海のふた (中公文庫)

  • 中央公論新社
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レビュー : 241
  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122046979

感想・レビュー・書評

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  • 今年読んだ中でいちばんすき。日常のしあわせを描写するじんわり温かな表現。まりとはじめちゃんの言葉に表れてる生き方に対する姿勢。とっても美しくて、ほっとする。肩に力が入って苦しくなったら、この本を読もう。

  • 少し前に映画を観たけれど、映画とは少し違う部分もあって、当たり前のことだけど原作のほうがよしもとばななワールド炸裂だった。

    小さな町での、まりとはじめちゃんのひと夏の物語。
    ふるさとの西伊豆に戻ったまりは、かき氷屋を始めたばかり。
    母親の友人の娘であるはじめちゃんは、大切な人をなくして傷ついていて、ゆっくりとした時間を過ごすために西伊豆にやってきた。
    ともに時間を過ごしながら、2人は自分らしく生きる道を探し始める。

    基本的にはわがままで独りを愛する部分があるまりとはじめちゃんが、本当は時々お互いを鬱陶しいと思いながらも(そういう描写は出てこないけれど)、一緒の時間を過ごすことで2人でいるのもいいなと思い始めて、しばしの別れ際には本気で淋しいと思う、そういう関係性が素敵だなと思った。
    人と一緒に生活するのは鬱陶しいし面倒くさい。でも、それを超えた感情も確かに存在する。
    ともに過ごすことで相手の嫌な面が目に付くこともあるけれど、それ以上に相手の良い面を見つけて尊敬したりする。そういうことが自分の生き方を見つめなおすきっかけになったりもする。

    おばあさんをなくしたばかりで傷ついているはじめちゃんの言葉や経験で、あぁすごく解るなぁ、と思う部分があった。
    人が死ぬと周りが醜く見える、というのはよくある話で、遺産やお金のことで揉めたり、取り合ったり…自分の利益にならないことは押し付けあったりして欲をむき出しにする。
    私も自分の父親が死んだときそういう場面を目にして、「自分は欲で醜くならないようにしよう、せめて誰かが傷ついているときだけでも」と心に誓ったことを思い出した。
    欲しいものや行きたいところなどの欲は必要なものだけど(それで仕事をがんばろうと思ったりするし)、誰かの持ち物を取り合うような欲は持ちたくない。
    はじめちゃんは心からおばあさんを愛していたからこそ目を覆いたくなった。その気持ちは、ものすごくよく理解できた。

    スピリチュアル要素は薄く、海辺でのゆっくりした時間を感じられる、癒しの小説。
    自分らしさを見つける、自分らしく生きる、って勇気がいるし、一生かかっても難しいものなのかもしれない。
    それを得はじめた2人のたくましさがいいなぁと、素直に思った。

  • あるひと夏のなにげない物語。
    よしもとばななさんが書く海辺の話、夏の話が大好きだ。
    私自身は夏がとても苦手なのだけど、ばななさんの書くぬるい海や空気の濃さや、夜の美しさやだらだらした会話などを読むと、夏もまんざらじゃないと思えてくる。
    夏がつらくなったら、この本を読みたいと思う。
    ばななさんの作品にでてくる女性たちは、すごい不幸な生い立ちやひどい事件に巻き込まれても、それらに人生のすべてや彼女たちがもつ輝きを奪われることのないしなやかさを持っていて好き。忘れるわけじゃない、受け止めて胸に抱いたまま、強く進んでいく。その過程が、不思議なゆるさで書かれている。
    泣かせにくるような盛り上がりや、感動のクライマックスもない。だけど全編を通して、ゆるくゆるく癒されて、赦されてゆく。自由な気持ちになれる夏の一冊。

  • 故郷でかき氷屋を始めたまりちゃんの元に、心と体に傷を負った、はじめちゃんという一人の少女が訪れた。人間の欲深さ、現実世界での生き辛さ、たくさんの禍々しいものを抱えてどうしようもなくなるときがある。それでも大切なものやかけがえのないものを抱き締めて、「私たちはここで生きている」と伝えたい。
    これは2人の眩しくて、儚い、ひと夏の思い出。
    【中央館/913.6/YO】

