文章読本 (中公文庫)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 1831
感想 : 140
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122025356

感想・レビュー・書評

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  • ◯流れるような文章に対して、内容は理路整然と論理的に文章の書き方や、読ませ方が書かれており、新しい感覚というか、不思議な本であると感じた。
    ◯書き手が何を思ってその文章としたかを読み解ける視点も得られ、書くことを知ることで読むことも深められた。
    ◯なによりも、何か書きたくなるような、そんな心持ちになった。

  • 誰にでもわかりやすく書くこと。
    かつ長く記憶に残るような文章を心がけること。
    しかし間隙を作り、説明しすぎてはいけない。
    日本人の性質に合わせて日本語を使うという
    谷崎の哲学が私は大好きだ。

    文章を書くプロなら当たり前なのかもしれないが、
    ルビや送り仮名にも神経を使う緻密さに驚いた。
    美しい文章を書く谷崎潤一郎だからこそ大いに説得力のある本。
    「陰翳礼讃」と合わせて読むとより谷崎の美学が理解できると思う。

  • 文章に実用的と芸術的の区別はない
    現代の文は、「わからせるように」書くこと。簡単な言葉で明瞭に物を書き出す技術が大切。
    もっとも実用的(対象を仔細に描き、それ以外の無駄を省く)な文章=芸術的

    人に分からせるように書く秘訣は、言葉や文字で表現できることと出来ないことの限界を知り、その限界内にとどまること。

    文章は目で理解するばかりでなく、耳で理解するものである。そのため、文章を綴る場合には、まずその文句を実際に声を出して読み、それがすらすらと言えるかどうかを試してみる。もしすらすらと言えないようなら、読者の頭に入りにくい悪文である。

    字面の美と音調の美とは単に読者の記憶を助けるのみでなく、理解を補うもの。言葉を多く使いすぎるのは間違いであり、言葉の不完全なところを字面や音調で補ってこそ、立派な文章である。

    国語というのは国民性のうえに成り立つものであるため、我々の国語がおしゃべりに適さないように発達したのも、偶然ではない。

    【文章の上達法】
    文法的に正確なのが、必ずしも名文ではない。文法に囚われすぎないこと。国文の持つ簡素な形式に還元するよう努めること。

    一つのものを繰り返し読むこと。音読すること。
    自分でも作ってみること。

    感覚というものは、一定の練磨を経た後には、各人が同一の対象に対して同様に感じるように作られている。

    【用語】
    奇をてらおうとしない。分かりやすく、昔から使い慣れた言葉を選ぶこと。拠り所のある言葉でも、聞き慣れない言葉よりは、耳慣れた外来語や俗語を選ぶこと。ただし、適当な古語が見つからないときに初めて新語を使うこと。
    類語辞典が便利。しかし、自分がよく知っていて即座には思い出せない言葉を引き出す用途に使うのであり、世間に通用しない言葉は使わない。

    文体・調子…書いている人の性質に左右されるもの。これが一番美しい、というものはない。

    【品格】
    文章の上で礼儀を保つには
    1 饒舌を慎むこと
    →あまりはっきりさせようとしないこと
    →意味のつながりに間隙をおくこと
    つまり、ものごとの輪郭をぼやかすことである。
    現代の書き手は、センテンスとセンテンスの間が意味の上でつながっていないと承知できない。もっと読者の理解力に一任してもよい。

    2 言葉づかいを粗略にせぬこと
    3 敬語や尊称を疎かにしないこと

    【含蓄について】
    日本語は主語を省くことができる。「私」や名詞代名詞を省いたほうがよい場合が多い。
    現代には無駄な形容詞や副詞が多い。比喩は、それを例えに出したときに一層情景がはっきりする、というときに使うものであり、無理やり出してはいけない。
    言葉を惜しんで使え。
    感覚の鍛錬を怠らなければ、教わらずとも次第に会得できるようになる。

