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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784122051584
みんなの感想まとめ
主人公の朋子が、家庭の事情で芦屋の伯母の家で過ごした1年間の物語は、友情や成長、そして過ぎ去った日々への郷愁を描いています。朋子と従妹のミーナは、性格や環境が異なる中で互いを理解し、信頼し合う関係を築...
感想・レビュー・書評
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遠い過去の思い出や記憶は、年を重ねる程に郷愁を帯び、優しく切なく脳裏に蘇ります。
でも、小川洋子さんの手にかかると、そんな過ぎ去ったかけがえのない日々が、単なる甘く愛おしいものに留まらず、喪失の哀しみを伴いながらも逆に輝きを増す印象があります。
1972年、主人公の朋子が岡山の小学校を卒業、芦屋の伯母夫婦宅から中学に通った1年間の話です。
芦屋の洋館は大邸宅で、住人は伯父、伯母、祖母(ドイツ人)、ミーナ(従妹)、米田さん(家事全般)、小林さん(庭園管理)、そしてポチ子(コビトカバ)。
本作は、30年後大人になった朋子が当時を回想し、一人称視点で描かれています。個性豊かな芦屋の家族の物語であり、病弱だけど聡明で本を愛したミーナとの友情の物語でもあります。
淡い恋心、夢中になったことの他に、不安や悩み、時に大人の世界の醜い部分も、物語の中に暗い影を落とします。これらが繊細かつ濃密に、そしてバランスよく描かれ見事です。
最もよかったのは、読み進めながら、登場する家族にいつ悲劇が訪れるのか…という不安が杞憂に終わったことです。回想には、温かさや優しさだけでなく、そんな危うさも秘めていて、文章表現に深みをもたらす小川さんの筆致に唸ります。結局、それらも含めて人生なのだと深読みしてしまいました。
今現在では、一緒に暮らした洋館は取り壊され、家族もばらばら…。でも、共有した思い出は色褪せることなく心の中で生き続け、キラキラ輝いています。そんな様子が生き生きと素晴らしい筆致で描かれ、爽やかな読後感があとを引く一冊でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1972年3月16日、山陽新幹線が岡山まで延びた。
その翌日に岡山から新幹線で芦屋の親戚の家に1人で引っ越しする私(朋子)が語る物語。
朋子は小学6年生の12歳で4月から中学生。
実際の小川洋子さんが10歳の年だから、朋子は小川洋子さんの分身として読んだ。
ミーナは本当の名前は美奈子で1960年生まれ、引っ越し先の子で朋子より1学年下だ。
カバ(コビトカバ)のポチ子は、当時病弱だったミーナを乗せて歩く行進手段という役割を持っていて、物語のアクセントになっている。
ミーナはマッチ箱を宝物にしていて、マッチ箱に描かれた絵から「お話」を作ることを楽しんでいる。
我が家にはマッチ箱がまだ7箱残っていたが、今どきの家庭にマッチはあるのだろうか。
線香に火をつけるのもライターになってきてるみたいだ。
物語はもちろん良かったが、しばしば懐かしさに浸ってしまった。
「樋屋奇応丸」や「オキシフル」なんて忘れかけていたし、「フレッシー」というジュースは「プラッシー」の記憶と重なった。
子供の頃に飲んでいたジュースは、お米屋さんが届けてくれたビタミンCをプラスした「プラッシー」に決まっていた。
オリンピック前には「ミュンヘンへの道」という男子バレーボールを取り上げた番組があって確かに盛り上がっていた。
当時男子バレーには凄く影響を受けて「ミュンヘンの12人」という本も買った。
本書ではミュンヘンオリンピック開催中に発生したパレスチナ武装組織によるテロ事件も取り上げられていた。
イスラエルのアスリート11名が殺害されるという悲しい結果となった事件だ。
それから50年以上経っている現在(2024年)、イスラエルとパレスチナの紛争は激しさを増している。