  • ごくごく沁み渡る、大切な1冊。
    普段以上に、生きること、伝えたいことが
    いっぱい溢れ出てたのかな、と思う。

    覚えておきたいフレーズが多すぎて、
    素敵で厳しくて哀しくて優しい
    たくさんの言葉たちと、大きな愛に包まれる。

  • 主人公のまりちゃんの地元が寂れていく過程を読んで、あれどっかで。。。と思った。そして、よくよく考えたら私の生まれ育った故郷が、まりちゃんの地元と同じ寂れ方をしていたのに気付いた。

    私の地元は温泉街で観光地。母はそこでずっと育って今も、生活している。母が小さかった頃はまりちゃんの幼少の頃の地元のようにうちの地元も賑わっていて、よく東映のスターなんかが撮影にきたと言っていた。

    私の地元に限った事ではなくて現在、日本全国に昔は繁盛していたけれど今はもう。。。という場所って、少なくない気がする。そこでいくとこの本は、そういう場所に対しての1つの警鐘を鳴らしているようにも捉えられた。

    そして、まりちゃんとはじめちゃんは驚くほどにシンプルに丁寧に毎日を送っていること。
    ちゃんと自分らしく、あるがままに生きている2人。
    なかなか難しいけれど、この2人のような生き方が出来たらと感じている。
    私は、まりちゃんとはじめちゃんの優しくて温かいやり取りを読み進めていく内に大好きになったし、まりちゃんやはじめちゃんのような友達が欲しいと思った。

    文体もとっても美しくてシンプル。
    何か素敵な音色を聴いているような。
    素直に心に響いてくる言葉。
    ページの要所に出てくる版画絵も綺麗。

  • 大切にしたい、大事な本。


  • 南の島でかき氷屋を営み始めたまりと、
    祖母の死後、親族同士の遺産相続の
    争いから逃れてきたはじめとの、
    ひと夏の思い出のお話。

    柳が風に優しく揺れる葉音や、砂を踏む感触、
    海底に潜むさまざまな魚の彩りと、
    照りつける太陽の陽射しなどが強く感じられ、
    夏に読むには最適の短くもあたたかな物語だった。

    まりにとって夢だったかき氷屋を営む
    ということが、実は細々と単調に、地味に日々を
    積み重ねていくだけのものだとしても、
    彼女のかき氷屋が、毎日海の松林のそばに
    あり続けるという事が誰かにとって、
    またそこを訪れようと思える、
    生きるための励みになる、夢を見つけるきっかけに
    なるなら店を持つということの、これ以上の
    幸せはないのかもしれない。

    この作品の舞台ともなる南の島本来の持つ良さが
    現代社会に乗っ取られて、自然が取り壊され、
    観光客が減って街の賑やかさが徐々に
    消えていく事に非常にナイーブになって
    豊かだった昔を懐古するばかりのまりに、
    田舎育ちのわたしも通ずるところがあった。
    変わらない良さと変わっていく良さの均衡を
    保っていくのはなんて難しいんだろう。

    夏のエネルギッシュな勢いと暑さに
    疲れた体を少しでも落ち着けられるように
    秋の風が優しく吹くのだとしたら、季節の
    微細な変わり目をもっと深く味わえる、
    そういう心持ちで過ごしていけたらいいなと思う。

    無欲なはじめとその家族が、新しく始まる網代での
    生活の中で田畑を耕し、まりの作った空想の
    世界の生き物に物体としての心を宿し、
    命を吹き込む仕事を慎ましく送っていけたらと
    願わずにはいられなかった。

  • 読みながら自分の体験や祖母の家の景色と重ねていた。

    みんなが自分のまわりの全てに対して豊かであったなら… 響く言葉がたくさんあった。

  • ・キジムナーとかケンムンとかなまはげとか、遠い外国のホピ族のマサウも…人のいるところに近いところにいる神様たちは、みんな恐ろしい外見をしているみたいだ。
     ぎらぎらした目だとか、牙だとか、赤い色の体だとか、武器を持っているとか。
     それは、きっと身を守るためでもあるけれど、なによりも、人の心を試すためなのだろう。その見た目を乗り越えてきたものだけが、その繊細な魂の力に触れることができるから。
     子供はその姿をはじめ素直にこわがり、そしてその分だけ素直にその形を受け入れることができる。
     はじめちゃんにもどこかしらそういうふうな、魔術的で神聖なところがあった。p9-10
    →素敵な始まり方、新しい視点もくれる。そしてそれがずっと話の本筋に入る感じ。