  • 実際に必要な言葉だけで書く

    分かりやすい言葉で書く
    その為には、同義語のうちどれが適しているか考えて、それを選ぶ
    最適な言葉はただ一つしかない

  • "重厚な内容で、難しいところもあり、何度か読み直さないと身につかない。
    まず、「ゐ」や「ゑ」「を」などなど、現代の言葉使いとは違うひとつ前の世代の文章で書かれているところで躓く人もいるかもしれませんが、根気強く読みつつけていくと、所々でなるほど~とうなることになります。
    母国語でさえおぼつかない自分が外国の言葉を覚えようなんておこがましく感じてしまう今日この頃。"

  • 文章の品格や含蓄などが説かれている。
    テーマは深いが平易に述べられており、とても興味深く読み進められた。
    日本人として日本語のことをあらためて考えさせられる良書と思う。

    興味深かったのは、発想法と通ずるところがあるなと感じた以下の内容。

    『最初に思想があって然る後に言葉が見出だされると云ふ順序であれば好都合でありますけれども、実際はさうと限りません。その反対に、先づ言葉があって、然る後にその言葉に当て篏まるやうに思想を纏める、言葉の力で思想が引き出される、と云ふこともあるのであります。一体、学者が学理を論述するやうな場合は別として、普通の人は、自分の云はうと欲する事柄の正体が何であるか、自分でも明瞭には突き止めてゐないのが常であります。』

    。。。ほんとうに、そう思います。

    この本は、約90年前くらいに著された本ですので、少しなじみのない漢字が出てきます。この漢字の読みだけで敬遠するのは、あまりに惜しい。

    以下になじみのない漢字の読みを挙げておく。

    斯く かく
    因る よる
    蓋し けだし
    憾 うらみ
    孰方 どちら
    唯 ただ
    覚束ない おぼつかない
    漸く ようやく
    暫く しばらく
    窺われる うかがわれる
    俄 にわか
    嘗て かつて
    而 そして
    而も しかも
    耽る ふける
    殊に ことに
    雖も いえども
    閃めく ひらめく
    敢えて あえて
    婉曲 えんきょく
    毀誉褒貶 きよほうへん
    敷衍 ふえん
    截然 せつぜん 物事の区別がはっきりしているさま
    已む やむ
    繙く ひもとく
    嘗て かつて
    寔に まことに
    儘 まま
    拵へる こしらへる
    最早 もはや
    拵へる こしらえる
    啻 ただ
    恰 こう、あたか(も)
    聊か いささか
    亦 また
    悉く ことごとく
    旁旁 かたがた
    恣 ほしいまま
    夙に つとに
    涵養 かんよう
    苟くも いやしくも
    扨 さて
    屢々 しばしば
    徒ら いたずら


    以下、当書籍の要約。
     『言語は他人を相手にする時ばかりでなく、ひとりでものを考えるときにも使う』が、『心に思っていることなら何でも現わせるというものではなく』、『思想を型にいれてしまう』場合もある。また、『口語体の文章ならどんなことでも「分からせる」ように書ける、と考えやすい』が、これも間違いであるようだ。
     記憶に留まるような、読めば読むほど味が出るような文章は、『「分からせる」ように、「理解させる」ように書く』。『実際に声を出して暗誦し、それがすらすらと云へる』よう、『字数はできるだけ減らし、(中略)形容詞なども、最も平凡で、最も分かり易く分かり易くて、最もその場に当て嵌まるもの一つだけを選ぶ(中略)もう此れ以上圧縮出来ないと云ふ所まで引き締め・・・』なければならない。
     『あらゆる点でいい過ぎ、書き過ぎ、しゃべり過ぎ』、『無駄な形容詞や副詞が多い』、『事柄の正体が何であるか、自分でも明瞭には突き止めていないのが常』であり、『言葉を惜しんで使うということも、なかなか生やさしい業でない』。
     『言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り』、『文法に囚われず』、『言葉というものは不完全だから、眼と耳に訴えることが表現の不足を補う』など、『芸術的の手腕を要するところ』があり、『一 饒舌を慎しむこと 二 言葉使ひを粗略にせぬこと 三 敬語や尊称を疎かにせぬこと』など、礼儀も保たねばならない。『「饒舌を慎しむこと」が肝腎でありますが、さうかと云つて、無闇に言葉を略しさへすればよいと申すのではありません』ととどめも刺される。さすが礼儀だけあり、簡単ではない。これは国民性に根差すところであるが、『自分の思うことや見たことを洗いざらいいってしまおうとせず、いくぶんか曖昧に(中略)。己れを空しうして天を敬ひ、自然を敬ひ、人を敬ふ謙遜な態度、それから発して己の意志を述べることを控へ目にする心持の現はれでありまして、品格と云ひ、礼儀と云ひますのも、結局は此の優雅の徳の一面に外ならない』、『先づ何よりもそれにふさはしい精神を涵養することが(中略)優雅の心を体得することに帰着する』とある。とても深いが、『或る感情を直接にそれと云はないで表現することが、昔の詩人や文人の嗜みになってゐた』ようである。
     名文への道のりは険しいが、『心がけと修養次第で、生れつき鈍い感覚をも鋭く研ぐことが出来る』。『出来るだけ多くのものを、繰り返して読むことが第一』、『実際に自分で作ってみることが第二』。文章に限ったことではないが、『自分で習ふと、他人の巧い拙いが見える』から、『鑑賞眼を一層確かにするためには、矢張自分で実際に作ってみる』。また何より『講釈をせずに、繰り返し繰り返し音読せしめる、或は暗誦せしめると云ふ方法(中略)、実は此れが何より有効』とのこと。 
     『一定の錬磨を経た後には、各人が同一の対象に対して同様に感じるように』ということだから、愚直に修養してゆくしかないであろう。

