怠惰の美徳 (中公文庫)

著者 :
制作 : 荻原 魚雷 
  • 中央公論新社
3.60
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本棚登録 : 154
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (307ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122065406

作品紹介・あらすじ

なんとか入学した大学の講義はほとんど出席せず、卒業後に新聞社を志望するも全滅。やむなく勤めた役所では毎日ぼんやり過ごして給料を得る。一日に十二時間は眠りたい。できればずっと布団にもぐりこんでいたい……。戦後派を代表する作家が、自身がどれほど怠け者か、怠け者のままどうやって生きぬいてきたのかを綴る随筆と七つの短篇を収録する文庫オリジナル編集。真面目で変でおもしろい、ユーモア溢れる作品集。

感想・レビュー・書評

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  • 観察力の鋭い人だなと思う。
    庭の蟻の生態とかよく見てる。同じように世の中の色んな人もよく見てる。
    それにしてもどうして「のんびりいこうよ」派はいつの時代も批判の的で、「前向いてグイグイ行くぞ」派がよしとされるのかなぁ。

  • 飼い猫がなくなったとき、触れる気になれず、うちから外に運ばれていくのをやり過ごすだけの話がやけに記憶に残っています。

  • 私には少し難しかったようで、読んでいて途中眠くなった。だけどところどころくすっと笑えたり、戦時中の話なんかは胸が苦しくなったりした。でも結局なんだかよくわからなかった。

  • 梅崎春生氏のことは知らなかった。
    勤勉性に関する研究の一環として対立する?怠惰についての情報収集の一つとして読む。

    「怠惰の美徳」は3ページのエッセイ。仕事があるから怠惰が成立する,仕事がない怠惰は怠惰と呼べない。相対論か。

    その他はエッセイと小説で構成された本。「衰頽からの脱出」は印象深かった。

    いろいろ言って最後は自分で落とすスタイル。福岡出身で福岡の話も出てくるのでイメージしやすかった。

  • エッセイと私小説の短編が収められた一冊。初出一覧を見ると、昭和30年前後に発表されたものが多く、敗戦の痕を引きずった当時の生活を垣間見れる章が多い。当然、生活は大変なはずだ。しかしそんな時代にあっても、精力的でない、気力がない著者になんだか親近感を覚える。大体いつもだるい。めんどくさい。いつまでもゴロゴロしていたい。デスヨネー。

    つげ義春に近い印象も受けたけど、不条理ナンセンスではないから「無能の人」あたりが近いかもしれない。大山史朗「山谷崖っぷち日記」も思い出される。自分に正直というか、そんなふうにしか生きられない。時流に合わせてがんばれない。そして、そんな自分と世間を、引いた視点から観察してしまう。その観察力は自他のしょうもなさをルーペで拡大しているかのようだ。それゆえか、自分と世間をシニカルに批評し、時々自己嫌悪に陥ってしまう。狂っているのは自分か社会か?それとも両方か?この人はきっと、いつの時代に生まれても時流に乗れなかっただろう。でも、世界への違和感を抱えた者が共有できる普遍性を文章に写し取る才能があると思う。60年近く前に書かれた文章なのに、古びてない。

    巻末に収録された「防波堤」が印象に残った。俗世から離れているかのように思えた防波堤で、虚無感に囚われながら毎日のように釣りをする私。しかしそこは俗世のミニチュアでしかなかった。私は弟の戦死をきっかけに釣りに行くのをやめる。

    『私の心の中には、烈しいもの、何かたぎり立つものに立ち向かっていきたい意欲が次第に萌し始めていた』

    その心の変遷がわからない。わかる気もする。わかりたい。若さゆえか。それともメメントモリ的なことなのだろうか。苛烈な戦争に突入していく時代の空気もあったかもしれない。何かに立ち向かう意思が表れたこの短編は、この本の中で異色作だと思う。これを元にした「突堤にて」という小説があるそうなので気になっている。

  • (64年の)オリンピック誘致なんかしてないで漁獲高減ってるから魚誘致しろとか、満員電車が混んでてむかつくとか、ビキニ環礁の放射能雨がとか、近頃の若い者云々という物言いは大昔から変わらんのだとか、50年以上立っても世の中変わってなくて嬉しい。

