新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)

制作 : Machiavelli  池田 廉 
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 1192
レビュー : 98
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122040120

作品紹介・あらすじ

中庸が最高の徳とされてきた中世イタリアで、上に立つ者の資質を根底から再考した、歴史を超える普遍的な論考。君主は善悪ではなく人間性をみて他人の行動を予測し、常に臨戦態勢であるべきと大胆に提言する。

感想・レビュー・書評

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  • つとに有名だが、手に取ることがなかった『君主論』。あるきっかけがあり、強制的に読むことになった。

    『君主論』が書かれたのは16世紀のイタリアである。この時代のイタリアには統一された国民国家というものが存在せず、都市国家がそれぞれ君主を擁き、領土の奪い合いをしていた。また、隣国のドイツ、フランス、スペインなどもイタリア都市国家に対する領土的野心を隠していなかった。その中で国家を統治する君主は、国内を統治するとともに外敵からその領土を守らなければならない状況に置かれていたと言える。『君主論』は、著者マキャベリが、フィレンツェの書記官としての経験から、この時代の君主が持つべき資質や行動について、自らが師事しようとする君主に対して売り込みを目的としてまとめたものである。(という背景も初めて知ったのでだ)

    『君主論』は、群雄割拠のイタリアの君主として国を治めるにあたっては、権謀詐術を用いて、臣下や民衆に恐れられる存在となるべきであると説く。そこで描かれる君主像は「恐れられるリーダー」と言える。誠実であるよりも、奸計を張り巡らせ、結果として裏切りなどを行ったとしても、成果によってはそれもよしとするものである。典型的には次のような箇所にその思想は現れている。

    「愛されるより恐れられるほうが、はるかに安全である。…人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つけるものである。その理由は、人間はもともと邪なものであるから、ただ恩義の絆で結ばれた愛情などは、自分の利害のからむ機械がやってくれば、たちまち断ち切ってしまう。ところが、恐れている人については、処刑の恐怖がつきまとうから、あなたは見離されることがない。… 君主は、たとえ愛されていなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」

    これは弱肉強食の世界において有効なものと言えるかもしれない。有名な「狐とライオン」の譬えがマキャベリの理想とする君主像を表している。狐のように頭を使い奸計を巡らしたり危機をうまくはぐらかしたりする一方で、ときにはライオンのように力強く武力や権力をもって相手をねじ伏せることが必要だとする。

    「名君は、信義を守るのが自分に不利をまねくとき、あるいは、約束したときの動機が、すでになくなったときは、信義を守れるものではないし、守るべきものでもない」とマキャベリが書くとき、明らかに『武士道』で優先されているような騎士の倫理よりも実利を上に置いている。倫理が実利につながる場合においてのみそれは守られるべきものであるとして、明確に現実と道徳との優先されるべき上下関係が存在している。それは次の言葉でも繰り返される - 「りっぱな気質をそなえていて、後生大事に守っていくというのは有害だ。そなえているように思わせること、それが有益なのだ、と。たとえば慈悲深いだとか、信義に厚いとか、人情味があるとか、裏表がないとか敬虔だとか、そう思わせなければならない」

    「君主にとって、信義を守り奸計を弄せず、公明正大に生きるのがどれほど称賛されるのかは、誰もが知っている。だが、現代の経験の教えるところでは、信義などほとんど気にかけず、奸計をめぐらして、人々の頭を混乱させた君主のほうが、むしろ大きな事業(戦争)をやりとげている」とマキャベリが書くとき、世間においては『武士道』のようなフェアであることが大切だとする考え方が確固としてあることを知りながらも、あえてそれが現実的にはマイナスであるというのである。「武士に二言はない」として、それを至高とする考え方とは正反対である。「ほかの誰かをえらくする原因をこしらえる人は、自滅する」とまで言うと、それはやはり一度の失敗が取返しのつかないこととなる当時のイタリア都市国家の権力の世界の話であり、現代社会の中ではやはり受け入れられない部分を含むように感じてしまうのだろう。

    これらを単純化してとらえると、『武士道』が性善説に立つのに対して、『君主論』が性悪説に立っているのだと言えるかもしれない。「ほかの誰かをえらくする原因をこしらえる人は、自滅するということだ」や「だまそうと思う人にとって、だまされる人間はざらに見つかる」という『君主論』にある言葉は、『君主論』が性悪説に立っていることの証左でもある。君主が「性悪」であることを積極的に肯定さえしている。君主の目的は、国と政権の維持であり、それがすべてに優先される。