  • 宇多田ヒカルがだいぶ昔に三島由紀夫の文章読本を好きな本に挙げていたのを目にしたときにそういう類の本があることを知って以来、今やっと自分なりのタイミングと思い読んでみた。谷崎のほうだけどな。
    技巧的な話題もあるもののだんだんと谷崎自身の「俺の考える最強の日本語の文章」みたいな話になって最終的には「この本の文章の書き方を頭から見返せば自ずと分かるはず、そして一にも二にも感覚を磨くべし」的にメタに結論をまとめるという後半読み進めたあたりからの嫌な予感が見事に的中したのに苦笑いして読み終えた。
    感じることを全て文章で書き現わすことはできないので、その限界を知ることと、それゆえ省くことが肝要であり、日本語にはもとよりその仕組みが備わっているのというのが全体の主張だと理解した。

  • 無駄に修飾語をつけてしまう癖があったのでドキリとした。日本人の文化論のようなところまで踏み込んでいる。含蓄は味わえるが、書くとなれば大変だ。

  • 日本語を好きになる本。
    日本語ならではの言葉の使い方を考えさせられ、その良さと味わいを楽しめます。日本語や日本文化への愛あってこその文章だと感じました。
    書かれたのはだいぶ昔だけれど、今にも通用する内容ばかりです。谷崎の時代とは生活も文化も何もかも違っているような現代なのにそう感じられるのは、とても喜ばしいと思います。
    自分には古文漢文の知識がほとんどないので、是非また勉強したいという気持ちになりました。今使っている言葉をもっと大切にしていこうと思いました。

  • 今まで読んだ文章上達系の本の中で一番よかったかも。三島由紀夫氏が推薦文をよせている。

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著者プロフィール

谷崎潤一郎

明治十九年(一八八六)、東京日本橋に生まれる。旧制府立一中、第一高等学校を経て東京帝国大学国文科に入学するも、のち中退。明治四十三年、小山内薫らと第二次「新思潮」を創刊、「刺青」「麒麟」などを発表。「三田文学」誌上で永井荷風に激賞され、文壇的地位を確立した。『痴人の愛』『卍(まんじ)』『春琴抄』『細雪』『少将滋幹の母』『鍵』など、豊麗な官能美と陰翳ある古典美の世界を展開して常に文壇の最高峰を歩みつづけ、昭和四十年(一九六五)七月没。この間、『細雪』により毎日出版文化賞及び朝日文化賞を、『瘋癲老人日記』で毎日芸術大賞を、また昭和二十四年には、第八回文化勲章を受けた。昭和三十九年、日本人としてはじめて全米芸術院・米国文学芸術アカデミー名誉会員に選ばれた。

「2021年 『盲目物語 他三篇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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