- 中央公論新社 (2020年12月23日発売)
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感想 : 152件
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784122070066
作品紹介・あらすじ
羽猫家は、みんな「嘘つき」である――。
空想の世界に生きる母、愛人の元に逃げる父、その全てに反発する姉、そして思い付きで動く適当な祖父と比較的まともな祖母。
そんな家の長男として生まれた山吹は、幼い頃から皆に合わせて成長してきた。だけど大人になり彼らの《嘘》がほどかれたとき、本当の家族の姿が見えてきて――?
これは破綻した嘘をつき続けた家族の、とある素敵な物語!
注目作家・寺地はるなの人気作、遂に文庫化!
みんなの感想まとめ
家族の中での嘘や誤解が描かれるこの物語は、羽猫家の独特な人間模様を通じて、成長と再生の過程を描いています。夢見がちな祖父、浮気を繰り返す父、心がどこか遠くにある母、そしてそれに反発する姉と、個性豊かな...
感想・レビュー・書評
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羽猫家はとても不思議な家族である。
祖父は夢見がちでとても自由に生きている。
祖母は適当な嘘をつくようではあるが、観察力はいちばんあって人を見抜く。
父は浮気ばかりしている。
母は心がこの世に留まっていない。
2人の子どもの紅と山吹は、いつも誰かがいない家で成長していく。
父と母のすれ違いは、紅と山吹のあとに生まれた青磁が4歳で亡くなってからだ。
現実を見るように言う紅と優しい嘘をつく山吹。
そんな我が子のことをわかっているのに愛情を向けない父や母。
残酷でありながらも悲惨さを感じないのは何故なのかと。
普通ではない家族のようで、だけど落ちていくほどではない…表現し難い家族である。
大人になってやっと家族だと思えたところで終わる。遊園地がよかった。
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人間は必ずどこかで嘘を付く。
自分の保身のため、その場しのぎのための嘘など、様々な場面で嘘を付きます。
本作に出てくる、羽猫家のみんなも、嘘をついて生きている。
愛人のもとに逃げる父、死んだ息子を追い続ける母、思いつきで動く適当な祖父、一家で一番まともな祖母、そんな家族に反発する姉、そしてその一家の長男として生まれた山吹は、そんな家族に合わせて生きている。
そんな山吹も嘘を付いて生きている。
最悪な環境の家族に見えるが、そんな一家も年数を重ねて再生に向かっていく。
山吹の人生と家族の人生を記す奇跡の物語です。
映画化されるということで、書店ですぐ買い読了しました。
寺地さんの作品を読むと、どこか心がリセットされるような気がします。
暖かさの中にある冷たい部分を表現するのが、上手だなと個人的に感じています。
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雲のようにふわふわとした母と、浮気中の父。夢ばかり追いかけている祖父と、噓はつくけれど比較的まともな祖母。そして、自分の気持ちに正直な姉。
そんな破綻した羽猫家の、長男山吹の成長を、5年ごとに追って書かれていた。
大人たちはいったいどこを向いて生きているのだろう。
だけど、心にポッと灯がともるような一文が見つけられる。
何か大事なことがたくさん隠されているような気がして、さーっと読み飛ばすのがもったいないと思ってしまった。
山吹のつく噓は優しさに満ちている。
世の中は、親という肩書きを背負って、きちんと立っていられる大人たちばかりではない。人間の正直な気持ちを、きれいごとで覆い隠すことなく書かれていて、気持ちがよかった。
みんなそれぞれに自分の物語を生きていて、愛せなくても、その存在を認めることはできるのだから。
みんなが幸せになれてよかった。最後まで読んでよかった。 -
著者、寺地はるなさん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。
---引用開始
寺地 はるな(てらち はるな、1977年 - )は、日本の小説家。
---引用終了
で、本作は2017年刊行の作品なので、著者が40歳位の時に書かれた作品になります。
その内容は、次のとおり。
---引用開始
空想の世界に生きる母、愛人の元に逃げる父、その全てに反発する姉・紅(べに)、そして思い付きで動く適当な祖父と比較的まともな祖母。そんな家の長男として生まれた山吹(やまぶき)は、幼い頃から皆に合わせて成長してきた。だけど大人になり彼らの“嘘”がほどかれたとき、本当の家族の姿が見えてきてー?破綻した嘘をつき続けた家族の、とある素敵な物語!
