残像に口紅を (中公文庫)

著者 :
  • 中央公論社
3.49
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本棚登録 : 2826
レビュー : 271
  • Amazon.co.jp ・本 (337ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122022874

作品紹介・あらすじ

「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。

感想・レビュー・書評

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  • 読書芸人でカズレーザーが紹介していた本。
    「幽遊白書」の元ネタになったということで興味を持ち購入、読了。

    「文字が一つ一つ失われていく」という非常に変わった小説。
    しかも「会話文」だけでなく「すべての文書」から文字が消えていくという驚愕の設定。
    「究極の実験的長篇小説」という言葉がとても巧く表現しているように思う。

    文字が失われていくにも関わらず、多彩な文章表現で違和感無く物語を綴っていく筆力には、ただただ圧倒された。
    特に瑠璃子と交わるシーンでは、普通の小説と大差無く、むしろさらに妖艶な雰囲気が出ているようにすら感じられた。
    限定された条件だからこそ、本来持っているポテンシャルが余すところ無く発揮されていたようにも思う。

    一方で、物語全体としては非常に動きが少なく、中盤からの中だるみ感は否めなかった。
    個人的には「技巧に特化」し過ぎている感じが最後まで残り、全体として何となく薄っぺらく感じてしまった。
    自分との相性はあまり良くなかったかも。

    「筆力」を考慮し、全体評価としては3点とした。

    <印象に残った言葉>
    ・実はこの小説の冒頭から、五つの母音のうちひとつがすでに失われているんだ。気がついていたかい(P21、津田)

    ・それはやはり、お傍にまいるからには、君の横に並んで、自分のからだをそっと横たえることになります。当然、そのまま何もしないでじっとしていることには耐えられないから、じわり、じわり、と自分の片手を、畳の上に投げ出された君の手に伸ばしていくことでしょう。その片手の先、鋭い触感の密なる部分が密なる部分にそっとさわって、それはつまりわたしと君のからだの史上最初の部分的つながりということになります。(P159、佐治)

    <内容(Amazonより)>
    「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。

  • 高校時代に読んで、おとなになってからも再読しています。今回で3度目だと記憶しています。
    作家としてのチャレンジとは、このことですよね。
    筒井康隆さんはやっぱりすごい人だー!と何度読んでも思います。最初に読んだ時からは30年程度経過しているのですが、「大人として、作家として成功している人が、自分の扱う文字・文章という世界で文字をどんどん失っていく」というシチュエーションにチャレンジした、ということは本当に衝撃なことでした。
    おとなになった今、読んだ方が、その凄さがわかると思います。
    私も今やっている仕事に、人生に、、、ずっとずっとチャレンジしていきたいなと思います。

  • 以前から読みたいと思っていた。五十音が少しずつ消えていくという斬新で実験的な作品。
    とにかく作者の筒井さんのボキャブラリーの多さに脱帽した。妻も三人の娘のことも名前に含まれる音が消えることで存在は消えてしまうのだが、妻や母、父、娘という単語が消えていない限り主人公はそれらを認識出来るという仕組みで残酷とさえいっても過言ではない。
    音が消えていく中で主人公は作家として官能シーンや檀上で限られた音を駆使してスピーチにチャレンジをする挑戦も。流石に後半には大半の音がなくなったために支離滅裂な感じがしたがそれでも文章になっていてすごいと感服した。

    ※本文も一音を意図的に消失させて記述

  • アメトークでの紹介に釣られて読んだ口である。

    世界から文字を1つづつ消して行く、という発想は面白いと思うし、どの様な話の展開になるのか想像もつかなかったので期待感が大きすぎた気がする。

    要するにオチを期待しすぎたのだが、その様な自分にとっては後半は惰性で読み続けた感じであった。

    世界から文字が消えて行くことで、それにより名付けられたモノも世界から消える。
    全てはメタファー、という表現が村上春樹の小説にあった気がするが、モノに名前があるからその名前を構成する音が使えなくなった時にそれが消滅する。
    恐らくは、思想的には昔からかなり掘り下げられた話題なのだろうが、それを思考実験的に行うところに本書の面白さがあるのではないか。読みながら、その様な思考の脇道にそれて行くのも楽しいものであった。
    ソシュールとか、自分は読んだことはないが、そういう予備知識があればさらに楽しめるのではないか。

    特に、妻の粂子の名前を構成する、め、が消えた時が面白かった(そもそも、私は粂子の読み方が冒頭から分からず、しかもそれを調べもしない程度の不真面目な読者です)。粂子は消えても妻としての存在は残るから、半分存在している様な状態になる。しかも、人格としての粂子は消えて、理想化された妻として存在するから、夫たる勝夫にとっては理想的な、妻、となったところである。
    人というのは、相対する人に応じてその役割を変えるもので、これは平野啓一郎氏の分人の思想から学んだものだが、それを思考実験的に表現した様な印象を受けた。
    実際の世界ではその様なことは起こりえないということはわかっているので、シュレディンガーの猫の様な感覚である。つまり、伴侶の存在の50%である粂子が消えて残りの50%の妻だけが存在する状態である。

