海のふた (中公文庫 よ 25-4)

  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122046979

感想・レビュー・書評

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  • 一冊の物語でひと夏を疑似体験したような、濃密でいてのびのびとした読書を味わえた本。

    そもそも本作は元々、シンガーである原マスミ氏が作った「海のふた」という楽曲によしもとばなな先生がインスピレーションを得て生まれた物語で、加えて沖縄県出身の版画家・名嘉睦稔氏による版画作品を挿絵として収録した作品らしい…というように私は理解した。更に日本ロレックス社のブルース・R・ベイリー代表(当時)も刊行に関わっているらしく、この辺りの時系列や関係性は今ひとつよく分からなかった。単行本刊行からしばらく後に映画化されている。
    音楽も聴いてみたし版画もじっと眇めて見たが、私の乏しい感性ではなかなか腑に落ちた!とまでは至らなかったが冒頭にも書いたように実に濃い〜ぃ読書が出来た。

    主な登場人物はたったのふたり、故郷・西伊豆町で小さなかき氷屋を営む〈まりちゃん〉とまりちゃんの元にひと夏転がり込むことになった〈はじめちゃん〉とのささやかな日々の営みの物語。
    私たち読者はまりちゃんの視点を借り、はじめちゃんと交流しながら詩的で等身大な言葉を通して’生きていくこと’の一端を垣間見知っていくことになる。以下、印象深い一節を抜き出し。
    「どんないやな人にも平等に夕焼けとか、台風の後の空とかがふんだんにきれいなものを降り注いでくれた」(p80)
    「夕陽はすごい力を持っている。今日が一回しかないことを、沈黙のうちにさとらせる。」(p91)
    「私たち人間は思い出をどんどんどんどん作って、生み出して、どんどん時間の中を泳いでいって、でもそれはものすごく真っ暗な闇にどんどんどんどん吸い込まれていくの。私たちにはそれしかできないの。死ぬまでずっと。ただ作り続けて、どんどんなくしていくことしか。」(p96)
    「つまりはお互い様ということなのだ。人といるということは、いつだって。」(p147)

    本作では『海』はもちろん山や木々や動物や生きることや死ぬことなど自然、即ち摂理との距離が大変近いところに身も心も置いているまりちゃんとはじめちゃんのほぼ完成されたような魂の美しさに見惚れる一方で、そこまで欲や狡さや汚さを克服する事など可能だろうかという、ちょっとどこか冷めたような印象を持ったのも事実。

    タイトルに冠されていて作中でも言及される『海のふた』が一体何を表しているのかは私には中々難しかった。「私たちは、今年、ちゃんと、海のふたを閉めたっていうことなのかも。」(p153)までの一連のやり取りから察するに、海や山をはじめとする今そこに在るもの達に対する「祈り」(p151)「畏れ」「感謝」(どちらもp152)の気持ちをしっかりと持ち、また来年も再来年も同じように会えることの歓びやかけがえなさを慈しみましょう、というケジメ的なものを指しているのかなと感じた。地域の祭事や神事もそういった面が含まれていると思うので、その個人バージョンというか。

    なにはともあれ’とりわけ夏は、森羅万象への感謝を抱く季節にしつつ、また誰かと再会出来る事は決して当たり前ではないのだから、自他の生を尊ぶ気持ちは忘れてはなりませんよ’というまとめでもって感想の結びとさせて頂きます。

    ブク友様達への日頃の感謝を抱きつつ、ふたを閉じさせて頂きます。


    4刷
    2023.5.20

  • 今年読んだ中でいちばんすき。日常のしあわせを描写するじんわり温かな表現。まりとはじめちゃんの言葉に表れてる生き方に対する姿勢。とっても美しくて、ほっとする。肩に力が入って苦しくなったら、この本を読もう。

  • ごくごく沁み渡る、大切な1冊。
    普段以上に、生きること、伝えたいことが
    いっぱい溢れ出てたのかな、と思う。

    覚えておきたいフレーズが多すぎて、
    素敵で厳しくて哀しくて優しい
    たくさんの言葉たちと、大きな愛に包まれる。

  • 自分語りになってしまうかなと思うが、この本を読んで私は祖父母の住む島を思った。私は全く違う場所で育ったのだが、生まれてから祖父母の住むその南の島を毎年訪れている。訪れるたびに海を見に行き、その美しさと、全てを受け入れ流してくれる寛大さに感謝している。それでもそこにずっと住んできた祖父母や親戚は、昔はもっと海が綺麗だった。珊瑚もたくさんあったと決まって言うのだ。わたしは失われてしまったその美しさを想像することしかできない。いつか自分も見れたらとも思うが、それはまだ自分が生きていられないほどずっとずっと先になるだろうとも思う。