    ・一度その見た目に慣れてしまえば、はじめちゃんの持っている雰囲気は、まるでハイビスカスの花に浮かんでいる透明な水滴みたいに綺麗なものだった。
     たとえば…隣に座っていて一緒に海を見ているとき、私はすぐに横になにか透明でゼリーのようにふるえていて、とても強い光があるのを感じていた。そしてふと姿を見ると、彼女にはじめてあった人がいかにも思いそうなことが思い浮かぶ。かわいそうにだとか、たいへんだねだとか、でも私は、見てないときに感じていたもののほうが、私の本当の気持ちだという気がした。p11-12

    ・それは私たちの出会いの夏、一度しかなくもう二度と戻ることはない夏。
     いつでも横にははじめちゃんが静かに重く悲しく、そして透けるようにしていっしょにいたっけ。p12

    ・やがて福木の道は一周して終わり、静かに海が開けた。おだやかで小さい砂浜にまだ海水浴客がちらほらといた。パラソルやうきわの色が鮮やかに見えた。
     昔のままののどかな海水浴の風景だった。
     「この景色が好きで、ついついここに帰ってきちゃった。」
     とおばさんは笑った。その真っ黒に焼けた肌とおおらかな接客の芯のところに、故郷をどうしようもなく愛している心があった。
     私はそれにがつんと打たれたような気がした。
     そうか、そうなんだ。
     私にはソテツも福木もさとうきびもガジュマルもみんな、とっても珍しくて新鮮なものだ。いつまでだって見ていたいし、恋したみたいに夢中だ。
     でも私にとって、この人がこの海と福木があるこの場所に戻ってきてしまったように、とってもうっとうしいけれど心がいつも帰っていくところはらあの、西伊豆の夕日に映える景色や植物以外にはないのだ、そう思った。p18-19
    →故郷の好きな景色、そこからは離れられない。郷愁。

    ・夢をかなえるだのなんだのと言っても、毎日はとても地味なものだ。
     準備、掃除、肉体労働、疲れとの戦い。先のことを考えることとの戦い。小さないやなことをなるべく受け流して、よかったことを考え、予想のつかない忙しさを予想しようとしないようにして、トラブルにはその場で現実的に対処する…。有線で良いチャンネルがなければ、自分でCDを編集して流しておく。面倒でも洗い物は丁寧にやっておく。麻のふきんは白く清潔に保つ。氷は少し多めにいつも注文し、決して他のものの匂いがつかないように管理する。「普通の氷はないのかね?氷イチゴとか」と百回くらい聞かれて「すみません、そういうのはうちにはないんです」と百回くらい笑顔をつくる。そういう細かいことにひたすら追われるだけだ。それがつまり、夢をかなえると世間で言われていることの全貌だった。
     私はいちばん暑い時間は避けてお昼と夕方を中心に開店していたけれど、それでもほとんどクーラーなんかきかない暗くちいさな場所に詰めこまれてずっと氷をけずり続けるというのは、とても地味な作業だった。しかしその地味さの向こうにあるものを、私は見つめ続けた。p31-32
    →夢をかなえたところで、なにも特別なことはないのかもしれないし、夢をかなえた先に自分がどうなっていたいのかまでが夢なんだろうな。

    ・ここを通るたびに、そして橋のたもとから見る海に夕陽の光が映っているのを見るたびに、柳がやさしくわさわさとふるえるのを見上げるたびに、私はなんだか時間が惜しいような気がする。ふと幸福で胸がつまりそうになる。それは、本当に自分の場所を持っているという幸福だった。あ、そうだ。私はほんとうに自分でお店をやっているんだ…そう思うと、うっとりとした夢のような感じがした。そして、さあ明日も店に出よう、と思うのだ。
     大変なことに比べたら時間はとっても短くてほんのちょっとだけの部分でも、そこには確かに「夢をかなえる」ことの神秘的なきらめきが存在した。p34
    →本当に自分の場所を持っている感覚、これが幸せなんだな。