    そういった、前半の思想的なおもしろさに比べて、後半の官能シーン以降は、表現を主体にした内容に偏ってきている気がして、流して読む程度の自分にはあまり魅力はなかった。

    この作品の前提で、現在のエンターテイメント作家が話を書いたらより面白いものもあるのではないかという気はする。

  • 世界から文字が一つずつ消えていったら、それに関わるモノやコトも忘れられていく。
    家族や家までも忘れていくと喪失感が募っていくが、いよいよ使える文字が1〜2割となると、読解もかなり難解。
    内容云々というより著者の語彙力に注目の作品。

  • ことばに感情を動かされるのか、それともことばが示しているイメージに感情を動かされているのか
    ひとつの言語が消滅した時に惜しまれるのは言語がイメージか。

    読者側の考えを読み取るような書き方をしている
    文字がきえる
    自分の娘が消える、最初は残像が残っていてもいずれ何もかも忘れて行き、最初からなかったものとなる。
    世の全ては虚構なのかもしれない。

    言葉が消えても語彙力で全然気にならない。
    それを探すのが面白い

    読者の思いをそのまま書いてみたりする事で見ぬかれた感覚になる。

    言葉が誕生するずっと前から自然の物は存在していたのに、言葉が失われるとその自然現象さえもなくなってしまう。

  • 一音ずつ消えていくときは、こんな感じなんだろうか。

    消えていくにも関わらず、その文章は衰えることはない。少しずつ、遠回しになり、最後は単語だけになる。卒論のテーマとしてもと、著者本人が言う気持ちもわかる、実験的で、文学の諸問題や、そのものをテーマにしているような、揺さぶられる話だった。
    どこまでが著者で、どこまでが佐治なのだろうか。

  • 筒井康隆は今まで数作しか読んだことがなかったが、背表紙の「究極の実験的長編小説」という文言に釣られて手に取った。
    とにかく、特に第3部での作者の語彙力には圧倒された。いくら文字の消去に恣意性が入り込んでいるとしても、この少ない音数でよく話が続くものだと驚くしかなかった。
    個人的には、読んでいるうちに、(おそらく作者の造語だろうが)冒頭に出てくる「超虚構論」や「汎虚構論」に興味が湧いた。小説と現実世界の関係、つまり人間は世界をどのように理解し、それをどのように文字で表現するのかということ。作中にも出てきたソシュールを読んでみようかなぁ。
    途中で突然官能シーンが入ったり、巻末には解説?論文?が載っていたりするのも、意表を突かれて面白かった。

  • 世界から「す」が消えたなら、「好き」と言えなくなる。
    その代わりに「愛してる」とは言える。

    実験的SF小説。

    日本語の「音」を順々に消していく世界を表している。

    はじめは、音が1つずつ消えていることを認識できないぐらい、
    スムーズに読める。
    (あえて、「いいにくい」と表現しているところはある)

    だが、物語が進むにつれて、徐々に限界が見えてくる。

    途中、読者に語り掛ける部分もあり、自分も参画しているような気分になる。

    実験的小説といわれるこの本で論文が書かれるほど。
    実は間違いもあるらしい(見つけられなかった)。

    さて、結末はどうなるか。読んでみてのお楽しみである。

  • 世界から音がなくなっていくとどうなるかがテーマのお話。書く方はもちろんだけど読む方にも語彙力と知識が必要なのがわかった。正直なところ、タバコやお酒のくだりは自分に知識がなくてよくわからなかった。
    このテーマで書こうと思われたこと、実際に書ききったことは斬新ですごいと思う。読むのにこんなに頭を使ったのは久々で楽しかった。

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著者プロフィール

筒井 康隆(つつい やすたか)
1934年大阪市生まれ。日本を代表するSF作家の一人と目され、小松左京、星新一と並び「SF御三家」と称されることもある。
1981年『虚人たち』で泉鏡花文学賞、1987年『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、1989年「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、1992年『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。1993年に断筆宣言を行ったことは大きな話題になった。1996年断筆解除後には、2000年『わたしのグランパ』で読売文学賞、2010年に第58回菊池寛賞、2017年毎日芸術賞をそれぞれ受賞。2002年には紫綬褒章も受章している。
代表作のひとつ『時をかける少女』は度々映画化、アニメ化され、多くの読者に愛される。ほか『日本以外全部沈没』、『文学部唯野教授』、『旅のラゴス』、『残像に口紅を』などは機会あるごとに話題となり、読み返されてきた。

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