ピアニストという蛮族がいる (中公文庫 な 27-4)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122052420

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  • 「中村紘子」のエッセイ『ピアニストという蛮族がいる』を読みました。

    先月… 7月26日に癌により72歳で亡くなった「中村紘子」の追悼読書です。

    -----story-------------
    西欧ピアニズム輸入に苦闘した先人や世界のピアノ界の巨匠たち。
    その個性溢れる実像を大宅賞受賞の現役ピアニストが鮮やかに描く

    音楽に魅入られたピアニストたちの、すべてが極端で、どこかおかしく、しかもやたらと大真面目な世界。
    「ホロヴィッツ」、「ラフマニノフ」ら巨匠たちの奇行、伝説、そして本邦ピアニストの草分け、「幸田延」と「久野久」の悲劇が、不思議な感動を呼ぶ。
    文藝春秋読者賞受賞作。
    -----------------------

    『文藝春秋』の1990年(平成2年)1月号から約1年半にわたり連載されたエッセイをまとめた作品、、、

    「大体みんな、三、四歳の時から一日平均六、七時間はピアノを弾いているのだ。
     たった一曲を弾くのに、例えばラフマニノフの「ピアノ協奏曲第三番」では、
     私自ら半日かかって数えたところでは、
     二万八千七百三十六個のオタマジャクシを、頭と体で覚えて弾くのである。
     それもその一音一音に心さえ必死に籠めて……。
     すべてが大袈裟で、極端で、間が抜けていて、どこかおかしくて、
     しかもやたらと真面目なのは、当たり前のことではないだろうか。
     そしてここでも類は友を呼び、蛮族の周りには蛮族が集まる……。」

    という『はじめに』の一節で表現されているとおり、ピアニスト=蛮族という前提で語られたユニークでユーモアたっぷりのエッセイです。

     ■はじめに
     ■Ⅰ ホロヴィッツが死んだ
     ■Ⅱ 六フィート半のしかめっ面
     ■Ⅲ 神よ、我を許したまえ
     ■Ⅳ 女流探検家として始まる
     ■Ⅴ タイム・トラベラーの運命
     ■Ⅵ 音楽が人にとり憑く
     ■Ⅶ 久野久を囲んだ「日本事情」
     ■Ⅷ 最初の純国産ピアニスト
     ■Ⅸ ピアニッシモの残酷
     ■Ⅹ 鍵盤のパトリオット
     ■ⅩⅠ カンガルーと育った天才少女
     ■ⅩⅡ 銀幕スターになったピアニスト
     ■ⅩⅢ キャンセル魔にも理由がある
     ■ⅩⅣ 蛮族たちの夢
     ■参考文献
     ■あとがき
     ■二十年後のあとがき
     ■解説 向井敏


    『Ⅰ ホロヴィッツが死んだ』は、大ピアニスト「ウラディミール・ホロヴィッツ」の「ワンダ婦人」との結婚と、結婚後の義父「トスカニーニ」との難しい関係や娘「ソニア」の悲劇を語ったエッセイ、、、

    結婚により精神を病んだ「ホロヴィッツ」は、その死により初めて精神的に開放されたのでしょうが… ミラノにある「トスカニーニ家」の廟に埋葬されたらしいので、もしかしたらあの世で永遠に苦しんでいるのかも。


    『Ⅱ 六フィート半のしかめっ面』は、「ラフマニノフ」の大きな手や長い指による独特な演奏技術等を語ったエッセイ、、、

    ピアノの演奏には有利だった体型は、マルファン症候群という病気だったんじゃないかという説や、生きていた時代にピアニストとしては評価されつつも作曲家としての評価が惨澹たるものだったということを初めて知りましたね。

    生前はいつもしかめっ面だったとのこと… 病気で苦しんでいたことや、作曲家として評価されなかったことが影響していたのかもしれませんね。


    『Ⅲ 神よ、我を許したまえ』は、「バッハ」のことや、共産圏での芸術家の扱いについて語ったエッセイ、、、

    「バッハ」は、女好きだったのかな… そんな印象が強く残りました。


    『Ⅳ 女流探検家として始まる』と『Ⅴ タイム・トラベラーの運命』は、本邦ピアニストの草分け「幸田延」について語ったエッセイ、、、

    この方、初めて知りましたが作家「幸田露伴」の妹なんだそうです… 男尊女卑が当たり前だった時代に欧米に留学してクラシック音楽を学び、日本で教えるってことは想像以上に大変だったんだろうなぁ。