現在のイスラエル戦争は、アメリカ各地の大学でデモまで引き起こしていて根深い問題だ。
ミーナは健康を取り戻した後はケルンで、朋子は故郷の岡山で長い年月暮らしている。
二人が濃密に過ごしたのは1972年の1年だけで、それ以降はほとんど会うこともなく別々の人生を歩んでいる。
共に過ごした家もなくなり、何十年も経った今は記憶の中にしか残っていない。
子供の頃の思い出を懐かしむ、ただそれを物語にしただけなのだが、私もその時代を懐かしみました。 -
最初から期間が定められた中での物語。
突飛な出来事があるわけではないけど、少し不思議な環境であり、わずかな不穏さも漂っている。この独特の雰囲気が物語を読ませてくる感じ。
ポチ子にみまもられ、見守る物語だった‥ -
「博士が愛した・」「ことり」と小川さんの作品では不思議な主人公が出てくるが、この作品ではコビトカバに乗って小学校へ通学するミーナが中心に描かれている。
現在から遡って、むかし母と娘の二人暮らしから、伯母さんの家に1年間居候する朋子の視点で語られる。伯母さんの家は芦屋で、以前は近所に動物園として開放していた庭付きの大豪邸。義理の伯父さんが小さい頃に親から買って貰った動物達で、今はコビトカバだけ残っている。相当の高齢だが大人しくて、体の弱い小6のミーナを乗せて学校まで往復(行進)してくれる。表題の基となったようだ。
ミーナは本好きで、自分でも物語を作るが、唯一の読者は朋子。マッチ箱を集めていて、その裏側に小さい字で書きつける。ミーナの初恋らしきも語られ、甘酸っぱい気持ちになる。
ミュンヘンオリンピックの時代のことで、その時代の世相が詳しく描かれて、場面場面に懐かしさを感じる。 -
主人公の朋子が、ある事情によって、芦屋の富豪でもある、伯父・伯母のお屋敷に、1年間同居することになった。お屋敷には、朋子より1歳年下の体の弱いミーナと、伯父の母親(おばあさま)、家事を手伝う米田さんと小林さんが住んでいた。ミーナには、スイスの寄宿学校に留学をしている兄がいて、彼も朋子がお屋敷にいる間に帰省をしてくる。そして、お屋敷にはコビトカバのポチ子が住んでいて、体の弱いミーナを乗せて、小学校までの道のりを送り迎えしていた。
物語は、そのような家族と偶然に1年間住むことになった朋子の視線で、その間のあれやこれやを描写したものだ。
正直、芦屋での1年間の描写は、少し退屈なものだった。が、ミーナと朋子が成長した後の2人の手紙のやり取りが、物語の最後に登場する。中身はネタバレにもなるので、ここでは触れないけれども、この手紙のおかげで、舞台となった芦屋での1年間が、2人にとって、とても大事なものだったということが、しみじみと感じられるようになっているし、この1年間は、朋子とミーナの成長物語として、あらためて読み直せることに気がついた。
最後の手紙のやり取りが、とても効いている。 -
子どもの頃に経験した夢のようなひととき。
その時に感じたときめきや切なさ、風景から零れ落ちる匂い、流した涙や汗の温もり。
2人で過ごした秘密の時間、家族の笑い声が響く食卓。マッチの炎、図書館の貸し出しカード……。
たくさんの記憶のかけらたちが、時間が経つほどに鮮やかに蘇り胸の奥に根ざしていく……。そんな感覚、かつて子どもだった大人たちにはわかるんじゃないでしょうか。
まるでミーナと朋子が芦屋の洋館で過ごした季節は、大人になってしまうととけてしまう魔法にかかっているような時間でした。
時の流れは、例えば祈りのようで。崇高で尊いものに触れることを許されたような気持ちになります。物語をぎゅっと抱きしめたくなりました。 -
主人公はごく普通の中学1年生・朋子。家庭の事情で伯父さんのもとで暮らすことになります。
この伯父さん、飲料メーカーの社長でお金持ち。芦屋の洋館で過ごす1年はまさに絵に描いたような夢の暮らし。
しかも母親がドイツ人の伯父さんはイケオジ、その息子・いとこのお兄ちゃんももちイケメン!シャンデリアのお屋敷、池のある広大なお庭…まさに少女マンガの世界。
そしてもう一人のいとこ・ミーナは小学6年生。美少女でか弱くまさに蝶よ花よ。あ〜ハイハイ知ってますこういうの、やっぱマンガだね。と思いきや!