  • 「怠惰の美徳」という表題とはところどころかけ離れたアンソロジー。

    並行して読んでたエーリッヒ・フロムの「生きるということ」とクロスオーバーする部分も。

    戦争が終わり産めよ増やせよで人口過剰になった日本で、作者は女子供を押しのけねば電車に乗り込めないと嘆く。電車に乗れなければ会社に行くこともできないから、仕方ない。
    戦争を通して感じていた―自分が生きるためなら他者をも食らう―エゴイズムにほとほと嫌気がさし、もーやめようぜと弱弱しくつぶやく。布団の中で。

    ぼくの今の気持ちにはこっちのほうが近いかもしれない。
    <自分が俗物であるという意識、どんな背徳無惨なことでもやれるという気持、これほど私を力づけてくれるものはない。>

    「百円紙幣」「防波堤」もおもしろかったし、小説も読んでみたい。「突堤にて」が気になる。

    <防波堤で殴り合った男も、日曜日の客を素人とさげすんだ男も、あるいは餌を盗んだ子供も、彼が自らの人生に打ち込むべき熱情を、他の低いものとすりかえているのだ。熱情を徒労にすることによってのみ自分を支えて生きて行かねばならぬ彼等の心情が、常に私の心を暗くして来た。>

    <自分の内部のものをむりに明確化し図式化することは、往々にしてその作家の小説をだめなものにしてしまう。むりに見積もらない方が賢明であるとも言える。自分の内部の深淵、いや、本当は深淵でなく浅い水たまりに過ぎないとしても、それをしょっちゅうかき廻し、どろどろに濁らせて、底が見えない状態に保って置く必要がある。底が見えなければ、それが深淵であるか浅い水たまりであるか、誰にも判りゃしない。自分にすら判らない。自分にも判らない程度に混沌とさせておくべきである。その混沌たる水深が、言わば作家の見栄のよりどころである。作家という職業は虚栄心あるいはうぬぼれが強烈でなければ成立しない職業であって、それらを支えているものがその深淵であり、あるいは深淵だと自分が信じているところの水たまりなのである。>

  • 戦後派を代表する作家が、怠け者のまま如何に生きてきたかを綴った随筆と短篇小説を収録。真面目で変でおもしろい、ユーモア溢れる文庫オリジナル作品集。

  • 生まれ変わったら何になりたいかと訊かれれば、イソギンチャクあたりがよかろうなどと答えて、満更でもない答えだろうと悦に入ったりしていた。

    「私は滝になりたい」と梅崎は言う。

    ああ、それだ。
    イソギンチャクごときで何事かを見通した気になっていてはいけなかったのだ。

    前半のしみじみ可笑しい随筆もさることながら、後半の短編小説もひとつひとつ実によい。

  • 大正生まれの梅崎春生の昭和2,30年代のエッセイと短編。編者は荻原魚雷、当代の怠け者プロフェッショナルが先輩の文学をまとめた。いかに怠けたいか、なぜ怠けるか、怠けるとどんなことがあるか、そのテーマで集めているだけあって良い意味で気が抜ける。怠けることにこれだけ細かく描写と考察ができるのだから真に怠け者とは違うのだろうけど、構えたようで構えないような筆致はまた読みたくなる。

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著者プロフィール

一九一五(大正四)年福岡市生まれ。小説家。東京帝国大学国文科卒業前年の三九(昭和一四)年に処女作「風宴」を発表。大学の講義にはほとんど出席せず、卒業論文は十日ほどで一気に書き上げる。四二年陸軍に召集されて対馬重砲隊に赴くが病気のため即日帰郷。四四年には海軍に召集される。復員の直後に書き上げた『桜島』のほか『日の果て』など、戦争体験をもとに人間心理を追求し戦後派作家の代表的存在となる。『ボロ家の春秋』で直木賞、『砂時計』で新潮社文学賞、『狂い凧』で芸術選奨、『幻化』で毎日出版文化賞。一九六五年没。 一九六九年三重県生まれ。文筆家。「大学在学中からフリーライターの仕事を始めるも、なかなか生計が立てられず、アルバイトで食いつなぎ、現在にいたる」というプロフィールを長く使い続ける怠惰ぶり。著書に『活字と自活』『書生の処世』『日常学事始』(本の雑誌社)、『閑な読書人』(晶文社)、『本と怠け者』(ちくま文庫)など。

「2018年 『怠惰の美徳』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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