針がとぶ - Goodbye Porkpie Hat (中公文庫)

著者 :
  • 中央公論新社
4.01
  • (53)
  • (61)
  • (34)
  • (9)
  • (0)
本棚登録 : 649
レビュー : 66
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122058712

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 小川洋子は上手い解説を付けるなあ、と思った。

    計算のないモノガタリ。

    でも、一つ一つのモチーフに触れたとき、その感触に思わずニヤリとしてしまう。
    世界が世界に繋がっては、通り過ぎてゆく不思議な感覚がある。

    そんな感覚に付いていけているか、と言われると正直付いていけていない(笑)

    けれど、中身のわからない宝箱を開けるときのようなわくわく感に包まれる。
    どうぞ、ご自由に堪能していただきたい。

  • ばらばらだと思っているお話が何処と無く繋がっている、短編集でした。
    面白かったです。
    「パスパルトゥ」の島に行ってみたいです。
    そしてこのお話、お話の主人公の画家ブンシオがその言語が片言なのか、会話がおかしな調子で味わい深いです。でもネイティブじゃない言語はこんな風に思ってしまうなぁ。
    詩人の伯母さんもとても素敵です。軽やかで孤独で。
    消えてなくなってしまうものなど、本当はどこにもないのかもしれない……

    小川洋子さんの解説も、混沌とした小川さんの書庫が垣間見えて面白かったです。

  • 最後から二番目の晩餐を準備する少年がひどく心に残っている。針がとぶ瞬間を自分は一生きけない、ということ。いつでも、たいせつだと思うものは載っていないということ。忘れたくないことは書いた文章の外側にあるということ。吉田篤弘さんの本は装丁や字体や空白が雰囲気を保っていてすごくうれしい。

  • わたしは大学を休み、毎日、昨日と違うサンドイッチをつくり、水筒に好きな飲み物を入れ、新しく買ったばかりの水色の自転車に乗って伯母の家へと通った。毎日、ピクニックへ出かけるようにして家を出た。十月の晴天が続いていて、ときには自転車をこぎながら、好きな歌を歌ってみたりもした。






    ただ昼を待ち、そうして近くの小学校から聞こえる正午のチャイムを耳にすると、ラップにくるんできたサンドイッチをかじるようにして食べた。水筒の中の少し甘くした紅茶を飲み、すっかり食べ終えてしまうと、それきりもう何もすることがなかった。本当はしなければならないことがたくさんあったのだが。
    わたしはただ、かつてと同じように伯母の本棚を物色し、面白そうな本の頁を開いて午後を過ごした。手元に夕闇がたちこめてくるまで。




    人生のことなんて、きれいさっぱり忘れてしまいたい。今日は金曜日。仕事から帰ったら、さっさと部屋を片づけ、たまっていた洗濯を済ませる。そして、ゆっくりソファーに埋まりこむようにして本を愉しむ。いつもそうだが、できるだけ、私のこのちっぽけな人生と似ていない物語がいい。



    小脇に本を抱えた瞬間、大いに口元がゆるむ。一週間の中の最良の一瞬だ。買ったばかりの本が、ぱりっとした青い包装紙にくるまれ、それを手にして街を歩く幸福。じつに安上がりな。空は晴れているし。





    ただ、意外ではあるにしても、人に変化が兆すときは、きっと人に動かされてそうなっている。私を動かした人物はあきらかだったので、それからは、注意深く彼の言動に耳を傾けるようになった。






    月 日
    ユイが読んでいる本が気になって仕方ない。「何を読んでいるの?」「お菓子とビール」「面白い?」「面白い。タイトルが」「いま、どのあたり?」「まだ最初のところ」
    少ししてーー。
    「いま、どのあたり?」「まだ、さっきから二頁しか進んでないわ」
    どうして、人の読んでいる本は面白そうなのか?





    月 日
    乗客の少ない午後一時の電車の中。
    たまたま前に座った初老の女性。
    彼女はすべてを持って歩いていた。鞄はふたつ。その中に彼女の「すべて」がつまってあるのだ(という私の推測)。彼女はその鞄の中からまず朝刊を取り出す。それから林檎。豪快にかじっている。それから、辞書を出してきて調べもの。新聞に気になる言葉があったのだ。もちろん虫眼鏡も出てくる。ここまではまだ序の口。
    その次に彼女が取り出したのは洗濯ばさみのついた細いロープ。それを吊り皮みっつに通し、さらに取り出された湿ったハンカチ二枚を見事に干してみせた。ぱんぱんと手でひとつふたつ叩き、それから眼鏡と編みかけの毛糸玉を出して優雅に何かを編みはじめた。その間にもせんべいを食べたり、ラジオを出してきてイヤホンを耳にさし、編み物を中断して葉書を書いたり。
    なんだか、うらやましいかぎり。






