西洋学事始 (中公文庫)

  • 中央公論新社 (2011年4月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784122054707

みんなの感想まとめ

多様な学問分野を通じて、西洋の知の営みを探求する内容が特徴です。占星術や光学、系譜学など15のテーマを取り上げ、著者はヨーロッパの科学史や精神史に関する豊富な知識をエッセイ形式で語ります。比較的自由な...

感想・レビュー・書評

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  • 松岡正剛によると、西洋の歴史には二つの流れがあるという。
    「見えるものを表現する流れ」

    「見えないものを感知する流れ」だ。
    いかにも松岡正剛らしい、斬新なトレンド把握だ。

    西洋の歴史の中で、二つの流れは伏流水のように綯交ぜになって大きな流れを作ってきた。
    しかし、17世紀に突如断層が走った。
    その断層を境に、「見えるものを表現する流れ」だけが表面に残り、「見えないものを感知する流れ」は、地下に隠れた。
    現代においても、我々は、17世紀に出来た断層、その延長に生きている。
    つまり、我々は、「見えるものを表現する流れ」の中で(のみ)生きている、と言えるのだ。
    だから、17世紀以前の西洋文化に対しては、「分かり得なさ」を感じることになるのだ。
    それは当然のことだ。
    断層の向こうにあるのは、現代の流れ(認識方法)とは全く異なった流れ(認識方法)なのだから。
    「見えるものをだけを表現する」流れの文化に生きる我々に、二つの流れが綯交ぜになった文化が、違和的に見えてしまうのは当然のことだ。

    占星術を見ると良い。
    そこには、「見えるものを表現する」、現代科学•哲学に通じる合理性がたっぷりとある。
    だが一方では、合理性を超えた次元、「目に見えないものを感知する流れ」もたっぷりと張り付いている。
    だから、現代人の目から見ると、占星術は、非合理的な、いかがわしい、魔的な文化だという面が強調されて見えることになる。
    だが、17世紀の断層以前の社会においては、それこそが正統な「科学」だったことを知らねばならない。
    我々現代人は「占星術」を「科学」とは認めない一方、「星占い」が大好きだ。
    あるアメリカ大統領夫人は、旦那である大統領の行動を「星占い」で制約していたという話は有名だ。
    何故、非合理的で、いかがわしい、魔的な文化に見える「星占い」は現代においても、根強い力を持っているのか?
    それは、17世紀に地下に隠れた流れが、現代にあっても地下水脈として存在しているからだ。
    それは消失してはいないのだ。
    だから、我々の内なる、隠れた地下水脈が呼応してしまうのだ。

    本書に取り上げられるテーマは、全て、現代地下に隠れてしまった流れが、未だ表面に堂々と流れていた時代の「科学」の諸相だ。
    即ち、従来、正統なる西洋史からは排除されてきた分野たちだ。
    正統なる西洋史は、合理性をのみ信憑するので、「いかがわしさ」を許容しなかったのだ。
    だから、本書に取り上げられる「科学」は西洋史の教科書には、エピソード程度にしか記載されていない。

    その「いかがわしい」文化、もとい、「見えざるものを感知する」文化の存在を感知し、そこに照明を当ててみせたのが、澁澤龍彦だ。
    澁澤は、その隠された地下の水脈こそがとても好きだったのだ。
    澁澤の本が蠱惑的なのは、我々の中に潜む、地下の水脈に呼応する感性を刺激するからだ。
    だが、それは、表立って、声高に語られるのではなく、夜中にそっと、人に隠れて味わう題材だった。
    そこには、蛍光灯やLEDライトはふさわしくない。
    ランプや蝋燭こそが相応しかった。
    彼の、古代の祈祷書めいた豪奢な造本が、その趣を高めていた。
    (その昔、渋澤の著書は高くて中々手が出なかった)

    その「いかがわしい」文化も、現代の合理主義一辺倒の文化も、一気通貫に議論する「アルス•コンビナトリア」(編集工学)という方法論を作り上げ、2つの流れを自由に行き来したのが、松岡正剛だ。
    その補助線の引き方は、正に芸術的だった。
    それでも、「アルス•コンビナトリア」が市民権を得るまでには、半世紀の時間を要した。
    何せ、松岡正剛が編集工学という武器を引っ提げて颯爽と登場したのは、1970年代のことなのだから。