ミーナはバリバリ関西弁、お屋敷の池に住むのはコビトカバ。そしてミーナはそのカバ「ポチ子」に乗って登校(!)するのです。
まてよ、確かおぼっちゃまくんもカメに乗って学校行ってたし、マンガはマンガでもそっち系?
いやいや。
舞台は1972年。昭和47年の空気感が漂う中、朋子とミーナの日常のあれこれがまー愛おしいこと。
登場人物もみんなどこか共感できちゃう。
ミーナが途中で語る物語も、それだけで一冊作ってほしいくらい好みだし、カラーの挿絵も贅沢。
ラスト、そこに至るまでを想像させるポイントがちょこちょこある気がして、思いを巡らせるのも楽しかった。このラストでよかった〜。 -
小川さんは不思議な世界観の話をよく描かれますが、今回はコビトカバに乗って通学をする美少女の話で小川ワールドという感じでした。芸術的で切なくて優しいお話でした。面白いかと言われるとどうかなという感じではありますが、、
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昭和初期の優しい日本の暮しをイメージして読みました。
事業に成功した家で生活する家族の日々。
そこで暮らす娘と、その娘が大切にするもの。
大事にするものがあることは幸せです。
本の中では数十年という日々が流れていきます。
出会いも別れもあります。
悲しいことも受け止めなければいけない。
それが人生であり、暮しなのですね。 -
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小川洋子さんらしい作品、と言いながらそんなにたくさん読んでるわけではないが・・ゴメン
物語は二人の少女を中心に静かに進んでいく。静謐な中に少しだけ不穏な空気を漂わせて。いかにも小川洋子さんらしい作品だと感じた。
クライマックスはあっけないと言えばあっけないが、男の私には二人の少女の関係性がなんとも言えずに細やかに描かれていて、心の襞に入り込んでくる。いい物語を読んだという気になりました。 -
小説の舞台となる芦屋の近くに住んでいるので、小説なのか身近なところで起こってる噂話に耳を側立ててるのか境界が曖昧になるとても不思議な読書体験でした。
芦屋山手商店街の和菓子屋さんてアレやな…、芦屋でいちばんの洋菓子店Aのマドレーヌってアレね…とか、打出の図書館に神社…散歩コースやん!と土地勘のあるものが次々と出てきた上に、ミュンヘン五輪のバレーボール!
私がいちばん必死になんてみたオリンピック!そして競技!
