完璧な病室 (中公文庫 お 51-4)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122044432

感想・レビュー・書評

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  • わたしの好きな小川洋子さんがいたのは、『完璧な病室』と『冷めない紅茶』
    あやふやな世界に取り残されたのは『揚羽蝶が壊れる時』
    そして、とても印象的で残酷な気持ちになったのは『ダイヴィング・プール』

    『完璧な病室』
    死へと近づくガラス細工のように精巧で美しい輪郭を持つ弟と、生命力に溢れる逞しい胸の筋肉を持つS医師。2人の対比が死と生を表しているようでした。姉である「わたし」はS医師の胸の筋肉に閉じ込められることによって、弟との永遠の別れへの悲しみを癒やします。けれどずっと温かい腕の中にいることは出来ません。「わたし」は、これからも生きていかなければならないのですから。逆に、亡くなってしまった弟は、美しい姿を変えることなく「わたし」の完璧な土曜日の記憶の中で生きていきます。苦しくて悲しくて、弟のことを忘れることが出来たらいいのにと願いながらも、きっと「わたし」は彼のことを想い、考えることをやめることはないと思いました。

    『冷めない紅茶』
    生と死の世界がいつの間にか混濁し、自分がどこを歩いているのは分からない感覚に陥ります。死とは無縁の生活をしていたはずなのに、ふいに死神に魅入られたかのように、自分の中で死が堪らなく甘美な世界へと変わっていく様を見せられたような気持ちになりました。「わたし」はK君と彼女のいる世界を選んだのでしょうか。K君の彼女が夜になっても帰ってこなかったのは、「わたし」が図書室に本を返したことに関係あるのでしょうか。K君は本当に死神だったのかもしれない……
    読み終えたあと、いろいろと気になって想像してしまいます。しばらく抜け出せない世界観、好きです。

    『揚羽蝶が壊れる時』
    『妊娠カレンダー』を読んだときの、ぞくりとする精神のあやふや感を感じました。寝たきりの祖母。わたしのなかのベイビー。握りつぶした揚羽蝶。写真の中の彼女をわざと忘れた彼……
    わたしが異常なのか。祖母が異常なのか。
    それとも。誰が狂っているのでしょうか。

    『ダイヴィング・プール』
    彩のリエに対する残酷さよりも、純の方がわたしには恐ろしかったです。きっと純はサデスティックな一面を持っているんじゃないかとさえ思いました。純は、教会に住む孤児たち、また教会の子である彩にも、全ての人に対して優しい少年です。そして彼自身も孤児として教会で暮らしています。
    「リエちゃんは、知恵遅れの母親にトイレで生みみ落とされた、かわいそうな子だよ。」
    純がリエのことをそう言ったとき、ああ、この子は他の子をかわいそうだと思うことで、自分を生かしているんだなとふと感じたからです。彩のことも、鬱屈を抱いたかわいそうな子だと思っているのではないでしょうか。彩は純に自分の最低な姿を見られて、その上それを責められることもなく、これからも同じ教会でこれからも暮らしていかなければなりません。純は、彩が自分のことが好きなんだろうということは気づいているはずです。その上で、彩が絶対に立ち直れない方法をとったんだと思うのです。なんて残酷なことをしたのだろう。純の闇は果てしなく濃いものなのかもしれません。(ちょっと深読みしすぎたかな……)

  • 小川洋子さんの初期の作品。
    全体に流れる生と死。心に潜む不安を描いているように思えました。
    「冷めない紅茶」「完璧な病室」が
    特に良かったです。

  • 小川洋子さんの最初期のお話たち。
    とても好きだ…と思いました。
    生きていくことの残酷さとグロテスクさ。
    放っておいたら汚物になるものを食べて生きている、というような一文がすとんと心に落ちてきたので、小川ワールドに入り込み過ぎていると感じました。
    それぞれの形で少しずつ壊れていく登場人物たちに、静けさと儚さを覚えます。
    食べものエッセイを読むと食べたくなりますが、小川洋子さんを読むと食べたくなくなる。忙しないわたしです。

  • 初めての小川さんの本。
    全体的にアルコール消毒したような綺麗で冷たい文体の印象です。
    恋は恋と言わないかんじがもどかしくて脆そう。
    『ダイヴィング・プール』が一番好き。水泳男子の胸筋って素敵ですよね〜(^o^)

  • 小川洋子女史の最初期の作品です。

    彼女の文学って、身体のどこかに何かしら欠如部分が有るんです。そこを埋めようと必死になっている様子がどこか切なくて、官能的で美しい気がします。
    標題にも成っている「完璧な病室」は病院という閉ざされた空間で死にゆく弟との時間を描いたもの。隔離された世界で美しくブドウを食べる弟と、外の世界に住む私の薄汚れた食事や生活の対比をすることで、弟の特別な存在感がとても鮮明に浮き上がってくるような気がします。

    他に三篇のお話がありますが、私はなかでも「ダイヴィング・プール」にかなりやられました。やられたというのは、本当に精神的に落ちてしまいまして。

    あらすじは、孤児院で一緒に暮らす純に心を寄せる彩。優しい心と美しく泳ぐ彼に夢中な彼女は毎日彼の泳ぎを見に行くが、彼はけしてそのことに触れようとはしない。けれど、無垢な幼子のリエの愛し方がわからない彩は、泣きだしたリエにいじめ傷つけるという残酷な気持ちを太らせることしかできない。そうして、腐ったシュークリームを与え入院にまで追い込んでしまう。けれど、純には全てを見破られてしまう。「いつも彩ちゃんをみていたから」というまるで愛の告白のような言葉とともに、ようやく後悔と罪深さと自分の澱んだプールの中に純は飛び込んでくれないのだと、思い知る。

    私自身、別に何か罪深いことをしたことは有りませんが、こういった感情に覚えはあります。何より、ここまでの負のオーラで溢れた文章でいて美しい世界を作り出せる作者に尊敬の念を抱いてしまいます。

  • とっても刺さりました

  • 図書館で借りた本。

    透明で、心の繊細な部分を抉るようなお話。
    特に完璧な病室が印象に残った。

  • 怖いくらい美しく、
    私と弟で完結する世界。
    その完璧な病室は雑然である現実とはかけ離れた
    純粋さしかない世界である。
    私は弟と病室にいることで何事にも邪魔されず、
    また姉と弟という関係であるがゆえに
    そこはまたプラトニックである。
    そして弟を投影しているK医師との関係は
    性的な関係が介入しているにも関わらず
    父性や母性を彷彿させる。
    あまりに生活感を感じる現在の夫との暮らしと、
    不潔感さえ漂うある種の生活感のない母と弟との暮らしと、
    作られたもので囲まれたような弟との完璧な病室。
    その対比がとてつもない狂気に結びついていた。
    それは『冷めない紅茶』でも『ダイウィング・プール』でもどことなく仄暗い思いを抱いた。

  • 最高に美しい文章。
    久しぶりの絶品です。

  • 短編集。「ダイヴィング・プール」の彩が昔の私の行動パターンと心理パターンをなぞりすぎていてぞっとした。
    弟に謝りたくなった。

    難病の弟は完璧な病室にはいなく、ワーカホリック気味に働いておりますが。

著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

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