---引用終了
本作の書き出しは、次のとおり。
---引用開始
この家にはまともな大人がひとりもいない、というのが姉の言いぶんで、山吹もなかばそれに同意する。まともな大人はいないけれども「僕はまだ八歳だから」と山吹は思っている。まだ八歳だから、その大人たちに頼るしかない。「あの人たちはあてにならん、わたしたちがしっかりせんと」と主張する姉の紅とて先月十一歳になったばかりなのだ。
---引用終了 -
初•寺地はるなさん。
なぜ今まで読まなかったのでしょう、こんな素敵なお話を書いていたなんてっ。
なかなか上手くいかない家族の物語、大人に頼る事が出来ない主人公である子供目線の語り。
時々、大人達の心の中の語りあり。
5年刻みで物語は淡々と進んでいきます。
上手く真っ当に生きられない大人や、子供の事を考えてあげられない大人、状況を変えようと頑張る子供、大人も子供もみんな足掻いています。
読んでいて、なんとかしてあげられないものかと願ってしまったけれど、何も解決しないまま月日は流れていく。
願いが叶ったり、素敵なターニングポイントとか、劇的な展開とか、そんなの無い。
人はいつか死ぬし避けられない、血の繋がった親子であっても愛せなかったり許せなかったり、一緒に住む家族でも相手の本心なんて分からない。
私がこの本が好きだったのは、人生は思い通りにいかないけど、そりゃそうだという事。
どうにもならない事は、ならない。
どんなに望んでも叶わないこともある。
どうしても理解出来ない事もあるし、報われないままかもしれない、それでも月日は流れる。
上手く出来なくて当たり前なんだと思えた。
人は、みんな問題を抱えている、家族だろうとそれでいいんだなと。
逃げたい時は逃げていい、嘘が必要な時もある。
分かり合えなくても、自分には受け入れられなくても、相手の真意があるということ。
そういう時があってもいい、そう受け止められる人になりたい。
この本の良さを、私の言葉では上手く伝えられないのがとても残念です…
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子どもを愛せない母親、愛人に逃げる父親、家族が嫌いな姉、家族を振り回す祖父。
どこの家庭も問題を抱えていて、これらは実際珍しくないことだけど、羽猫家のように全部を抱えて崩壊している状態はしんどいだろうな。
色々あっても親に愛されて育っているだけでまずは幸せだったんだなと子ども時代を振り返って思う。
小説は後半は穏やかな印象はあるけど、可哀想に感じる部分が多かった。
大人になって自立すれば自分で幸せを模索できるし、成長して親の人としての姿が見えてきて家族の関係性も変わってくるわけだから、ほっこり系の話というよりは自然の流れに思えた。
無駄なものが全然ない世の中なんておことわりよ、という祖母の話が良かった。 -
良い話?ではないのに、なぜかほっこりしちゃうのは山吹のパワーなのか。
ふとしたところに心の支えになる言葉があって良かった -
つらいことがあると犬を撫でました。現実にはいない、架空の犬です。犬を飼えるような家ではありませんでした。もう少し大きくなってからは本をよく読みました。空想上の犬も、物語も、僕の大切な友達でした。
主人公である山吹の書いた小説が出版されることになる。その刊行記念として書かれたエッセイ『架空の犬』
現実にはないなにかを心の拠りどころと生きることはむなしいことでしょうか。でも現実にはなくても、心の中には確かに「ある」、それは「確かにそこにある」ということなのです。
町に遊園地を作る等、夢のようなことばかり言う祖父。愛人のもとに通う父。亡くなった子どもが生きているかのように振る舞う母。その子どもを装って、母に手紙を書く山吹。現実から目をそむけながら、それぞれが何とか生きていくためのさまざまな嘘。
「犬」という存在は私にとって、かなり特別なものだ。幼いころから一緒にいた犬たちの、ちょっとした表情やしぐさ、撫でているときの体温がいつも自分の中にある。
友だちの亜美ちゃんのところの犬を「現実に」迎えることになる山吹。現実に感じることのできる体温が、山吹をたくさん助けてくれることになるだろう、と思った。
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複雑な事情がある家族の話と思いながら読んでいたが後半に進むにつれ、自分の家族だって似たようなものかもしれない。とふと我に返る。そもそも、順風満帆で住宅販売のCMに出てくるような理想の家族なんて、本当に存在するのだろうか。