本の感想というより、卒業記念文集を読んでるような気分にもなりました。 -
きっと誰にでも、こんな宝物のような、子供の頃のかけがえのない思い出ってあると思う。
ミュンヘンオリンピックやジャコビニ彗星など、キラキラした記憶がちりばめられていて、何とも心温まるお話でした。
こんなことさりげなく物語にしてしまうなんて、すごい。 -
理由は特にないのです。
ただ、わたしはこの作品が好きだなあ、と思いました。
小川洋子さんは相変わらず綺麗で優しい文章。見ているこちらの気持ちが落ち着いていきます。
ミーナと朋子の仲の良さにも嬉しい気持ちがありつつ、見守りたくなります。
フレッシーのお兄さんや図書館司書のお兄さんに対するちょっとした恋心もとても良かった…。
作品のタイトルの理由は読んでいくうちに分かります。
このようなほのぼのした話は心を落ち着けてくれますので、癒されたい時に読みたくなります。 -
ほぼ4年間積読になっていた本。
母と二人で岡山に住んでいた朋子は、母が生計を立てるために専門学校に入るので、その間神戸の叔母のところにお世話になる。そこは、フレッシーというラジウム入りの清涼飲料を作る会社の社長の家で、1歳下で喘息持ちのミーナ、ベルリンが故郷のローザおばあさん、社長の叔父さん、叔母さんの家族に、何十年も務めているお手伝いさんの米田さん、庭の世話をする小林さん、コビトカバのポチ子という面々が朋子を迎えてくれる。共に過ごした1年間。
ミーナは身体が弱く、喘息の発作て入退院を繰り返すけど、小学校に通うときは、小林さんにタッセルを引かれたポチ子に乗って行進していく。色々な柄のマッチ箱を収集して、その絵柄からお話を作る。朋子に図書館から本を借りてきてもらって読む。ミュンヘンオリンピックでバレーボールの金メダルに興奮する。水曜日にフレッシーを配達に来る青年に淡い恋心を抱く。
姉妹のように過ごした1年が過ぎ、やがて母と岡山に帰ることになったのでお別れが来る。
悪い人が誰もいなくて、特に何ということはないけど、読み終わって温かい気持ちになる本だった。4年間も寝かさなくてよかった。子どもの時によくあったプラッシーが、2021年まで販売されてたと調べて驚いた。
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小川洋子さん、好きなんです。声や語り口調、雰囲気。ラジオも必ず聴いています。小川洋子さんの存在自体は30年ほど前から知っていました。まだ世に出たとは言えない時期ではないでしょうか。当時、お付き合いしていた女性から高校の後輩が、文筆業をしていると聞いたのです。その人が小川洋子さんだと気づいたのは、その後です。この作品に登場する子供たちは、ほぼ私と同年代。芦屋周辺にも少々馴染みがあります。「ミュンヘンへの道」を必死に見ていた記憶、テレビの前でブルガリア戦を泣きながら見たことも思い出しました。優しい物語。随所随所に出てくる挿絵の色やデザインが素晴らしい。小川洋子さんの世界を満喫しました。
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物語の始まり、朋子を優しく迎えてくれた一家はまるで夢の中の住人のように完璧な存在に思えた。
朋子がお姫様であるかのように接してくれる伯父さん、入学式についてきてくれる伯母さん、優しく部屋に招き入れてくれるおばあさん、愛情たっぷりのご馳走を作ってくれる米田さん、静かに見守ってくれる小林さん、愛らしいポチ子、そして聡明な美少女ミーナも。
なんて素敵な家族だろうと、朋子と一緒になって感激してしまう。
物語を読み進めていくと、彼らが最初に考えていたような完璧な人達ではないことが分かってくる。
そして、夢の住人に見えていた時よりもずっと好きになってしまっていた。
私はミーナのマッチ箱の物語がとても好きだ。
彼女の点す美しい明かりを見てみたい。
朋子とミーナがローザおばあさんと米田さんにバレーボールを披露しているところが見たい。
出来ることなら参加したい。
一緒にジャコビニ流星雨を待ちたい。
2人の少女の宝石のような秘密の時間を一緒に過ごすことが出来たらどんなに素敵だろう。
…なんてことを考えてしまうけれど、この物語は十分に夢のような時間を与えてくれたとも思う。
とっても幸せな優しい時間を。-
はい!きっと大丈夫です。
「何か面白い本ないか」はなかなかハードルの高い要求ですよね。
私も自信を持って薦めた本が空振りに終わったこ...はい!きっと大丈夫です。
「何か面白い本ないか」はなかなかハードルの高い要求ですよね。
私も自信を持って薦めた本が空振りに終わったことが何度もあります。
最近は、たくさんの人に薦めることが、ダメージから身を守る最も有効な方法のような気がしています。
1人でも好きと言ってくれる人がいたら、何十人にダメと言われても(実際にそんなに大勢に薦めたことはありませんが)へっちゃらなんです、意外と。(私だけかもですが‥)2012/07/14 -
あぁなるほど… たくさんの人にすすめる… それはイイですね!
