戦争について (中公文庫 こ14-4)

  • 中央公論新社 (2022年10月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (360ページ) / ISBN・EAN: 9784122072718

作品紹介・あらすじ

戦後、「僕は無智だから反省なぞしない」と語った小林秀雄。昭和十二年七月の盧溝橋事件から二十年八月の敗戦までの間、小林はいかに戦争に処したのか。表題作ほか「満洲の印象」「歴史と文学」など、紀行から社会批評、講演まで戦時下の発言を年代順に収録する。文庫オリジナル。   〈解説〉平山周吉

みんなの感想まとめ

戦争をテーマにしたこの作品は、小林秀雄の戦時下における思索を通じて、個人と社会、エゴと思想の複雑な関係を探求しています。特に、彼が体験した状況の真っ只中での人々の思惑や、戦争がもたらす歴史の必然性につ...

感想・レビュー・書評

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  • 日支事変直後の中国に赴いた小林秀雄が
    自ら戦闘に近づくことはなかった
    しかし、実戦をくぐり抜けてきた火野葦平らに接した際
    本土の人々には想像もつかない何かが
    彼らに備わったと感じた
    その正体を知るには中国に行くしかないのである…と
    そのようにして、体験至上主義はプロパガンダされるようになった

    体験とは、状況の真っ只中へ飛び込んでいくことである
    状況とは、人の思惑がうずまきぶつかり合うことで生まれるものだ
    そして思惑は、利害をあらそう人のエゴにほかならない
    エゴによって生まれる状況が戦争なら
    エゴを抑え込む思想で、戦争を防ぐこともできるだろうか?
    望みは薄いだろう
    なぜなら、体験が個人的なものに留まるかぎり
    我々の大半は無知なのであり
    思想を我が物とする余裕もなく
    しかも非常時において、状況は思想に先駆するからだ
    歴史の必然とはそういうもの
    しかし戦争がその必然を暴露したとき
    極限状態に飛び込んでいくことを余儀なくされた人々は
    ぶつかりあうエゴの対消滅を経て
    己の心にある光、まことの理性を発見するだろう
    小林秀雄があの時代において提示しようとした思想とは
    おそらくそういうロマン主義
    日本の愛郷精神なんか持ち出してはいるけれども
    要するにファシズムだ

    一方でファシズムってのは
    功利主義を極限化したような考え方であった
    死地に飛び込むのも結局は
    それが自分=集団のステータスを高める行為だからだ
    しかし日本の負け戦は
    ステータス度外視の特攻によって
    良くも悪くもファシズムを超えていった
    そして結局、科学の光にすべてを焼き尽くされる形で
    日本は戦後の理性と対面するハメになった
    状況はやはり思想に先駆したのである
    となれば当然
    小林秀雄はあらためて己の無知に居直るしかなかった
    状況の渦のなかで生にしがみつく者は
    溺れないよう、ひたすら不様にもがくのみだ
    そのようにして人は歴史に先駆する

  • 著者は基本的に保守の文脈上に位置づけられると思う。本人に言ったら激怒しそうだが、民族主義者の気配すらある。今風にいうなら社会学者と呼ばれているのではないだろうか。
    しかしかなりの特異タイプであり、現在のそのような類の誰とも似ていないので、今生きていれば無視や一瞥されるだけか、中々理解されないだろうと予想が付く。
    内容を要約しようにも自分には到底無理な知的領域なのだが、印象をザックリまとめると著者は当時はそういう概念の無かったであろう、あらゆるレッテル貼りを批判し抵抗を試みている。
    まるでこのインターネット時代の主義・思想の殴りあい、流言蜚語の横行を見据えていたかのようであり、
    切れ味鋭い批評は、当時と似たような様相のする現在では、切られたことすら誰も気付かなそうだ。
    氏に対抗するには人格攻撃しかないだろう、しかしその中に著者の真意があるように思える。

    戦争の解釈には問題あるが、その他においては驚くべき洞察力を揮っている。
    本来は自分のような下等生物が安直に語れない人物だろうが、そういった素人の投稿文化の隆盛や、作品より作家本人について語りたがる文化の到来をズバリ予見していて、先見性の高さは間違いなく本物だ。
    なによりこれを手書きで書いていることが怖ろしく、昔の教養人は本当に凄いと感嘆した。
    そのように頭のキレる人間が多分本気で熟考したことを書き連ねてあるので、たとえ批判的に読んだとしても中身の濃い有用な一冊だ。
    上手く言えないが理論や道理を超え、それらから逃れた一つの純粋な核を手に入れようとしているように思える。著者に比べたら今の社会批評などはまさしく氏が言うように、西洋から輸入した理屈をデザート感覚で楽しんでいるようにしか見えない。
    このレベルの文章が朝刊や雑誌に載っていた事実を考えると大衆向け記事の衰退も感じる。

