激動の500年前……人間の理性と学問の大切さと人類の平和や共存を訴えてきた二大巨星は没しました。でも当時の人類の歴史や思想をひもといてくれる作品を残してくれたことを思うと、はるかな時も場所も超えて、確実に繋がっているようで心が温まります。いつもモアにそっと肩を叩かれるようなお気に入りの言葉をご紹介します♪

    ――明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学問する(トマス・モア)

  • 防衛。四方を海で囲まれた自然の要塞をもつ。他国と同盟はしない。同盟はしばしば誠意をもって守られないから。戦争を嫌うが、戦争の準備はしており、自分たちの国境防衛、友邦の領土に侵入した敵の撃退、僭主制で圧迫されている他の民族を解放してやるためであれば戦争の手段に訴える。戦争になれば、貨幣を使い外人部隊を募る。貨幣を使い敵を買収する。

    農業。市民は農場に交代で来て農業をする。農業は万人共通の職業。ひとりの例外なく課せられる。すべての人が子どもの頃から教え込まれる。農業の他に一つ別の職能を覚える。毛織、亜麻織、石工、鍛冶、錠前、大工。

    偽の快楽。衣服、宝石、金、名誉、高貴は空虚で無益。自然本性に従って生きることが幸福。

    奴隷。犯罪者は奴隷になり、安い値で売買されるか、ただで取引される。奴隷は絶えず働かせ、鎖につなぐ。

    男女。求婚者の男女は互いに裸になり、肉体上のことで気に入らないことがないか確認する。婚前交渉は処罰され、二度と結婚できない。再婚は長老会議の承認が必要。食事の準備は女だけがする。

    安楽死。司祭や長老会議が認めれば、苦痛を断ち切らせるため、自ら断食をするか、眠らされて楽にさせられる。トマス・モア『ユートピア』1516

    ✳︎モア。英の大法官。ヘンリ8の離婚に反対。さらに俗人である王が教会の首長になる首長法に反対し、反逆罪でロンドン塔で首をはねられる。さらし首に。友人エラスムス。
    ※ヘンリ8。財政難なので、貨幣に含まれる金・銀の割合を減らす。貨幣価値が下がる。海外から見るとイングランドの毛織物が格安になる。海外からの毛織物の需要が増える。毛織物の生産を増やせば儲かる。ジェントリたちは誰の所有でもない共有地を石や柵で囲み牧羊場に変えた。第1回囲い込み。モア「羊が人間を食べている」(ユートピア)。

    ***********

    人生に執着する理由がなければないほど、人生にしがみつく。▼誰にとっても己の糞は匂いがいい。エラスムス『愚神礼賛』

  • 「ただ少ないというそれだけの理由で人間が愚かにも高く評価しているにすぎないのではないだろうか。」
    「隣人に対して親切丁寧であれと命じた時、それは自分自身に対しては残酷無情であれという意味ではなかった。」

  • 『ユートピア』とは15世紀後半から16世紀前半を生きたトマス・モアによって描かれた理想国で、その国では貨幣がなく一切のものが共有である。
    家は鍵が付いておらず、どの家も同じ作りであり、10年ごとに抽選によって取り換えることになっている。
    衣服は丈夫な皮革製の質素な服に、毛織物の上着を羽織る。これらは各家庭で作られ、決して華美なものではない。
    各地の中心にはあらゆる種類の品物を扱う市場が立っている。すべての家族の生産品が持ち込まれ、また必要なものを世帯の代表者が持ち帰る。
    こういった衣食住に困ることのない社会であるが、もう一つの顔として徹底した管理社会である。
    人口を保つため法律で世帯による子供の数が決められており、許可もなく州を移動する事は出来ない。許可証を持たず州の境界をうろついているのを見つかると厳重に処罰される。二度同じ過ちを犯すと、今度は罰として奴隷にされてしまう。
     『ユートピア』で暮らしたいかと聞かれると、厳しすぎる管理社会のため遠慮したいが(笑)、
    貨幣を持っていれば、ネットショッピングで大体の物を手に入れることが出来る現代では、すぐ所有でき満たされるが、満足感が持続せず、すぐに空虚感を感じるように思う。
    だからこそ、『ユートピア』の文中の「誰も何ものも持ってはいないが、しかも皆が豊かなのだ。」には羨ましさがあった。

  • 著者モアが、航海者ヒュトロダエウスから聞くユートピアの様子、という形をとって、当時のイギリス社会と、共有財産制をとる架空社会との対比を通じて、読者に何が理想社会、真の幸福であり、実現のためにはどうすべきかを考えさせる。

  • 一箱古本市

  • 読了して売却。

  • ユートピアの制度を鵜呑みにしてはいけない。現実の制度とユートピアの制度を比較することで、よりよい制度とは何かを思索することを促す書物である。個人的にはユートピアの社会にも不条理と映る制度(奴隷制)や現実的には困難なもの(共有財産制)がある。だが、対極に存在するものを比較することで理想の社会を考えることが何より重要であると感じた。メモ

  • 細かな注釈は読解の助けになるが、煩雑な注釈は読書の流れを中断させる。解説で細かな点を補うことのほうが、読者には親切である。

  • 16世紀の英国人が描いた理想郷の描写を通して、その当時の社会情勢や風習が見えてくる。ユートピアに住む市民は人道的だが、それでも奴隷制や植民的な支配地域は限定的とはいえ肯定されていたりする。かつて地中海に覇を唱えていた海洋都市ヴェネツィアなどもモデルの一つかも知れないと感じた。
     純粋な経済学の理論が実世界では成立しえず、行動経済学などによる修正が必要な様に、ユートピアに描かれた理想的な社会は現実には成立しえない。ハード面をどれだけ整えても、すべての人間が理想的な振る舞いをする事は期待できない以上、理想像は徐々に崩れていく運命にある。

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