    ホントに当時の環境下では、探検家であり、タイム・トラベラーのような存在だったんでしょうね。


    『Ⅵ 音楽が人にとり憑く』、『Ⅶ 久野久を囲んだ「日本事情」』、『Ⅷ 最初の純国産ピアニスト』、『Ⅸ ピアニッシモの残酷』は、「幸田延」に続く本邦ピアニストの草分け「久野久」の悲劇を語ったエッセイ、、、

    邦楽を学んでいたものの、兄「弥太郎」の助言から片足が不自由というハンディもあり成功が厳しいと判断して、15歳からピアノを始め、不屈の闘志と凄まじい練習によりピアノを始めてから9年で母校(東京音楽学校)の教官を努めるまでに評価された「久野久」… 身体を震わせながら、満身の力をこめて鍵盤叩き、時には指先から血を流しながら演奏を続け、着物は乱れ、帯は緩み、花かんざしはステージのどこかに吹っ飛ぶと表現されているように、魂の込められた、情熱的で或る意味狂人的な演奏に現れているように、芸術家肌の烈しい性格だったようですね。

    そんな彼女が日本一のピアニストという声望と自信を持ち、世界での活躍を夢見て訪欧… しかし、本場での演奏水準の高さに驚き、師事したドイツ人のピアニスト「ザウワー」から基礎からやり直せとまで言われ、すっかり自信を失う、、、

    そして、ホテル4階の屋上から飛び降りる… 悲劇ですね。


    『Ⅹ 鍵盤のパトリオット』は、遅咲きのピアニストでポーランドの初代首相として政治家としても活躍した「イグナッツ・ヤン・パデレフスキー」について語ったエッセイ、、、

    24歳にもなってからチェルニーの教則本から基本を本格的に練習し始めたにも関わらず、欧米で空前絶後のカリスマピアニストとしてスターとなった人物… ただし、政治家生命を終えて、ピアニストに戻ってからの演奏は、熱狂的に迎えられたものの、二度と過去の輝きを取り戻すことはなかったようですね。


    『ⅩⅠ カンガルーと育った天才少女』と『ⅩⅡ 銀幕スターになったピアニスト』は、タスマニアでの極貧の生活の中から、ピアニストとしての才能を見出され銀幕スターとして活躍した「アイリーン・ジョイス」について語ったエッセイ、、、

    辺境の地で生まれ、友達はカンガルーだったという野生の少女は、欧州でピアニストとして成功するが… あまりにも美貌だったことや映画スターとして成功したことが災いし、ピアニストとしての評価が歪められてしまったようですね。


    『ⅩⅢ キャンセル魔にも理由がある』は、キャンセル魔だった「アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ」について語ったエッセイ、、、

    彼はキャンセルするたびに、大真面目に、
    「私は大変に高額なギャラを貰っている。
     それなのに不充分な演奏をしたら、聴衆に申し訳ないではないか」
    と語ったとのこと… これだけのことを言える存在になりたいものです。


    『ⅩⅣ 蛮族たちの夢』は、ピアノの魅惑や拷問器具にも似た指の強化器具、ピアニストの競争環境等、終章として作品の全体をまとめたようなエッセイ、、、

    女性ピアニストに関する、
    「女性ピアニストというのは、
     どうしても性格的には勝ち気で負けん気で強情でしぶとくて、
     神経質で極めて自己中心的で気位が高く恐ろしく攻撃的かつディフェンシヴで、
     そして肉体的には肩幅のしっかりとした筋肉質でたくましい、
     というタイプになってしまう。
      ~中略~
     社会との健康的なつき合いが才能のある人間ほど少なくなってしまうため、
     一般の常識からみれば、
     どこかピントの狂った頓珍漢が多いのである。
     ゆめゆめピアニストなんぞを女房にするものではない。」
    という分析が印象に残りました。


    なかなか愉しく読めましたね、、、

    名だたるピアニストの逸話やゴシップ、奇行、珍談を材としており、純粋なエッセイというよりは、ノンフィクション作品っぽさを感じさせるエッセイでしたね… 「中村紘子」の他のエッセイを読んでみたくなりました。

  • ピアニストによるピアニスト列伝。

    音楽家で本を出している人は大勢いるが、その文章の中に文才を感じることは、ほとんどない。別にそれは悪いことではない。音楽家の出す本は、何かをわからせるためのもの——例えば、演奏法や楽曲の解釈、作曲家のことなど——なので、言いたいことがきちんとわかれば、それで十分役割を果たしているといえるからだ。それに、そもそも、文才などというものは初めから期待などしていない、意識していないのが普通だ。

