狩場の悲劇 (中公文庫 チ 3-3)

  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122072244

作品紹介・あらすじ

「五月の朝に詩的な《赤いワンピースの娘》に出会って以来、おびただしい数の犠牲者が、人世の暗い波間に、永久に姿を消し去った」……モスクワの新聞社へ持ち込まれた、ある殺人事件をめぐる小説原稿。そのテクストの裏に隠された「おそろしい秘密」、そして読み終えてなお残り続ける「もう一つの謎」とは何か? 近代ロシア文学を代表する作家が若き日に書いた唯一の長篇小説にして、世界ミステリ史上に残る大トリックを駆使した恋愛心理物語の古典。巻末に、江戸川乱歩による評論を収録。

江戸川乱歩――「チェーホフともあろう作家の、こういう作品を知らなかったのだから、われわれの全く気づかない面白い探偵小説が、まだどれほど残っているかと思うと楽しくなる。……探偵小説のトリックの歴史から考えても、相当大きな意味を持つ」。

解説・佐々木敦

感想・レビュー・書評

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  • 新聞社の編集長が、小説家志望者から実話をもとにした作品を持ち込まれるくだりに始まる。手記を内包する形式の小説。作品内の紙数としては、持ち込まれた小説内のストーリーがその大半を占める。約340ページ。冒頭には主要人物紹介、巻末には江戸川乱歩の解説と、(訳者ではなく)評論家による解説が付属する。

    ロシアのとある村で暮らす予審判事セリョージャが主人公であり、小説を持ち込んだ書き手にあたる。独身生活を謳歌するセリョージャは、久々に村に帰還した友人である伯爵の招待を受けて伯爵家へと向かう。食事後に散歩に出かける伯爵とセリョージャ一行は、そこで貧しい森番の娘である19歳のオーレニカと出会い、オーレニカの美貌に目を奪われる。その後は、伯爵家に戻り、伯爵とともに恒例のどんちゃん騒ぎで泥酔するセリョージャだったが、後日に実はオーレニカが、伯爵の執事である年老いた醜い男と婚約している事実を知って驚くのだった。

    帯でミステリであることが大々的に謳われている本作だが、殺人事件が発覚するのは250ページを超えてからと、非常に遅い。それまでは主人公であるセリョージャをはじめ、先に紹介したオーレニカ、伯爵、執事ウルベーニン、セリョージャの元恋人であるナジェージダ、ナジェージダを慕いセリョージャの友人でもある医師パーヴェルといった主要な登場人物たちが絡み合って紡がれる恋愛を中心にした物語である。事件が発覚するまでは、仮に冒頭のくだりやタイトルや、部分的な匂わせがなければ、ミステリとは関係のない純粋に人間ドラマをテーマとした小説として読めるし、そのような物語として完結させることも可能だったろう。
    (ちなみに登場人物紹介のなかでサーカス団員のチーナが主人公セリョージャの恋人として紹介されているが、出番はわずかであって、恋人といっても関係性は薄く、セリョージャのプレイボーイぶりを強調する道具程度にすぎない。)

    事件の発生が非常に遅かったこともあって、読み進めるうちにミステリとしての要素があるとしてもあくまで人間ドラマの添え物なのではないかと予想するようになっていた。事件そのものが発生した後も、密室トリックのような手の込んだ特殊な状況ではないため、正直なところミステリとしては既に期待せずにいた。それにもかかわらず、最終的には本作がミステリ作品でもあることを認めざるをえなかった。この終盤の展開には、本書の特徴的な形式も関わってくる。

    読み終えての率直な感想としては、面白かったし、とても満足できるものだった。読書前にはミステリとしての小説を期待して読み始めたのだが、先に触れた通り事件の発生自体が非常に遅いため、紙数としての純粋なミステリとしての割合は多くはない。にもかかわらず面白く読めた理由のひとつとしては、ミステリ部分と関係のない、恋愛模様を中心としたストーリーと人物描写を楽しめたことにあり、もうひとつは終盤に至るまで起動しなかったミステリとしての仕掛けも十分に興味深く読めたことにある。

