若き芸術家たちへ - ねがいは「普通」 (中公文庫)

  • 中央公論新社
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122054400

作品紹介・あらすじ

自然をしっかり見ること、それを自分の中の印画紙にしつかりと焼きつけること、デッサンをくり返すこと。そうしてできた作品はきっと胸に迫るものだ。世界的な彫刻家と画家による、気の置けない、しかし確かなものに裏付けられた「普通」の対談。カラー図版多数収載。

感想・レビュー・書評

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  • 佐藤忠良氏と安野光雅氏の対談を書籍化。
    本音満載で非常に楽しく、興味深く読ませていただきましたが、
    正直に言えば、もっともっと佐藤さんのお話が聞きたかったかな…と。

    • naminecoさん
      コメント&お気に入り登録、ありがとうございます。
      忠良さん、多才な方ですよね。
      作品はもちろん、そのお人柄にも惹かれます。
      コメント&お気に入り登録、ありがとうございます。
      忠良さん、多才な方ですよね。
      作品はもちろん、そのお人柄にも惹かれます。
      2012/12/11
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「そのお人柄にも惹かれます」
      そうですね!
      自伝「つぶれた帽子」が読みたくなってきました!
      「そのお人柄にも惹かれます」
      そうですね!
      自伝「つぶれた帽子」が読みたくなってきました!
      2013/01/07
    • naminecoさん
      品もあって、いい感じに毒?もあって。
      つぶれた帽子、積んだままになっています…。
      どうしましょう。
      パティが先か。忠良が先か。笑
      品もあって、いい感じに毒?もあって。
      つぶれた帽子、積んだままになっています…。
      どうしましょう。
      パティが先か。忠良が先か。笑
      2013/01/07
  • 収録された対談は1992年から2001年にかけてのものですから、佐藤
    氏79~88歳、安野氏66~75歳の頃です。しかし、文章を読む限りで
    は、ご両名がそんな高齢であるとは思えません。瑞々しい感性と飽
    くなき挑戦心。尽きることのない表現欲。「ただ描きたいから描い
    ているんだ、描かずにはおられないのだ」と安野氏は述べています
    が、そういう衝動に突き動かされて生きてきたお二人だからこそ、
    幾つになっても歳を感じさせないのでしょう。ちなみに、安野氏は
    85歳になる今も健在。佐藤氏は今年3月に98歳で亡くなっています。

    対談ですから話はつれづれに流れていきますが、読んで思ったのは、
    いかに普段の自分がものをきちんと見ていないのか、ということで
    した。佐藤氏の言葉で言えば「知識はあるけれど、目が止まってい
    る」状態。自分は一体、自分の目でどれだけ本当に見ているのか、
    と恥じ入りました。

    それくらいこの二人は「見る」ことに一生懸命なのです。それぞれ
    見方は違います。佐藤氏にとっての「見る」は、モデルとなる相手
    の過去と現在と未来に思いを馳せ、その人の本当の顔をえぐり出す
    こと。それは静止したものに過去・現在・未来の時間を表現すると
    いう彼の彫刻の方法論に通じます。

    一方の安野氏にとっての「見る」は、遠くの木々のざわめきが聞こ
    えてくるほどに見つめ続けること。安野さんにとって、スケッチを
    することは「風景という楽譜」を演奏する感覚に近いのだそうです。

    佐藤氏のシベリアの抑留体験の話も印象的でした。後年、佐藤氏は、
    自身のシベリア抑留体験について「さぞ大変だったでしょう」と聞
    かれ、「彫刻家になる苦労を思えば、あんなことはなんでもないで
    すよ」と答えたのだそうです。安野氏はそのことを知った時のこと
    を、「起き上がって襟を正しました」と振り返っています。

    佐藤氏は別に彫刻家として食べていくことの苦労を言ったのではな
    いと思います(勿論、それも幾分かはあったと思いますが)。彫刻
    家という職業を成立させること以上に、彫刻そのものの持つ難しさ、
    静止したものに過去・現在・未来の時間を表現しなければいけない
    彫刻という行為の持つ根源的な不可能性を言っていたように思えま
    す。その不可能にも思える困難に一生をかけて挑戦してきた真摯な
    姿勢が垣間見えるからこそ「あんなことはなんでもない」と言う一
    言に胸が衝かれるのです。

    佐藤氏の一言一言は本当に味わい深く、思わず襟を正してしまうよ
    うな言葉ばかりです。言葉から匂い立つ人間としての「気品」とし
    か呼びようのないものに触れることのできる稀有な一冊です。
    是非、読んでみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    人間の顔はその人の表札です。そしてやはり、地位や名誉の有る無
    しにかかわらず、中身のある心のいい人が、いい顔をしています。
    身近な人や行きずりの人の中にも本物がいるということを、あらた
    めて思います(佐藤)

    シベリアに抑留されていた三年間、男ばかりで過ごしていると、お
    互いにすべてを見せ合ってしまう。そのとき、我々日本人は、教養
    と肉体がバラバラになっていると思いました。
    土木工事とか、野良仕事をしてきた人のほうが、人間的にすばらし
    いという発見をしたんです(佐藤)

    わたしたち彫刻家のやっているのは、粘土こねて、恥かいて、汗か
    いて、失敗して、やり直す、職人の仕事なんです。
    (…)恋愛もそうですよ。恥かいて汗かいて、やり直す。切ない思
    いをしないと。抱き合うまでに時間をかけないとね(笑い)(佐藤)

