紅蓮の女王: 小説推古女帝 (中公文庫 く 7-18)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122023888

感想・レビュー・書評

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  • まず断っておかなくてはならないのは、黒岩氏が本作(以外でも)採用している蘇我氏百済系説は、現在の学会では受け容れられていない、ということ。70年代当時はけっこう学会を席巻した説らしいけど…。

    考古学ファンのみなさんは覚えてるかもしれないけど、今から20年ほど前に、奈良の見瀬(五条野)丸山古墳という巨大前方後円墳の石室が大雨のあとにひとりでに開口しているのが見つかり、大騒ぎになった。だってこの古墳は陵墓参考地だったから。私自身は小さすぎて当時の記憶はないけれど、数年前にNHKスペシャルで「知られざる大英博物館」というのをやっていて、その第3回目の日本の古墳を特集した回で件の石室の写真が出てきて、一目で奇異な印象を受けた。家形石棺が2基、これはまあ普通だけど、奥の棺が横にきれいに収まっているのに、手前の棺は半ば羨道に入りかけるかのような形で縦型に配置されてるのである。後で奥棺の方が石棺の様式からして年代が新しいということが判り、俄然興味を掻き立てられた。手前の棺の被葬者の方が後から死んだんだけど奥棺より古い時代の棺を転用しました、ってことはないだろう。大王級(たぶん欽明)の陵墓でそんなことはしない。では奥棺に眠っているのは誰なのか、なぜもとあった棺を手前に引きずり出してまで奥に収まっているのか…という誰もが気になる部分に着想を得て書かれたのが本作である。

    同氏の飛鳥時代に取材した他の作品は重厚な超長編が多く、それらに比べると推古天皇が主人公の本作は一息で読めるし、面白い。蘇我氏と大王家の縁戚関係が日本史でまったく頭に入らなかったよ!という私のような人でも家系図をある程度覚えられる。

    けど、最後にイチャモンをひとつつけてもいいだろうか。作者は推古の即位前までのみを題材とし、その後については取り合わなかった(ある意味では『斑鳩王の慟哭』がその応えになっている)。作者自身、理由として「即位後の推古は蘇我馬子に祭り上げられた人形みたいな存在で、女としての自分を燃やしたのは即位前までだから」みたいなことを言っている。まず、即位後の推古が馬子の傀儡というのは当てはまらないと思う。飛鳥・奈良時代の女帝はやむを得ない状況で登位した人物が多いけれど、6人ともキョーレツなのである。それなりに自分色の政治を打ち出しており、大臣か何かの言いなりになっていただけとはとても思えない。さらに、「即位以降の推古は女じゃないから」という点。本作を読んだ時点ではそういう区切り方もありか、と思っていたけど黒岩氏の他作品を読んでいく中で、な~んとなく女性を軽く見ている節が見えてきたので、今になって気になってしまった。当時の男性はある程度共有していた、時代の風潮みたいなものかもしれないけどね…

  • この本に登場する炊屋姫(カシキヤヒメ)(のちの推古天皇)は私が今まで読んだ他のどの本よりも、情緒豊かで情熱的で女性的に描かれていました。
    蘇我と物部の戦いについて炊屋姫的には、愛人を奪われた復讐のための戦、という理由付けをしているところなんかいかにも情熱的な女性らしい~

    そんな中で蘇我馬子は、彼女の女の情念を巧みに利用しながら自身の権力を増大させ、敵対勢力を追い詰めていきます。
    馬子のすごいところは、崇仏派の蘇我と廃仏派の物部の対立を、単に仏教と日本古来の神のどちらを信仰するか、という宗教戦争ではなく、
    ・実は政治権力を一手に集中させるために邪魔な対抗勢力を消し去るための理由であり、
    ・仏教を国の宗教とすることで、地祀の祭祀権を持つ天皇家の権威下落を狙ったものであり、
    ・アジア全体が仏教国になりつつあるときに、日本だけいつまでも神道を信仰していると諸外国に後進国だと侮られることを防ぐためのものであり、
    ・国として仏教を信仰することにより、仏教先進国である百済の地位を上げ、蘇我の地位、財力を増幅させる、(蘇我の祖先は百済系移民だという仮説に基づいています。仏教文化の輸入と同時に百済との貿易が盛んになれば蘇我の財力UP、また朝廷での地位もよりゆるぎないものになる)
    という複数の狙いがあるのです。

    馬子の手腕には舌を巻きました。すごすぎる!

