漢文力 (中公文庫)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122049024

感想・レビュー・書評

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  • 本書のタイトルになっている「漢文力」とは、「漢文を読み、そこに展開されている古人の思索を追体験することによって身につく力」であるとされています。本書は、漢文のさまざまなテクストを紹介し、そこに込められている知恵を噛み砕いて解説しています。

    金子みすゞの詩や、マルクス・アウレリウスの『自省録』も随所で参照されており、人生や自然や文明といったテーマについての「和文脈」および「洋文脈」の発想と、「漢文脈」の発想の比較がなされています。著者の意図は、それらのなかのいずれが優れているかを判定することではなく、一定のテーマについて複眼的な思考を可能にすることにあるといえるでしょう。

    内容そのものも興味深いものですが、著者の柔らかい語り口もあいまって、たのしみながら古典の知恵について学ぶことができる本です。

  • 中国人とは何かといったら、漢字ができること、
    特に、漢文の知識(四書五経に代表される知識は、中国の国語(語文という)を
    持っていることを言う。「漢文の知識なんて、要らないよ」という中国人は、
    中国人ではなく、野蛮人と思っている。また、漢文を中華文明の誇りと思っている。
    今の、日本には、漢文に該当する文化的な誇り
    に該当するものは、何一つない(と思っている)。

    清朝末期で科挙が廃止されるまで、
    四書五経の知識を多く身につけたものが、政治に参加する権利と権力(士大夫階級)を、
    持つことことができた。つまり、非常に実用的(どうすれば、社会的に成功できるか、はっきりとわかる)で、漢文が、教育の全て(その達成含めて)だった。これは、中国という国が、
    政治の安定と農民への外敵からの安全保障を担保に発展してきたという歴史的な事実があり、科挙制度は、それを維持する上で最もベターなリクルート制度だった。それは、現代の中国にも非常に当てはまる。

    日本で、本格的に漢文の知識が大衆に広まったのは、江戸時代からだった。それまで、極々一部の貴族、支配階級のみ、漢文の知識があった。漢字をスラスラかけて、漢詩を嗜む者は、絶対少数派だった。

    ただ中国と違う所は、一部の例外を除くと、漢文は社会階級を上げる手段ではなく、自身の人生を豊かにする教養の一面が強かった。つまり、日本人における漢文の使命は、
    プラグマティックな目的よりも、学んで、知ることが、自身の人生を形作る上で、大切なものという認識があった(そう思う人が多かったとのと、幕府側の統治の正統性の根拠を朱子学に置いたからだ)。

    今は、何か実利がないと学ばなくなっているが
    (これ学んで何か意味がありますかという、意味のない質問に代表される態度)、本来の日本人の学び方からすれば、主流ではない。元々、日本人が学ぶ理由を考えるなんて、とんでもないことだった。

    しかし、明治維新を経験すると、伝統的な知識に対する、日本人の意識は、大きく変わった。
    当時の文脈で、実用的でない知識を捨て(漢文に代表される知識)、実用的な知識(西洋の学問)を、
    身に着ける必要性に迫られた。
    また、日清戦争による勝利が、漢文軽視、中国蔑視に拍車をかけた。

    当時、多くの知識人が中国に渡り、実際、見た光景は、
    列強諸国に蹂躙されている悲惨な状況で、「中国(清朝)は言うほど、大したものじゃない」というものだった。
    これは、異文化をある一面しか見ていない、当時の日本人の驕りだった。
    そして、今の日本人の、絶望的な異文化に対する教養のなさも(これは外国語力とは基本関係ない)、
    変わっていない。これは、漢文を軽視したことと(していること)、関係しているだろう。

