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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784122070073
作品紹介・あらすじ
「ミスター・ジャイアンツ」といわれた現役時代、二度の監督就任、そして闘病とリハビリ生活についてふれた最新の「自伝」。日本経済新聞社「私の履歴書」に大幅加筆、待望の初文庫化。立教大の恩師「鬼の砂押」こと、砂押邦信のインタビューを巻末に収録。
みんなの感想まとめ
人生やスポーツに対する深い情熱が伝わる自伝は、著者の驚異的な集中力やマインドについての洞察を提供します。長嶋監督の独特なキャラクターとともに、彼がどのようにして「フロー」や「ゾーン」といった状態を実践...
感想・レビュー・書評
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私は長嶋監督しか知らない世代で、天然なキャラクターが強く印象にのこっていますが、劇的なドラマを生み出す力は、驚異的な集中力を持っているからこそなのだと感じました。
今となっては、「フロー」「ゾーン」などの言葉が一般的になってきたが、そのような言葉のない時代に実践していたのが長嶋監督。どういう人生が、そのようなマインドになるのかが垣間見える1冊だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
摂南大学図書館OPACへ⇒
https://opac.lib.setsunan.ac.jp/iwjs0021op2/BB50233989 -
長嶋さんは、努力を見せないカッコ良さがある
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長嶋の自伝が出ていたことに気づいていなかった。亡くなって平積みされ気がついた。
日経の「私の履歴書」に2009年掲載されたものの書籍化、文庫化だ。
日経に連載されたものなのでおそらく記者の聞き書きであろうが、それでも長嶋語がふんだんに出てきてたのしめる。もっとも意味が取れずちょっと考えてしまうのも多いが。
ー五輪の中に野球が入っているかどうかで、スポーツの地位というのは大きく左右される。(野球自体の地位のことか)
ーじっと目をそらしてはいけない
知らなかった話もいくつか。皇室観戦10試合で打率.514という。凄まじい。
砂押との間の特訓の話は聞いていたものだが、それでも凄い。「心で獲れ」はいくら何でもなあ。
長嶋という人が昭和、戦後の代表であることは間違いないだろう。 -
何もかも犠牲にしてジャイアンツというチームに捧げたミスタープロ野球⚾️こと長嶋茂雄さん。
歴史と伝統を背負うチームの宿命として、球界の盟主であり続けるために。 -
もちろん追悼の意味で読んだのだが、
そういうことを抜きにしても面白かった。
色々語り継がれていることだけでなく、
ご自身の振り返りにも価値があります。
まさに戦後最大のスーパースター。
現役時代は知りませんが
どれだけ日本に希望を与えてくれたのでしょう。
凄いですね。 -
昔から長嶋さんの話は色々と読んでいるから、知っていることも多かったんだけど、この本は本人が記憶にある感情を迸らせて書いているように思えるから、面白かった。
こうしてみると長嶋さんも現役17年、ずっと良かったわけじゃなく、意外だったのはV9の時も半分くらいは悪い年があったんだなと。でもそれでもすごいのは、そこからまた復活した数字が凄いんだよな。
今で言えば丸も長野も悪いけど、長嶋さんとまではいかなくてももうひと花咲かせてほしいものだし、坂本勇人もそろそろだろうな。岡本だって誰だってそういう時期は来るのだけれど、そして誰もがいつかはいなくなってしまうのだけれど、やっぱり、王長嶋の記憶は、長嶋の現役は知らないのだけど、いつまでもいつまでも残っているし、そういう記憶を持っているだけでも何かちょっとでも人生に彩りがあるように思うから、野球じゃなくたって皆がそういう記憶を持てるようにプロスポーツには頑張ってほしいよな。 -
現役時代、二度の監督就任、そして闘病とリハビリ生活についてもふれた最新自伝。「私の履歴書」に大幅加筆、貴重な写真収録。〈巻末インタビュー〉砂押邦信
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万能ファイブツールプレイヤー。天才。パワプロだったら能力値オールA。特にルーキー年の成績なんて破格だったろう。魅せる野球の意識は学生の頃から監督時代まで一貫していて、それに結果も伴っているのだから、隙なし。野球に向けられる真摯な姿を例えば「野球愛」だなんて言葉で表してみても全然足りない。もうなんていうか「長嶋茂雄」が「野球」だ。余人をもって変えられない存在とはまさしく。
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父親がまさに王、長嶋世代で、両親共に野球好きな家庭に生まれた結果、春夏の高校野球やプロ野球が放送されていればチャンネルが固定される程度には、野球が人生に浸透している自覚があります。
そんな野球好きの端くれとして、日本野球史で一番と言っていいであろうスター選手、長嶋茂雄の生涯というものが気になったので手に取った一冊。分かってたことだけど、何度か涙ぐんでしまった。
時代が違う、と言ってしまえばそれまでだけど、昭和の時代に確かにあった情熱ってのは偉大だなと思わずにはいられない。今となっては批判的な使われ方をする根性論だとか鉄拳制裁みたいな精神、勿論暴力はダメだけど、なんて在り来たりな建前を添えた上で言わせてもらうなら、昨今の日本に足りない部分ではあるよなあと思ってしまう。
当時はきっと子どもの娯楽が本当に少なくて、だからこそ空き地の野球に夢中になれた人は、それを信じてどこまでも突き進む胆力が培われていたような気がする。今は娯楽があまりにも多すぎて、何に夢中になっていいかすらわからないことが多い。選択肢が多いことはプラスである一方で、自分がどこに突き進んでいいかがわからなくなる恐れもあるわけで。
周りに情熱が足りないと感じているのなら、それを自分が持つだけで頭一つ出し抜ける。それができたら苦労しないんだけど、他人に求めずとも自分の中だけには持っておきたいものです。
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