    しかし本書を一読すれば、その文章の優れていることに気づかずにはいられないだろう。

    著作は日本一有名なピアニストだったが、文才にも秀でていたということがすぐにわかる。専門の文筆家に勝るとも劣らない、読み手を惹きつける文章を書く。これはすごいことだ。

    一般的に時間をかけて練習すればするほど物事は上達する。文章も小さい頃から書いて、量をこなしていれば、上達していくが、著作のように3歳からピアノばかり弾いていた人が、これほどの文章を書けるというのだから驚いてしまう。きっと書くのが好きで、文章も多く書いてきたのだろう。

    本書の前作である、「チャイコフスキー・コンクール ピアニストが聴く現代」と並び、クラシック音楽ファンなら、楽しめること請け合いの名著である。

  • 『赤頭巾ちゃん気をつけて』で有名な庄司薫の奥さん。庄司薫も寡作なので今では知る人も少ないかも知れぬが、ピアニストである中村弘子さんの文章はとても理知的でユーモアに満ちている。世界的に優れたピアニストについて紹介しているのだが、ピアニストそのものを知らなくても、音楽家というものの魅力が伝わってくる。中でも明治になって突然西洋に向かって門を開いた日本に登場する二人の女性ピアニスト、タスマニアでカンガルーと共に巣立った裸足の少女や二十歳を過ぎてコンサートピアニストを目指し、のちにポーランドの初代首相となった人物など、さまざまな魅力的なピアニストが登場する。

  • 2016年に亡くなられたピアニスト 中村紘子さんが90年代に雑誌に連載した世界ピアニスト列伝。
    僕は音楽はほとんどわからない人間だが、昭和の人間にとってピアニストといえば 中村紘子 さんになるんじゃないだろうか。(どれほどなのかは実感できていないが)その名声と美貌、そしてインスタントコーヒーやカレーの CMなどでもよく目にした。

    あるテレビ番組ではコンサートにおけるピアニストについて、自分がいつも弾き慣れたピアノを運ぶことはできないから、常に行った先のピアノに合った演奏を強いられる演奏家と言っていて、成る程確かにそうかも、と感じた事がある。

    この話を取り上げたのは中村紘子さんという人がやはりピアニストでありながらも、言葉で表現する事にも優れた人だと感じたからだ。

    この本は自分と同じピアニストというピアノに取り憑かれた「種族」として、海外の有名ピアニストや、不遇に終わった日本初の女性ピアニストの生涯を取り上げて語っている。その話の運び、横道へのそれ方などなど全て素晴らしく、読者を惹き込む読ませる文章なのだ。
    雑誌の連載だから文字数の制約などもあったと思うのだが、ちゃんと盛り上がりや、結末に向けての収束の仕方など、まさにコンサートで観客をピアノで魅了するのと同じ感覚の構成力なのだろうか?

  • とにかくおもしろい。そして文章があまりにうまい。天は二物を与えるのか。

  • ピアニストの中村紘子氏によるエッセイ、彼女の同族であるピアニストの評伝を綴った作品で、元々は雑誌の連載だったらしい。

    登場するピアニストは、ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、ラフマニノフ、幸田延、久野久、パデレフスキーなどなど、その時代を代表する大ピアニスト一人ひとりのエピソードが、とても詳しくそして大変活き活きとした文章で描かれている。

    特に、最初の純国産ピアニストと言われ、明治から大正にかけて国内では大人気だったが、本場欧州とのレベルの差に絶望した久野久の悲劇。そしてピアノも無いオーストラリアのド田舎で育ったが、奇跡的にピアノの才能を開花させ、女優としても活躍したアイリーン・ジョイスのエピソードが印象的だった。

    『チャイコフスキー・コンクール』を読んだ時にも感じたが、中村氏の文章は非常に表現豊かで、読む側を飽きさせないのである。もしこれが、違う作者が書いたただのピアニストの評伝であれば、きっと面白さは半減したと思う、とても楽しい作品でした。

  • ◆きっかけ
    題名のない音楽会で中村さんの特集をしていて、著書があることを始めて知り、読みたくなって。2016/9/3

  • 100118

  • チラ読みしたけどなかなか内容が濃そうで楽しみ(^^)

  • 洋楽黎明期の日本人ピアニストのことが興味深い。
    それにしても、中村さんの語り口は軽妙。ぐいぐいと引っ張られた。

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著者プロフィール

2001 年 神戸女学院大学人間科学部卒業
2006 年 名古屋大学大学院環境学研究科博士後期課程単位取得後退学
現職 愛知淑徳大学人間情報学部 助教
専門分野は,認知心理学,思考心理学

「2019年 『心理学実験演習 図表作成マニュアル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

中村紘子の作品

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