人質の朗読会 (中公文庫 お 51-6)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122059122

感想・レビュー・書評

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  • 2014年の61冊目です。
    九つの物語が収められている短編集です。設定は、日本からの旅行会社のツアー参加者が、地球の反対側にある国の山岳地帯で反政府ゲリラの人質になってしまう。捉えられた八人の人質と救出作戦に携わった政府軍兵士の物語です。長い人質生活の中で、彼らは自分の人生における”忘れられない”過去を一つずつ物語にして語ることにしたのです。話の内容は”小川洋子”ワールド全開です。日常生活の中に流れている整然とした時間の刻みに、ちょっとだけ引っ掛かりを残してしなった”自分にとっての忘れられない過去”が誰の人生にもある。それを一つ一つの物語の中で表現しています。
    アルファベットの形をしたビスケット工場で働く女性と大家さんとの交流を描いた「やまびこビスケット」。危機言語を救う友の会のような奇妙な会合が開かれる公民館の「B談話室」。出来損ないのぬいぐるみを路上に拡げ売っている老人と少年の交流を描いた「冬眠中のヤマネ」など、人の心に残り、その周りにある記憶が解け落ちても、確実に生き続ける”その出来事”が人の心の品性を定めていく気がしました。

  • 第一夜 杖
    第二夜 やまびこビスケット
    第三夜 B談話室
    第四夜 冬眠中のヤマネ
    第五夜 コンソメスープの名人
    第六夜 槍投げの青年
    第七夜 死んだおばあさん
    第八夜 花束
    第九夜 ハキリアリ

  • 人質たちが、自分の中にしまわれている過去を、そっと取り出して、言葉の舟にのせる。こうして人質の朗読会は開かれた。9人それぞれの過去が綴られる短編集。

    日常から外れた、少し不思議なお話。
    すべての物語の中に、死が横たわっている。みんな、いつかは死ぬのだ。その時を前にしたら、私は何を思い、何を語るのだろうか。

    心が重く沈みこみ、それでいて温かみを感じる作品。なんだか、苦しい。

    ☆あらすじ☆
    遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた―慎 み深い拍手で始まる朗読会。祈りにも似たその行 為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯 人、そして…。人生のささやかな一場面が鮮やかに 甦る。それは絶望ではなく、今日を生きるための 物語。しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならで はの小説世界。

  • 短編集は、どうしてもひとつやふたつ贔屓にしてしまう話があって、正直それを無意識に探してしまうのだけど、この短編は全てが贔屓できてしまうほど、愛らしい。

    ああ、小川洋子を読んでいるという実感と幸せ。

  • やっぱりこの人の作品は素晴らしい。静寂のなかに漂う狂気と美しさ、優しさ。この人の作品に触れ合うたび、まだ生きてみようと思う。

  • 2014.4.19 読了。死を迎えた人質たちの過去。何も考えずに読めば、短編集として読める。人質たちの物語であることを意識した瞬間、様相が一変する。遺書を読んでいるような気持ちになった。不確定な未来ではなく、既に確定した揺るぎない過去を語る彼ら。もし彼らがこれからのことを語っていたなら、人々あるいは読者は一時的にあわれみの眼差しを向けるだけで彼らをいつしか忘れてしまっていただろう。過去を書き記すことは自分の存在した確かな証を残すこと。ラジオを通して、彼らの存在は生き続ける。彼らの話はきっと誰かの記憶に残り、変わらない過去となるだろうから。ハキリアリの行進のように彼らの存在が連綿と伝わることを祈る。

  • 手のひらで握りこめるくらいの白い石がおいてある。よく見ると、ふんわりと透き通った、乳白色のガラスである。表面はすべすべとして、どこかいびつで、ひんやりとしているけれど、ほのかな温度が感じられる。硬質なのに印象はやわらかく、しかし薄い膜のようなものにとざされて、決して直接は触れられない。どこかエロチックで、魅力的な死のにおいがする。

    小川洋子氏の作品に触れると、いつもそんなガラスの石が思い浮かぶ。

    遠い外国の地で人質にされた日本人たち。明日をも知れぬ彼らは、自分たちの人生において印象深い出来事を書きつづり、順番に朗読しあうようになった。聞いているのは、自分たちと、犯人グループと、ひそかに盗聴していた捜査員のみ。

    彼らは、先行きのまったく見えない自分たちの未来をいったいどうとらえていたのだろう。絶望なのか、わずかにでも希望を抱いていたのか、それともそんなことはもう超えてしまっていたのだろうか。紡がれる彼らの物語は、無意識か、直接ではなくても、どれもが生や死に触れられている。

    今このときを生きるために、過去を語る。誰かに語りたい物語のひとつを誰もが持っているとするなら、自分は何を語るだろう。

    そんな極限状態になくとも、ふと、なんでもないむかしの光景を思い出すことがある。強い印象をもたない些細なできごとが、今の自分をかたちづくっているのだと実感する瞬間でもある。

    小さな毎日を積み重ねて生きている、という意味をなんとなくいとしく思う、そんなきっかけになる、ちいさな宝物みたいな1冊。

  • 土屋さんの作品が表紙なので、気になっていました。
    文庫になったので、即購入。
    ジャケ買いしたわけですが、内容は素晴らしかったです。
    有名な作家さんなので、今まで読んでいないのか!?
    という感じでしたが、本当に勿体無いことをしていたと
    思うほど。
    1冊でひとつのお話ですが、短編集として読んでも
    楽しめると思います。

  • 遠い異国の地で反政府ゲリラによって拉致された人々。彼らは思い出を書いて朗読し合う。自分の中にしまわれている過去に耳を澄ませ語るのだった。
    ひとつひとつの物語は実に小川洋子らしいものです。大家の老婆と食べるビスケット、様々な会合が行われる談話室、一心不乱に作られるコンソメスープ、葬儀会館の課長から貰った花束。ごくありふれたことを描いているようでありながら大きな虚構に包まれているような妙な感覚。それが「人質の朗読会」という舞台設定を与えられることにより、ただ単に短編を集めたものとは異なるイメージが広がります。
    もしかすると最後に何か仕掛けがあるのではとも思いましたが、そういうこともなく最後は朗読の聞き手の思い出によって締める。それがまた素敵な彩りを加えてくれます。

  • 遠く離れた彼の地に閉ざされた人々の言葉に耳を澄ませる…

    3.11の震災後に書かれたのかと思ったけれど、刊行されたのはその直前。しかし、今この本を読んで感じることは「人々の物語に耳を澄ませる」ことの必要性。そこにいる(そこにいた)人々のそれぞれの物語の存在を感じ、耳を澄ませることこそ、私たちが忘れてはいけない…。

    そして、その人たち自身にとって「物語る」ことが、いかに生きる力を生み出すかという「物語ることの必要性」も見事に表現しています。

    さらに、その語られる物語に登場する人物は日々をともに過ごす存在ではなく、人生のほんの一瞬偶然もたらされた出会いの相手。それを「意味ある偶然(シンクロニシティ)」として自分の中に取り込み自分だけの物語を生み出すことが、生きる上で必要な場面があるのだということを教えてくれる。

    「物語る」ことが人生にとってどれほど大きな意味を持つのかということを三つの視点で感じることができる作品です。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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