復興亜細亜の諸問題・新亜細亜小論 (中公文庫 お 47-3)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (446ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122062504

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  • 大川周明は北一輝とともにファシストの理論家として知られるが、戦前の右翼思想を考えるとき、国体論、テロリズム、軍国主義、農本主義、国家社会主義など様々な切り口がある中で、今日的に最もアクチュアルなテーマは「アジア主義」だろう。西郷の「征韓論」や福沢の「脱亜論」以来の近代日本の対外政策ひいては国家理念の根幹に関わる最大の対立軸、即ち、欧米への対抗軸としてアジアとの連携を志向するのか、それとも欧米との協調を優先するのか、という問題を巡るものだ。

    第一次世界大戦後に書かれた『復興亜細亜の諸問題』は若き大川がアジア主義を高らかに宣言した記念碑的著作であり、海外雄飛を夢見る青年達のバイブルとなった。イギリス植民地におけるアジア諸民族の塗炭の苦しみへの義憤から、現状維持を図る国際連盟の欺瞞を告発し、イスラム教を共通分母とした反英勢力の結集と、イスラム系諸民族との融和を図りつつあった革命ロシアとの提携を訴える。大川のアジア主義が純粋な心情と正義感に導かれていたことは疑いない。それを信じて散っていった兵士達のことを思うと胸が張り裂けそうになる。だが近代日本のアジア主義は完膚なきまでに敗北した。戦争に負けても植民地解放という理念は実現したと言う人もいる。心情的には理解できるが、国家が破綻して何のための理念か。それは所詮負け惜しみでしかない。

    今回の復刊で併録された『新亜細亜小論』は日米開戦前後に書かれたが、大川のアジア主義が微妙に変質し、そのために抱え込んだ矛盾への苦渋が滲む。ブロック経済化という現実の中で、白人支配を打破するために白人と同じ帝国主義への志向を強めていき、白人との闘いの最大のパートナーたるべき中国が、日本をパートナーどころか敵と看做した。ほぼ同時期の『大東亜秩序建設』で大川は、日中の対立は倒幕のために協力すべき薩長が喧嘩するようなもので、アジアの中の内戦だという。その通りだが分断工作は支配者の常套手段である。つまるところアジアには薩長のように一体となるべき内実を欠いていたのだ。唯一の共通項たり得たのが反植民地だが、そのリーダーたらんとして自ら植民地支配にのめり込んで自壊した。それを責めようとは思わない。先輩帝国主義諸国にこづきまわされながらも、ひたむきに、そして愚直に走り続けた先人達のあまりにせつなく苦い悲劇と言う他ない。

    今日アジア主義の可能性はどこにあるか。戦前のアジア主義が反植民地、反白人支配を掲げたように、それは何かへのアンチテーゼとしてネガティブにのみ措定され得るものではないか。大川の精神を継ぐと言われたバンドン会議も一回きりの開催で消滅した。共通の文化的基盤なきアジアの連帯はそれが精一杯だ。だがそのアンチテーゼが「道義」などという抽象的理念でなく、地に足の着いた実利をベースにするのであれば可能性もあるはずだ。幸か不幸か今そのネガとなり得るのは、戦前のアジア主義の躓きの石となった中国の覇権主義だ。評者が尊敬するある財界人は「アジアに行けば、中国以外は殆ど例外なく親日的であると肌で感じる」と語っていた。中国抜きのアジア主義など竹内好が聞けば腰を抜かすだろうが、それほど荒唐無稽とも思えない。であれば印・露という中国を包囲する大国を組み込んだアジアが模索されてよい。大川に学ぶ点があるとすればこの二大国への視線ではないか。

    (追記)
    長くなるので大川のイスラム観には言及できなかったが、本書とも関係が深い『 回教概論(ちくま学芸文庫) 』の併読と同レビューの参照を請う。

  •  帝国主義が台頭した時代、アジアの多くが、西欧列強に植民地支配された。そのような状況で、著者大川周明は、中東、中央アジア諸地域に目を向ける。このような被支配地域を分析して、アジアをいかにして植民地支配から解放させて、世界の欧化体制に、終止符を打つのかを考察する。本書の秀逸な点は、中東、中央アジアに根付いている宗教、すなわちイスラム教に注目したことである。大川によると、西欧列強が、アフリカ諸国の植民地政策を難なくこなせたのに対して、中東、中央アジアを完全に支配する、つまり同化政策は困難を極めるのだという。これは、イスラム教徒が持つ団結力、排他的精神のためだと分析する。このように、大川はイスラム教の宗教性に注目する。そこから、日本はソ連とイスラム教を利用して、これ以上、西欧列強の支配力を強めないように努めるべきだと説く。以上より、本書は単に19〜20世紀前半の歴史のみならず、地政学の本としても読み込むことができる。今日においても、中東、中央アジア、およびイスラム教に関連する書籍はヨーロッパ諸国と比べて少ない。その意味で、依然として貴重な本である。同時に、戦前日本における右翼として、明晰な頭脳の持ち主であったかを実感できる。

  • チベット、中央アジア、中東。今なお紛争の火種となっている地域を「東亜の論客」が第一次世界大戦後の〈復興〉という視点から分析、提言する。〈解説〉大塚健洋

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著者プロフィール

1886年、山形県生まれ。戦前の代表的な思想家。1911年、東京帝国大学文科大学(印度哲学専攻)卒業。1915年、日本へ亡命してきたインド人ヘーラムバ・グプタと出会い、インド独立運動に従事。19年に満鉄入社、同社の東亜経済調査局、満鉄調査部に勤務。同年、北一輝、満川亀太郎らと猶存社を結成する。20年に拓殖大学教授に就任。25年、北、満川、西田税、安岡正篤らと行地社を結成。1932年、五・一五事件に関与したとして禁固5年の判決を受ける。37年に出所すると、日中戦争から日米戦争へと向かう時代のなかで、アジア主義、日本精神の復興を訴え、世論に大きな影響を与えた。日本思想界の象徴であり、その影響力の大きさから、戦後、その著作の多くがGHQによって発禁とされた。また、東条英機らとともにA級戦犯として起訴されるが、精神疾患を理由に不起訴となる。晩年はコーランの全文翻訳を成し遂げ、日本のイスラム研究に大いに貢献した。1957年に死去。著書に『宗教の本質』『日本文明史』『日本二千六百年史』など多数。

「2018年 『大東亜秩序建設/新亜細亜小論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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