    そして、いよいよ、正当なる西洋史のアカデミズムが、「隠れた流れ」を取り上げた。
    1980年代のことだ。
    それが、本書なのだ。
    当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった東大文学部の助教授樺山紘一が、「隠れた流れ」を全面的にクローズアップしてみせた。
    本書が出現した時、澁澤龍彦、松岡正剛で親しんだ「隠れた流れ」の文化が、アカデミズムの中でどのように料理されるのか、ワクワクしながら読んだものだ。

    1.本書について
    何度も読み返し、その度に感動を新たにする本のひとつだ。
    何せ取り扱われるテーマが、(その当時)斬新だった。
    先に触れた通り、ヨーロッパ中世〜ルネサンスの歴史の本を読んで、時代精神の柱となっているその時代の人々の信憑が、どうもピンと来ずに、隔靴掻痒感を感じていた人は多いだろう。
    中世の人々は、我々現代人とは異なる感性、異なる思考回路を持っていたのではないか、と思ってしまうのだ。
    だがそれは、「異なる」の一言で、理解を拒絶する行為でもあったのだ、ということを本書は明らかにしてくれる。

    我々現代人が「異なる」と感ずる文化的背景を本書は見事に解き明かし、彼らも我々と同じ思考回路を持った人間だった、という当たり前の事実を明確に教えてくれる。
    理解を拒否するのではなく、理解する手掛かりを十分に与えてくれるのだ。

    目次を見るだけで、ワクワク、ゾクゾクするではないか。
    占星術/光学/紋章学/系譜学/古銭学/古文書学/カノン法/官房学/分類学/修辞学/言語学/図像学/美味学/心理学/詩学。
    光学、古文書学、言語学、心理学が現代科学に通じることは分かる。
    問題は、それらの横に、占星術、紋章学、美味学(!)、と言った、澁澤龍彦の得意とする、特異な分野が平然と並んでいるということだ。
    この目次の配列からだけでも、占星術は迷信で、光学は科学だなどといった区分は無効化されていることが分かる。
    占星術は天文学と変わらぬ「科学」であり、光学は神学と変わらぬ「信仰」であったのだ。
    西洋中世史を読む上での参考書として、一家に一冊常備しておくべき本だ。

    2.表紙について
    この文庫は大好きで、1987年に発売されると、何度も読んだ。
    そして、表紙の絵も大好きだった。
    淡いパステル画のような落ち着いた色調の西洋の街並み。
    この表紙絵は、安野光雅の絵だろうと、ずっと思っていた。
    その色彩はいかにも安野っぽい。
    だが、よく見て見ると、道行く人たちのファッションがおかしい。
    彼らは、中世のヨーロッパ人の服装をしている。
    そんな想像を交えた風景画を安野が描いたのを見たことがない。
    更におかしなことは、折角の風景が大きな柱によって邪魔されていることだ。
    何でこんなところにわざわざ太い柱を描かなければならないのか?
    最も奇妙なのは、道に置かれた首吊り台だ。
    そこにおいて初めて気がつく。
    どうやらこれは安野光雅の作品ではない。
    だが、手がかりがない。
    普通、表紙の見返しに、表紙絵を描いた作者について触れているはずなのに、それもない。

    だが、記憶の中に、これと似た絵をどこかで見たことがあったな、という感覚があった。
    アメリカに住んでいた頃、何度も通ったメトロポリタン美術館の分室、クロイスターズでのことではないか、と朧げな記憶が明滅する。
    中世美術を専門に飾るクロイスターズには、有名な「謎の十字架」がある。
    それを見るために、機会があるごとに、せっせと通った。
    そこにこれに似た絵があったような気がしたのだ。

    この絵の構図からすると、大きな絵画の一部か、屏風画の一部のようだ。
    クロイスターズには、有名な三連の祭壇画がある。「受胎告知」を描いたロベルト•カンピンの「メロードの祭壇画」だ。
    だが、塔のある、石造りやハーフ•ティンバー様式の建物の並ぶ街は、「受胎告知」の時代にそぐわない。

    webでクロイスターズのその祭壇画を調べてみる。
    中央パネルには、赤い服を着て聖書を読むマリアの元に、天使ガブリエルがやってきた場面が描かれている。
    だが、そこは古代ヘブライではない。
    その室内はどう見ても15世紀、フランドル地方の裕福な邸宅の室内だ。
    問題は、右のパネルだ。
    そこには室内で工作に勤しむマリアの夫ヨハネが描かれている。
    そこでは窓が開かれており、そこから見えるフランドル地方の景色が。。。
    本書の表紙絵と一致するではないか!
    決定的なのは、絞首刑台。
    と、見えたのは、目の錯覚で、窓から突き出た板(何かを日当てる目的か)に置かれた小さな工作品が、表紙絵と全く一緒だった。
    調べてみると、それは大工仕事で作られた鼠取り器で、イエス捕縛の象徴だという。
    絞首刑台と見たのは、当たらずといえども遠からずだった。