  • 背景も想像できる文章で、初心者にも分かりやすい。
    女心の描写もうまく、入り込めるので、この作家の本を購入して正解だった。

  • 「紅蓮の女王」は後の推古帝である炊(かしき)屋(や)姫(ひめ)の物語である。蘇我馬子が大野丘(甘橿(あまかし)丘(のおか)一帯の丘陵)に仏塔を建てるところから始まり、推古即位で終わっている。年代で言うと、585年から592年まで。だがこの短い間に、敏達 用明、崇峻 推古とめまぐるしく天皇が変わっている。

    炊屋姫と蘇我馬子の人間像を黒岩が独自の解釈

     炊屋姫は敏達天皇の皇后であったが、敏達亡きあと、家臣の三輪君逆と恋に陥る。折しも天皇の座をめぐっての勢力争いに、蘇我氏と物部氏との豪族の争いもからみ、やがて物部は滅ぼされるという激動の時代だった。
     この本では穴穂部皇子は炊屋姫と三輪君逆の子どもと推かれているが、あるいは蘇我と物部の勢力争いに利用された犠牲者かも知れない。
     道はぶどう畑の中をぬって続いている。今はのどかなこの里が、かっては日本文化の中心地として栄えたのだ。
     河内源氏の発祥地である壷井八幡官と通法寺を見て聖徳太子廟がある「叡福寺」で一休み、目的地の推古天皇陵についたのはス時間後だった。
     推古天皇陵のすぐそばには夫であった敏達天皇陵、兄の用明天皇陵があるが、飛鳥時代のヒロイン推古陵はそれらの天皇陵に比べてあまりにも質素である。
     黒岩重吾は、尾崎秀樹との対談の中でこう言っている。「そうですね。炊屋姫と馬子との人間像を書いてみたかったわけです。炊屋姫と五輪君逆との関係、それに馬子という人物の政治性、そういった点に自分なりの解釈というか文献の奥から読み取ったものを投影させて、ニ人の像を描きあげたつもりです」
     暗雲はらむ古代日本に咲いた炊屋姫と三輪君逆の恋、強敵物部氏を滅亡に達いつめてゆく冷徹な政治家、蘇我馬子がよく描かれている。

  • 暗雲はらむ古代日本。大王家をめぐって権謀が渦まくなか、絶世の美貌の身を恋の激情にゆだねる炊屋姫。そして、強敵物部氏を滅亡に追いつめてゆく、冷徹な政治家蘇我馬子。二人の像を中心に、推古女帝即位にいたる激動の古代を彩る人間ドラマを鮮かに描いた、壮大な歴史小説。

  • 再読。
    時代小説から離れられず、でも手持ちがないので、古代小説へ。
    やっぱりおもしろかったけど、推古天皇即位までのお話だし、分量も少ないので、次を読みたくなる。

  • 後に女帝・推古天皇となる、炊屋姫が主人公。

    炊屋姫は敏達天皇の皇后でしたが、身体の弱い天皇は病に倒れ、ほどなく崩御してしまいます。
    政治や世継ぎの問題が降りかかり、蘇我氏と物部氏の確執とそれぞれの思惑に挟まれつつも、姫は自分の立場・誇りを守り、美しく毅然と立っているように見えました。
    …が一方では、夫の喪に服しながらも恋ならぬ恋に身を焦がし、いっそ自分が大王の后じゃなく普通の女性だったらと嘆き、小さな木の葉の様に揺れている。
    その恋の相手こそ、宮廷衛士の長・三輪君逆(みわのきみさかう)でした。
    彼は紀で「悉くに内外の事を委ねたまひき」とあり、敏達天皇にして用いられ、かなり信頼されていた人物だったみたいです。
    今流行りの、政・務・衛を備えた、スーパー執事(または秘書?)みたいな立場だったのかも知れませんね。