    注意しなければならないのは『戦争について』というタイトルそのもので、戦争責任について、には一切触れておらず欠落した印象を受ける。この点においてはほとんど同意できなかった。
    寄稿した記事のいくつかは発禁にされたらしく、時代背景を考慮すれば自粛した面もあると思うが、どうやら元からの考えもあるようだ。
    筆者は戦争を回避不可能な自然災害と同様に捉え、その圧倒的現実が空想に浸り切った文化や、西洋にかぶれた思想界を直撃し、混乱や硬直させたとみて、非常事態によって余計な化学添加物が無くなり、文学の変革や日本人というものの、真の正体を説明し得ることになると考えているようだ。
    確かに複雑困難な局面だと思うが、一部の人間の引き起こした行動が発端なのは明らかで、満州事変など滅茶苦茶なことをしているのに、戦争だけある種神格化をしているのは賛同し難い。
    兵隊さんにとっては、戦争が自己の存在証明になっていたようだが、他国との戦争で、まして植民地主義に乗っかる侵略戦争で、一体何がどう変わるのか、それがどのような(最善の)影響を与えるのか疑問である。
    災害という非常時を経験しても、結局何も変わらず絵空事ではないかと思う。

    戦時中と現在を比べるのは暴論なことはわかるし、宿している肌感覚も違うだろう。
    しかし、国民は黙って処したというが、結局智慧の正体は単純に出る杭は打たれる性質だと思うが……
    それとも単に想像力の欠如なのか、は分からない。
    当時は恐怖を訴えることすら出来なかったろうが、その不安を国民精神総動員だとかにすり替えていたのか。
    いずれにせよ近代化西洋化が性急すぎたのだと思う。日本人は集団になると非常に乗せられやすく、かつ忘れやすい体質なのだ。日常生活に手一杯で余裕がないせいかもしれない。結局、その疲労が少ない余裕のある者の発言権だけが高くなると思うので、何事も一概には言えないだろう。そういう人々の大概は、著者が言うとおり空想の観念世界に生きていて、非現実的なズレた意見ばかり流布する始末になる。

    まるで戦争と生活は一体化していると言わんばかりの論調だが、生活の延長に戦争があるのであれば、その前後には政治があるはずだ。しかし、政治と生活は断絶しているかの如く語っている。
    確実に政治がルールを決めているにも関わらず、順序を入れ替え、政治と戦争は一体化していないかのように誤認させようとしている点も悪質である。
    国民向けの、勘違いした政治のアピール性も現在と変わっていないらしく、神風という今で言う流行語大賞1位の言葉を、そのまま部隊名にしたことも軽薄すぎて呆れる。

    著者は日本軍と同じ失敗をしている豊臣秀吉を持ち上げ、朝鮮出兵を例に出し、事変は全くの未知の領域であると主張するが、秀吉に習うならば、その身勝手で強引な理由による出兵が同様に失敗に終わることは明らかだろう。
    そもそも事変を起こした側が自分で未知だと困惑していること自体バカバカしいのだが。
    誰でも子供の育て方など知らず親になるが、好き勝手な暴走を黙って見ていたとしても子は勝手に育ち、それが自然の結果であり、周囲はその結果に合うように調整しなければならないという方針なのか。
    その我が儘し放題の子供は誰が産んだのか?という疑問がある。それは、乱雑に無意味な生成だけを繰り返す作業機械みたいなもので、それでは政治も国民も不要ではないか。ひたすらサイコロを振り、出た目に合わせ進むだけの機械を設置した施設が社会であり、最早人間すら不要だ。この無意味な作業に希望があるのだろうか…

    戦争という怪物を産んだのが政治であれば、政治という幼児を育てたのは国民ではないのか。本来ならしつけなければならないところをブクブクと肥大化させ、逆に教育され服従している。最終的に、その子供の散らかしていった玩具を片付けさせられるのは国民である。
    これこそ義務という言葉が持つパラドックスではないだろうか。

    いつの時代も文化人や暇人は、直接かかわりのない、実際には無関係な問題であるほど首を突っ込みたがり、登場人物であるかのようにふるまい、声を大にする。
    まるで詰め込んだ思想や理論の埋葬場所を探し求め回る犬のように、分析、評論し、批判し、理想を語る。そして大局的に見過ぎるあまり、何も意味を成さなくなる。
    そういった人々は実際は天の高見から見下ろしているのだが、地面に引きずり落とすと、最後には人それぞれだとか人生だとか自身の問題であると吐き捨て逃走してしまうのだ。
    著者も多分そのような態度こそを批判しているが、自らもその落とし穴に落ちつつあり、真珠湾奇襲時の文体が最もテンション高く、敗北濃厚になると意気消沈しているようだ。よくある聡明な人物がおかしくなる怪奇現象を解明するヒントがあるようで興味深い。

