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Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784122034426
感想・レビュー・書評
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『説経節』の「信徳丸」の関連で、そういえば折口のこの文庫は買ってあったはず、と引っ張り出してきました。併録の「身毒丸」については、上記の本で少し触れたので、ここでは主に「死者の書」について述べます。
冒頭の暗闇の場面が印象的な、不思議で魅力的な物語である。
水のしたたる音が響く洞窟で、長い眠りからゆっくりと覚めていく「彼の人」の描写は忘れえぬ印象を残す。
物語の幹を作るのは2人の人物である。1人は政権闘争に敗れて若くして命を絶たれ、二上山に葬られた大津皇子。1人は当麻寺に伝わる曼荼羅を織り上げたといわれる伝説の主、中将姫(本書中では郎女)。
民俗学者でもある折口はこの2つの話を結び合わせ、幻想的で非常に美しい世界を作り上げた。
当時の風俗も織り込みながら、物語が見つめているのは、うつつではない、幻の世界である。そしてまた、郎女の心もまた、この世ならぬところへと向かっていく。
読み終えたとき、壮大なこの世のものではないような風景が目の前に広がるのである。郎女が見た、二上山の上に立ち上がる尊い巨大なものの姿のように。
*久しぶりの再読です。若い頃、このお話がとても好きで、当麻寺まで曼荼羅を見に旅をしました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
折口信夫が1939年に発表した長編小説。奈良県葛城市にある當麻寺に伝わる當麻曼荼羅の伝説をベースにした幻想小説。文語体の文章が読みにくいというか、分かりにくいのでハードルが高いかもしれないですが、とてもおもしろい作品です。大学の授業で中将姫の伝説について講義を受けたことがあるので、個人的には懐かしかったです。ならまちには中将姫が生まれたとされる誕生寺や、数カ所にお墓と伝わる場所もあります。この本を片手に大和の地を散策してはいかがでしょうか。中将餅食べたい…。
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「死者の書」をまるっと読みたくなったので、再読。古代の人々に当たり前だった心持と、物語としての面白さと二重の意味を含ませた、美しい話。私はこの中公文庫版で読むのが好きだけど、注釈と続篇がついていて、仮名遣いが改まっている岩波文庫版でももう一度読もうと思う。しかし原典がやはりよい。雰囲気が全然違う。
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『死者の書』は、近代文学史どこにどのように位置付けていいものか困惑する小説である。それは、北辺の彼方にただ一人屹立す単独蜂であるかに見える。物語は、3層からなる構造を持っている。まず、二上山の山上に葬られている大津皇子に代表される神々と死者の世界。その対極には大伴家持や恵美押勝らのいる現世の地上世界がある。そして、この2つの世界のあわいに藤原南家郎女(中将姫)がいるのである。そして、そこに紡ぎだされる物語の世界は、きわめて静謐で冷やかな抒情に満ちている。例えれば、それは月の光だけが持つような美しさだろう。また、本書にはまた、冒頭の「した した した」をはじめ、「ちよう ちよう はた はた」の機織りの音など、折口独自のオノマトペがきわめて効果的に働いている。 なお、川本喜八郎がこの作品をもとに人形劇『死者の書』を製作しているが、なかなかに良くできていて、こちらもお薦めだ。
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当麻曼荼羅に着想を得て、奈良時代(登場人物から推察して、天平宝字頃)を舞台に日本古来の原始信仰と、この頃に本格的な隆盛を迎えた仏教の融合の物語ともいうべき「死者の書」と、その解説といえる「山越しの阿弥陀像の画因」鎌倉時代に発生したとされる『峻徳丸伝説』の原点に迫る「身毒丸」の3編を収録。表題作は小説という形をとってはいますが、これは間違いなく民俗学だと感じました。旧仮名遣いなので敷居が高いと思いがちですが、ひとたびリズムに乗れば意外と読みやすく、特に死者の書は物語の持つ独特のイメージに圧倒されます。
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こんなに難しく感じた本ははじめてでした。私は日本人だったのかしら?と感じるぐらい読めない漢字やわからない言葉が次から次へと・・・辞書を片手に読破!そしてもう一度読み直してみると,なんとすてきなお話でしょうか・・・この本から大津皇子に出会うことができた。
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日本文学史上に妖星のように輝く傑作。
何度読んでも、その都度、古代から来たかのような折口信夫の異様な才能に震撼させられる。
冒頭の、巌の玄室に天井からの雫が「した した した」と滴り落ちる描写で、背筋が凍る。
どうしたらこんなオノマトペを考えつくのか?
