水晶萬年筆 (中公文庫 よ 39-2)

著者 :
  • 中央公論新社
3.51
  • (33)
  • (86)
  • (112)
  • (20)
  • (2)
本棚登録 : 1096
感想 : 107
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122053397

作品紹介・あらすじ

アルファベットのSと「水読み」に導かれ、物語を探す物書き。影を描く画家。繁茂する導草に迷い込んだ師匠と助手。月夜に種蒔く人。買えないものを売るアシャ。もう何も欲しくない隠居のルパン-人々がすれ違う十字路で、物語がはじまる。流れる水のように静かにきらめく六篇の物語集。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 吉田篤弘さんの作品はベースがありきたりの日常だと思うのだが、どこか幻想的な非日常の風景に置き換えられてしまう。
    ところどころにアンニュイな雰囲気も感じるが、ネガティブの方向には振れず静かに語られるので心が落ち着く。
    作品の中に自分も引き込まれる感じはなく、さほど遠い距離ではない空の上から物語を眺めているような気持ちになる。

    「水晶万年筆」は絵の話。おでん屋の女将の父は絵師だったが、最後の一枚しか残っていない。おでん屋の常連客と2人でその絵を見に行くことになったが、作品はお互いに半分しか見る事が出来ない。相手が見ている半分は分からないのだが、その理由が秀逸。
    「ティファニーまで」は富士見町の洋食屋ティファニーに行く話。胸が「高鳴る」ではなく「低鳴る」とか、ムカムカすることを「ムカつく」と言うようにドキドキすることを「ドキつく」と言ったり、言葉遊びに引き込まれる。
    「ルパンの片眼鏡」はルパンと呼ばれた男の老後の話。オバケ煙突のように何人もの俺がいる。これまで俺は俺から俺を盗んでいただけのこと。もう盗みたいものはない。逆に盗んだものを返したい。すべて返したら五目チャーハンを食べて…。

    6編のうちこの3編が面白かったかな。特に「水晶万年筆」(これは★5)のエンディングが良かった。

    次は、月舟町シリーズ三部作(番外編含めて4冊)を読もうと思っています。

  • 飄々としてつかみどころのない物語たち。
    読んでいると、幻を見ているような錯覚に陥ってしまう。
    Sの文字に翻弄される物書きの話や、影の魅力にとり付かれた画家の話など。
    吉田さん特有の言葉遊びも楽しい。
    淡い恋心を感じる場面もあって、ほのぼのとした気持ちになれた。

  • 十字路のある町の静かで不思議なおはなしたち。

    「水晶万年筆」、「黒砂糖」、「ティファニーまで」がお気に入りです。
    「黒砂糖」の夜中にトランペットでファンファーレを拭きながら種をまく、という場面が素敵だなぁと思いました。
    「アシャとピストル」が一番よくわからなったけど、あの妙なおかしさと緊張感と怖さはなんなのだろう。

    掴みどころのないふわふわとしたお話と静かでどこかノスタルジックな情景、時にぞくっとする場面…不思議な
    魅力のつまった短編集でした。

  • 最近のお気に入り、クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんの本。書店で購入の際、カバーも付けてもらわずに「そのままでいいです」などと気取って言って、その滑らかな手触りを楽しみながら帰った。なんだか、自分の物になった事が嬉しくて足どりも軽やかに(笑)
    6篇の短編集。どの話も十字路が出てくるが、その場所にモデルとなる場所がある事に驚いた。それほど、この話の背景がどこか異国のような、それでいて懐かしいような、またファンタジックな世界なような、とても現実的なような…不思議な世界に感じられたから。
    ふわふわ漂う中に、心に響く事も書かれていたりして、とても心地良い本です。癒し系というのともまた違う気がするが、疲れた時に読んで、ふわふわ漂いながら世界観を楽しみたい。

  • “十字路のある街”がテーマの短編集。
    吉田作品独特の、ふわっとした不思議な世界を堪能できる六話が収録されています。

    第一話「雨を聴いた家」が、続きが凄く気になる終わり方だったので、ちょっと連作を期待したのですが、それぞれ独立した短編で、その後の展開は謎のまま読者の妄想に任せる感じでした(“十字路繋がり”はありますが)。
    各話、いい意味でのぼんやり感で心地よく読めるお話で、特に表題作の第二話「水晶萬年筆」(タイトルも素敵)と、第四話「黒砂糖」がお気に入りですね。
    非現実的な雰囲気ではあるのですが、登場する街(十字路)は、実際に東京にある路地の風景がベースとなっているそうです。
    本書の元となった単行本『十字路のあるところ』に、モデルとなった路地の写真が載ってとの事で、どんな風景か見てみたいと思いました。

