大乗仏典〈8〉十地経 (中公文庫)

制作 : 荒牧 典俊 
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122042223

感想・レビュー・書評

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  • 2015.01.15
    第5地(「ほんとうに勝利しがたい」菩薩の地)の構成。
    ○十種平等清浄心を体得する。
    ○四つの聖なる真理を思惟しつつ向上する。
    ○まよいの存在を過去世・未来世において観照する。
    ○巧みな方便を実行する。
    ○陀羅尼を体得する。

    巧みな方便・・・・
    ・書くこと(文法にかない論理にしたがった美しい文章)
    ・印章をもちいる
    ・数を数え計算する
    ・物質や医学の原理
    ・病気を癒すための術
    ・美しい詩や舞踏劇などの娯楽
    ・川、庭園、果実、花のプラン
    ・宝玉の産地を教える
    ・惑星、星、日、月の吉凶の相を占う
    ・あらゆる身体の部分の吉凶の相を占う
    ・帝王政治の学問

    2015.01.13
    第5地・・・般若の知恵と巧みな方便。

    かの菩薩は、十種のもっともすぐれた菩薩行のうちでは、禅定のもっともすぐれた菩薩道に、とくにひいでる。(P165)

    2014.06.03
    4と5はいっしょに学ぶ・・・・___φ(・_・*)

    2013.10.29
    かの菩薩の忍耐があり歓喜にあふれる道心は、それだけでますます清浄になってくる。信愛の情ふかく温和なる道心、けっして激怒することのない道心、けっして激情にはしることのない道心、けっして興奮することのない道心、高慢になったり卑屈になったりすることのない道心、衆生が尊敬してくれることを期待しない道心、みずからのしたことに対する返報を期待しない道心、欺瞞がなく虚偽を語らない道心、深い密林のような煩悩がない道心は、それだけますます清浄になってくる。(P116)

    2013.04.04
    隊商をひきいるリーダーがあって、そのことの妙をきわめているとする。大きな隊商をひきつれていこうとしていて、かなたの大都会につつがなく到着させてやりたい、とねがっている。まずははじめには、隊商道における道路の難易、隊商道において退却を余儀なくされる困難、隊商道における宿泊地と宿泊地の中間での安全、商道における宿泊地と宿泊地の中間での退却を余儀なくされる困難、隊商道における糧食の有無、必要な行政手続きを、いろいろなひとびとに尋問して調査する。かの隊商をひきいるリーダーは、いまだ最初の根拠地を出発しないうちにすでに、ついにはかなたの大都会につつがなく到着するためも妙致をきわめているのである。かの隊商をひきいるリーダーは、このように叡智をはたらかせて思惟していることによって、いつも豊富な糧食があって、大きな隊商ともども、どんどんすすみゆき、ついにはかなたの大都会に到着するのである。彼の隊商も、また彼自身も、砂漠や荒野においてふりかかってくる災難にわざわいされることがないのである。

    みなさん、仏子たちよ、まさしくそのようにかの菩薩も、そのことの妙をきわめた大きな隊商をひきいるリーダーである。(P64)・・・・___φ(・_・*)

    2013.03.13
    2と1の復習・・・・___φ(・_・*)

    2013.03.12
    かの菩薩は、これらの禅定と自由な三昧と定へと入定しては、出定する。しかしながら、それらの定に出入りするからといって、迷いの世界に生まれるのでない。そうではなくして、菩提にみちびく諸修行を円満にするであろう、と観察するときに、わざわざ思惟をはたらかせ、誓願の力によってそれらの定へと生まれるのである。その理由は、こうである。この菩薩において、業をなし果をうける主体としての心は、衆生のためのたくみな方便によって存在するにすぎないのである。(P113)

    2013.03.08
    かの菩薩は観照する。「如来の知なるものは、まことに不思議なるかな。ひとしきものなく、かぎりない。めったに体得されることもなく、いささかも他学派の信念をまじえない。ここに苦難はなくなり、疲労困憊することもない。もはや恐怖なき涅槃の城へとみちびかれていて、ふたたび退転することはない。そして、あまたの衆生をあますことなく見守っている」と、このように観照する。(P100)・・・___φ(・_・*)

    2013.03.05
    彼の生き方の本質は、聴聞したがままに、それらの法について如実につぶさに観察することにある。(P106)

    2013.02.20
    2も復習・・・___φ(・_・*) フムフム

    2013.02.15
    3は、4と5といっしょに学ぶ・・・___φ(・_・*) フムフム

    Do(精進/第4地)→See(観照/第3地)→Plan(禅定/第5地)
    繰り返すことで、高度化していく。

    2013.01.21
    〇十の様相のある道心の心
    1.浄らかな心
    2.ひるまぬ心
    3.世を厭う心
    4.貪欲のない心
    5.退転しない心
    6.ゆるぎない心
    7.燃えあがる心
    8.やみがたい心
    9.ひろびろした心
    10.大乗の真理のままなる心