    ・ただ、いつのまにかあせっていた自分の状態には気づいた。
     毎日のことに追い立てられて、生涯に一回だけしかないこの夏を、予想がつくものであってほしいと思って、自分で自分を狭くしようとしていた。ほんとうは時間はみんな自分だけのためにあるのに、自分で型にはめようとしていた。
     いつだって、ここではないどこかへいこうとしていた自分をたしなめるように店を始めたはずなのに、ここで起こってくることを受け止めて面白がり、味わうことを忘れかけていた。
     あせりこそが私をだめな、ふるさとをだめにしたものと同じ色に染めてしまう。時代の、ぐるぐる回転するわけのわからない速さの車輪に巻き込まれてしまう。
     私は大いに反省し、とにかくどういう人かわかるまではきちんと見極める気持ちで、はじめちゃんをとりあえず受け入れることにしたのだった。p38-39

    ・…なにかをふりはらうような、地味で静かで意固地な手伝い方だった。p51
    →吉本ばななのこーゆー表現好き。下の洗濯物が乾く描写もそうだけど。

    ・窓の外には強い光の中に、母が干した洗濯物がさらされているのが見える。
     洗濯物はどんどん乾いていく。まわり中にふんだんに満ちている朝のすばらしいエネルギーを吸い取って、すみずみまで光にあたって、いい匂いをさせてぱりっと乾いていっている。p55
     (中略)それはなんということのない光景だったけれど、そういうのがいちばん心に残るものだ。
     あの夏を思い出すとき、いつもその感じを最初に思い出した。
     気だるい体と、寝ぼけた頭と、陽にさらされるはじめちゃんのやけどと、コーヒーの匂いと、ぎらぎらした光の中で乾いていく洗濯物と。p56
    →大切な人と日常を過ごす中で、こういう気持ちも大切にしていこうと思えた。

    ・すごすぎる。生きているだけでいろんなことがありすぎる。もしもこの夏、私が店のことだけ考えていたら、絶対に思い出すことのない感覚だった。
     はじめちゃんが来てくれて、本当に良かったと思った。
     こういうひとつひとつの奇妙な感動が私を豊かにして、瞳を輝かせ、毎日をルーチンにしなくなった。そしてそのことが、なぜか昼間の仕事をいろいろな角度から複合的に支えているということがわかってきたのだ。p75-76
    →わかる。誰かと過ごすことは、誰かの視点が自分の中に追加されることでもあると思う。同じものを見ているけど、2人分の視点、相手の視点は想像するだけかもしれないけれど、2人分人生を楽しめる。僕が彼女に会って、気持ちの良い夜に散歩をするようになったのも、きっと同じ。夜の空気を彼女にも感じて欲しいから外に連れ出して、結局自分の心が豊かになっていく。

    ・お掃除っていうのは、きっとその人がその空間をうんと愛しているという気持ちで清めることなんだなぁ、と私はしみじみ思った。形だけやってもちゃんとわかってしまうし、木でも人でも動物でも空間でもものでも、大事にされてるものは、すぐにわかる。p76

    ・…でも、これだけは確かなのは、昔は、そんなことがあっても、全然気にならないくらいに、海とか山がもう毎日変化するワンダーランドかと思うくらいに楽しかったっていうこと。季節の変化も気候の素晴らしさも、全部もう両手に持ちきれないほどだった。そして、どんなにいやな人にも平等に夕焼けとか、台風の後の空とかがふんだんに綺麗なものを降り注いでくれたの。考えられないくらい綺麗な日っていうのが年に数回あって、光や海や空の色の変化があまりにもすばらしいので誰もが何かをもらっているような気持ちになったものよ。」p80
    →考えられないくらいきれいな日って良いな。確か2年に数回ある。

    ・この町や近くのいろいろなところを巡るたび、はじめちゃんは「連れてきてくれてありがとう」と言ったが、実は感謝したいのは私の方だった。
     はじめちゃんがいっしょにいると、ひとりでも感じていたことがもっと大きく大らかに感じられるようになる。私の心が大きく開いて、いろいろなことがもっとよくわかるようになった。
     人は、人といることでもっともっと大きくなることがある。
     私の好きなものをいっしょに見てくれる人がいる、それだけで私はどんなに運転してもいいや、貯金など全部なくなってもいいや、そんな気持ちになるだった。p90