    私は今年で23歳になる。23年間欠かさず訪れてきたその島で、昔は山羊がいて、覗くと中におじさんが必ずいた後ろの家は、今や山羊はいなくなり、中には誰の姿もなく、壊れた玄関や家具がのぞき、たまに野良猫が姿を見せるだけになった。年に一度しか会わない親戚も、その時の長さが会っただけでもわかるようになってきた。中にはもう会えない人たちもいる。

    時間は不可逆で、決していい時ばかりに留まることはできないのだと、この小説を読んでより強く思った。だから私も愛を持って祖父母のいる島の地面を踏み締めようと思う。いつかそこに花が咲くように。そしてできるだけ祖父母との思い出をつくって、抱えきれない花束を持っていってもらえるようにしよう。そう思った。

  • とてもよかった。
    久しぶりの吉本ばなな。
    静かな文章の中に、思わずメモしたくなる、人生において大事なメッセージが書かれているところが好き。
    地味で苦しいくり返しの日々でも、やっぱり生きていることって一瞬だし、大切だよねというような。

    西伊豆という設定も好きでした。
    行ってみたいところが増えた。

  • なんだろう。
    吉本ばななさんの本はどれもそうだけど、純度の高いすっきり感のある純文学。

    苦しい時にコーヒーを飲みながら読み返したくなる。
    会話のひとつひとつから、言った登場人物の心情の想像が膨らむ。

  • あるひと夏のなにげない物語。
    よしもとばななさんが書く海辺の話、夏の話が大好きだ。
    私自身は夏がとても苦手なのだけど、ばななさんの書くぬるい海や空気の濃さや、夜の美しさやだらだらした会話などを読むと、夏もまんざらじゃないと思えてくる。
    夏がつらくなったら、この本を読みたいと思う。
    ばななさんの作品にでてくる女性たちは、すごい不幸な生い立ちやひどい事件に巻き込まれても、それらに人生のすべてや彼女たちがもつ輝きを奪われることのないしなやかさを持っていて好き。忘れるわけじゃない、受け止めて胸に抱いたまま、強く進んでいく。その過程が、不思議なゆるさで書かれている。
    泣かせにくるような盛り上がりや、感動のクライマックスもない。だけど全編を通して、ゆるくゆるく癒されて、赦されてゆく。自由な気持ちになれる夏の一冊。

  • 少し前に映画を観たけれど、映画とは少し違う部分もあって、当たり前のことだけど原作のほうがよしもとばななワールド炸裂だった。

    小さな町での、まりとはじめちゃんのひと夏の物語。
    ふるさとの西伊豆に戻ったまりは、かき氷屋を始めたばかり。
    母親の友人の娘であるはじめちゃんは、大切な人をなくして傷ついていて、ゆっくりとした時間を過ごすために西伊豆にやってきた。
    ともに時間を過ごしながら、2人は自分らしく生きる道を探し始める。

    基本的にはわがままで独りを愛する部分があるまりとはじめちゃんが、本当は時々お互いを鬱陶しいと思いながらも(そういう描写は出てこないけれど)、一緒の時間を過ごすことで2人でいるのもいいなと思い始めて、しばしの別れ際には本気で淋しいと思う、そういう関係性が素敵だなと思った。
    人と一緒に生活するのは鬱陶しいし面倒くさい。でも、それを超えた感情も確かに存在する。
    ともに過ごすことで相手の嫌な面が目に付くこともあるけれど、それ以上に相手の良い面を見つけて尊敬したりする。そういうことが自分の生き方を見つめなおすきっかけになったりもする。

    おばあさんをなくしたばかりで傷ついているはじめちゃんの言葉や経験で、あぁすごく解るなぁ、と思う部分があった。
    人が死ぬと周りが醜く見える、というのはよくある話で、遺産やお金のことで揉めたり、取り合ったり…自分の利益にならないことは押し付けあったりして欲をむき出しにする。
    私も自分の父親が死んだときそういう場面を目にして、「自分は欲で醜くならないようにしよう、せめて誰かが傷ついているときだけでも」と心に誓ったことを思い出した。
    欲しいものや行きたいところなどの欲は必要なものだけど(それで仕事をがんばろうと思ったりするし)、誰かの持ち物を取り合うような欲は持ちたくない。
    はじめちゃんは心からおばあさんを愛していたからこそ目を覆いたくなった。その気持ちは、ものすごくよく理解できた。