    「君主は戦いに勝ち、そしてひたすら国を維持してほしい。そうすれば、彼のとった手段は、つねにりっぱと評価され、だれからもほめそやされる。大衆はつねに、外見だけを見て、また出来事の結果によって、判断してしまうものだ。しかも、世の中にいるのは大衆ばかりだ。大多数の人が拠りどころをもってしまえば、少数の者がそこに割り込む余地はない」

    「国」を「企業」に、「君主」を「経営者」に変えると『君主論』が説くところは現代においても当てはめられて考えられるところが多い。冷酷さと決断力は必要であるが、一方で仲間や部下や社員に畏敬を受けて管理するのかはいつのときにも重要な課題である。また、君主が変わった後の統治に関しては、M&A後のPMI (Post Merger Integration)に関する助言と取ることができるだろう。「征服者はとうぜんやるべき加害行為を決然としてやることで、しかもそのすべてを一気呵成におこない、日々それを蒸し返さないことだ。...要するに加害行為は、一気にやってしまわなくてはいけない。...これに引きかえ、恩恵は、よりよく人に味わってもらうように、小出しにやらなくてはいけない」というのは、ひどいけれどもある種の心理学的な真実を含んでいる。また、兵力を傭兵で賄うのか、自国で兵士を育成するのかという議論に関しては、競争相手と戦うためのリソースのアウトソースをどこまでとして、どのように管理するのかという経営上においても重要な議論にもつながってくる。

    マキャベリズムの問題として、よく問題として引き合いに出されるのは、恐怖政治を肯定する部分である。具体的な例では、「一つの悪徳を行使しなくては、政権の存亡にかかわる容易ならざるばあいには、悪徳の評判など、かまわず受けるがよい」というような言葉である。冷酷さが、結果を伴うのであれば、それはリーダーとして当然の行動であるというものだ。平時と有事というものがあるのであれば、マキャベリズムは有事の際のリーダーシップのあり方とも言えるのかもしれない。それは一種の経営者の覚悟の形式なのかとも思えた。

    この歳までおそらく過去の古典として認識していたがゆえに読むことがなかった『君主論』だが、いったん読んでみると問題意識は意外に現代と共通するところが多い。一方で、もはやこの考え方を直接的に取って行動に移し替えることは、個人的にも世間的にもつらいことのように思える。それでも、そのエッセンスは人間の一面の真実を捉えたものであることは認識しておくべきことのように思える。もしもワンタイムのゲームのプレイヤであるならば、マキャベリの説く行動指針は合理的であるとも思うのだ。狐とライオンではないが、世の中が羊ばかりでは何も動きはしないのだから。



    ※マキャベリが理想の君主像ともみなしたチェザーレ・ボルジアが病に倒れて早世したり、メディチ家の勃興などが君主論の背景にはある。今まで、この頃の欧州については全く興味がなかったのだけれども、少し面白いかなと思えた。同じ時期にルネサンスが起き、ミケランジェロやダビンチが同じ時期に同じ場所にいたのだというのも興味深い。

  • マキアヴェリの『君主論』は、NHKの番組「100de名著」で放送があり見逃してしまった。
    政変にともない追放処分を受けわずか5ヶ月のうちに書きあげ、本そのものはマキアヴェリの生前には刊行されなかったという。為政者に献辞しようとした、26章からなる政治論文。
     
    「君主は、たとえ愛されなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」
    「大事業はすべてけちとみられる人物によってしかなしとげられない」
    「人間は恐れている人より愛情をかけてくれる人を傷つける」
    ・・・・など現代にも通用することも云われている。

    一度読んだぐらいでは理解できない結構難解である。訳注を捲っては読み戻るので一苦労(^_^;)
    解説は解り易かった。巻末に重要語句索引、人名索引があり役に立つと思う。

  • 経済学や思想はその時代背景を元に考慮しなければならない 。セットで使わないと意味がない。これを前提にレビューを書きます。

    時代背景としては、マキャベリの時代は戦乱や汚職、詐称、王様国家の時代です。


    ①武力を持たない他国の軍事力を頼りにしている国は必ず滅ぶということです 。
    なんのかんの武力がないとなめられます。 現在の核保有国の発言力を見れば分かるでしょう。 武力のあるものが進んで武力のない者に従うことはありえないのです。自然界を見れば分かるでしょう。 自然の法則に逆らうことはできません。 宇宙物理学の法則に従って宇宙は動いています。 いくら人間が理想的な国際法や道徳や経済理論を作っても宇宙物理学の法則からは逃れられません。

