グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

制作 : Francis Scott Fitzgerald  村上 春樹 
  • 中央公論新社
3.62
  • (465)
  • (632)
  • (973)
  • (137)
  • (23)
本棚登録 : 6821
レビュー : 622
  • Amazon.co.jp ・本 (356ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784124035049

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 情景や心情の描写が、素晴らしいと思いました。
    これが訳者によるものでないなら、訳者自身の小説は、多分に影響を受けていると思いました。

  • パーティーの猥雑さ、世の中の歪みに対し、ギャツビーの素直な心が印象的でした。
    壮大な話ではありませんが、人の心の動きや、情景の描写が素敵に書かれています。

    ノルウェイの森にこの小説が出て来てから、一度は読んでみたいと思っていた本。

    まさか村上春樹が自分で翻訳までしているとは。

  • 余りにも有名な小説ながら、初読。
    映画も見てはいないのだが、すでにそのキャストが想起されてしまう(ディカプリオではなくレッドフォードの方)。
    それくらい視覚的な小説で、ひと夏の切ない人間模様が描かれる。

    ただ、傍観者となった”僕”自身も含めてあまりキャラに共感が出来ない。上流階級の享楽的で刹那的な生活が織りなす人間模様には、一歩距離を置いている”僕”の存在ですら含まれていて、読んでいて親近感もシンパシーもおぼえられない。

    訳者の村上春樹氏がこの小説を絶賛しているが、そこまでのすばらしさを読み取ることはできなかった。

    切ない夢の残滓を感じ取るばかりの一作。
    ただこれをうまく映像化できればいい作品になるだろうな。
    特に対岸の街灯のエピソードは印象に残る

  • 読後すぐに素晴らしいと思う本ではなかった。ただ、時代の篩に耐えてきた書籍であるので、その魅力を見つけるためにも、いつかまた読み直したいと思う。村上春樹が異常に持ち上げている本というのもやはり気になる。

  • そのうちに読みたいと思っていて、ようやく読んだ。日本では『華麗なるギャツビー』という名前のほうが馴染みがあるのだが、あえて原題のままグレートを使っている。グレートの含むニュアンスに華麗があるのかどうかわからないけれど、グレートに戻したのは正しいと思う。でも、華麗という刷り込みがあることで、ギャツビーの華やかさが際立ち、彼のいる風景が洒落た絵のように浮かび上がってくることも確かである。1920年代のニューヨーク。富める者の贅沢な暮らし。時代も背景も違うのに、日本のテレビドラマに、そのまま移すことができるような気がするのが不思議だった。

  • 『百年の誤読』から。村上春樹が、そのライフワーク的精力を込めて放った一品だけに、現代に新たな生を得た見事な文学として、存分に堪能させて頂きました。春樹が惚れ込んだ原作の魅力もさることながら、やっぱり訳文は重要だとの思いを新たにした次第。とはいえ、ギャッツビー自身もそれほど魅力的な人物ではないし、周りを固める諸々も、いまひとつ冴えない人たちばかり。まあ、人間臭いといってしまえばポジティブに解釈も出来るけど。それに、あれやこれやの浮気とか、最後は何人かの人死にとか、事件も起こりはするけれども、そんなに斬新なプロットという訳でもない。でも本を読む手はなかなか止められない。やっぱりこれは、この小説が持つ圧倒的魅力のせいだと考えざるを得ないのです。

  • もう一回読んでから書く

  • これもまた、有名な小説。
    これは村上春樹の訳だが、他にもいろんな方が翻訳されている。
    僕はこの小説をある人から贈られたのだが、それまではスコット・フィッツジェラルドという作家は愚か、この小説の名前すら知らなかった。
    しかし、どうやら《ものすごくすごい》作品らしい。
    というのも、かの村上春樹氏が絶賛しているのである。
    (以下、「あとがき」からの引用)
    【もし「これまでの人生で巡りあった最も重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この「グレートギャツビー」と、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」と、レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」である。どれも僕の人生にとっては不可欠な小説だが、どうしても一冊だけにしろと言われたら、僕はやはり迷うことなく「グレートギャツビー」を選ぶ。】

