人質の朗読会 (中公文庫)

著者 :
  • 中央公論新社
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本棚登録 : 1635
レビュー : 192
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122059122

感想・レビュー・書評

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  • 静かな始まりと静かな時間、静かな終わりに身を委ねた。派手さもない、ほんのささやかな語りはそれぞれの人生というしずくの中のほんのひとしずく。
    そのひとしずくを大切にびんに集めたくなる感覚で全員の語りに耳を傾ける。そしてその人たちにとって真っ先に浮かぶ大切なかけがえのないひとしずくの物語は確実に自分の胸に沁み渡り刻まれていった。
    読後、まず心に浮かんだのは道端にひそやかに咲く花。
    時に名も知らぬ花もある。でも必ず名があり、凛と咲く花たち。静かに大切に眺めたくなった。

  • 心の引き出しにしまい込まれた、自分だけのささやかな物語がある。
    人に話さずにそっとしまわれたままのものや、何かの拍子にふと語られたものなど、多種多様な光景。
    人生経験て、人が驚くような大それたものではなくて、自分だけに差し込まれた小さな光の積み重ねなのかなと思った。

  • 個人的には久々の小川洋子作品。
    独特の神聖で静謐な閉塞感のような世界観が好きだけれども、それに耐えられる自分自身の心の余裕がないと、なんとなく遠のいてしまっていた。

    「今自分たちに必要なのはじっと考えることと、耳を澄ませる事だ。しかも考えるのは、いつになったら解放されるかという未来じゃない。自分の中にしまわれている過去、未来がどうであろうと損なわれない過去だ。」

    決して損なわれない記憶の断片。
    それは、他の誰かは通り過ぎてしまうような物語。でもその後の生き方を大きく左右するようなものだったり、あるいはいつのまにかできたほくろのように身体の一部になっている。一つのストーリーの最後にそれぞれの今の立ち位置が記されているのが過去と今へつなぐ架け橋のようになっていて人物増がよりリアルに感じられる。

    物語に耳を澄まし続けてきた著者だから書けるのか

    一人一人の物語は切実で神聖さを帯びている。
    それは誰ものでもなくその人のものだから。
    その祈りにも似た物語は、誠実な聴き手があって初めて色を持って生きてくる。聴き手は、時間や場所を超えて受け取る事ができる。

    「彼らの朗読は、閉ざされた廃屋での、その場限りの単なる時間つぶしなどではない。彼らの想像を超えた遠いどこかにいる、言葉さえ通じない誰かのもとに声を運ぶ祈りにも似た行為であった。その祈りを確かに受け取った証として、私は私の物語を語ろうと思う。」

    一人一人決して損なわれることのない物語を持っている。
    それを誠実に受け取ることのできる人間でありたいなと思う。

  • 小川洋子さんの作品に纏う、独特の雰囲気や空気感が僕は好きだ。
    だから実はストーリーは二の次。
    よしもとばななさんや吉田篤弘さんもそうなのだが、
    文体や世界観に惚れている作家は、
    もう読んでいる間は幸福感に包まれているので(笑)、
    それだけで充分満足なのだ。

    いつも鞄に入れて、
    詩集のように、時々めくってそのページだけを読みかえしてみるのも楽しいし。

    あと、小川さんは映像喚起力に優れた作品を書くので、
    イメージの世界に浸りやすい。
    妄想しやすいから現実逃避にはもってこいの作家だと思う(笑)

    そして、小川洋子ほど「静謐」という言葉がピッタリな作家はいないと思う。
    甘美で濃密なのに
    どこかヒヤリと冷たい質感。

    この作品もまた、幻想的で静謐な世界観に溢れている。


    人質となった8人が語るのは
    何10年経っても色褪せることのない、記憶の断片であり、
    個人的な小さな、小さな物語だ。

    鉄工所の工員と11歳の少女の杖をめぐる奇跡、
    孤独な二人の魂を繋ぐ、やまびこビスケットの団欒、
    B談話室でひっそりと開かれる不思議な集会、
    露店商の老人が売る冬眠中のヤマネのぬいぐるみ、
    隠れて作った黄金色のコンソメスープ、
    槍投げの青年を尾行するおばさん、
    様々な人たちから『死んだおばあさんに似ている』と言われ続ける女性。

    語られるのは、
    いつ解放されるのかという未来ではなく、自分の中にしまわれている過去。
    未来がどうあろうと決して損なわれない過去の記憶である。

    小川さんの作品は、いつも奇抜な設定や物語に死の匂いを散りばめ、
    少し変な人たちを登場させ目眩ましをしてるが、
    彼女が一貫して描いてきたのは
    消え去ってしまうからこその美しい瞬間や
    孤独な魂の在りかたなのではないだろうか。
    そして、決して損なわれることのない人間の想い。
    それでも生きていくという人間の意志の力なのだ。

