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Amazon.co.jp ・本 (940ページ) / ISBN・EAN: 9784122062061
みんなの感想まとめ
明治・大正時代にパリで暮らした日本人たちの足跡を追った本書は、彼らの生活や思考を通じて、異国での挑戦や魅力を浮き彫りにしています。西園寺公望や原敬、成島柳北など、11人の個性的な人物が描かれ、それぞれ...
感想・レビュー・書評
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偶然ながら中公文庫から刊行されていた「風雲回顧録」の著者の岡本柳之助の実弟の諏訪秀三郎については面白いけれど、おそらく日本人宿なので日本語が出来る尹致昊がフランス語を学ぶ為にパリに滞在して宿泊した時に「尹致昊日記」1896年8月23日条の「セントラルホテルの支配人諏訪氏が海辺から帰ってきた。彼が、自分は王后に対する陰謀を計画し実行したあの岡本の弟であると私に告げた時の私の驚きは大きかった」という個所で邦訳者がつけた引用文を読むまで実は同じ紀州人の南方熊楠が彼について割と細かく書いているのに鹿島茂をはじめとして誰も知らなかったようだ。これには拍子抜けした。
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明治・大正のパリに暮らした日本人、 西園寺公望、原敬、成島柳北など11人。書きぶりは、鹿島茂にしてはちょっと素っ気なく感じられる。
たとえば獅子文六。1922年から3年間パリに暮らしたが、この頃のことはよくわかっていない。パリで知り合ったマリー・ショウミイと結婚したが、その経緯も知られていない。本人がその頃のことを多く語っていないし、それを題材にした作品もほとんど書いていないからだ。
その少ないなかに、『達磨町七番地』という短篇がある。この題名から、住んでいたのはアルマ橋近くだとされてきた。しかし、その界隈はホテルやアパートのある地区ではない。鹿島は推理する、もしかして音の似たユルム街(rue d’Ulm)? そして調べ始めると……。収穫はこれぐらい。 -
「パリで暮らすこと」それは大変だと思う。それでもパリにしがみつくように暮らしてきた人も、日本に帰りたくなかった人も。興味深い。
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「今度、パリに行くんだ」と友人・知人に言いまくったことがある。
20代後半の編集事務所勤務時代、2回目の海外出張がパリだった。
語学の才能ゼロなので当然のようにフランス語は出来ないが、石畳
に感動し、パリジャンを気取ってカフェでクロワッサンとカフェ・
オ・レの朝食を摂った。
仕事自体が夜遅くまでかかったので、実際には時差ボケと睡眠不足で
ボーっとした頭でカフェの椅子に座っていたのだが、西園寺公望や
東久邇宮稔彦もこの辺りを歩いたのかなぁなどと考えた。
明治時代から第二次世界大戦前までにパリに留学した日本人が、そこ
でどのような生活を送っていたかの足跡を追ったのが本書だ。
ただし、芸術家についてはパリ好きかパリ嫌いの両極端に分かれる
ようだとのことで除外されている。
「留学」の箔付けをしたいだけで海外留学した現代の政治家には、
バカロレアに合格した西園寺公望の爪の垢を煎じて飲ませたいわ。
東久邇宮稔彦が臣籍降下までちらつかせて無理矢理留学期間を延長
させたことは知っていたが、日米開戦前に「日本はアメリカと戦う
のか?」「アメリカはそのつもりだから用心した方がいいぞ」と
ペタン元帥から言われていたとは初めて知った。
この辺りの事情は非常に興味深い。
そして面白かったのは平民宰相・原敬の、パリでの外交官時代。
この時の経験や人脈が、後の政治家としての糧となっているの
かもしれない。
他にも江戸最後の粋人と言われる成島柳北はパリでも粋人ぶりを
発揮しているし、スキャンダラスな女性・武林文子の章では彼女
に振り回される無想庵がとことん気の毒になって来る。
文庫化に際し「パリの昭和天皇」が加筆されており、『昭和天皇
実録』を引用しながら皇太子時代に非公式訪問をしたパリでの
様子を描いている。
この時に乗ったメトロの切符を、生涯大切に保管されてらしたの
だよね。ご自身で買い物をなされたり、日本にいる時に味わうこと
の出来なかった「自由」を体験で来たからなのだろうな。
本書で取り上げられている人たちはみな個性的で面白い。出来れば
タイトルの「パリ」は「巴里」がよかったかな…と思う。 -
西園寺公望、成島柳北、原敬、獅子文六……。最盛期のパリを訪れた日本人が見たものとは? 文庫用に新たに「パリの昭和天皇」収録。〈解説〉森まゆみ
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