多様性という言葉が日常的に使われている時代だが、人の個性や悩みって大別すると″多様″ってほどでもないのではないかと思った。自分は他人と違うとか、自分の家族はちょっと変わってるとか、なんとなく自分は他者と違うということがひとつのステータスというか。唯一無二の存在でありたいという人々の潜在意識が生み出した文化であるように思えてくる。
もう少し引いた視点で世の中を見渡してみると、どの家族も似たり寄ったり、個性がある自分も誰かと似たり寄ったり。だったら細かいことは気にせず気楽に生きていきたい。 -
困らせる人、問題を起こす人、たくさんいるが安全な場所から責めないようつとめたい。もし気づいてない家族の抱えた問題にも、神様的な人にでも頼ってみたい。
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身勝手な大人達ばかりの中で子供達は現実にしっかり向き合っている…
そんなお話です。
主人公の男の子は理不尽な事ばかりがおきている中でなんとかしようとする優しさに、周りの大人が甘えているように思えて腹ただしさを感じます。
そんな主人公が大人になりまた彼の優しさに甘えようとした相手に、自分を見くびる事に対して怒りを表します。
頼る方は優しさに甘えているつもりかもしれないけれど、これは甘えではなく優しさを利用しているのではと思えてしまいました。
色んな理不尽な事に合ってきたのにそれでも彼は大切な人へ優しさと守ろうとする気持ちは変わらず持っている事に優しさだけではなく強さも持っているのだと気付かされます。
彼に愛された人は幸せだろうなと。 -
映画化されて来年上映されるとのこと。
こうなると気になります。
と言うことで手に取った作品です。
家族の話でした。
それも少し暗い影のある家族。
家の中で一番年下の人が死に、家族経営していた店も傾きかけている。
そして、皆が現実から逃げたいと思っていて、それぞれが苦しみもがいていた。
決して明るい内容の物語ではないけれど、深刻にならずに読めました。
そして、崩れてバラバラになりそうな家族が持ち堪えて一歩前に進めたのは、読んでいてこちらもほっとして心が温かくなりました。
作品名の「架空の犬と嘘をつく猫」
どういうことだろうと疑問に思っていましたが、作品を読み進めていくとわかりました。
ちょっぴり切なくて、「チリッ」と心が痛む気がする作品名でした。 -
不完全な家族の30年に渡る「嘘と愛」の物語。家族ってややこしいなあと、年を重ねる毎に感じるようになった気がする。
山吹と紅の子供時代は苦しくてしんどかった。大人たちしっかりと思いつつも、自分はどうなのよ?と言い返されたら、キョロキョロしてしまうし、どの心情も否定できなくてまたしんどい。
それぞれが苦しんで考えて、自分自身を生き続ける。それしかないんだよなと改めて思う。
ほどかず、でも囚われすぎず・求めすぎず、自らの足で立ち続けて生きたい。
山吹と頼の関係がいいなって思う。今作も心に刺さる一冊だった。-
こんばんは♪
みんとあめさんの寺地さんのレビュー拝見して
先日寺地さん2冊購入しました。
『ビオレタ』寝る前読書本です。不思議な会話のリズム...こんばんは♪
みんとあめさんの寺地さんのレビュー拝見して
先日寺地さん2冊購入しました。
『ビオレタ』寝る前読書本です。不思議な会話のリズムでいい感じです。
ご紹介ありがとうございました。
またレビュー楽しませていただきます。♪( ´▽`)2026/02/18 -
タカツカさん、嬉しいコメントありがとうございます♪
語彙力が…(*_*)と感じていたので、それでもレビュー書き続けて良かったなと思います(T...タカツカさん、嬉しいコメントありがとうございます♪
語彙力が…(*_*)と感じていたので、それでもレビュー書き続けて良かったなと思います(T ^ T)
寺地さんの本は妙に刺さるものがありまして、ゆっくり追いかけています。
レビュー楽しみにしています⭐︎2026/02/19
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移動中に読了。
「頼」がいてよかったと思う。普通に育てられたであろう頼。山吹はいいこに巡りあった。