  • 現実の東京の路地をモデルにしているそうで、これらの路地を実際に知っているわけでもないのに、なぜか懐かしい気分になる。
    「ティファニーまで」がいちばん好きだ。こんな風に、目的地への移動も思考もせかせかしないで道草を食っていられるのって、すごく楽しい。

  • 『十字路のあるところ』を文庫にまとめたものとのこと。
    十字路が登場する6編の短い物語が収められています。

    どれも吉田さんだなぁという感じでしたが、特に好みだったのが「ティファニーまで」。
    この言葉をこねくりまわす感じが、なんとも吉田さんです。
    「足がつむじをまげる」とか、「低鳴る(高鳴るの反対)」とか、「道草の繁殖」とか。
    こんな発想ができるのが楽しいなぁと思います。
    辞書を見ながら、言葉をこねて、心の中だけで吉田さんを"師匠"と読んでみたい気持ちになりました。

    そのほか、「黒砂糖」の読後感が好きです。
    また、「雨を聴いた家」の何かのはじまりを感じさせる結末が印象的でした…なんとなく妖しげで色っぽくて…。

  • 路地の十字路に隠れている言葉達と、遊んでいる気持ちになる。物語は遊んでいるうちに心にじわじわと沁み込み、はんなりと忘れられない。文章のリズム感のよさなのか、読んでいてとても心地いい。
    六篇の短篇集が収められている。十字路に降る雨や、落ちる陰や、漂う甘酒の匂いまで、どれもこれもが愛しい。

  • いくつかの短編で師と弟子という関係性が共通している。師が弟子に伝えることは新語だったり音楽であったり様々だが、弟子は師の意志を汲んで生きている。ルパンは珈琲を飲みながら、「弟子がいなけりゃ師匠と言えないんだ」と言っている。その二人の完結した関係の中で、扉を探したり、向こう岸を目指したりして、師は弟子の元から離れていこうとする。

    弟子はみな、師匠が残したものを受け継いでいく。道が繋がっていくように。すべての道はティファニーに通ずるように。

  • 東京の片隅の、どこかの十字路で、
    知る人ぞ知る変わった人達が
    ひっそりのびのび生きてる話。

    “ファンファーレ専門の作曲家”が
    いい例だと思ったんだけど、
    明らかに変わった生き方をしてる人が、
    過度に主張せず自分の領分を守って、
    片隅で静かに、
    スポットライトから逃れて安心して、
    穏やかにのびやかに暮らしている。

    自分はそれがすごい好きで、
    羨ましいんだと思った。
    よく知らないけど、
    「不便益」って言葉を思い浮かべた。

    足のつむじとか、
    おでんは濁点が付くほどうまいとか、
    どうやって生きればそんな発想に行き着くんだって表現も好きだ。

    もしかしたらティファニーの先生は
    吉田さんの思考回路に近いのかな。
    頭の中、覗き見した気分でうれしい。

    黒砂糖は夜に属すとかも素敵だ。
    今までなんとも思わず通り過ぎていたものに
    足を止めて、止めてしまえばもう、
    それを知る前のやり方で黒砂糖を見られない。
    謎の付加価値。たまらない。

    上手く伝わらないかもしれないけど、
    伝えるために書かれたものと
    書くために書かれたものが多分ある気がして、
    わかったような口を聞くのはおこがましいけど、
    こういう作品は多分後者なんじゃないかな。

    この作品から得たものでは、
    ちっとも腹は膨れないけど、
    披露したところで
    みんなに感心してもらえそうもないけど、
    腹が膨れたり、感心されたりする作品しか
    ない世界は、自分は嫌だなと漠然と思う。

    書くために書かれた(と僕は思っている)ものを、
    読むために読む時間は
    とびきり幸福で贅沢だった。

全107件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉田篤弘の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
吉田 篤弘
村上 春樹
クラフト・エヴィ...
吉田 篤弘
クラフト・エヴィ...
クラフトエヴィン...
クラフト・エヴィ...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×