西ひがし 改版 (中公文庫 か 18-10)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122049529

作品紹介・あらすじ

三千代夫人はひとりベルギーに残った-。暗い時代を予感しながら暑熱と喧噪の東南アジアにさまよう詩人の終りのない旅。『どくろ杯』『ねむれ巴里』につづく自伝。

感想・レビュー・書評

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  • 本書は金子光晴の自伝的放浪記の三部作、「どくろ杯」「ねむれ巴里」に続く三作目だ。上海から東南アジアを経てヨーロッパへ。そしてこの三作目では、ヨーロッパから、再び、東南アジアを放浪する。
    金子光晴は1895年に生まれ、1975年に79歳で亡くなっている。三部作に描かれた放浪は、昭和3年から5年間に渡った。昭和3年は1928年なので、金子光晴の30代前半から後半にかけての放浪である。
    放浪と言うと、一人旅を思い浮かべると思うが、金子光晴の放浪は、妻の森三千代との駆け落ち風の放浪である。妻の森三千代に自分以外の恋人がいると考えた金子光晴は、二人の仲を裂くために、放浪の旅に出かける。これが旅のきっかけである。

    旅行記と言えば旅行記、滞在記と言えば滞在記なのであるが、とてもユニークなものである。
    まず書かれたのが、金子光晴の晩年、すなわち、実際の放浪から随分と時間が経ってから書かれている。従って、書かれていることは金子光晴の記憶に頼っているわけであり、細部については正確かどうかは分からない。
    この放浪の旅は、赤貧の旅であったし、そもそもが日本を出る以外に何の目的もない旅であり、かつ、金子光晴という人は、あまり先のことを考えない人であったようなので、書いてあることは、その時その時の描写と感想である。全体を貫く何かがあるわけではない。

    三部作全体を読んでみて強く印象に残ったのは、金子光晴の精神の自由さである。
    とにかく、ほとんど何にもこだわらない。もともと金子光晴は、詩人として有名な人である。そういった言葉の達人が、何にもこだわらない気持ちで書く旅行記は、ユニークな面白さがある。

  • 自伝三部作の最後
    もっとも辛らつ
    太平洋戦争直前のシンガポールやマレーの雰囲気が伝わってくる

    「支配者が要求していることは、国民皆兵であると同時に、現に、婦女皆娼であったではないか」

    みっともなく情けなく不義理とうそにまみれた、自身の過去を40年ののちに暴きだす凄さ

    同時に海外で放浪していた
    妻、森三千代はどんな思いでいたのか?

  • 自伝三部作の第三弾。

    妻の三千代をアントワープにのこして、著者は一人でヨーロッパを旅立ち、日本へと向かう途中、オランダ領インドシナの国々をめぐります。

    上海を出発してパリへと向かう途上でも、著者はしだいに険悪な関係になりつつあった中国人の留学生たちと交流しています。しかし今度の東南アジア滞在では、時代状況がますます厳しくなっており、著者は東南アジアに暮らす華僑の人びとの対日感情の変化を気にしつつも、異国で暮らす者どうしのあいだにかりそめの関係を結びます。

    さらに著者は、アントワープにのこしてきた三千代のことを案じながらも、シャオという男がしきりに女性を紹介しようとするのを強いてしりぞけることもなく、金をうしまいます。他方三千代のほうも、財閥の社長令息とともにヨーロッパを出て著者のもとをたずね、そのまま彼を置いて日本へ帰っていきます。ここでも著者は、妻の前で彼女と旅をともにしている男と相対しながらも、二人の関係をとがめようともせず、そのまま二人を日本へと送り出します。

    中国、フランス、東南アジアとつづく著者の旅は、それぞれの土地の文化的風土のちがいを織り込みながらも、変わることのない倦怠感にいろどられています。帰国後の三千代からの手紙によってうかがえる、その後の二人の関係からも、おそらく日本でもおなじような時間が流れていくことになるのではないかと思えて、独特の余韻をたたえているように感じられました。