    ・「私はずいぶん早くに、もしかしたら、って気づいてしまったことがあるの。」
     (中略)「このやけどのことを、嬉しいと思ったことはなかった。でも、このせいで、私は他の人よりもずっとたくさん、考える時間をもらった。そしてずっと考え続けた。おばあちゃんが私を守ろうとしてくれたときには、暑さも痛さも感じなかった。でもそのときの、おばあちゃんの体の温かさとか匂いとか、よく覚えている。人はそんなふうに、自分よりも幼いものを絶対に守ろうと思う。それが人というものがこうして続いてきた理由、理屈のない理由なんだって私は体で知った。おばあちゃんが教えてくれたことだった。おばあちゃんが死ぬ直前までの期間はうんと時間がゆっくり流れて、それはほんとうのところ、とても美しい時間だった。もっとこわくて生々しくてみていられないようなことだと思っていたら、もう少し余裕があって、自然なことだった。もちろん生々しいこともいっぱいあったよ。でも、そういうのを抜きにしても、意識がなくなる直前まで、おばあちゃんはちゃんとおばあちゃんだったの。イライラしたり、怒っていたり、痛がっていても、おばあちゃんはちゃんと私のおばあちゃんだった。別の生き物に変わったわけじゃない。そのことを私はすごくいいことだと思った。そのドラマを全身で味わった。きっと、昔は、歳をとった人は、若い人にそうやっていろいろ体で教えながら死んでいったんだ、そう思ったの。それから、自分が生まれながらにさずかったものやさずけられなかったもの…いろいろと、うんと考えたの。そして思った。私が特別なわけではないんだって、ただ少し多く早く味わってしまっただけだって。このことの全てが私固有の心の傷なんかじゃない。それこそが、生きるということなんだって。私たち人間は思い出をどんどんどんどん作って、生み出して、どんどん時間の中を泳いでいって、でもそれはものすごく真っ暗な巨大な闇にどんどん吸い込まれていくの。私たちにはそれしかできないの。死ぬまでずっと。ただ作り続けて、どんどんなくしていくことしか。」p94-96

    ・私はここに戻ってきてから、こんなことばかり思い出している。ノスタルジーが私を突き動かす力になっている。それは一見、希望的なことに見える。でも、うんと後ろ向きだった。別れた人のことをいつまでも思っているみたいな感じだ。p98

    ・だからこそ、大したことができると思ってはいけないのだ、と思えることこそが好きだった。私のできることは、私の小さな花壇をよく世話して花で満たしておくことができるという程度のことだ。私の思想で世界を変えることなんかじゃない。ただ生まれて死んでいくまでの間を、気持ちよく、おてんとうさまに恥ずかしくなく、石の裏にも、木の陰にも宿っている精霊たちの言葉を聞くことができるような自分でいること。この世が作った美しいものを、真っ直ぐな目で見つめたまま、めをそらすようなことに手を染めず、死ぬことができるように暮らすだけのこと。
     それは不可能ではない。だって、人間はそういうふうに作られてこの世にやってきたのだから。p99

    ・「うん、いつも損をしているけど、気が弱くて、戦わないし、こだわりがないし、どこでも幸せを探せるタイプ。私もお母さんもそれによく振り回されて腹がたつこともあるけれど、憎めないし、結局理解するんだけれど。そういう人って、ドラマの中にしかいないわけではなくて、ほんとうに、ちゃんと存在するんだよ。きっと網代の家で、通勤も苦労して、でも土日は釣りをしたり、趣味の工芸をしたりして、嬉しく過ごすことがお父さんのせめてもの復讐なんだろうなぁ。でも、きっとお父さんはちゃんとそうやって楽しくできるし、その家で死んでも悔いがないっていうくらい、ちゃんと海の景色や干物やきれいな空気を楽しめるんだよ。私そういうお父さんの娘だということが、ほんとうに誇らしい。がつがつしてない男の人って珍しいし、だからこそすばらしいと思うんだ。」p135

