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Amazon.co.jp ・本 (296ページ) / ISBN・EAN: 9784122066564
作品紹介・あらすじ
小林秀雄は文学のみならず「人生の教師」だった――。高校時代に出会って以来、五十余年を超す交遊のなかで著者がとらえた稀代の批評家の思想・文学・生き方とは。評論からエッセイ、追悼文におよぶ全文章を収めた文庫オリジナル決定版。巻末に小林との対話二編を併録する。 解説・山城むつみ
みんなの感想まとめ
文学と人生の深い関わりを描いたこの作品は、著者が小林秀雄との交遊を通じて得た思想や生き方を探求しています。小林は大岡昇平にとって恩師であり、文学の師でもありましたが、同時に大岡は小林の影響を受けつつも...
感想・レビュー・書評
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大岡昇平自身についての知識が、他者による言及や『野火』などの一部作品をかじったくらいで、知りうることの比重としては大岡小林の双方にそれほど差はなかったため、徹頭徹尾小林について語りあげるという内容でなかったことはかえって個人的にはよかった。
1900年代の文学者たちについては、20~30年代のそれと比べるとより歴史上のなにかとして懸隔を感じるのも事実だが、中原中也などほ逆にこの時代なのかと実感したりもする。 -
大岡昇平と小林秀雄の関係は複雑である。19歳の大岡にフランス語を教え、文学を教えたのは小林である。復員した大岡に『俘虜記』を書くことを勧め、文壇に送り出したのも小林である。大岡にとって小林はまぎれもなく人生の師であり、恩人であった。
だが大岡の作品は一貫して「小林的なるもの」への反措定であった。それは思弁や直観によって到達する「美」でも「実在」でも「自由」でもない。疑い得ない素朴で直接的な経験、具体的な顔を持ち、泣き、笑い、苦しむ生身の「他者」へのまなざしと共感である。「思い出」としての「歴史」ではなく、「事実」としての「歴史」、現在と未来への「反省」としての「歴史」である。大岡の従軍体験が契機となったことは言うまでもない。
それでも大岡は師であり恩人である小林を直接批判することはしない。それは小林への義理だけではない。小林の批評の奥底にある透明な孤独、岩のような意志への理解と敬意があるからだ。大岡にとって、小林への「反措定」とは、自分は師とは別の道を行くという決意を作品の上で表現することを置いて他にない。
大岡の小林との文学上の「決別」を考える上では、少年時代に慕った不遇の従兄との邂逅と別離を自らの精神遍歴に重ねて綴った文章が感慨深い。大岡は小林の影響を受けて遠ざかっていた洋吉のような素朴な実在主義に改めて向き合うと同時に、小林と洋吉を生んだ大正教養主義的思弁に決別したのだと思う。ファシズムに与するか否かなどという視点に矮小化する山城むつみの解説は蛇足の極みである。 -
小林秀雄と親交のあった著者が、小林について語った文章を収録しています。
エッセイのほか、全集などに収められた後記・解説などの文章が多く、本格的な評伝というわけではありませんが、やはり著者と同様に小林に近いところにいた、中原中也や青山二郎について著者自身の目から見られたすがたがえがかれており、小林がその中心に身を置いていた文化圏をかいま見ることができるように感じました。
「現代文学とは何か」という対談で、「小林さんは、現在、まだ小説というものは、書く余地があると思いますか」という問いかけに対して、小林は「無論、あるでしょう」とこたえ、その意味を問われると、「そりゃあ、ただ、どんな才能の士がこれから現れるかわからないという意味です……」とこたえています。文学が、それを取り巻く条件と無関係に読むことができるということを、まるで当然のことであるかのようにみなしていた小林の批評の長所と短所が、ここに現われているような気がしました。 -
小林秀雄の思考を掘り下げたものではなく、小林秀雄の身の回りを綴ったエッセイ集だ。時代の雰囲気が感じられる。
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19/05/27。
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親交五十五年、評論から追悼文まで「人生の教師」であった批評家の詩と真実を綴った全文集。巻末に小林との対談収録。文庫オリジナル。〈解説〉山城むつみ
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大岡昇平の作品
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