グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

制作 : Francis Scott Fitzgerald  村上 春樹 
  • 中央公論新社
3.62
  • (465)
  • (631)
  • (972)
  • (137)
  • (23)
本棚登録 : 6816
レビュー : 621
  • Amazon.co.jp ・本 (356ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784124035049

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 高校生の頃に新潮文庫の方を読んでおり、内容もある程度記憶に残っていたので、ストーリーを楽しむというよりは訳者による表現違いを楽しもうと思って読みました。
    翻訳ものが訳によって全然違うというのは聞いていましたが、今回実際に読み比べて訳者が違うと全体の印象がこんなに変わるものか!と驚きました。
    以前の訳ではギャツビーの執着心が何かと目に付き、何て気持ち悪い人物と思っていましたが、今回はそこまで感じませんでした。
    むしろ今回は、デイジーの身勝手さと保身に走る姿に反感を覚えました…
    スコッティ・ジェラルドの作品は言葉の美しさが魅力と良く聞きますが、今回その美しさの意味が少しだけ感じ取ることが出来た気がします。

  • ずーっと読みたかった村上春樹訳の『グレート・ギャッツビー』。こんなアメリカの田舎なのに、近くの図書館で見つけた!
    村上春樹が一番好きな本だけあって、彼が訳したこの本はとっても面白かった。

    「ギャッツビー」は原本は読んだことないけど、Robert Redford の映画と最近のLeoの映画は見たことあるので、頭の中でいろいろ比較しながら読んでみた。
    村上春樹の訳はレッドフォード「ギャッツビー」の情緒的で叙情的な映画の感じを、上手くレオ「ギャッツビー」の現代的な文体に訳されてて、すんなりと世界に入ってこれた。

    でも、このギャッツビーに出てくる人物たちはレッドフォード「ギャッツビー」のイメージなんだよな~。

    ギャッツビーの光と影、明と暗のギャップが上手く書かれてて、人の世の儚さがとても浮き彫りになってる。
    そこが映画では味えなかった貴重な部分だったので、読み終った後の寂しさはかなり重い。
    それでもニック・キャラウェイの素敵な文章(村上春樹の訳のすごさ)で、きれいに終わってるのが、海の引き潮をイメージさせる。

    これは、是非、本を購入してもう一度読みたい。

  • ○「誰かのことを批判したくなった時には、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないんだと」
    ○ギャッツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。・・・そうすればある晴れた朝にー

  • デイジーはギャツビーに「ああ、あなたはあまりに多くを求めすぎる!」と言った。何でも手に入るはずだけど、本当に欲しいものを手に入れるのは簡単じゃない。時間は巻き戻せない。ギャツビーを純情と言うべきなのか、オイラはわからない。不倫をするトムだからデイジーを奪ってもいいということにはならないだろう。ニックのまわりにはまともな人が少ない。そのニックがまともかどうかもあやしいけど、ニックじゃないとこの物語は全然違うものになっちゃいそうだ。考えてみればオイラだって、身のまわりでまともなのは自分だけだと思っているところがあるなぁ。第三者のことはまるで監督気取りで見れるってことなんだと思うけど、自分のこととなると甘い。恋愛沙汰となればなおさらなんだろうけど、ギャルビーはなんでテイジーなんだろう?トムはなんでマートルがいいんだろう?ニックにとってのジョーダンも。好きになる女の子の好みって、ほんとに人それぞれぞれ。この仕組みってほんとにすごい。女の子もそうなんだろうけど。ギャツビーとトムみたいに一人の女性を奪い合うようなことがあちこちで起できたら世界は平和でいられないもの。

  • 如何ともしがたい哀しみが残っている。哀しい哀しい物語だった。人間の身勝手さ、ことの理不尽さ、夢の儚さが詰まっていた。デイジーが「過去にあったことは変えられないのよ」と言ったところが個人的にはハイライト。最後の一文はとても重く響いた。
    我々は本当に未来に向かっているのか? 本当は過去に沈んで行っているのではないか? 時間的には絶え間なく未来に進んでいても、その実は変えられない過去だけが積み重なり、届くかもしれなかった未来はどんどん遠ざかっていく。人生の普遍的な深い悲しみを味わった。

  • 文章は綺麗だと感じたし、とても雰囲気のある小説であった。海外の書はいつ読んでも最初頭に入ってこないのは相変わらずだったが、雰囲気と登場人物のギャツビーのキャラクターに引き込まれた。ドライにも感じる引き際が良いのかなと。

    あとがきも力が入っていて良かった。翻訳者の想いが伝わった。

  • 人間、時代、繁栄、愛情、多くの人間が求めてやまないものの虚しさがある。語り手のニックキャラウェイと著者が達観しているように思えるが、彼も絶えず彼らに翻弄される。どの時代にも虚しさはつきまとうのか。

  • まるで目の前で起こってる出来事を見ているようだった。
    思慮のなさで私もひどいことをしたのかもしれません。

  • 凄いのめり込んで読んだ。海外ものによくある、何回読んでも情景が浮かばない。というのが全くなく、突っ掛からずに読めた。しかも7年前に翻訳されたとは思えない!流石、村上春樹さん♡面白かった!

  • 村上春樹訳。

    代表的なアメリカ文学といえば野崎孝訳。だったので、
    春樹感よりも野崎節じゃない!という点で読み易かった一冊(笑)

    さらっと洒脱な文章で、ふ~ん・・・と読み進めて行ったものの、
    後半からの切なさたるや、もう。

    ヘミングウェイと違ってフィッツジェラルドには「男のロマン」という言葉は
    似合わないと思うのだけれど、
    これ、女々しくて思い込みが激しくて滑稽で切ない男のロマンの話だよなぁ・・・と、突然気付きました。

    若きギャツビーにとって、豊かさや幸福の象徴であったデイジー、
    投影しているのだから中身はがらんどうだったとしても
    それをただひたすらに追い求めたギャツビー、
    ああ、私の弱い「欲した何かを手に入れられなかった男」、だ。

    最後の
    『でもまだ大丈夫。明日はもっと早く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。
    ・・・・・・そうすればある晴れた朝にーー』

    もう・・・・。

    ニックとジョーダンについていまいち読みとれてない気がするので、
    いつかまたゆっくり読んでみたい。

    それにしても訳者あとがきで、常々思っていた、
    原書で読まないと文学というのは価半減なのでないか、というのが、
    やっぱ・・・やっぱりそういう事じゃん!!っていう・・・w

著者プロフィール

スコット・フィッツジェラルド

1896~1940  1920年、処女長篇『楽園のこちら側』がベストセラーとなり、妻のゼルダと共に時代の寵児ともてはやされるが、華やかな社交と奔放な生活の果てにアルコールに溺れ、失意のうちに死去。『グレート・ギャツビー』『夜はやさし』等長篇数作と数多くの短篇を残した。

「2019年 『ある作家の夕刻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)のその他の作品

愛蔵版 グレート・ギャツビー 単行本 愛蔵版 グレート・ギャツビー スコット・フィッツジェラルド

スコット・フィッツジェラルドの作品

ツイートする