なんだかいい言葉をもらいました。ありがとうございます!
職場なんかでもやって...あぁなるほど… たくさんの人にすすめる… それはイイですね!
なんだかいい言葉をもらいました。ありがとうございます!
職場なんかでもやってみるかなあ。2012/07/15 -
2012/07/16
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家庭の事情で従姉妹が住んでいる芦屋で1年間暮らした少女の話。昭和漂う雰囲気だが、どこか異国情緒のある話だという印象。素敵な話をクリスマスに見れたのは幸せだ。懐かしさに触れたい時に。
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例に漏れず小川洋子さんの美しい言葉選びと静かななストーリー展開が至高の物語だった。
『薬指の標本』や『妊娠カレンダー』のようなひんやりとした静けさではなく、『博士の愛した数式』のように柔らかくて暖かな静けさだった。
阪神芦屋駅、須磨海岸、天王寺動物園と馴染みのある場所を舞台にこんなに素敵な物語が紡がれて嬉しい。
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美しくて、かよわくて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない――懐かしい時代に育まれた、ふたりの少女と、家族の物語。谷崎潤一郎賞受賞作。 -
『博士の愛した数式』『猫を抱いて象と泳ぐ』『ブラフマンの埋葬』を過去に読んだことあり。ブラフマンがかなり純文系で、以降あまり手に取らず。久々に手に取った。
いい本だった。やはり作家の書く文章に限る。半端な訳者の文とは読みやすさが違う。
西の魔女よろしく、田舎での素敵な思い出が綴られた形式の作品。日常のちょっとした所作や会話に光を当てて、美しさを感じさせる文章だった。
ちょっと自分でもやってみる。
好きな季節というものが決まっていなかったのだが、今年で明確に「秋」になった。
仕事から逃げるように、金曜日の午前中に、メトロにのって江戸川の汽水域に。太陽光をキラキラと跳ね返す川面を眺めながら、ハゼ釣りを満喫。途中、天気雨に降られたが、日差しを反射して、はっきりと視認できる雨粒が、星のようだった。
今年は秋刀魚が豊作。ラグビー選手みたいなイカつい上背をしているのが、250円くらいで買える。IHコンロに乗せたフライパンで塩焼きに。小さい一人暮らしの部屋、グリルがないのが残念。何回も食ったが、最初に食ったやつが一番美味かった。
海産物のコーナーにいくと、1,000円もあれば贅沢できることがわかる。白子を1パック買って、まるごと白子ポン酢に。臭みがでないように、丁寧に下処理をしてから、九条ネギとポン酢に浸して、缶ビールと。調理の儀式を経ると、自然と食べる頃には、感謝の気持ちが湧いてくる。
サザエも丸ごと2個買って、壷焼きにして食ってやった。友達と行った居酒屋、「時価」と書かれたサザエが、1個2500円。2人でそれだけで5,000円もぼったくられたことを、俺はまだ忘れていない。正しい値段を確かめるように食ってやった。そうだ、お前は2個で700円だ。
ラフランスと柿がスーパーに出始めた。季節が早いから、自宅で追熟。段ボールの中に、まだ色が青いやつらと、リンゴ・バナナを同封しておくと、追熟が促されて甘みが増してくる。毎日箱を覗きながら、今日で10日くらい。ラフランスを一つ頂戴。手間のかかるやつだが、熟したときの甘さと香りはやはり格別。
「日常のちょっとした所作や会話に光を当て」るつもりが、会話など存在しておらず、飯しか出てこない件。
友達と会って、旅行にでも行って、酒を飲みながら、こういう話をしたい、こういう体験をしたい。なぁ。-
文体がすこ。
おれも今年の秋は秋刀魚たくさん食べたけど、やっぱり最初に食らったやつが美味かった。
また旅行こぜ。文体がすこ。
おれも今年の秋は秋刀魚たくさん食べたけど、やっぱり最初に食らったやつが美味かった。
また旅行こぜ。2025/11/11
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