    こうして、ようやく表紙絵の謎が解けた。
    これは安野光雅の水彩画ではなく、15世紀フランドルの画家、ロベルト•カンピンによる祭壇画の一部だったのだ。
    表紙絵だけでも、色々と旅をさせてくれるから楽しい。

    3.内容
    それを語り始めると、終わらない。
    本書のほとんどを引用しなければならないほどの密度と面白さだ、とだけ言っておこう。
    是非、本書を紐解かれんことを。

  • 西洋の学問の正統からややはずれたところに位置するさまざまな分野について、比較的自由な形式で解説している本です。

    占星術・光学・紋章学・系譜学・古銭学・古文書学・カノン法・官房学・分類学・修辞学・言語学・図象学・美味学・心理学・詩学という15のテーマがとりあげられており、ヨーロッパの科学史ないし精神史にかんする著者の蘊蓄が語られています。

    フーコー的な意味でのエピステモロジーに近い内容ではありますが、参考文献などはあげられておらず、エッセイに近いスタイルになっています。この点についてはすこし残念に感じましたが、多くの読者が比較的気軽に読むことのできる内容になっており、それが著者のねらいなのだとすれば成功しているといってよいのではないかと思います。

  • あとがきの、「名老舗店の学問は上澄み」という言葉に反対である、それがすべてであると思う。知らない知識を知ることや、王道から外れたものに目を向け、そこから世界を見ることも大事だ。しかし、西洋学を語る上で、裏通りが王道にとって変わることは不可能である。「メインの思想家を外した」と言いつつプラトンとアリストテレスを外せないのがよい証拠であろう。
    王道の知識を抑えた上で深みと広がりを持ちたい人が読むべき本としてとてもよいものだと思う。しかしそれでは事始ではない。

  • 後書きにあるように、西洋知の原形質のようなものカタログ。西洋においては事象の関連性が深く、既存のものが発展して新しいものを生み出している。教会内部の統制のためにあったカノン法が国家の行政法の母体となったり、イコンのための学であった図象学が、絵画にコードを埋め込む技法となり、ロマン主義、象徴主義、シュルレアリスムへと受け継がれたこと、古代ローマのアプレイウスが書いたクピドとプシュケーの話がフロイトを経て心理学になり、ユングはヘルメス主義者の錬金術師と繋がるなど。また様々なところで新プラトン主義が顔を出しているところも興味深い。古典古代に種があり、近代に入って芽吹いたものがほとんどだが、唯一ヨーロッパ独自に生まれたものが美味学。単なる料理のレシピだけでなく思想を取り入れたことがヨーロッパ的な感じがする。
    占星術、光学、紋章学、系譜学、古銭学、古文書学、カノン法、官房学、分類学、修辞学、言語学、図象学、美味学、心理学、詩学と幅広い。

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著者プロフィール

 印刷博物館館長。東京大学名誉教授。専門は、西洋中世史(フランス中世史)、西洋文化史。
 1941年東京都生まれ。1965年東京大学文学部卒業、1968年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1969年京都大学人文科学研究所助手。1976年東京大学助教授、1990年東京大学教授、2001年退官。この間、文学部長(1997年4月〜1999年3月)、史学会理事長(1999年6月〜2001年5月)を歴任。2001年国立西洋美術館館長を経て、2005年10月より現職。2005年紫綬褒章受章。
 東京大学在学中は、日本における西洋史学研究について、その文明史的な存在意義を主張して西洋中世史研究の「中興の祖」とされる堀米庸三の下でフランス中世史を学ぶ。12世紀中葉からの北フランスに勃興した大聖堂などの宗教建築様式で知られる「ゴシック」を生み出した中世思想をテーマとして研究者歴を刻む。次第にその後、研究領域を西洋文化史全般へと移行させていったことから、おのずと対象とする時代も拡張されて近世・近代にもおよぶ。風土や町、身体や美術、とりわけ絵画などを題材とすることにより、斬新な視点から西洋史の読み取りに挑戦していく。こうした新しい歴史記述の試みは、その平明な記述とあいまって、研究者だけでなく多くの一般読者にも支持されている。

「2015年 『ヨーロッパ近代文明の曙 描かれたオランダ黄金世紀』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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