    木は自然と戦っていながら、ずるさがない。根っこはどんなに切な
    い思いをして石抱えて、上を支えているか、それを見ろ、というこ
    となんです。我々みたいな彫刻やっている人間はそういう姿を見る
    ことが大事です(佐藤)

    風景を集中してじっと見つめていると、遠くの特定の木がざわめい
    ているのが分かる、ということはよくあります。こちらの熱意に木
    々がこたえてくれるのだという人がありますが、そんな神がかった
    話ではありません。神経を集中すれば誰でも聞こえてくると思いま
    す(安野)

    大工さんに「木の年輪って、なんてきれいなんだろう」と言ったら、
    「それは自然が百年かかって描いたんですから」って答えました。
    職人はいいことを言いますね(安野)

    憧れ。「切ない憧れ」が今の若者には見えにくい。芸術の世界も同
    じです。「憧れ」がものを生み出すと、わたしは思います(佐藤)

    わたしは、このごろの絵や彫刻やすべて、いわば表現と呼ばれてい
    るものを見ると、「普通にやればいいのになあ」と思うんです。表
    現する以上、誰よりも目立つことをしなきゃいけないと考えている
    ような傾向が感じられます。(…)
    でも、普通の、ごくごく普通のときほど、こちらの胸には迫ってく
    るのです(安野)

    知識はあるんですよね。でも目が止まっている。止まっていないか
    もしれないけれど、我々職人から見ると、しゃべるほどにはものが
    見えていないなあと思うことが多い。(…)
    あんまり知識があると、目が止まったり、心が止まったりしちゃう
    んじゃないかなあ(佐藤)

    ダ・ヴィンチだって悔しくて死んだろうと思う。ピカソだってベッ
    ドのところにスケッチブックと鉛筆が置いてあったというんだ。
    「俺、どうしてこんなにしか描けないんだろう」って悔しがってい
    たのではないですかね。我々から見れば、あんな絵が一枚でも描け
    たら死んでもいいって思うかもしれないけれど(佐藤)

    (本の装丁案を十五案出さなければいけないことが苦しくて)あれ
    これ考えながら中央線に乗っていたら、対面の座席の人たちの顔が
    目に入った。そのたくさんの顔を見たときに「あ、こんなに違うバ
    リエーションがある」と気づいた。(…)みな違う。わずか十六通
    りじゃない。そのときに「やれる!」って思った。顔なんてそれこ
    そ何千、何万通りあるんだから(…)
    もうどんな注文が来ても驚かないね。必ず「やれる」と思う(安野)

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    ●[2]編集後記

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    先週の木曜日、妻の実父が急逝しました。中学生の時に生き別れに
    なったままの父親と、思わぬ形で再会した妻は、死に目には会えな
    かったものの、実父の安らかな寝顔を見、再婚した奥さんや親戚達
    に温かく迎えられて、長い間の胸のつかえがとれたようでした。

    岳父は心筋梗塞でほぼ即死だったようです。実はその日は妻の妹に
    男の赤ちゃんが生まれた日。よくよく聞いてみると、倒れた時間と
    前後するように生まれたようです。単なる偶然に過ぎないとは言え、
    あまりの符号に「生まれ変わりだ」と親戚一同驚いていました。

    実は、母の末期がんが見つかり、余命半年を宣告されたのも娘が生
    まれた直後でした。「この子が私の生まれ変わり」と母は言ってい
    ましたが、確かにそうやって命は巡るのかもしれません。或いは、
    死の理不尽を受け入れるために、そういう命の循環の物語を人は必
    要とするのかもしれません。

    その母が亡くなって今月末で丸三年。金曜日から土曜日にかけて四
    日市で岳父の葬儀に立ち会った後、日曜日は湘南の実家で実母の命
    日を偲びました。毎年、6月の最後の週末はこうやって命の循環に
    思いを巡らことになりそうです。大祓えなのでちょうどいいですね。

  • 世界に誇る日本の至宝とも呼べる、
    『職人』の2人が、
    芸術を通して語る人間性について。
    2人だから語らえること、
    2人でしか語らえないことがある。

    「中身のある心のいい人が、いい顔をしています」

  • [ 内容 ]
    自然をしっかり見ること、それを自分の中の印画紙にしつかりと焼きつけること、デッサンをくり返すこと。
    そうしてできた作品はきっと胸に迫るものだ。
    世界的な彫刻家と画家による、気の置けない、しかし確かなものに裏付けられた「普通」の対談。
    カラー図版多数収載。

    [ 目次 ]
    バイカル湖―シベリアの湖を行く船の上で
    仙台―彫刻の代表作が収まる美術館で
    津和野―開館間もない故郷の美術館で
    永福町―幾体もの彫像がたたずむ彫刻家のアトリエで

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 私の持っているのは、「願いは普通」だけのタイトルでした。

  • 2002年に刊行された親本「ねがいは「普通」」に、2010年時点での安野さんの付記やあとがきを加えている。芸術はもとより何についても、奇をてらう必要はない、気負わず、ごく普通に、営々と一歩ずつ歩いていくうちに山に登るのが大事なんじゃないか、という気持ちが、題にこめられた思い。
    シベリア抑留思い出の地バイカル湖(1992年)、それぞれの出身にして記念館のたつ仙台(2001年6月)、津和野(2001年11月)、それに佐藤忠良の仕事場(2001年12月)でかわされた対談4本。
    若い頃の苦労話、「おおきなかぶ」制作のエピソード、「旅の絵本」の話、素描、個性、芸術、教育、気品とは、含蓄に富んだ話がくりひろげられる。長幼の関係もあり、どちらかというと安野さんが聞き役に回って、佐藤忠良の言葉をたくさん引き出している。

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