    月 日
    「箱」と書いてもいいが、ここはひとつ「函」と書きたい。この「函」というもの、いつでも未来とつながっている。というより、「函」に何かを収めるのは、未来につながるための作業で、「函」に何かをしまいこむだけで、未来に向けて小包みをひとつ作ったことになる。つまり、誰もがそれと意識することなく、「函」を前にして未来を感じとっている。これは、そのままベクトルをさかさまにすれば、「函はいつでも過去から何かを届けてくれる」ことになる。



    月 日
    蓮根を買った。輪切りにし、少量のオリーブ・オイルのみでさっと焼く。あら塩を振っていただく。このごろ、これ以上おいしいものはないと思う。詩など書いて何になるか。



    月 日
    本棚から取り出してきて、あるいは書店から買って帰ってきて、「さて読もう」と頁を開き、数行だけ読んでパタリと閉じる。
    それが春や夏のことであれば、そのままその本は冬まで寝かされることになる。
    そうして本棚の一角に「冬に読む本」が少しずつ増えてゆく。





    (旅行者の話)
    またウインクと煙草のけむりを残し、料理人ーにしておそらくは店主ーの男は足早に厨房に消えていった。
    わたしはこういうときの常で、リュックからノートとカメラを取り出し、昨日の夕方から今朝にかけて見たこと考えたことを思い出せる限り書き記した。




    霧の中を歩いたことはこれまでにも何度かあった。もっと濃い、ミルクのような中に立ち往生したこともある。それに比べれば何ほどのものでもなかった。冒険は可能な限りしてみるものだ。経験がきっと前進につながるから。

    *・*・*・*・*・

    これはすごい。
    なんて表現していいのか、わからない。
    小さなお話が、ちょっとずつ繋がってて。
    ファンタジー?ミステリ?そんなくくりでくくれない。ひとつひとつが、とてつもなくステキ。
    とても、好きな本だ。また読み返したい。

  • 近くまでたどり着きながら手の届かないものへの尊敬と愛情が漂います。

    吉田篤弘が紡いだ7+1篇は、、それぞれの短編で描いたイメージを引き継いで物語の奥行を醸しだしています。

    例えば、
    始めの1篇「針がとぶ」の冒頭で、叔母の日記に
    姪の描いた「白い半島」という名の絵が登場します。
    そして
    後に続く「パスパルトゥ」、「路地裏の小さな猿」、
    「最後から二番目の晩餐」では、
    島の半島を舞台にした物語が描かれています。

    「金曜日の本」でホテルのクロークで働く青年を描き、
    「水曜日の帽子」で4人組のボーカルユニットが、
    ある人のスーツを預ける場面が登場します。

    すると、たった10ページ足らずの「水曜日の帽子」の
    スーツを預ける、それを預かるだけの場面が、
    双方の一瞬の交流の豊かさを読み手に想像させてくれます。

    伏線から終盤を鮮やかに組立てる作品とはタイプの異なる、鮮やかな手並みです。

  • それぞれの登場人物や世界が少しづつ繋がっているタイプの連作短編集。たまたま同じ時期に「パロール・ジュレ~」を読みましたが、ああいう長編よりも、こういった短編集のほうがこの作者の持ち味は活かされるような気がします。好きだったのは「パスパルトゥ」と「路地裏の小さな猿」。

  • 読み終わって不思議な感覚になる一冊。
    どこかでつながる7つの物語をもっと見ていたい、そんな気持ちになりました。

  • 毎回吉田篤弘さんはいい題名をつけるなぁと思う。装丁も今回は私の好きなミヒャエル・ゾーヴァを選んでいて、読む前からお気に入りの一冊になりそうな予感がしていた。

    それはそうとしても、この本は短編のひとつひとつが少しずつ響きあってとても心地よい。装丁に居るアヒルが火にあたっているように、まさに暖炉と暗がりのある部屋でお話を聞いたような読み味。

    ただ、吉田篤弘さんの他の本とも響き合っている箇所やキーワードがちらほらみられて、そこに気づくことが本当の魅力を理解するためには必要かも知れない。吉田さんの本はそうするとさらに読書が楽しくなる。

  • 一つ一つ独立した短編としても素敵なんだけど、さり気なく繋がっているのがワクワクする。空気感が凄く好きです。
    何回も読み返したくなるような、声に出して読みたくなるような物語。

  • たおやかで美しい言葉の数々に、ただただ魅了されて頁を繰る。
    ふんわりと緩やかに重なり合う物語たちの佇まいが、ただただ心地よい。
    映し出される、モノクロームのような風景の静けさに心が静まっていく。

    やはり、クラフト・エヴィング商會の作品は、本当に素晴らしい。
    本作は、「吉田篤弘」名義ですけどね。

全66件中 11 - 20件を表示

著者プロフィール

吉田篤弘

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『金曜日の本』『京都で考えた』『あること、ないこと』など著書多数。

「2019年 『天使も怪物も眠る夜』 で使われていた紹介文から引用しています。」

針がとぶ - Goodbye Porkpie Hat (中公文庫)のその他の作品

針がとぶ Goodbye Porkpie Hat 単行本 針がとぶ Goodbye Porkpie Hat 吉田篤弘

吉田篤弘の作品

ツイートする