    ・「うん、どんどん流れていくしかないから、別に私はいいの。おばあちゃんも、そう言っていた、いつだって。ものにこだわらないで、今日1日に感謝して寝れば、どこにしても人は人でいられるって。やけどのことも、おばあちゃんは私がこうなったことよりも、生きていることが嬉しかったってほんとうの本気でいつでも言ってくれた。だから、子供の頃、人にどんな目で見られても、私はゆがまなかった。だから、私はどこに流れてもいいんだ。そこでいいふうにしていくから、そしてどんどん思い出を作り続ける。それで、死ぬときは、持ちきれない花束みたいなきれいなものを持っていくの。」p139
    →持ちきれない花束みたいなものを持っていくの…って最高、まじ最高。

    ・「さいごこさいごにさされたんだよ…それに、それまでの気持ちの感じと言ったら、素晴らしいものだったわ。」
     「くらげにさされてすばらしいなんて、私は思ったことないなぁ。」
     私は言った。私にとってくらげは、もう夏の海が終わるしるしの忌々しいものだった。
     はじめちゃんはひき続きうっとりとして言った。
     「こわいと思う気持ちが、ひとかきひとかきをいっそう研ぎ澄ませて、まるで祈りのような泳ぎだったんだもの。何かに勇気を出して静かに入っていくみたいな。」
     「変な奴。たんにくらげの海に入っていっただけだよ。」
     私は言った。
     「でも、私は海にありがとうって言い忘れたから。この間泳いだとき。」
     はじめちゃんは言った。
     「ああ、それは私もいつも言う。夏が終わって、さいごに、海から上がるとき。」
     私は嬉しくて思わず顔が笑ってしまった。また同じところを見つけた。
     …今年も泳がせてくれて、ありがとう、今年もこの海があってくれて、ありがとう。そして来年もこの場所で泳ぐことができますように。
     最後のひと泳ぎをするときにはいつでもなごりおしくて、いつまでも海の中にいたいけれどもう陽も暮れそうだし、仕方なく上がる。なんだかぬるい水まで、体にまとわりついてくるようだ。体と魂の一部が、海に溶けていってしまったようだ。足首くらいまで上がったとき、やっとあきらめがついてちょっと切ない気持ちがのこる。p150-151
    →福岡堰とかそんな立ち位置。海のように限りある時で当てはめれば、桜とか綿毛の季節とか。

    ・私は疲れていたからすぐに寝そうだった。でも、暗闇の中ではじめちゃんの泣く声はもう聞こえず、私の部屋に来たことで安心して、ぐっと深く寝たようだった。なくしたもので頭がいっぱいになっているときに、誰かがふと部屋に入ってくる、そういうきっかけって大事だよなぁ、と私は眠りに落ちる直前に思った。
     おばあちゃんが死んだときはずっと部屋で泣いてばかりいたけれど、手伝いに来ていた親戚のおねえさんが車で連れ回してくれて、その人がげらげらわらうたびに、ちょっと私も笑うことができたからだ。1日1回笑えると、大丈夫という感じがしたものだ。p157-158
    → 「なくしたもので頭がいっぱいになっているときに、誰かがふと部屋に入ってくる、そういうきっかけって大事だよなぁ、と私は眠りに落ちる直前に思った。」か。さりげない優しさをあげたいな。そらが「ふと」入るってことなのかな。

    ・「すごい、なんだかわからないけど、この子たち、生きてるね。」
     はじめちゃんは真剣な目で言った。
     本当の友達というものは、ほとんど全部を一瞬でつかみとってしまうものだ。それは真剣勝負で、全く嘘のない世界だ。
     たとえば「すごくかわいいね、まるで生きているみたい」と誰かが優しい笑顔で言ってくれても、私は嬉しくは思っただろうけど、今みたいに胸の奥をキュッとつかまれたようにはならなかっただろう。
     私がどの程度もぐっていっていて、どのくらい孤独で、どのくらいのことをひとりで心がけているか…友達にはそういうことはみんな伝わってしまうのだ。p161
    →真の友情は真剣勝負。なるほど。