    逆に、多くの中国知識人が日本に来て、屈辱に耐えながらも、西洋の概念を、日本語(漢文の語彙を使って、西洋の概念を表した)で勉強した。それが、革命を理論面で正当化する根拠となった。改革開放からも、この行動論理は、変わっていない。
    中国人は、何か目的を達成するために、どんな屈辱を受けても、学ぶ。
    日本人は、何が目的かわからずに、勉強する。受験勉強という目的が達せれば、もう、勉強などしない。現在的な意味で、屈辱とは、謙虚な姿勢でアジア諸国から紳士に、気合いをいれて学ぶことだと思うが、蔑視という一貫した姿勢を持っているため、アジアの変化からも、また世界的な変化からも、完全に取り残されている状況にある。
    中国語で「勉強」は、無理やりという意味だが、本当にその通りに実行しなければいけないように思う。

    現在、漢文を身に着けようと思う人は、「大学入試で必要になる人」か「変わっている人」
    かである。加藤先生の、この著書は、思考力を培う上での手段として漢文の力を、あげているが、
    元々、日本人の思考力の根本は、漢文であるので、原点に戻るといってもいい。
    だが決して、懐古主義ではない。

    ある面では、漢文の力があったこそ、日本は以前、近代化に成功した。
    だが、漢文を軽視したことで、文化的な拠り所を失った。
    漢文は日本が国際化するツールだったが、そのツールを磨く処か、捨ててしまった。
    今更、「漢文を勉強しよう!」なんて思うことが時代遅れも甚だしいという人が大半だろうが、
    ただ、加藤先生は、わかっているんだろうと思う、漢文勉強しないで、英語を勉強することが、国際化なの(笑)
    バカじゃないのって、たぶん思っている。そもそも、英語能力なんて、どんどん下がっているんじゃないかと。それは、日本語能力が落ちているとも言える。

    個人的には、漢文を学ぶ上にあたって、やらない理由を探すのは、難しいと思う。
    つまり、学んだ方が良い。
    たった1文字や1文に込められた、当時の時代背景や人間模様、そして、歴史や政治的な知識、
    そこから導きだされる教訓や、人生を豊かにする上での言葉や思考方法など、
    2000年以上前から、連綿と受け継がれているのは、何故か?と考えても、そこに現代でも通じる
    合理的理由が、存在する。

    もちろん、現代的な意味で漢文を学ぶことは、外国語を学ぶことに近い。
    現代中国語を学んでいる人が、たくさんいるが、必ず行き付く先は、古代中国語(中国語で漢文の意味)になり、
    その知識なくして、中国語を学んでも、あまり意味がない。
    何故なら、現代中国語は、古代中国の上に成り立っているからだ。
    「現代日本語は、古文の日本語の上に成り立っている」と、自信を持って言うことが出来る人は、
    どれぐらいいるだろうか?

    20世紀初頭から中国でも言文一致運動が盛んになったが、
    良い意味でも、悪い意味でも、古代中国語の呪縛から、
    またその影響力から、どんな知識人でも逃れられない。
    それは、日本の古文とは、全く違う。漢文知らずして、現代の中国人とも、交流はできない。
    出来ていると思っている人は、独り善がりの判断をしている。

    現代的な状況を俯瞰しても、今ほど、漢文を本気で学び直す絶好の機会はないと思う。
    しかし、そんな人は、圧倒的少数だろう。
    悲しいかな、日本人は、そういうものなんだろうと思う。
    05年に行われた「世界価値観調査」=世界80か国以上の人々を対象に政治や宗教、
    仕事、教育、家族観などを調べたものでは、日本人の世俗度の高さ(損得でただ物事を見る高さ)が、
    ダントツ1位だった。言い換えれば、世界一ミーハーな国民性で、また調査から自己表現力は、平均以下だった、
    つまり、意見という意見は、表明しない国民性だった。

