余白の愛 (中公文庫)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 1405
レビュー : 155
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122043794

感想・レビュー・書評

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  • 「君の耳は病気なんかじゃない。それは一つの世界なんだ。君の耳のためだけに用意された、風景や植物や楽器や食べ物や時間や記憶に彩られた、大切な世界なんだよ」
    突発性難聴に苦しむ「わたし」を救ったのはYの優しくて甘い言葉。
    自信なさげに恐る恐る喋る声を一つ残らず書き留めるYの繊細な指。

    人は思いもよらない災難に遭遇して心細い思いをした時、自分の殻に閉じ籠ることが多い。
    そして棘のない痛みの伴わない記憶を頼りに癒しを求める。
    記憶の捻れがもたらした安らぎは「わたし」をゆっくりと浮上させる。

    小川さん特有の甘美な幻想的な世界にゾクゾクした。
    無駄な音のない静かな物語。
    一度読んだだけでは理解できず、何度も読み直す…小川さんの文章にはいつも惑わされてしまう。

  • 耳を病んだわたしの前にある日現れた速記者Y。
    その特別な指にどうしても惹かれ、目を離すことができない。
    記憶の世界と現実の危ういはざまを行き来する、幻想的でロマンチックな物語。

    静かな、とても静かな物語で、
    本の終盤に差し掛かる頃には、もっとこの静けさに浸っていたいと、読み終わるのが残念に思った程。

    言葉選びが優しくて丁寧で、中でもYの話す言葉のやわらかさと、ヒロの優しい仕草に癒されました。
    現実と夢のような世界を行きつ戻りつし、最後の方は何がなんだかすこし混乱してきたりもしましたが、優しく幻想的な世界はやはり魅力的です。

    ところで、本書でジャスミン(おそらくナイトジャスミン)が夜8時くらいから咲き始め、甘い香りを放つという話を初めて知りました。
    なんてロマンチックで素敵な植物なんでしょうね。

    それにしても、とくに相手をトキめかそうとしているわけじゃないのに、読み返すときゅんとしてしまうYの台詞がまたにくい。
    静かな愛もいいですね。

  • 耳を病んだ「わたし」が速記者「Y」と過ごした幻想的なひと時。

    現実と記憶の世界をふわふわ漂う不思議なお話です。
    速記するYの指の描写の美しいこと…。
    指と耳を作品のモチーフするというところがさすがというか、素敵です。

    耳鳴りや不安定なわたしにつられてこちらも心もとない気分になってくる中、現実世界にとどめてくれるような存在である甥のヒロが出てくるとほっとします。

    ふらふらふわふわしていて不安がずっと付きまとっていた主人公ですが、優しいYとYの指に包まれて最後には現実の世界で前を向いて進めていけそうで安心しました。

    それにしてもYの書いた速記文書が見たいです…!

  • とある出来事がきっかけで突発性難聴を患った主人公が、この病気の経験者の座談会に参加したときに出逢った速記者のY。主人公は彼の特別な指に惹かれ、独特な耳鳴りとともに怠惰に過ごしながらも、Yとの関係を密なものにしていく。

    終始小川洋子さんの不思議な世界観。日本なのか外国なのかも分からない、主人公の名前さえ最後まで出てこない、幻想的で童話のなかにいるようなふわふわしていて透明感に包まれた世界が読んでいて心地よかった。
    なんとなく気分が上がらないときはこういう時間がゆるやかな物語が合う。

    人間にはいろいろな器官があるけれど、耳というのはとりわけ不思議な器官だ。顔の横にくっついているから普段は何も思わないけれど、耳だけをじっと見てみると、とても精巧で入り組んだ独特なかたちをしている。
    視覚、嗅覚、触覚…と様々ある感覚のなかでも、聴覚はとりわけ“逃れられない”感覚だと思う。音によるトラブルで殺人事件に発展することもあるくらいなのだから。
    バイオリンの音色のような耳鳴りに苛まれた主人公の過去の記憶。Yはそれを呼び覚まし、そして…。

    夢かうつつか。この言葉がぴったりの物語。
    最後に事実がつながっているのが明かされるあたりは、ミステリ的でもあった。

  • この作品は1991年(「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞の年)のものなので、あるいは最初の長編小説か。後の作品の濃密度に比べると、その世界は全体にやや希薄な感は否めない。そもそも、主人公であり、語り手でもある「わたし」の存在感自体が希薄である。もちろん、そこにこそこの小説の存立基盤があるのだが。対象となるYにいたっては、さらに実体感に乏しく、ほとんど手だけの存在である。物語中で確かな存在感を示すのはヒロただ一人であり、してみると彼こそが現実との接点なのだろう。自己と世界との隔絶に対する不安は強く伝わってくる。

  • 耳,まぶた,薬指…。身体感覚の違和感が不思議な世界への入り口となっている小川洋子の作品群だけど,私が好きなのは物語中に流れている静謐な時間の感じだ。
    こつこつと響く足音,時を刻む時計。読み終えた後に,本筋のストーリーよりもBGM的要素が妙に心に蘇ってくる。
    この穏やかな静謐さは幻想的な世界の表現と思っていたけれど,自分にとってなにか大切なものを失くすと,あたりは本当にしんとするのだ。静かな世界は幻想ではない。最近,そのことに気づいた。

  • この人は、やはり、ふしぎ。
    描写がすごくうまい。
    さらりと頭の中に情景を思い浮かべることができる。
    しかも、なんていうかその情景はすごく普通じゃない
    でもそれをさらりと思い起こさせる書き方ができるのがすごい。

    それにあやかり、☆4つ

  • とてもひっそりとふわふわ読みました。
    主人公が耳を病んだことも、速記者のYとの密やかな時間も、幻だったのかも、と思ってしまいます。
    Yの指の描写が官能的で濃密でした。
    そっと始まって、そっと終わった物語でした。

  • ロマンティックな物語でした。
    言葉が「わたし」の耳とYの指の間を、あるときは桜の花びらのようにひらひらと、あるときは雪のようにキラキラと、あるときは砂時計の砂のようにさらさらと流れているようでした。これは「わたし」の記憶なのですね。
    記憶の世界に堕ちていく「わたし」を引き留めるのは甥っ子のヒロ。彼と記憶の住人Yの間で「わたし」は幻想的な世界を漂います。
    何だろう、ずっと読んでいる間に感じた、この空虚感のような不安定な心持ちを起こさせる源は。ああ、もしかしたら温度がないのかもしれません。
    Yといるとき、風景はひっそりとします。必要のない音が消える感じでしょうか。それととも温度が感じられなかったのです。冷めないようにクリームをたっぷりのせた温かいココアも誕生日の大雪も。まるでそれは夢の中の情景のように。この感じも、わたしに幻想的な印象を与えてくれたひとつの要因なのかもしれません。

  • 静かで、なのにすごく自身に向き合う困難な物語だった。最後は解決したようになるのだが。。。耳で聞こえることの根源的な意味と記憶の関係を問い直している。Yの速記術がことのほか、魅力的で、その消え去り方がなんとも残念だったが、バイオリンの音や香水、建物、博物館、紙を保存しておく特別な場所ななどいとおしくなる場面がいくつもあった。

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著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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