    帯で謳われているように、本書はミステリ作品として押し出されているのだが、実際に本作を真に楽しめる読者はむしろミステリファンではない気がした。何度も触れているように純粋なミステリとしては事件の発生までが非常に長いために読み手によっては冗長に感じるかもしれないし、トリックの内容としては、むしろミステリに慣れている読み手であるほど驚きは薄くなると思われる。つまり、先ほど私が感じた面白さの理由は、純ミステリ作品としてはむしろ欠点として働く可能性が考えられる。

    私自身はこのような作品が1884年の時点で執筆されていたことに驚くとともに、恋愛模様を描いたドラマとしての面白さに加え、作品全体の構成も見事だと感じた。むしろ本作が、その作品内容とチェーホフという作者にもかかわらず、おそらくあまりメジャーではないことを意外に思う。

  •  チェーホフと言えば短篇と戯曲というイメージだが、そんなチェーホフが書いた唯一の長編小説。しかもそれは、殺人事件が発生し、調査があって、遂には犯人が示されるという推理小説的なもの。
     
     自分が書いた経験談を出版して欲しいと新聞社に持ち込んだ男と、新聞社の編集者とのやり取りがあって、編集者は一応その小説を読むこととした。そして、その小説が「狩場の悲劇(予審判事の手記より)」というもの。語り手である予審判事の男が住んでいるところに、領地を持つ伯爵が久し振りに帰ってくる。そんな彼らの前に、狂人の父と暮らす美しい娘が現れるが、彼女は伯爵の執事を務めるかなり年上の男のプロポーズを受け入れた。こうした登場人物の男女関係の中で、一体何が起こるのか、どんな悲劇が起きたのか。
     
     確かに、小説ではガボリオ(当時流行していたフランスの探偵小説家)に言及していたりするので、チェーホフがミステリを意識していたのは間違いないだろうし、ミステリとして読んでも、当時としてはかなり斬新なトリックが使われていて興味深い。ただ、”謎解き”を主眼としてこの小説を書いたというよりは、登場人物の心理の真相は何なのかを読者に問い掛けようとしたのではないだろうか。

     本書の前半は、自堕落な貴族の生活、結婚を巡る男女の交際や駆け引きの様子、身勝手な登場人物の心情描写など、いかにもなロシア小説の描写が延々と続き、なかなか読むのが捗らなかったが、事件の発生する当日、227頁からは一気読みになった。

     解説者の読みも参考になるが、いろいろな「読み」の可能な、面白い小説だと思う。
     

     

  • ★3.5
    人物描写がいかにもロシアである。犯人は簡単に分かるが、ポイントはそこではないと思う。

  • チェーホフ唯一の長編がミステリー小説だったとは。劇作家、短編の名手も若い時にはミステリー好きだったのか。厳密にいうと、犯人が誰かという話でもない。原注で盛大にネタばらしされているし、殺人犯が捕まる終盤になるとそういう方面に疎い自分でも予想がつく。アクロイド殺しよりずっと前にこの構造で書いたそうだが、チェーホフに対して犯人探しのアイデアを褒めるのは違うような気もする。主人公がどうしてこの本(小説中の小説)を書いて発表しようと思ったのか、自己顕示欲か承認欲求か、という心理ドラマとしてブラッシュアップすると面白そう。

  • 今更と感じさせないかえって新鮮なプロットと、外連味たっぷりの不穏な演出のせいで一気読み。瑞々しいオリガを1978の映画で先に観ていたこともあり、緑の森の中ではじめて赤いドレスの少女を目にした語り手(堕落した酔っ払いで性根が腐っている上に、気まぐれで感傷的)の、えもいわれぬ歓びがまざまざと伝わってくる。
    書き口がまるで乱歩の文章みたい、と思いながら読んでいたけれど、むしろ乱歩がチェーホフのこの作品に影響を受けていたのかも。
    学生時代に書いて、のちに自分の著作リストから削除したらしいが、もし後年に大幅加筆修正してくれていたらと惜しく思わずにいられない。冗漫な描写を削り、より鋭いサスペンスに仕上がっていたに違いない。
    そして、果たしてこれが真相なのか? 真犯人は別の誰かなのに、「あの女が愛していたのは俺だ」と云いたいがためだけにこんな話をでっち上げたのではないかと疑いたくなってしまうのは私だけだろうか。

