怠惰の美徳 (中公文庫)

  • 中央公論新社 (2018年2月23日発売)
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  • 本 ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122065406

作品紹介・あらすじ

なんとか入学した大学の講義はほとんど出席せず、卒業後に新聞社を志望するも全滅。やむなく勤めた役所では毎日ぼんやり過ごして給料を得る。一日に十二時間は眠りたい。できればずっと布団にもぐりこんでいたい……。戦後派を代表する作家が、自身がどれほど怠け者か、怠け者のままどうやって生きぬいてきたのかを綴る随筆と七つの短篇を収録する文庫オリジナル編集。真面目で変でおもしろい、ユーモア溢れる作品集。

感想・レビュー・書評

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  • 「理想的本箱 君だけのブックガイド」の「勇気が欲しい時に読む本」としてコジコジ本と同時期に購入したはずが、通勤バッグに入れたまま、気が向いたら読むという構えで、数少ない気が向く時を重ねて読了に至る。

    作者は、戦中戦後に活躍した文學者である。恥ずかしながら番組で初めて存在を知った。収録順に時系列が感じられない上に、小刻みに読んだため、抽象的な印象しか残っていないが、基本的には終始ボヤいている感じである。

    戦争を生き抜くうち変容した風俗や人情と、一方で筆者が「精神の本質的な衰頽」とまで忌み嫌う日本人が根底に持つ貧しい心性に対して、深い洞察をもとに鋭い眼差しを向ける。このあたりでは、お堅い文學者の顔を見せる。

    一方で、以下のようなエキセントリックな行動の中に哀愁が漂うエピソードは笑いを誘う。
    ⚫︎軒下の砂地のアリ地獄にわざわざアリをつまみ入れて様子をみる
    ⚫︎防波堤の釣り場で魚を盗む子ども達に大人げない振る舞いをする
    ⚫︎仕事もそこそこに入替制の飯塚酒場で何度も並び直し酩酊する
    ⚫︎以前住んでいた部屋の鴨居に百円紙幣を差したことを思い出し、回収するため言葉巧みに住人に近づき、バレるも一部取り戻す
    ⚫︎ズボンの裾に飛び込み、臑毛を焼いて破裂したことに腹を立て、残りの鼠花火を近所のドブ川の中にたたきつけてやる

    でもやはり、「吾輩は猫である」を彷彿とさせる、先生ぶりや、悪友、猫との大人げない日常の描写をはじめ、以下に見られる筆者の怠惰っぷりが、ツッコミどころしかないが、なんとも愛おしい。
    ⚫︎「だから私は復員後、過去に復讐するかの如く、暇さえあれば横たわり、眠ってばかりいた…その習慣が今なお残っていて、私は今でも一日は十時間は眠る」
    ⚫︎「しかし命ぜられて数箇月経っているにもかかわらず、仕事はほとんど進捗しなかった…僕は毎朝役所に出かけてゆく。出勤簿に印を押す。とたんに仕事への情熱がなくなってしまうのだ」
    ⚫︎「私は小説を書くのは愉しくない。この逃れたいと思う心が、何でもありあわせのものをちょんとつかんで、粘土細工の犬にちょんと尻尾をつけるように、それで結末に間に合わせてしまう。やはり自然なのがいい。つくったり、たくらんだりしたのは、感じが好くない」
    ⚫︎「ヒントというものは生ものであるから、あまり放置すると腐敗菌が取りつくのだ。私の戸棚には、そういう腐ったヒントが、ノートで数冊死蔵されている」
    ⚫︎「(チョウチンアンコウのオスの生態について)この瞬間のことを考えると、私はなにか感動を禁じ得ない。どういう感動かということは、うまく言えないけれども」
    ⚫︎「今日も午前中、寝床にもぐり放しで、何を考えたかというと、爺ナップということを一時間ばかり考えた…続いて別の雑誌に出ていた種無し西瓜の話から、骨なし魚ということを、これまた一時間ぐらい考えた」
    ⚫︎「…という観点から、聴診器と文芸評論家の関連を論じようと予定していたが、残念ながら紙数が尽きた。次の機会にゆずろう」

  • 他の方も多いようですが、私もNHKの理想の本棚から

    1部はショートショート、2部は短編集
    情報がほぼなしだったので、戦前戦後の作品だと知らずに読み始めましたが、思わずクスクス笑ってしまうセンスのよさ。
    とくに「蝙蝠の姿勢」はまさに怠惰の美徳を感じましたし、「法師蝉に学ぶ」は思わす声を出して笑ってしまいました。

    だらしなく、でも潔く、面白い1冊でした

  • 戦前戦中戦後の中を生き抜いた作者だけれど、怠惰ぶりがおもしろい。生きなければと思いつつも布団から出たくない。まるで自分のよう
    百円紙幣のはなし笑えた。読みやすかった!

  • 戦後間も無い日本をユーモア溢れる観点から書き綴った梅崎春生のエッセイ集。現代の若者が憧れるような、文学と自堕落に耽る「怠惰」な生活が描かれながら、戦後日本の雰囲気を一市民として語る視点は興味深く、楽しめる。怠惰であることに社会は厳しいが、もっと生きることのハードルを下げて楽しめる社会が来るといいのではないかという視点も感じるが、苦しんだ先にある悦びに価値を感じる方が、人間として健全であるとも思う。