    ・「はじめちゃん、もうすぐ帰っちゃうんだよ。」
     と言ったら、彼は浜で焚き火をしようと言った。
     「俺がいれば、ぶっそうじゃないし。」
     そして、弟を呼んで手伝わせて、火を起こしてくれた。
     「君、火が怖いっていうこと、ないよな?」
     はじめちゃんにそう聞くようなところが、泣かせた。
     はじめちゃんは首を振ってにこりと笑った。p173-174
    →こういうまっすぐな気遣い、思いやり、優しさって響くなぁ。爽やか。

    ・虫の声の中、家まで送ってもらった。
     「ありがとう、ほんとうにありがとう。」
     「また、必ずまた。」
     打ち解け合ったもの同士がする特有のあいさつを交わして、夏は終わった。p176
    →こういう美しい言葉でディファインすると、何気ない風景もこんなにも愛おしくなるんだ。

    ・「必ずいろんなこと実現させようね。私、帰ったらもうぜんとぬいぐるみを作り始めるよ。生地屋に行って。できたら、すぐに送るね。」
     はじめちゃんは言った。
     「看板娘がいなくても、かき氷屋頑張ってね。私、落ち着いたら本当に毎週手伝いに来るよ。絶対に。」
     あぁ、目先の寂しさよりも、はじめちゃんはもっと遠くを見ているんだ、と私は思った。悲しくないわけじゃなくて、これまで経験した困難さのせいで、そしてはじめちゃんの生きにくさがそのまま、夢にしがみつく力の源になっているんだ。p178
    →言葉が美しすぎるってぇぇぇぇぇ。

    ・後にのこった私は、一歩一歩をふみしめながら、浜辺を戻っていった。
     私は私の店を作ってゆき、たくさんの人に出会うだろう。そしてたくさんの人を送るだろう。決まった場所にいるということは、そういうことだ。送らなくてはいけない‥ゲートボールのおじいさんたち、そして、いつかは自分の親も。自分に子共ができたら、子共がかき氷屋をかけ回り…そういうふうになるまで続けていくということは、全然きれいごとじゃなくて、地味で重苦しくて、退屈で、同じことの繰り返しのようで…でも、何かが違うのだ。何かがそこにはっきりとあるのだ。
     そう信じて、私は続けていく。p179
    →毎日は繰り返しでも、何かが違う。同じことを繰り返すうちに少しづつ変わっていくものの積み重ねが思い出だったり幸せだったり夢に繋がっていくのかもな。p31-32の夢の話にも似ている。

    ・…ただがむしゃらに道を作り、排水を流し、テトラポッドをがんがん沈めて、堤防をどんどんつくっただけだ。いちばん楽なやり方で、頭も使わないで、なくなるもののことなんか考えないで。
     考えれば、適切な方法は絶対にあるはずだったのだ。
     お金か?誰がそんなものを引き換えにするほどお金を節約できたり、楽ができたのか?
     私の友達たちを、返してほしい。はじめちゃんに、おばあちゃんの思い出のかげりのないものを返してほしい。私やはじめちゃんの愛することを、お金に換算しないでほしい。
    →ここで初めてまりちゃんとはじめちゃんの苦悩が繋がった。もしかしたらまりちゃんがはじめちゃんを見てこんなにも愛おしく、放って置けないと思っていたのは、もしかしたら2人の苦悩の間につながるものがあったからなのだろうか?自分の投影だったのだろうか?ってなる。まぁ、美しさは変わらないけど。

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著者プロフィール

一九六四年、東京生まれ。詩人・思想家の吉本隆明の次女。日本大学藝芸術学部文芸学科卒業。八七年「キッチン」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。八八年「ムーンライト・シャドウ」で泉鏡花文学賞、八九年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、九五年『アムリタ』で紫式部賞、二〇〇〇年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞を受賞。海外での評価も高く、イタリアで九三年スカンノ賞、九六年フェンディッシメ文学賞〈Under35〉、九九年マスケラダルジェント賞、二〇一一年カプリ賞を受賞。著作は三〇か国以上で翻訳出版されている。他の著書に『王国』『サーカスナイト』『ふなふな船橋』『小さな幸せ46こ』『イヤシノウタ』など多数がある。Webサービス note にてメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」を配信中。

「2018年 『小さな幸せ46こ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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