古代人の感性だとしか思えない。
義理の母である持統天皇に殺された大津皇子が、首を切られる寸前に見た藤原郎女、耳面刀自に思いを残し、時代を超えて、恵美押勝の時代の耳面刀自の子孫である藤原南家の郎女に取り憑く。
二上山の麓にある當麻寺に伝わる、蓮の葉で織られた当麻曼荼羅の縁起を、折口の想像力が現代日本蘇らせる。
この小説は折口信夫にしか書くことが出来ないし、折口信夫ですら、完成作品はこの一つを残したのみだった。
「続•死者の書」が構想されており、そこには空海が登場する予定だったと言う。
構想だけで書かれなかった幻の作品群、「続•カラマーゾフの兄弟」「続•明暗」の系列に「続•死者の書」は位置付けられ、人々の興味と落胆を限りなく誘う。 -
旧仮名遣いの古文が、奈良時代のおどろおどろしいような雰囲気を醸し出し、その時代に没入させられた。大津皇子の名前は全く登場しないものの、二上山の姿が度々語られ、藤原4兄弟、大友家持、藤原仲麻呂、道鏡らが登場するのは大津皇子の死からおよそ100年後の時代か?その時代には大津皇子の悲劇はまだ生々しい歴史だっただろう。藤原南家の美しい姫(中将姫)を示す當麻寺も度々登場し、大津皇子の関わりが示唆される。不思議な世界を味わう読書となった。難しい漢字、読み方が分からないところも多く、フリガナが無いのはつらかったが、これが、また大昔の雰囲気を高め、「した、した、した」「こう、こう、こう」などのオトマノぺが印象的。
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武田真治さんの身毒丸を観て、ちょっと消化不良なところもあり、この本を買ってみた。
文体と漢字が、わたしの脳みそには少し高度なのと、京都の地形をあんまり想像できないのとで、理解が追いつきませんでこの評価…。ごめんなさい。私がバカっったのです。
ただ…難しい割には、ストンと入ってくるところもあって、なんとも不思議な文だった。嫌いじゃないなぁと、思った。難しかったのは死者の書の方で、身毒丸はそうでもなくて、なんだか美しいものを見た、という、読後感でした。ただ現代劇のそれはこの身毒丸だけの構成ではなかったと思うので、どのあたりを引っ張ってきたんかな?という疑問は解決できました。継母設定や弟の存在やら何やらは、もう一つの話になるんだろうかね。
エッセンスとして、この話を選ぶなんて、その嗅覚と美意識と深い見識たるや。 -
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文学
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大津皇子の魂と耳面刀自の魂の交感。
大学一年生の時にいったん挫折したのを再読。
私たちにとって「古文の世界」といえば源氏物語の平安時代、そのさらに遡ること350年、古の飛鳥時代の「昔」の世界に身を置くことができます。飛鳥の人々の暮らし、宗教、記憶。
厳かで重々しく寒々しい。 -
再読。「死者の書」は、名作というより名文。「した した した」「あっし あっし」「ちよう ちよう はた はた」など、独特の擬音語(?)のリズムも心地よくて、幽玄な世界へ連れていかれてしまう。
「身毒丸」はいわゆる説経節などの「しんとく丸(俊徳丸)」とは筋書きが違う。継母などは影も形もなく、田楽師の美少年にその師匠が抱く怪しげな感情のほうが気になる。
※収録作品
「死者の書」「山越しの阿弥陀像の画因」「身毒丸」
解説:川村二郎 -
恩師から薦められた折口信夫さん。
どの本から手をつけようかと悩み
難解とは聴いていたがタイトルに惹かれ
最初の一歩に選んだ。
やはり読書初心者には難解だったが、
自分の中に新たな川、民俗学が合流してきた。 -
もし自分が死んで埋められたら そして長い年月が流れ・・・その感覚がありありと手触りするように感じられる
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・収録作品・
死者の書
山越しの阿弥陀像の画因
身毒丸
解説 川村二郎 -
「死者の書」は少し難解で消化不足なところもあるが、この言葉の力と世界観は圧倒的だった。一瞬にして神秘の世界が包み込んでいく。「山越しの阿弥陀像の画因」も難しかったが、これを読んで少し掴めた気がする。「身毒丸」は高安長者伝説や能の弱法師、説教節の知識が僅かにあったので興味深かった。弱法師や伝説とはかなり設定が異なっており、折口信夫の「しんとく丸」になっている。身毒丸が最後に見た顔とは一体誰だったのか、様々な解釈が成り立ちそうで面白い。この世界観に触れる機会に巡り会えたことがなにより嬉しい。
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解説が勉強になりました。本作品のもつ小説と学術論文との中間地点、幻想的な立ち位置にある、近代文学史における最高傑作であると同時に、唯一無二のジャンル分けできない小説であるとの分析。この小説の違和感はそこにあったのか、と思いました。
単純な歴史小説ではなく民族学的側面からのアプローチ、無駄のない文体であるにも関わらず、ひとつひとつの文字から浮かび上がる四季折々の様子、沸き立つ香り。
節から節への連続が途切れることがなく、きちんと繋がりながらも趣を変えて進んでいく描写にほう、とため息をつきました。蓮糸を力強く織り上げる郎女のごとき文章の展開、光に満ち溢れるラスト(至高天…!アクィナス!!)。絶妙でした。味わい深い作品でした。この単調な物語の中に、折口の見つめた日本の姿が丁寧に編み込まれていて、目から鱗です。
山越の阿弥陀像の画因もとても面白く拝読いたしました。太陽信仰という原始的な信仰について、さらに仏画の絵画的表現へのアプローチなどとても勉強になりました。何より、絵画が奇跡的に発見された部分の描写にはやはり小説的な文体が生かされていて、それはもうロマンチックに感じられます。
19世紀末から20世紀にかけての西洋美術史論文を読んでいる感覚に近いように感じました。ロベルト・ロンギとヴェルフリンの間、でも、ヴェルフリン寄り。かな。適当です。(放り投げ)
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