戦後日記 (中公文庫)

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  • 中央公論新社
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (389ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122067264

作品紹介・あらすじ

「小説家の休暇」「裸体と衣裳」ほか日記形式で発表された全エッセイを年代順に初集成。時代を活写した三島による戦後史のドキュメント。索引付き。

感想・レビュー・書評

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  • 昭和23年から昭和42年まで、さまざまな媒体に掲載された日記を年代順に並べた1冊。巻末に索引もついていて親切!大正14年生まれの三島の年齢は昭和と同じなので数えやすいのも助かる(大正15年が昭和元年)つまり昭和23年の三島は23才。最初の日記ではまだ作家だけでなくお役所勤め(大蔵省銀行局国民貯蓄課)しているのがなんだか変な感じ。三島も出勤とかしちゃうんだ的な。すぐに辞めてしまうので、あとは作家活動に専念。

    日記といっても読まれること前提に文芸誌に発表されているものなので、日常的な話題よりむしろ文学論や文学評、映画や劇評(現代劇だけでなく歌舞伎や古典芸能も)演劇論、俳優論、音楽論に、葉隠論から男色論、SM論まで、ちょっとしたエッセイとして読める部分が多くとても面白かった。

    作家の日常というのも野次馬的に興味津々で、交流関係や(仲良しは鉢の木会のメンバーと、川端康成や石原慎太郎、丸山明宏=美輪さまなど。余談ながら鉢の木会の吉田健一は言わずと知れた薩摩の大久保利通の曾孫で、三島のほうは幕府の重臣・永井尚志の玄孫だということを思い合せると、幕末オタク的には仲良しなのも仲違いするのも、なんだか因縁めいていて不思議なきもち。)文学関係者のみならず、映画や演劇関係の交流もあり自身も映画に出演したりしていたせいかマスコミに追い掛け回されたり一般人にも絡まれたり、気の毒な面もあるけれど派手好みの三島らしい私生活。

    反面、結婚したときは照れくさいのかキェルケゴールを引用してきて屁理屈こねまくったりして(「結婚したまえ、君はそれを悔いるだろう。結婚しないでいたまえ、やっぱり君は悔いるだろう」 )大袈裟で笑っちゃうし、子供の誕生には意外にも普通にテンションあがりまくって良いパパだったりして、微笑ましい反面、そういう普通の家庭人として妻子のことを考えればああいう死に方を思いとどまるという選択肢はなかったのだろうかとふと考えると切なくもなる。

    とっくに死んでる太宰治のことが嫌いでしょっちゅう悪口を挟んでくるのはいっそ笑ってしまった。作品ではなく顔が嫌いだとか(「女と心中したりする小説家は、もう少し厳粛な風貌をしていなければならない」)太宰の惰弱な人間性を批判している(「太宰のもっていた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治される筈だった。生活で解決すべきことに芸術を煩わしてはならないのだ」)のがマッチョな三島らしい。

    マッチョらしく、どこへ行ってもプールで泳ぎ、ジムに通ってバーベルを持ち上げ、剣道にいそしむ三島は、強靭な肉体を手に入れたことで「死について考えることに対する、いわれのない軽蔑が生じた」と書く。つまりその「死への軽蔑」が「太宰への軽蔑」と直結しているのだろう。自嘲を自己欺瞞を呼び、他人に媚びることを良しとしない三島は「他人が私を見てユーモラスだと思うような場合に、他人の判断に私を売ってはならぬ」とも書いており、こういう部分も自らを「道化」化していた太宰と相いれなかったのかもしれないし、むしろ似ている、過去の自分を見ているようで不快だっただけかもしれない。

    太宰は何度か自殺に失敗しているけれど、失敗しているというのはつまり「死ぬかもしれないし、死なないかもしれない」という若干の生存の可能性を試したような側面も垣間見えて、そういうところもきっと三島からは意気地がないように見えたんだろうなと思う。三島は「確実に」死ぬ気でああいう最期を迎えたのだろうし、その覚悟には、自分は太宰みたいになりたくない、という気持ちがあったのかもしれない・・・なんて、気付いたら三島と太宰の死に方を比べていろいろ考えてしまった。

    ※収録
    そぞろ歩き――作家の日記(昭和23年6月)/某月某日(昭和23年10月)/作家の日記(昭和25年1月)/退屈な新年――新春雑記(昭和29年1月)/作家の日記(昭和30年4~5月)/小説家の休暇(昭和30年6~8月)/裸体と衣裳――日記(昭和33年2月~34年6月)/ある日私は(昭和35年8月)/日記(昭和36年4月)/週間日記(昭和39年5月)/ありがたきかな“友人”(昭和39年9月)/日記(昭和40年11月)/プライバシー裁判の和解前後――週間日記(昭和41年11月)/日録(昭和42年1月)/索引

  • 先月まで『百鬼園戦後日記』全3巻を刊行していた中公文庫、次の戦後日記シリーズ(なのか?)は三島由紀夫。
    本書の中ではけっこうストレートに心情を吐露していると感じられる。この当時はまだ、吉田健一との仲は拗れていなかったんだなぁ……(まぁこの2人、作品を読んだら解るが、どう足掻いても気が合いそうには見えないので、拗れなくてもそのうち疎遠になってしまいそうではある)。
    本書からは後に『市ヶ谷で壮絶な死を遂げる三島由紀夫』のイメージは無く、ごく普通に生きている1人の人間の姿が浮かんで来る。結婚や第一子の誕生といった大きなイベントは取り敢えず置いておくと、熱心に原稿を書き(百鬼園先生とはえらい違いだw)、芝居を見、剣道やボディビルに通う。言うなれば普通の日常だろう。
    ……ふと、『その死は事故による』という書き出しを思い出した。

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著者プロフィール

三島由紀夫(1925.1.14~1970.11.25) 小説家、劇作家。
東京生まれ。学習院時代から文才を注目され、1944年、東大入学と同時に『花ざかりの森』を刊行。47年、東大卒業後、大蔵省に勤務するも、翌年辞職。49年、『仮面の告白』で新進作家として地位を確立。『金閣寺』『鏡子の家』『近代能楽集』など、強固な美意識で彫たくされた作品を発表。海外での評価も高い。68年、楯の会結成。『豊饒の海』の最終回を書き上げ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室に立てこもり、割腹自決。

「2017年 『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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