本末の山吹のエッセイにもあるけど。。
物語は嘘つきだ
そうです。
だからこそ物語を読むのが楽しいんだよ。
旅の帰りに大きな書店でまた、本を何冊か買ってしまった。積ん読増えるけど
明日からまた仕事だけど、ちょい幸せ(笑)
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映画を観てから拝読。
やはり2時間程で寺地はるなの人々の機微を表現しきるには限界があったと思うくらい原作は深みある小説だった。
それでも人物のイメージはかなり近く、特に紅と頼は良いキャストだったんだなと。
嘘と架空。
嘘で傷つけられる人と架空に救われる人。
人生に物語が必要である事を書いた小説。 -
失ったわが子が生きている夢の世界に逃避する母親、大事なことから逃げ出して浮気をする父親、夢ばかり追いかけてホラをふく祖父、骨董品屋を営んで嘘の商品を売るけれど比較的常識人の祖母。
羽猫家にまともな大人はおらず、みんなが少しずつ嘘をついている。
羽猫家の長女、紅は嘘を嫌って家を飛び出し、長男、山吹は家族を肯定するためにみんなの嘘に寄り添う…
※※※
初・寺地はるなさん。
心のどこかをずっと、きゅーっとつままれるようなお話でした。
羽猫家の大人たちは、嘘つきであると同時にすごく自分に正直。自分に正直でいるために、家族に嘘をつく。
大人だから、親だからと誰でも立派になるわけではない。そこはすごく現実的で、家族としてはかなり歪んでいるけど、それを見ている山吹のフィルターが優しくて、読者の目には歪みが一見伝わりにくい。それがまた少し悲しい。
この本には同様に一見歪んだ親子関係がたくさん出てきます。
子供を捨てて恋人と暮らす親、シングルマザーで生活するために子供を撮影対象として貸し出す親、娘に恋人を寝取られて娘を傷つけようとする親。
読んでいて、なんでなんで、私ならこんなことしないのに、子供にこんな思いさせないのに、と憤りながら読んでいたら、次の台詞にハッとさせられました。
『あたしならそんなことしない、という目線で他人の人生を見る時、そこにはたしかに優越感のようなものが滲んでいる。(中略)だって自分はその渦中にいないし、いくらでも冷静な判断がくだせる。安全な場所から他人の選択に口を出すのは、恥ずべきことだ』
そうかもなぁと反省。人の選択に余計な口出しはしないように気をつけてるつもりだけど、しちゃってる時もあるかも。
んー、でもやっぱ幼い子供が犠牲になるような選択には口出ししなきゃいけないときもあるはず!そこはしっかり判断が必要ですよね。
とはいえ、
『甘くたって、いいじゃないか。世界は厳しい。人生は甘くない。妻である自分ぐらい、たまには山吹を甘やかしてあげたいではないか。』
このように考えられる頼と出会えたことは、山吹にとって本当に良かったなと思います。
結局のところ、人は自分が主人公の人生を送るしかない。
その中で子供だったり、兄や姉や弟や妹だったり、恋人だったり、夫や妻だったり、親だったり、祖父母だったりなどの役割が、否応なく割り当てられる。
中にはうまく演じることのできない役割はあっても、他の人に頼ったり頼られたり、時には架空の犬を飼うような優しい嘘でごまかしながら、なんとか乗り越えていくのもアリなのかもしれないなー。
と、そんなふうに感じられる一冊でした。
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タイトルと表紙の絵がファンタジーな話を連想させるが、全くファンタジーとは無縁の羽猫家のバラバラな家族と、その長男山吹の物語。
現実にはいない架空の犬を撫でながら幼い頃から生きてきた山吹。
物語というのは、言ってしまえば現実におこったことではない。嘘、です。
物語を読む、現実にはないなにかを心の拠りどころとして生きること。
人は見えない嘘を心に抱えて生きているのかもしれない。
わかっていても誰もが触らないように生きていく。
家族だって架空の犬であり、嘘をつく猫なのだろう。
嘘がほどかれたとき、その糸を手繰り寄せてまた紡いでいく、家族にしかできないことなのかもしれない。
彩瀬まるさんの解説がとても的確で素晴らしかった。
解説を読むことで、この物語が厚みと深みを増して浮かび上がってくる。
作家さんってすごいな。 -
短期入院中の読書、その2。