    ②他国同士が戦争している時に中立の立場にいることも国が滅びます。決断力のない国はどこの国からも信用されません。戦勝国に味方していたならば、戦勝国からはあなたの国のおかげで勝利できたと思われます。敗戦国に味方した場合も、負けたけれど助けてくれてありがとうと感謝され、次回は助けてもらえます。中立の立場だとどちらからも結局助けてもらえません。

    現在に当てはめてこれらのことを考えてみると、 戦乱の時代じゃないけど、武力による発言力は健在です。力=武力の方程式が変わっていけば世の中変わっていくと思います。
    国際ルールや国内の法律 、ネットなどで個人間で売買する時のルールを破る人が世界中からほぼいなくなれば、非武装の平和主義が成り立つかもしれない。 でも日常生活から実際に感じられるように、まだその段階ではないだろう。 日本はその観点から言えば世界で一番発展しているかもしれない。しかし他国はまだ未熟である。 よって方向性としては世界中の非武装の方向に向かっていいかもしれないが徐々に向かうべきです。いきなり理想である非武装を実行してもやられるだけだと思う。

  • 共感できない部分も多いが、生き抜くための、きれいごとではない生々しい示唆が得られる
    ・ほかの誰かをえらくする原因をつくる人は自滅する
    ・加害行為は一気にやってしまわなければいけない。恩恵は、小出しにやらなければいけない
    ・君主は、愛されなくてもいいが、人から怨みを受けることがなく、しかも怖れられる存在でなければならない
    ・君主は、慈悲深いとか、信義に厚いとか、表裏がないとかという良い気質を、なにからなにまで現実に備えている必要はないが、備えているように見せかけることがが大切である
    ・気が変わりやすく、軽薄で、女性的で、臆病で、決断力がないというように見られることは、厳に慎むべき
    ・恩恵を与える役はすすんで引き受け、憎まれ役は他人に請け負わせればいい
    ・秘書官は自分のことなど考えず、常に君主の身を思う。君主は、秘書官に忠誠心を持たせるために、身に余る栄誉を与える
    ・人は、慎重よりも果断にすすむほうがよい。なぜならば、運命は女神であり、女はそういう人のいいなりになる

  • 500年前の中世ヨーロッパで書かれたとは思えない、現代に通じるような思想がまとめられている。 結局のところ、人の上に立つには自身が優秀であるか、自身の回りを優秀な人材で固めないとだめなところは今も昔も変わらないけど、周囲の人間の掌握方法は読んでいてスカッと(ゾッと?)する。 掌握方法そのものは残虐過ぎて現代では使えないけど、基本的な思想そのものは参考になる。 時々読み返したい。

  • 古典から、現代におけるリーダーシップの取り方を学べる本。策を練ることができる知恵、毅然とした態度が取れる勇敢さ、これら二つがあることで、はっきりとした意思決定ができるリーダーになるんじゃないだろうか。

  • 立憲君主制ならいざしらず民主的なプロセスを経ないで武力を統率するものが国を率いる場合の合理的な当然の帰結が書かれてある。現代において、いかに文民統制が重要か再認識させられる。シビアな状況から考えれば合理的に思えることが暗い気持ちを呼び起こす。このような体制の国家にどう対処するのか平和を希求すると同時によく考えないといけないと思った。

  • 何で手にとったのか忘れたけど、君主論。そこまで長くないけど、文章が若干読みにくい。
    リーダーは一度読むと良いかもしれない。
    ただ、僕も理解できてないから来年くらいにまた読もうかな。

  • もっと過激な内容かと思ったが、そうでもなかった。15世紀から16世紀にかけてのイタリアの状況を例に君主のあり方を説く。イタリア半島の統一がなされず有力者が割拠する中で臣下が書いた君主に向けた君主のための書。

  • 権謀術数の限りが露悪的に書かれているのかと思えば、当時著者が直接見聞したことを元に、君主としてやってはいけないこと、やらなくてはいけないことを具体的事象に照らして書いてある。

    非常に実践的な内容で、現代のノウハウ本に近いのではないだろうか。

    日常生活に応用できるかは疑問だが、国際関係には参考になりそうだし、実際に参考にしている指導者(独裁者?)はいるかもしれない。

    本書がいう「現代」が今から約500年前の16世紀初頭であることをたびたび思い出す必要がある。

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