    旅行記の文章はさすがに軽快で目茶目茶上手く、風情すらあり、それは美化かもしれないし事実なのかもしれない。
    基本的に中国を格下においているが、混沌は日本のせいでもある。
    中国の寺院などは張りぼてで安っぽいみたいな感想を述べている。文化歴史にはリスペクトがあるが、人にはあまりないようだ。
    中国人は分からないという当時の一致した見解は今でも納得するが、その理解できない支那の理解不能な領域に手を出しておいて、その言い草は血迷っているとしか思えない。
    日本兵は他国の軍と比べ精悍で屈強だとか述べていて疑わしい。
    記述からも全然統治出来てない様子が察せられるが、実は(行政イベントの椅子や机のように)黙々と、ただ整然と兵を列べている様子を見て錯覚しているのではないだろうか。
    一応、批判的なことも記していて、満州の少年兵訓練所など悲惨な有り様だ。
    -22度の中訓練とか完全に気が狂っていて、早い段階で自国の隊すらまともに育てられず、崩壊の前日譚に思える。
    それにしても、実際に現地取材して、ここまで認識しているのに、政府や軍への無謬性は謎である。
    旅行記全体には他人事感が漂っているが、戦争における兵隊とは無計画で傍若無人な旅行者なのかもしれないと、ふと思い浮かんだ。
    当時の人々はこれらの事実をどの程度知っていたのだろうか。

    衝撃的なのは文明や文化の違いはあれど日本社会というものは今とほとんど変わらないことだ。
    太平洋戦争以前から、少なくともこれに描写されている日中戦争当時から、政治家の態度やそれに対するマスコミや民衆の反応は変わっていない。敗戦した事実など無意味なのだ。
    コロナや五輪に対する今の反応などは、そのまま記述された当時の様子に当てはまる。
    敗戦後、高度経済成長期を経てバブルを迎え、徐々に元に戻って行ったのかどうかは、わからない。
    歴史は反復しないというが、歴史は繰り返しているではないか。いや、人間の方が繰り返しているのか。
    確かに著者の考察は的を射ている。

    当時から抜け目なくあちこちに根を張り、火事場と絡んでいる朝日新聞や文春などを見ても、骰子の出目に合わせ整形手術をして、別人に成りすましているだけなのではないか。
    一部界隈の人々からは蛇蠍の如く嫌われている、当時の朝日新聞にはヒトラーを賛美するかのような小林の記事が載り、文芸春秋社内では皆起立し静かに奮え、沸き上がる愛国心を感じながら、開戦の報を聞いていたのである。
    文章から垣間見えるそれらマスメディアなどの根本的な姿勢や態度は今でも不変なように感じる。
    結局要領の良かった連中が残り、要領が悪いのは淘汰されたにすぎないのではないだろうか。
    そう考えると氏の反省しないという言葉は誠実かもしれない。
    思うに反省というよりも、求められていたのは深い自省だったのではないか。

    今でも歪曲された嘘の真実が真であるかのようにふるまい、唯物史観の流行は目茶苦茶な形になって崩壊し、イデオロギーの失敗は自由気ままな捜索を繰り返した後、今日に至っては空想の砂上楼閣は完成の日の目を見せている。
    文学は知らないが、漫画やアニメやドラマなどを見れば、ハリボテのような人間が毎日機械的に吐き出され、その乱雑な物語はトレンドだとか空気感だとか語られ、ゴシップ的な楽しみも含め一大産業になっている。その予測が的中した世界を見て、著者はどう感じるだろうか。

  • 小林秀雄はいかに戦争に処したのか。昭和十二年七月から二十年八月までの間に発表された社会時評を中心に年代順に収録。文庫オリジナル。〈解説〉平山周吉

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著者プロフィール

1931年2月12日生まれ、東京都出身の作曲家。東京藝術大学卒。作曲を長谷川良夫、ピアノを水谷達夫、宅孝二、奥川坦、稲垣寿子に師事。1959年・1961年 NHKから委嘱された芸術祭参加作品のラジオ音楽劇2作がそれぞれ芸術祭奨励賞を受賞する。1966年に中田喜直らと「波の会」(現・日本歌曲振興波の会)を創設し、第二代会長を経て、後に社団法人となった同会の名誉会員を務めた。「落葉松」をはじめとする歌曲・合唱曲やピアノ曲、童謡「まっかな秋」、オペラ、器楽曲、小学校校歌など数多くの楽曲を手掛ける。また、本人が直接合唱団を指導することも。東京藝術大学音楽学部講師、愛知県立芸術大学教授、聖徳大学・同短期大学教授、活水女子大学教授などを歴任した他、1979年には文部省派遣在外研修生としてパリに留学した。このほか、ショパンやリストのピアノ作品の校訂を手掛けた。2017年7月25日死去。86歳没。

「2024年 『混声合唱のための組曲 優しき歌』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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