3番目の子どもを幼くして亡くして以来空想の世界に生きる母、それをもて余し愛人の元に逃げる父、思い付きで動く祖父とへんてこな商売をしているが比較的まともな祖母、その全てに反発する姉。
そんな家の長男として生まれた山吹の、8歳から38歳までが5年刻みに語られるお話。
この家族以外にも色々訳ありの登場人物がありそれぞれに複雑で、結構いい話だったのだが、どう表現したら良いのかまとまった感想が思い浮かばない。
祖母が山吹に「あんたは社会にとってなんの役にも立っていない子」と言いながら「でもそれは、山吹がこの世に存在しなくていい、という理由にはならんでしょう」という場面が良い。
頼との結婚を話に行った山吹に頼の父が「君は、頼を絶対に幸せにするという自信がありますか?」と問うた後のやり取りが好き。
遊園地での家族写真のシーンに、子どもの頃の自分の家族と子どもを持ってからの自分の家族の、似たような写真を思い出して、ちょっと切なくなった。 -
寺地はるなさんは『大人は泣かないと思っていた』に続き2作目。
舞台は佐賀県の架空の町 塩振町。
羽猫家で長男として生まれた山吹の小学生から30年間の物語。あらすじで思っていた程、風変わりな家族と感じず、私にはそれなりに普通の家族のように思えた。ただ、家族といえども一家には大人も子どももいる。本作は、山吹や姉の紅といった子ども目線で進むので、そこには大人には見えない不安や戸惑いが描かれている。それ故に、既に大人になってしまった私には(半分位は大人になったことを言い訳にしているのかもしれないが)、気付かなかったことや、見過ごして来たことを詳らかに綴られているような作品だった。
家族は様々だし、それは家族といえども一人一人の人間が自分の物語を懸命に生きているのだから至極当たり前のことだろう。時には自分や誰かの為に『嘘』をつくことが必要になるかもしれない。
作中での山吹の恋人頼子目線の場面で
「言葉の裏に隠された嘘と真実の割合をつまびらかにするために躍起になる必要はない。」とあった。
様々な『嘘』が一つの鍵となる本作だが、誰でも嘘はつく。少し大袈裟だが、誰しも時には生きるために嘘が必要になることもあるのだと思う。
中でも特に印象に残ったのが、母 雪乃が山吹にずっと出せないでいる手紙にしたためた心の声を吐露するシーン。
これは凄まじかった。
脱力して放心しそうだった。
読み手としては、このシーンがあって良かったと思う一方で、母親の弱さ故の残酷さに、この返事が山吹のもとに届かずほっとした。時が経てばまた雪乃の思いも変わると信じたいと思った。
寺地さんは『嘘』を善悪で表現するのではなく、ただ介在するものとして扱っている。解決したり糾弾するでもないその新鮮さは、読み手に否応なく人間のありのままの姿を見せているように感じた。そして、そのありのままを受け入れることも時には大切なのだと教えてくれる作品だった。
以下、印象に残ったフレーズ
かかわることはできる。寄り添うことも。
どうしてもわからないことは、わからないまま受け止めておくこともできるのだと、大人になってから思うようになった。わからなくても、愛せなくても、その存在を認めることはできる。
あきらかにまちがった選択をして窮地に立たされた人間に「自分なら、こうする」「そんな選択はしない」と言い切るのは、気分の良いことだ。だって自分はその渦中にいないし、いくらでも冷静な判断がくだせる。安全な場所から他人の選択に口を出すのは、恥ずべきことだ。
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私も親と折り合いが悪かったので、なんともいえない気持ちで読んだ。
自分自身がアラフィフになって改めて感じることは、親だからって皆んなが大人ではないということ。母親は動物的本能で子供を無条件に愛するというのも、都市伝説・おとぎ話の類いだと思っている。
自分の親が世間一般の親と違うと感じても、子供としてはなかなかそれを認めたくないし、自分も他の子供のように愛されてると思いたいもの。でもどんなにジタバタしても事実は事実で、成長して現実を受け止められるようになっていくまでもがくことは仕方のないことだと思う。
とはいえ、実際には飼うことのできない妄想の犬を撫でることで寂しい現実をやりすごす子供のことを考えると、本当に切なく、胸が痛くなった。
苦しい子供時代を生き抜いた子供たちと、頑張ったねとハグを交わしたい。
著者プロフィール
寺地はるなの作品
