新幹線開発物語 改版 (中公文庫 B 1-24 BIBLIO20世紀)
- 中央公論新社 (2001年12月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
- / ISBN・EAN: 9784122039513
感想・レビュー・書評
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この本は1964年、即ち東海道新幹線が開通したその年に、「中公新書」の一冊として出版された『東海道新幹線』が元になつてゐます。2001年にその後の経過などを追加した上で、中公文庫として復刊しました。
新幹線に関する書物はそれこそ星の数ほど出てをりますが、その発表時期は割かし近年に集中してゐます。そして内容としては、日本が誇るシンカンセン、凄いぜニッポンといつたやうな、一連の日本礼賛傾向に則つたものも目立つのであります。ああいふのはもういいやね。
その点本書『新幹線開発物語』は、開通直前の緊張感溢れる、ピリピリした時期の出版ですので、当時の世相とか世論が窺へるのであります。成功するのかしないのか、技術陣としては自信作の新幹線ですが、一般にはまだ誰もその根拠を認識してゐません。
さういふ一般人向けに、今回登場する「夢の超特急」とはどんなものか、解説した一冊でございます。ちよつと難しいところもありますが。俺だけかな。
まづ、どうして今回の新幹線が必要なのか。当時はもう鉄道は過去のものといふ雰囲気で、海外では更にその傾向がありました。今後の交通は近距離はクルマで、中長距離はヒコーキで決まりだ、みたいな。そんな鉄道に巨額の投資をする日本といふ国は少しをかしいのぢやないか?
そんな世論を意識してか、東京-大阪間の輸送量逼迫から高速鉄道の必要性を説きます。なぜ単なる複々線化ではだめなのか、大都市付近だけの線路増ぢやだめなのか、将来の人口減を考へたら不要ぢやないのか等等。
これまで例のない高速鉄道なので、その安全面について解説してくれます。高速鉄道の場合、いかに速く動かすかよりも、いかに安全に止めるかが重要であります。即ちブレーキの開発や、停止信号からATCへの変革の話は眞に興味深いものがあります。そして建設自体を僅か5年半で完了させた快挙。無論戦前の「弾丸列車」の遺産があればこそなんですが。
開通時の電車本数は、一時間当たり数本のみで、現在からすると隔世の感があります。しかし本書を読むと、既に将来五分間隔運転、つまり12本/時を想定してゐたやうで、驚きます。将来の貨物新幹線の構想は、残念ながら実現しませんでしたが。
まだ「ひかり」「こだま」の愛称が決まつてゐない時点なのか、文中では専ら「超特急」「特急」の呼称を使つてゐるのも面白い。
サテ著者の角本良平氏(1920-2016)は国鉄の前身である鉄道省に入省した後、新幹線の建設に関はつた当人であります。丁度生誕100年。特に「建設の苦心」といふ章では、ああ本当に苦労したわい、といふ心の声が聞えてきます。用地買収の苦労も、まづ新幹線の存在意義から説明しなくてはいけないのです。関連する夥しい数の地主との交渉は、筆舌に尽くし難いものであります。
しかしさういふ苦労が実り、いよいよ開通を迎へます、となりました。恐らく本書脱稿時の著者はドキドキだつたのでは。無論我々はその後の大躍進を知つてゐる訳ですが......
ただ、著者は新幹線を全国に張り巡らせる政策には賛成しない立場のやうです。あくまでも輸送量が限界に達した区間に建設するべきで、単に高速化のためだけに巨額の資金を投入する事には慎重姿勢を見せてゐます。わたくしも同意見ですが、次々と整備新幹線の建設・開業が続いてゐますね。で、在来線は悲惨な状況になり、いたづらに赤字路線を増やしてゐます。改めて鉄道は政争の具であるなあと考へた次第でございます。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
素晴らしい。面白い。技術屋が書いたのかと思うほど簡潔で明瞭な文章でありながら、物語にもなっている。
これほど広大な規模の開発プロジェクトが5年半で完遂できたというのは、驚きを禁じ得ない。関わった人たちの労力とその結実にはあっ晴れと言うほかない。開発というのは、技術屋だけでなく、用地買収者や工事担当者など膨大な人たちの関与があって成立しているということがよく分かる。
面白いのは、新幹線事業が成立した分析のところ。日本の東海道沿線は、世界的にも珍しく高速鉄道の需要が大きかったと。それにより、世界初の時速200キロ超え鉄道の事業化が持ち上がった。要するに、人口密度と都市間の距離が、高速鉄道にばっちり合っていたということなのだろう。日本の居住可能エリアが狭く密集した居住環境が上手いこと作用した例かもしれない。もし日本の2大都市が茨城と広島くらいにあったら、開通が10年くらい遅れる代わりに時速300キロの新幹線ができていたかもしれない。そういうのを考えるのが楽しい。 -
世界一速い鉄道をつくろう
元鉄道管理官が語る夢の超特急開発のすべて
20世紀最大の国家事業、新幹線建設、時速200キロ実現までの試行、
安全運転のための自動列車制御装置の開発、列車妨害対策、ルート選定、
用地買収構想などすべてを含んだ、世界最高のモノを作る技術の記録。
中公新書「東海道新幹線」(1964年刊)を加筆・訂正。
文庫は2001年の刊。10年以上積読状態でした。
新幹線計画に携わった著者による真面目な本で、興味深い内容が満載です
が、読むのに骨が折れます。
本書のベースとなった新書版は、新幹線開業を間近に控えた時期に出版
出版されたという。本書の記述をみても会場前の未知の雰囲気が感じら
れる。著者は新幹線の山陽延伸に慎重な見方をしている。あくまで交通
需要を勘案したうえで考えるべきとしているが、計画は膨張し国鉄経営
は再起不能に陥る。50年前の記録を現在読めることは、占いの結果を
知るようでなかなか面白い。
計画されていたものの実現していないものに、新幹線による貨物輸送が
ある。後世の記録を読むと「貨物計画は世界銀行の融資をえるための方
便」というニュアンスであるが、本書を読むとなかなか真面目に計画さ
れていたことがわかる。
文庫版には、2001年時点での加筆が行われている。「新幹線その後」
にある「新幹線は薄利多売で行くべきだったが、政治は新幹線の競争力を
失わせるほどに運賃料金を値上げした」という分析は面白い。
もし、薄利多売でいったらどうなったであろうか、航空機との競争も含め
IFを考えるのも面白い。