    しかも本書の逆、良い男なんだよこれが。
    凛々しくて逞しくて、無骨だけど真っ直ぐで、機転も効いてて仕事も出来る。
    そんな人が、もしもの時は命を捧げると言って警護してくれている。仕方ないわ、側にいたら惚れるよ、惚れないわけない´Д`*
    それに引換え、王族だと言うのに、穴穂部皇子の空気の読めなさ、浅はかさと言ったら。胸くそ悪くなったよ…。

    相思相愛とお互い気づきながら、触れ合う事はおろか、近寄ることもままならないって、ものすごい辛いなあ。
    炊屋姫が、もがりの宮から逆の居る場所を見つめ葛藤するシーン、かなり切なかったです。

    でもプラトニックな関係って、ある意味で肉体的な関係がある時以上にドキドキするんですよね。
    しかも、ものすごい格差恋愛です。主君と臣下の恋愛は禁断禁忌。
    公になれば、逆は死罪になるかも知れません。
    …でも。
    人事全開ですが、その過酷な状況がまた、私的には燃えました´Д`*

    禁忌だとわかりつつも、二人はどんどん惹かれあい、深みにはまります。
    そして、それを利用するかのように暗躍する蘇我馬子。
    馬子はすごい。マジ策士ですよ。

    訪れる運命の時。
    炊屋姫と逆の恋愛の果てに、私は号泣でした。
    逆、行ったら嫌じゃ!と、私も縋りつきたくなりました´ω`。
    辛すぎる…。
    そして事態は蘇我物部合戦へと発展していくのですが…。

    歴史物としてはもちろんですが、恋愛ものとしても、かなりいける一冊でした。
    なんだか「ボディーガード」って昔の映画の曲「I will always love you」が頭に流れてしまった…。

  • 580年ごろ。推古女帝と蘇我馬子,物部守屋の話。馬子の父である稲目は百済から仏教を輸入し,それを政略に使い,物部氏を滅ぼしていく。
    馬子は巧みに推古を取り込み,蘇我氏拡大のための政略の道具として使おうとし,推古は知的な皇后であるものの,馬子にかなわず,いいように使われていく運命にあった。
    物語の最後の方では,推古も馬子の恐ろしいまでの権謀術数に不安になる。推古と馬子が推した崇峻大王すらも592年に馬子は暗殺してしまう。女帝となった推古は,この先を不安に思ったが,近くに異母皇子の厩戸皇子(聖徳太子)がいた。厩戸皇子は生まれたときから仏教に魅せられていたが,守屋殺害時に人の世のはかなさを知る。そんな心根の優しい皇子に推古女帝は頼っていくことになるのだろう。と,厩戸皇子が登場するまでの話。

  • 黒岩重吾の小説で一番好き。身を切る様な恋愛が、一生に一度でも出来る人は、或る意味で幸せだと思う。

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著者プロフィール

1924-2003年。大阪市生まれ。同志社大学法学部卒。在学中に学徒動員で満洲に出征、ソ満国境で敗戦を迎える。日本へ帰国後、様々な職業を転々としたあと、59年に「近代説話」の同人となる。60年に『背徳のメス』で直木賞を受賞、金や権力に捉われた人間を描く社会派作家として活躍する。また古代史への関心も深く、80年には歴史小説の『天の川の太陽』で吉川英治文学賞を受賞する。84年からは直木賞の選考委員も務めた。91年紫綬褒章受章、92年菊池寛賞受賞。他の著書に『飛田ホテル』(ちくま文庫)。

「2018年 『西成山王ホテル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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