    要するに、村上氏に一番影響を与えた本なんですね。
    で、僕の感想はというと、正直なところ、村上氏がおっしゃるほどの価値は見出せなかった。
    悲しすぎる。
    まだまだ「いい本」を見抜く力がないな、と情けなく思ってしまった。

    といっても、人物設定や情景描写、話の持って行き方のうまさはすごく感じられた。
    村上氏はこの作品の文章について、「空気の微妙な流れにあわせて色合いや模様やリズムを刻々と変化させていく、その自由自在、融通無碍な美しい文体」と述べている。

    最後に、僕はこの本を読んで、「あれ、なんか似たような場面を読んだことがあるような」と感じた。
    それもそのはずだ。
    村上氏自身の作品『ノルウェイの森』や『騎士団長殺し』に似たような設定、会話、場面が描かれているのだ。
    ああ、「影響を受けた」ってこういうことなんだ。
    やっぱり、村上氏の作品は、ここまで奥が深いんだ。

    結局、村上春樹氏の素晴らしさを再認識するレビューになってしまった(笑)。

  •  『グレート・ギャツビー』とは、ジェイ・ギャツビーが物質主義的社会に共存して人生を歩んでいく姿を描き出している作品である。
    時代背景としては、1914年に勃発した第一次世界大戦に介入したことが功をなし、1919年の戦争終結を意味するベルサイユ条約によってアメリカは世界一の債権国家へと発展していく。大繁栄を遂げたアメリカは「黄金の20年代」へと突入したのである。この20年代の桂冠詩人と呼ばれるフィッツジェラルドが、ジェイ・ギャツビーの生涯を1920年に制定された禁酒法から1929年のウォール街の崩壊までの10年間を象徴的に描いた作品が『グレート・ギャツビー』である。
     フィッツジェラルドはギャツビーの夢を”American Dream”の崩壊と関連させて描いている。この”American Dream”とは、もともとは神の国を建設するという理想のもと、自由・平等・人種などにおいて機会均等の国の中で、アメリカ人が自分たちの生き方を考えるというものであった。しかしそれは90年代に変質し、アメリカにやってきた開拓者が経済的に成功することだという意味になったのである。本作品で、まさにギャツビーは後者の意味に属し、物質主義成功により全てを手に入れようとした。特に彼がもっとも欲したのがデイジーであり、彼女と並んで歩くために社会的地位を確立する必要があったのだ。ギャツビーは自己実現とデイジーという全てを手に入れようとしたがために、崩壊へと向かい始めるのである。ギャツビーはデイジーの精神や肉体を愛していたのではなく彼女の声に惹かれていたし、デイジーもまたギャツビーの社会的地位や巨万の富に恋をしていたのだ。お互いがお互いの求めるものと違っており、とうとう現実に歪みが生じ始める。そして、ギャツビーを死へと追いやったのは、紛れもなく物質主義に操られたジョージ・ウィルソンであった。デイジーを庇って無実の罪を被るつもりだったギャツビーは、ひたすら愛するデイジーを待ち続けた。しかし彼が待ち続けた先にあったものは空虚な世界であった。「グレート・ギャツビー」とは、物質主義に踊らされたもの達が皮肉にも同じくその物質主義によって破滅へと至る物語なのである。

  • 2017/07/03

全622件中 81 - 90件を表示

著者プロフィール

スコット・フィッツジェラルド

1896~1940  1920年、処女長篇『楽園のこちら側』がベストセラーとなり、妻のゼルダと共に時代の寵児ともてはやされるが、華やかな社交と奔放な生活の果てにアルコールに溺れ、失意のうちに死去。『グレート・ギャツビー』『夜はやさし』等長篇数作と数多くの短篇を残した。

「2019年 『ある作家の夕刻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)のその他の作品

愛蔵版 グレート・ギャツビー 単行本 愛蔵版 グレート・ギャツビー スコット・フィッツジェラルド

スコット・フィッツジェラルドの作品

ツイートする