    2013.01.08
    第三地(「光明であかるい」菩薩の地)の構成
    ○道心の心で思惟する。
    ○あるがままに、つぶさに観察する。
    ○如来の知をひたすら求める。
    ○如来の知が限りないことを観照する。
    ○衆生に対する十種の道心を持つ。
    ○猛勇な努力(大精進)をはじめる。
    ○仏知を観察する。
    ○不可思議微妙の法を探し求める。
    ○すべてを喜捨する。
    ○法の言葉を求め、聴聞する。
    ○思惟→禅定→自由な解脱→三昧
    ○多種多様な神通力を体得する。
    ○みんなの心を、心のはたらきとともにあるがままに知る。
    ○過去世の生活(宿命)を想起する。
    ○人間の限界を超越した視力(天眼)によって、観察する。
    ○無礙自在な実践

    かの菩薩は、四種の善導教化の活動(四摂法)のうちでは、ひとびとのためになる善行をなすこと(利行)に、とくにひいでている。十種のもっともすぐれた菩薩行のうちでは、忍耐するもっともすぐれた菩薩道(忍波羅蜜)に、とくにひいでる。(P116‐117)

    2012,08.25
    みなさん、仏子たちよ、いまや「垢をはなれた」菩薩の地にあるのであるから、かの菩薩は、すっかり自然なるままに、十種の善なる実践道(十善業道)を体得している。・・・

    1.遠離一切殺生
    2.不偸盗
    3.不邪淫
    4.不妄語
    5.不両舌
    6,不悪口
    7.不綺語(ふきご)
    8.不貪欲(ふどんよく)
    9.離瞋恚(りしんい)
    10.離邪見(りじゃけん)

    2012.08.21
    かの菩薩は、四種の善導教化の活動(四摂法)のうちでは、やさしい言葉を話すことに、とくにひいでている。十種のもっともすぐれた菩薩行のうちでは、戒律のもっともすぐれた菩薩行に、とくにひいでている。

    といっても、その他の活動や菩薩行を正しく実践しないではない。その能力のままに、その機根のままにではあるが。

    みなさん、仏子たちよ、簡約にして説くならば、かくのごときが「垢れをはなれた」と名づけられる第二の菩薩の地である。(P92-93)

    2012.08.20
    ○言ってはいけない言葉
    粗暴な言葉、不穏当な言葉、苛酷な言葉、他者をきりさいなむ言葉、他者を屈辱する言葉、性急な言葉、性急ならんとしてどもる言葉、土俗の言葉、卑俗な言葉、垢れた言葉、耳に安らかでない言葉、激怒してどなりつける言葉、心を懊悩させる言葉、相手の激怒をさそう言葉、心を苦悩させる言葉、親愛の情のない言葉、心に不快な言葉、心にうれしくない言葉、自己の身体と他者の身体に悪影響を残す言葉。

    ○言うべき言葉
    愛情のある言葉、温和な言葉、心うれしい言葉、甘美な言葉、親愛の気持ちをおこさせる言葉、心を愉快にする言葉、恩恵をもたらす言葉、浄らかな言葉、耳に安らかな言葉、心を感動させる言葉、歓喜させる言葉、優雅な言葉、音節の明瞭な言葉、はっきりと理解できる言葉、はっきりと耳に聞こえる言葉、かこうしていない言葉、多くのひとびとに愛好される言葉、多くのひとびとに欲求される言葉、多くのひとびとに親愛なる言葉、多くのひとびと心うれしい言葉、教えを説く言葉、すべての衆生に恵みと安らぎを与える言葉、三昧に入っている言葉、心を踊躍させる言葉、心を歓喜させる言葉、自己の身体と他者の身体を澄明ならしめる言葉。

    (第2地「垢れをはなれた」菩薩の地 P75-76)

    2011.12.13
    「成所作智」って、十地ではどうなってるの?
    「成所作智」と「事事無礙法界」との関係は?
    意識と言葉は? 阿頼耶識は? 禅定と三昧は?

    2011.12.10
    第10地・・・この地(くらい)にあるときに、衆生があらゆる種類の菩提(さとり)をさとるようにしてやって、彼らをやさしく守護し、彼らがつねにあらゆる種類のすばらしい知を知って、それをさとるようにしてやるがよい。

    みずから、つねにかわらず最高の菩薩の知をさとっていることによって、他のひとびとにも、それにつとめるようにしてやるがよい。あらゆる衆生が菩提(さとり)のうちにあるようにしてやるならば、最高の菩薩知のきわみをきわめることになるであろう。

    この徳の不思議力をうけて、十の菩薩の地を円満に成就した自在王であり、あらゆる種類の徳の無尽蔵の宝庫であり、すべてを知る知者である仏が、あらゆる存在のあるがままの如性のうちより生まれるであろう。

    2011.12.09
    第1地・・・かの菩薩には、ここに十種の菩薩の地(くらい)を清浄ならしめる徳が生じているのである。すなわち、(1)信心、(2)慈悲深さ、(3)慈愛深さ、(4)喜捨、(5)倦み疲れることのない忍耐力、(6)学問を知る知者であること、(7)世間のことを知る知者であること、(8)恥じらいと謙虚さ、(9)堅忍不抜の気分、(10)如来に礼拝供養し恭敬随侍すること、である。