  • 沢木耕太郎氏ご推薦のようなので、旅記つながり。

    金子の手記は沢木のそれに比べると、ずっといかがわしくて後ろめたくて猥雑。沢木のほうが長身で見目も悪くないのに、面白いなあ。

    ”アナルキスト”??・・・あ、アナーキスト、なんですね。

    「眼まぜ」「食べ余し」「半ちく」といった、意味はわかるけど自分は使わない言い回しが散見、これも一興。

    ・・・ブルッセル市は病弱者が捨て身の化粧をしたようないたいけな小都市で、両肘と膝がしらが充血して赤くなっている感じの、小柄なからだが、生姜の根のように痛い。

    ・・・混血が行き渡らないので眼のふちや口の端などが
    ずずぐろい、あくどうようで、芯がからっぽという表情をしていた

    等々、独特な言語感覚が面白かった。

  • パリをはなれ、連れ合いがパリにいるときに、自分でシンガポールやマレーシアやインドネシアの各地を飛び回り、金の算段をしたかと思うと使ってしまうという生活である。アジア旅行といえば言えなくもないが、常に金の心配をしながら、さらに金の算段を目指しての旅であった。アジアの貧乏旅行記としても旅行者にはやくだつであろう。

  • 自伝三部作の三作目。夫人をブリュッセルに残し、再び本人は東南アジアへ向かう。当地の女性と如何わしい行為にを繰り返す。ここまで赤裸々に自らを題材に晒すエッセイ、現代にはない。

  • 三部作の最終巻。

    妻美千代の不倫をきっかけにしたヨーロッパ行きではあるのだが、金子光晴はそうはいっても妻に縛られるつもりは毛頭ないようで、あちこちの街でよろよろしていて、商売女には手を出さなかったとどこかで書いているのだが、信用はまったくならない。妻に対しても男の手前勝手な倫理観を押し付けいるわけではぜんぜんなくて、むしろ逆のようですらあったらしい。

    そういうふたりが貧窮の中でなんとか暮らし続け、ヨーロッパから帰るときはまた別々になり、日本に戻ってから一緒になってやっていくのであるが、ふたりの関係は当時の時代背景から見てもかなり奇妙に映ったのかもしれないが、こういうのは当事者しかわからないものなので、余計なお世話というものだろう。

    金子光晴は女性に対する深い関心を終生持ち続けた作家で、響の強い独特な表現はかれの魅力の一つである。

    彼女が見るということが、すでにおもわせぶりな表情をつくりだして、ただならぬおもいをあいての心に掻きたてるようであった。印度の女だけがもっている、つくられたものではない、生まれながらの情念の眼であった。こういう女のいる限り、男たちにとって、生きるということは、その女たちのゆく先の先までついていって見とどけることであった。
    (西ひがし p.215)

  • 金子光晴の自伝三部作の完結作。危険に感化される。この3冊と詩集を鞄に入れて明日をもしれぬ旅に出たくなってしまう。それって日常を捨てるってことなんだけど。デカダンスとレジスタンスの魅惑。

  • おおよそ受け入れられる要素はほとんど無いはずなのに、自分の中の卑屈な部分と重ね合わせてしまうのだろうか、そうせざるを得なかった、そうするしか無かった、ということがわかるのだ。そしてそうであっても愛してしまうのだろう、ということも想像に難く無い。

  • ねむれ巴里の最後で、三千代夫人を残し、金策の為にアジアに戻ったことが記されている。結局、夫婦二人とも帰国できたことがあっさり短く書かれているのが、実際そんな簡単なことでなかったことが本書で描かれる。

    マライ半島の南端、バトパハで白蛇の精、白素貞との逢瀬。背がゾクッとするような印象。二人の意思が通じているのか、どこまで本当のことか、よく判らないけれど。
    金ができたと思ったら、ポン引きの案内で女を買って、スッテンテンに。何やってるんだろ。サッサと帰国すればいいのに。
    夫人との予期せぬ再会。余計なオマケ付き。ホント、何だろうね、この夫婦は。
    最後は、夫人に遅れて帰国。子供との久しぶりの再会。夫人からの手紙で幕。

    詩は詩人の元に戻ってきたとあるが、そのときの新嘉坡(シンガポール)という詩を探してみたい。

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著者プロフィール

金子 光晴(かねこ・みつはる):詩人。1895年、愛知県生まれ。早稲田大学高等予科文科、東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科、慶應義塾大学文学部予科をすべて中退。1919年、初の詩集『赤土の家』を発表した後に渡欧。23年、『こがね蟲』で評価を受ける。28年、妻・森美千代とともにアジア・ヨーロッパへ。32年帰国。37年『鮫』、48年『落下傘』ほか多くの抵抗詩を書く。53年、『人間の悲劇』で読売文学賞受賞。主な作品として詩集『蛾』『女たちへのエレジー』『IL』、小説『風流尸解記』、随筆『どくろ杯』『ねむれ巴里』ほか多数。1975年没。

「2023年 『詩人/人間の悲劇 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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