  •  昭和17年の「防波堤」以外は1947(昭和22)年から1964(昭和39)年にかけて書かれた梅崎春生の、随筆/エッセイおよび、それが小説的形態を取った作品を収めたアンソロジー。
     読んでいるとユーモアがあってなかなか笑える文章が多い。このような文章の雰囲気は、昔大好きでよく読んでいた北杜夫さんのエッセイにも通じるものがあり、やはり戦前戦時の日本文学の随筆とは違っていて、太平洋戦争から東京大空襲・敗戦を境として明らかに世代・文化の断裂が生じていたのだと改めて感じた。
     ことに「猫と蟻と犬」にはとても笑った。
     さて著者は一時期以来身体が弱く、また神経症なのか、やる気の出ず朝から晩まで横臥しつつ、悔いの気分に支配されるようなことがあって、自身は「軽鬱病ならぬ軽々鬱病ではないか」などと称している。
    「怠惰」を大切な人間性の一つとして考える梅崎は、1958(昭和33)年の時点で、受験競争に関連し、
    「この競争というやつは、とかく人間を非人間的に育てるものである。」(「あまり勉強するな」P.147)、
    「官僚というものの非人間的なつめたさ、中にひそむいやな立身主義などの一因は、その構成分子の役人たちが、学生時代に凄惨な協奏をしてきたからではないのか。」
    「青年よ、あまり勉強をするな! 勉強が過ぎると、人間でなくなる。」(P.148)
     等と書いている。この怠惰の思想はなかなか魅力的だ。度を超えて競争原理がすべてに行き渡り今では世は殺伐とし非人間的な事件が大量に起きまくっていることは確かだ。怠惰や非能率を悪として忌んできた社会倫理のもとで、人は他者に対しあまりにも非寛容で、すさんだ精神を呈している。梅崎春生も、まさか世の中がここまで酷くなるとは予想できなかったろう。

  • 【滝なんかエッサエッサと働いているようだが、眺めている分には一向変化がなく、つまり岩と岩の間から水をぶら下げているだけの話である。忙しそうに見えて、実にぼんやりと怠けているところに、言うに言われぬおもむきがある。私は滝になりたい】(文中より引用)

    何もしないことの素晴らしさを説いた表題作品を含む短編小説集。何もしない、何もしたくない人間の目に映る社会の厳しさやおかしさを見事に捉えた一冊です。著者は、海軍体験を踏まえた『桜島』で注目を集めた梅崎春生。

    なにかと心がささくれ立つニュースや出来事が多い毎日に効いてくる処方箋のような作品。肩の力をふっと抜くことのできるエッセイ調の小説の数々が、現代の心性にもピタリと当てはまっているように感じました。

    推薦作として読みましたが確かに良かった☆5つ

  • 観察力の鋭い人だなと思う。
    庭の蟻の生態とかよく見てる。同じように世の中の色んな人もよく見てる。
    それにしてもどうして「のんびりいこうよ」派はいつの時代も批判の的で、「前向いてグイグイ行くぞ」派がよしとされるのかなぁ。

  • 理想的本棚から。

    芯のある自堕落。

    私だけが歩ける道を、私はかえりみることなく今年は進んで行きたいと思う。私の部屋に生えた茸のように、培養土を持たずとも成長し得るような強靭な生活力をもって、私は今年は生きて行きたいと思う。

    戦時下の日本の風景。

  • 怠惰というものは誰にでも思い当たる節がある感情で、大抵は自分の怠惰を目の当たりにすると後悔で胸が痛くなる。私も洗濯物はすぐ干せずに同じものを何回もまわすし、図書館で借りた本を毎回延滞するというような典型的な怠惰癖を持っているが、梅崎春生の怠惰は一味違う。
    この本は自らの怠惰もしくは怠惰と共に過ごした人生や生活、思想などに思いを巡らせた随筆となっており、梅崎の人生を垣間見るようですごく面白い。
    一日中床に臥せっている日もあるし、病気で安静に秋までは酒を飲むなと医者に言われたのに、なぜか旧暦の秋から酒を飲めば良いかとなって8月初めには嗜んでしまう。でもそんなに怠惰なのにちゃっかり妻と子供がいるところもなんだか腹立つ。
    梅崎のどうしようもない面も好きだが、ところどころに戦中戦後の日本社会に対する熱を感じる文章と感情が散見されて、そこにすごく心を動かされる。
    特に、「世代の傷跡」「衰頽からの脱出」「人間回復」。これらが令和の日本社会にも通じる言説で身震いした。私の感じていた澱を綺麗に言語化してくれた短編だった。今の日本も否定したくないし歴史の全てを肯定したくはない。けれども明治維新以来の日本の近代化による成長から二度の大戦とその内の敗戦を経た日本を「未熟な完成形」と呼称した梅崎の感覚は全てが間違いでないなと納得せざるをえない。
    他はユーモアで包んだ回想や日記が多く、真剣に読むというよりクスッと笑ってしまう短編も多く、梅崎の他作品も是非とも読みたくなった。
    歴史や文化は繰り返すという。それが良い時代もあれば、傷痕をひらいて今度こそ国が滅びてしまう時もある。先人が残したその時代の感覚を今一度呼び覚ますことが今生きている私たちにとって大切なことではないだろうか。いつまでも先を生きてくれている人たちが残した声に耳を傾けるべきである。

  • がんばらない。楽していい。たっぷり休め。戦争するな。日本すごいって勘違いするな。年寄りの言うことは聞かなくていい。

    今の時代こそ、梅崎文学が必要。

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著者プロフィール

梅崎 春生(うめざき・はるお):1915年福岡市生まれ。東京帝国大学国文学科卒業。在学中に「風宴」発表。42年陸軍に、44年海軍に召集、暗号通信分遣隊長として坊ノ津で終戦を迎える。復員後、戦争体験をもとに『桜島』『日の果て』を発表、一躍第一次戦後派作家の代表的存在となる。『ボロ家の春秋』で直木賞、『砂時計』で新潮社文学賞、『狂い凧』で芸術選奨文部大臣賞、『幻化』で毎日出版文化賞。1965年没。

「2025年 『ウスバカ談義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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