    スピリチュアル要素は薄く、海辺でのゆっくりした時間を感じられる、癒しの小説。
    自分らしさを見つける、自分らしく生きる、って勇気がいるし、一生かかっても難しいものなのかもしれない。
    それを得はじめた2人のたくましさがいいなぁと、素直に思った。

  • 主人公のまりちゃんの地元が寂れていく過程を読んで、あれどっかで。。。と思った。そして、よくよく考えたら私の生まれ育った故郷が、まりちゃんの地元と同じ寂れ方をしていたのに気付いた。

    私の地元は温泉街で観光地。母はそこでずっと育って今も、生活している。母が小さかった頃はまりちゃんの幼少の頃の地元のようにうちの地元も賑わっていて、よく東映のスターなんかが撮影にきたと言っていた。

    私の地元に限った事ではなくて現在、日本全国に昔は繁盛していたけれど今はもう。。。という場所って、少なくない気がする。そこでいくとこの本は、そういう場所に対しての1つの警鐘を鳴らしているようにも捉えられた。

    そして、まりちゃんとはじめちゃんは驚くほどにシンプルに丁寧に毎日を送っていること。
    ちゃんと自分らしく、あるがままに生きている2人。
    なかなか難しいけれど、この2人のような生き方が出来たらと感じている。
    私は、まりちゃんとはじめちゃんの優しくて温かいやり取りを読み進めていく内に大好きになったし、まりちゃんやはじめちゃんのような友達が欲しいと思った。

    文体もとっても美しくてシンプル。
    何か素敵な音色を聴いているような。
    素直に心に響いてくる言葉。
    ページの要所に出てくる版画絵も綺麗。

  • とても尊敬している、平野紗季子さんのラジオで夏の読書といえば、、で出てきたもの。

    ばななさん、久しぶりですが、やっぱり、やっぱり、いい。

    優しい気持ちになれる、というより、優しい気持ちを思い出す、そんなイメージ。

    ばななさんが描く夏の風景、それは、木や海や動物が寄り添いあって人と自然と混じり合っている風景なのですが、その夏の風景以上のものにまだ出会ったことない。
    今回は挿絵の版画がより一層美しく物語を彩ってくれる。版画なのが、島のイメージで、とても、いい。

    景色の描写がとても美しく、わたしもかき氷やさんをやっているし、福の木の周りを散歩したり、はじめちゃんと海で話したり、そういうことが、どんな場所で読書しててもできる本。
    開けばすぐ自分だけのその世界にゆける。たとえ東京の地下鉄の喧騒にいても。

    _φ(・_・
    実はいろんなことってそんなに確かなものじゃないっていうことに気づくと苦しすぎるから、あんまり考えないでいられるように神様はわたしたちをぼうっとさせる程度の年月は持つように作られている

    お掃除はその人がその空間をうんと愛しているという気持ちで清めることなんだなぁ
    大事にされているものは、すぐわかる

    はじめちゃんがいっしょにいると、一人でも感じていたことがもっと大きくおおらかに感じられるようになる。
    人は人といることでもっと大きくなることがある

    大したことができると思ってはいけない
    ただ生まれて死んでゆくまでの間を、気持ちよくおてんとうさまに恥ずかしくなく、、この世が作った美しいものをまっすぐな目で見つめたまま、目を逸らすようなことに手を染めず、死ぬことができるよう暮らすのみ

    体が涙でいっぱいになったように重かった

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著者プロフィール

1964年07月24日東京都生まれ。A型。日本大学芸術学部文藝学科卒業。1987年11月小説「キッチン」で第6回海燕新人文学賞受賞。1988年01月『キッチン』で第16回泉鏡花文学賞受賞。1988年08月『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1989年03月『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞受賞。1993年06月イタリアのスカンノ賞受賞。1995年11月『アムリタ』で第5回紫式部賞受賞。1996年03月イタリアのフェンディッシメ文学賞「Under 35」受賞。1999年11月イタリアのマスケラダルジェント賞文学部門受賞。2000年09月『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞受賞。『キッチン』をはじめ、諸作品は海外30数カ国で翻訳、出版されている。

「2013年 『女子の遺伝子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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