    第2地・・・(かのひとびとは、)華麗な言葉をまくしたてることがない。というのは、よく熟慮された言葉を言い、そのときそのときにふさわしい言葉を説き、真実なる言葉を説き、意味ある言葉を説き、教えの言葉を説き、道理のある言葉を説き、正しく教化する言葉を説くのである。かの菩薩は、それぞれの時節にふさわしい比喩物語をなして、仏陀在世時の出来事に由来する言葉を説く。こうしてかの菩薩は、寓話ではじまる言葉を説くにも、どこまでも熟慮に熟慮をかさねる。

    2011.11.15
    第3地・・・正しくさとりをさとった仏の教えられた菩薩の修行をあますところなく清浄にする言葉であるのであれば、たった一つの法の言葉のためであれ、私はまったく火の海になった三千大千世界のただなかへ、梵天の天上界の高みから飛び込んでもかまわない。まして、こんなちっぽけの火の坑へなど。さらにまた、ありとあらゆる地獄の悪しき存在の苦悩とともに生きることになろうとも、私は仏の法をたずね求めねばならない。まして、人間の苦悩とともに生きることくらい」と。かの菩薩は、このように勇猛に努力して、さまざまの法をたづね求める。そして、彼の生き方の本質は、聴聞したがままに、それらの法について如実につぶさに観察することにある。

    2011.11.10
    第9地・・・かのひとびとは、ここなる地(くらい)にまで達したときに、諸仏の教えの宝蔵を堅持している。どのような諸存在であれ-------善と不善と倫理的に無性格な諸存在であれ、そしてまた、まよいの諸存在であれ、さらに世間的な諸存在と聖なる諸存在であれ------それらすべてを、一つ一つあきらかにさとっている。知あるひとびとは。

    そして、確定した諸存在であるか、不確定な諸存在であるかをはっきりと区別して、どのように三乗の修行道を円満にする諸行を実践するかをあますところなく理解し、どれとどれとが生々流転を超越した諸存在であるかを思弁する。かくして、どのようにさまざまな衆生の世界内存在が生成するかをさとっているのである。

    2011.11.09
    第4地・・・かの知あるひとびとは、このような実践を体得するときに、衆生のためになろうと慈悲ぶかくなり、さらに身体的存在と感情と心と諸存在について思惟しつつ修行する。それらを、内なるものとしても、外なるものとしても、それら両面あるものとしても思惟しつつ修行するのである。このように四種の”いまここ”なる存在についてしずかに念う思惟(四念処)を修行するときに、まよいの束縛より超脱する。

    この内と外ってなに? 自己と他者ということ?

    衆生ひとりひとりにとって世界が生成しては滅亡する、また業の果としてまよいの存在がまよいの世界に生まれると禅定において思惟しつつ、はじめにまよいの存在が、のちにさとりの存在があるけれども、前者が尽きて後者が生じるわけではない、と禅定において思惟している。如来という大師の子孫であるにふさわしくなっているかのひとは。

    2011.10.25
    第8地・・・三千大千世界にあらんかぎりのあらゆる原子の微粒子を理解する。四種類の元素それぞれについて、さまざまに分類される衆生の身体それぞれについて、どれだけあるか、また神々の安楽な存在についていうならば、さまざまな原子がどれだけあるか、を知によって観察しながら分析し、あますところなく数えつくすのである。

    ここでも静寂にとどまることを諌められる。涅槃に常住するなー?

    2011.10.24
    第5地・・・鳥の飛びゆく大空のごとくに、いつどこにても平等で、同一である。はからいがなく、浄らかである。運動も静止もなくなってしまい、さまざまな日常的諸範疇も超脱し、それ以外のあまっているものもない。如実なるままに平等であり、如実にして存在の知性そのものであり、はからいがない。

    禅定の理をさとっていて、煩悩もどんどん減って、清らかになっている。本来、空であることを信じているままに、あらゆることごとを理解している。知にもとづいてはたらきをなす力も、かぎりなく豊富であり、つねに衆生のために菩薩行をなしている。

    2011.10.22
    第7地・・・無量無辺であることを体得する。「すべてのことは、メッセージ♫」ってこと? まことに、あらゆる菩提(さとり)にみちびく徳を、あらゆる瞬間ごと瞬間ごとに、体得している。

    まよいの存在があるものでもないし、ないものでもない境地?

    たくみな方便とは、仏の菩提(さとり)に一体につながるように廻向して思惟すること?

    2011.10.20
    第6地・・・・唯心を悟るも、その寂滅に安住するのを禁じられる。それはみんなのために働くために。そして、大慈悲心で勇猛に奮励努力すると、般若の知恵が現れて、様々な現象に随縁する真如が見えるようになる。

    2011.05.08
    前から読み、後ろから読み、途中から読み、斜めにして読み、逆さまにして読み、いろいろな読み方で読んでいます。

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