    こう見ると、日本は、漢文で生き、漢文で死ぬ国になるだろうと思う。

  • 味わい深い。
    最近の中国と違う印象の、懐深い中国が香り立つ。

  • 他に読みたい本はいっぱいあったのに、
    なんとなく買った。
    他にも積んである本はたくさんあったのに、
    なんとなく読み始めた。

    ぶっ通しで読み終えて、
    あと何度か読み返すべきだと感じている。

    やっぱり漢文って大事だよ。
    中国の歴史に学ぶものは大きい。
    うん。

  • この本を手にしたのはたしか八年くらい前。
    今でも手元にあるけれど、随分と年老いてしまったかな。
    むろん、本の真価は、あくまでもその内容に存するものですから、たとえ古びた紙きれになってしまっても、私にとって大切な本には違いないのですが。
    漢文で記述された世界というのは、私たちの想像よりも壮大・繊細であり、そこには西洋の哲学にも負けず劣らずの思想があります。
    私たち日本人は、遥か古代より中国から多くのことを学んでおりましたが、腰を据えて学問として取り組んだのは江戸時代でしょう。
    その江戸時代に、漢文により高められた思考力というのは、西洋文明の受容においても、有用だったでしょう。
    中国は、科挙によって、知識人の頭脳に試験科目としての儒教が詰め込まれてしまいましたから、かえって漢文の有用性をフルに活用しきれなかったのでしょう。

  • 昔NHKで放映されていた「カンゴロンゴ」で加藤先生を知りました。小難しそうな漢文を分かりやすくユーモアも添えて伝えてくれるその口調と親しみの湧くキャラクターで、それ以来のファンです。
    本書はその分かりやすい語り口で、いろいろな有名な漢文を題材に、私たちにより心豊かに生きる上でのヒントや智慧を与えてくれると思います。
    自分では考えられなかった漢文の意味を、目からうろこの視点で伝えてくれています。

    個人的に知れてよかったのは「炳燭の明」や「胡蝶の夢」「季札挂剣」の話です。
    年老いてから学ぶことはどんな意味があるのか?
    夢と現実の境目は?
    故人を弔うことはどんな意味があるのか?
    そんな回答に困るような疑問にも、漢文ではすでに答えが出ていたりしています。

    本書を読んだおかげで物事をとらえる視野が広がったと感じています。
    おすすめしたい本です。

  • 漢文と現代的な話題を絡み合わせながら、味わっていく本。

    この本を、沖縄で戦績を巡りながら読んだ。
    一回限りの人生を大事にする態度、親族を、特に親を大事にする感覚など、何か沖縄にはそんな中国の発想に通じるようなものを感じた。

    無理に現代に引き付けて読まなくても、と感じる部分もないではなかったが、第五部の文明論、政治や戦争に関わる部分は、考えさせられるところが大きかった。

    漢文を読むことなんて、まずないのだが、味わいのある言葉が多いな、と改めて感じた。

  • 20111011Amazonマーケットプレイス

  • タイトルからして敬遠していたけど、読んでみると楽しい。現代のいろんな問題なんて、古典にはぜんぶ書かれてあるよ、ということがよくわかる。京劇の専門家が、自然科学のエピソードをとりまぜて中国古典を一般向けに語る。茂木健一郎さんがはまったというのもむべなるかな。

  • なかなか味わい深い本です。個人の内面の話から、死や宇宙、社会や文明までを縦横に語っていておもしろいです。著者のいう漢文力とは、要するに古典によって思考力を鍛えることであって、漢文の読解力のことではありません。冷静に考えられるように、荘子などの抽象的問題をあつかっていて、暑苦しい人生訓とはちがうところも魅力です。もっとこういう考える力を養うような漢文の本があってもいいと思う。

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著者プロフィール

明治大学教授
著書に『貝と羊の中国人』(新潮新書)、『漢文力』(中公文庫)、『絵でよむ漢文』(朝日出版社)、『京劇  政治の国の俳優群像』(中公叢書・サントリー学芸賞)、『本当は危ない「論語」』(NHK出版新書)、近著に『日中戦後外交秘史』(新潮新書・共著)ほか多数。NHKラジオ中国語講座の講師を歴任。

「2021年 『漢文で知る中国 名言が教える人生の知恵』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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