    僕が彼女の作品を好きなのは
    綺麗事だけじゃなく、人間が持つ悪意も暗闇も残酷さもすべてひっくるめて
    人間を受容するような小説への接し方が大きい。

    作品ごとに様々な手法を使い、角度を変えて、
    愚かで曖昧で、不確かな人間というものを
    小川さんは徹底して表現してきたのだ。


    そしてジョン・アーヴィングやポール・オースターの作品のように、
    リアリティと非リアリティを融合させて独自のリアリティを生み出すその幻想的な筆致は
    もはや職人芸と言いきっていいだろう。


    異国の言葉が流れるラジオに家族全員が耳を澄まし
    ラジオからの声に拍手するシーンの美しさを僕は一生忘れないだろうと思う。

    人間と他の獣を隔てるものは
    物語を必要とするかしないか、
    その一点に尽きると聞いたことがある。


    なぜ人は物語を必要とするのか。

    その答えは分からないけれど、
    どれほど心が揺り動いたかによって
    人というものが作られているのなら、
    少なくとも僕にはまだまだ物語が必要だ。

    円軌道の外という
    一人の人間を作っているのは、
    友達に聞いた沢山の物語であり、
    ドキドキをくれた小説であり、
    感動した漫画であり、
    たわいない嘘の話であり、
    胸躍らせた思春期に見た映画なのだから。

    この物語もまた、誰かを作る養分となり、
    人を繋いでいくのだろうと思う。

  • 動かざる結末を最初に知ってしまうことで
    一人一人の物語を一言一句逃すまいと
    祈るように読み進めた。

    何か起これ!
    どんでん返しはどこだ!

    と、どこかで思いながら。

    でもとつとつと紡ぎ出される話の欠片は
    最後のプロフィールと共に
    生々しいリアリティを持たせる。

    小川洋子さんの作品を
    きちんと読むのは初めてだった。
    静かすぎるこの世界に
    肩がスーッと縮こまる。

  • 面白かったです。
    文字通り、「人質」の朗読会で、捕らわれていた彼らがどうなったかは最初に書かれているのですが、それが物語を更にしんとしたものにしていると思います。
    「やまびこビスケット」「冬眠中のヤマネ」「コンソメスープ名人」が好きですが、今回は「死んだおばあさん」も好きでした。
    わたしの語りたい物語はまだ見つかりません。

    • 大野弘紀さん
      いつか見つかるといいですね。
      いつか見つかるといいですね。
      2019/02/27
    • 橘さん
      大野さん、ありがとうございます(^-^)
      大野さん、ありがとうございます(^-^)
      2019/02/27
  • 全てのお話が心の中に染み入るようでした。特に第一夜の「杖」と第五夜の「コンソメスープの名人」がよかった。

  • 小川洋子さんの書く小説には、静謐がある。
    それはどこか、湖底に沈んだ街を思わせる。
    今はいない誰かの思い出の品から猥雑な生活を連想させる物まで、細々としたものが往時のままに残された場所は、しかし青く澄んだ水の底に眠る過去のものにすぎない。
    十年近く前に読んだ「沈黙博物館」「薬指の標本」、もうあらすじすらも思い出せない。だがあの作品たちの何が響いてきたのかを思い出した。
    誰かに、何かに、ひっそりと、ひんやりと、大切に守られている沈黙の気配だ。

  • 某国でテロ組織の人質となった日本人旅行者が8名の、監禁されている間朗読することになった彼らともう一人の過去の物語。

    佐藤隆太も言っているが、自分も果たして人に伝えるような、残せるような話はあるだろうか?というのが最初の感想だ。

    人質となった時点でもうもう先がないことは決まっていたのだろうか、自らの生きた証として過去の物語を残すことが始まった朗読会。

    不思議な話、心にしみる話など様々だが、どれも共通していることはそれぞれのその人の存在が現れている。

    だからこそ思うのだただのエピソードというだけでなく私と言う者について語ることができる話が今まであったろうかと。

    もう一度過去を思い返してみたい、自分にも証となる話がきっとあったのではないかと信じて。

  • 短編集は、どうしてもひとつやふたつ贔屓にしてしまう話があって、正直それを無意識に探してしまうのだけど、この短編は全てが贔屓できてしまうほど、愛らしい。

    ああ、小川洋子を読んでいるという実感と幸せ。

著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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