松平容保は朝敵にあらず (中公文庫)

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  • 中央公論新社
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122036048

感想・レビュー・書評

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  • (2013.10.03読了)(2013.09.27購入)
    各種歴史雑誌に掲載したエッセイを一冊にまとめたものです。会津藩、新選組、遊撃隊について執筆した原稿を三本の柱としました、とのことです。
    大河ドラマ「八重の桜」に登場する人物がかなり登場しますので、ドラマと同時代の歴史余話として楽しめます。「遊撃隊」というのは、初めて知りました。
    会津藩の祖、保科正之は、ご存じのように徳川秀忠の子どもです。正妻のお江の子供ではないので、信州高遠藩に預けられて育ちました。高遠は、甲州武田に仕えていたのですが、武田が滅んだあとは、徳川に仕えていました。保科正之は、最終的に会津藩に移るのですが、高遠から移ってゆくときに家臣を何名か連れてゆくことになります。会津藩の重臣のほとんどは、高遠以来の系統の方々と言うことです。そのため、家風は、甲州武田の物を引き継いでいるということです。
    新選組の近藤勇や土方歳三は、多摩の出身ですが、この辺も甲州武田に繋がる人たちが多いとのことです。京都守護職の松平容保が新選組を預かったのは、両者とも武田からの繋がりのためではないかと、中村さんは推測しています。
    松平容保が、天皇からの手紙を最後まで所持していたことは、会津藩は、朝敵ではなかったことの証拠になるのだそうで、明治薩長政府は、公表を止めていたとか。

    【目次】
    1 会津藩
     保科正之-幕藩体制成立期に手腕をふるった〝名君の典型〟
     会津に継承された「武田の気骨」
     会津藩主・松平容保は朝敵にあらず
     飯盛山に散った十九人の若き命
     最近発掘した会津関係史料のことども
     新発見! 会津藩士の怨念歌-『會津藩國替名殘歌』
     佐幕派を貫いた会津の青年藩主・松平容保
     軍人・谷千城と山川浩
    2 新選組
     甲州武田家の気概、多摩郷士に遺る
     暗殺と粛清の日々
     明治を生きた新選組隊士たち
     新選組島田魁、新政府に仕えず
     近藤勇と後藤象二郎の出会い
     土方歳三の青春
     剣士・土方歳三と伊庭八郎
     一刀流・斎藤一
     伊東甲子太郎の最期
     〝油小路の変〟の暗殺現場報告
    3 遊撃隊
     徳川義軍遊撃隊の戊辰戦争
     脱藩大名・林忠崇の誇り高き戦い
     幕末の剣客・伊庭八郎の最期は安楽死?
     忘れられた遊撃隊長・人見勝太郎
    4 長岡藩
     落日の光芒・河井継之助
    あとがき

    ●『京都守護職始末』(27頁)
    この史書の最も瞠目すべき点は、幕末の孝明天皇が最大の信頼を寄せていたのは会津藩主松平容保であったとして、天皇から容保に当てた御宸翰および御製があることを初めて記述したところにあった。
    三浦梧楼が愕然としたのは、この真実を記した書が公刊されれば、戊辰戦争とは官軍が賊とを討った正義の戦いであったという薩長寄りの順逆史観は全く崩れ去り、明治維新は虚妄であった、ということになってしまうからである。(29頁)
    ●軍制改革(34頁)
    会津藩は軍制改革を行い、全藩士を年齢別に次の四隊に編成し直していた。
    白虎隊(十六、七歳)、朱雀隊(十八歳から三十五歳まで)、青龍隊(三十六歳から四十九歳まで)、玄武隊(五十歳以上)。
    ●大豆、胡桃、松葉(37頁)
    姉が首途の祝いだと干し栗、大豆、胡桃、松葉を盆にのせて差し出したのは、干し栗は「勝ち栗」と呼んで勝利祈願。大豆、胡桃、松葉は、「まめに来る身を待つばかり」の語呂合わせで、すなわち勝ってつつがなく凱旋できるように、と言う会津独特の出陣祝いであった。
    ●鳥羽伏見後(69頁)
    大阪に残された会津藩士千八百余人は、従来、思い思いに江戸を目指したものと思われてきた。それが実際は紀州加太浦に逃れ、同地で約九十隻の船を雇って東下を果たしたのだと知れるには、昭和五十五年、加太浦の水主庄屋の日記及び船賃請求書の控えが発見されるのを待たねばならなかった。
    ●ドンゴリ(192頁)
    仙台兵は弱くて、会津では呆れてしまって「ドンゴリ」と渾名をつけたほどです。その心は敵がドンと大砲を一発撃つと、五里も逃げ走るということでした。
    ●河井継之助(229頁)
    「今日の兵備は、火器を捨てて何に従はむ。今日の理財は、貿易を捨てて何に従はむ。環海の那、船を捨てては一歩も動く能はず。其理は小児も解し得るに、学者の之を解せざるは何事ぞ。火器と貿易と船舶とは、今日の急務なり」

    ☆関連図書(既読)
    「保科正之-徳川将軍家を支えた会津藩主-」中村彰彦著、中公新書、1995.01.25
    「奥羽越列藩同盟」星亮一著、中公新書、1995.03.25
    「戊辰戦争」佐々木克著、中公新書、1977.01.25
    「松平容保-武士の義に生きた幕末の名君-」葉治英哉著、PHP文庫、1997.01.20
    「新島八重の維新」安藤優一郎著、青春新書、2012.06.15
    「小説・新島八重 会津おんな戦記」福本武久著、新潮文庫、2012.09.01
    「八重の桜(一)」山本むつみ作・五十嵐佳子著、NHK出版、2012.11.30
    「八重の桜(二)」山本むつみ作・五十嵐佳子著、NHK出版、2013.03.30
    「八重の桜(三)」山本むつみ作・五十嵐佳子著、NHK出版、2013.07.26
    「吉田松陰」奈良本辰也著、岩波新書、1951.01.20
    「吉田松陰」古川薫著、光文社文庫、1989.06.20
    「吉田松陰の東北紀行」滝沢洋之著、歴史春秋出版、1992.12.25
    「岩倉具視-言葉の皮を剥きながら-」永井路子著、文藝春秋、2008.03.01
    (2013年10月7日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    「明治」という名の日本近代が成立するに当たっては、学者も作家もほとんど注目しない一群の男たちが存在した―。会津藩、新選組、遊撃隊で活躍したのち、時代の潮流と命運をともにした男たちに光を当て、その「志」を縦横に描いた本書は、知られざる維新史を抉った力作である。

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