  • 帯に「前人未踏の大トリック」とあるので読んでみたのだけど、、正直に言うと「このあとどんな仕掛けがあるんだろう…残りページ少ないけど、、」のまま終わってしまいました。。まぁでも、歴史的なものですよね、”あの作品”より早く世に出ているらしいので。あと、主要登場人物の誰にも共感できなくて読み進めるのがしんどかった。事件も中盤以降にならないと起きないので、そこもすいすい読めなかった理由かな。推理小説というよりは心理小説と思って読んだ方がいいと思います。

  • ロシアの大・劇作家、アントン・チェーホフ(1860-1904)が残した
    唯一の長編ミステリ小説『Драма На Охоте(The Hunting Ground Tragedy )』
    (1884年)。
    1880年4月某日、新聞の編集者である〈わたし〉に訪問者が。
    紳士は小説の原稿を持ち込みに来たのだった。
    〈わたし〉は気乗りがせず、
    それを二ヶ月も放置していたが、
    別荘へ向かう際に持ち出し、列車内で読んでみた。
    実際の事件を元に綴られたという『狩場の悲劇』なる
    小説の内容とは――。

    【注】少しでも核心に触れそうな指摘を行うと
       即ネタバレの恐れがあるので盛大にぼかします。

    小説『狩場の悲劇』には、
    予審判事と友人である伯爵を中心に、
    彼らを取り巻く人々の怠惰な日常が綴られていた。
    彼らは森番の若く美しい娘オーレリアを見初めたものの、
    彼女が伴侶に選んだのは伯爵に仕える執事だった。
    しかし、じきに嫌気が差したと言い出し、
    彼女は予審判事と伯爵、双方に気のある素振りを見せ始めた。
    そして、一同が狩りに出かけた先で彼女は凶刃に倒れ……。

    枠物語の外枠、編集者〈わたし〉と訪問者の
    丁々発止のやり取りが舞台劇の趣きを呈すところで
    「なるほどチェーホフ」と唸らされた。

    ※もう少し詳しいことは後程ブログで(ネタバレ必至)。
    https://fukagawa-natsumi.hatenablog.com/

  • チェーホフの書いた推理小説

  • かなりの人が知ってるであろう某作家の超有名トリックが出版される何十年も前にこれを20代半ばで書いていたっていうのは本当にすごいなと思うんだけど、変に注釈などをいれたせいで最後の謎解きが全く驚きがなくなってしまっていて、ミステリ的にはとてももったいないなと…。
    もし注釈を入れずに、最後の謎解きで本当に一気に謎を解いていればもっと評価された作品なんじゃないかなと思った。

    事件が起きるまでも200ページ以上あるし、登場人物がどれもこれもいやな人ばかりなのでその点でも結構きつかったかもしれない。

    このトリックをおそらくはじめて使ったということに関しては本当にすごいけど、そこまで楽しめなかったかもしれない。

  • 如何にものロシア文学で、恐ろしくキャラの濃い登場人物たちが、日本だったとりあえず何かの施設に閉じ込められそうな大騒ぎを、当たり前の顔をして次々と引き起こす。肝心の殺人事件は物語の三分の二を過ぎるまで起こらない。この手のお話に慣れてない人には、少しキツいかも知れない。うんざりしながら、魅せられる感じで、迂生は結構好きです。
    ミステリとしては、題名を告げられて、アレね、と答えられなければ、モグリと誹られても致し方ないと言う、超有名トリックを遡ること40年前に採用していた、という点で評価されているようだ。とはいえ、ミステリとして書かれたわけではなく、おおよそその半世紀後、読者が椅子から転げ落ちた、驚愕のトリックを、実にもったいない使い方をしている。探偵役の種明かしを前に、いったい何が起こったかが、読者にはっきり解るように書かれてしまっているのだ。これは残念なことだが、もしミステリ的に書かれていたなら、読者は何が起こったのか、さっぱり理解できなかったかも知れないなとも思う。

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著者プロフィール

一八六〇年、ロシア生まれ。モスクワ大学医学部を卒業し医師となる。一九〇四年、療養中のドイツで死去するまで、四四年の短い生涯に、数多くの名作を残す。若い頃、ユーモア短篇「ユモレスカ」を多く手がけた。代表作に、戯曲『かもめ』、『三人姉妹』、『ワーニャ伯父さん』、『桜の園』、小説『退屈な話』『六号病棟』『かわいい女』『犬を連れた奥さん』、ノンフィクション『サハリン島』など。

「2022年 『狩場の悲劇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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