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Amazon.co.jp ・本 (268ページ) / ISBN・EAN: 9784124035070
みんなの感想まとめ
深いテーマと静かな迫力が漂うこの作品は、読者に強い印象を残します。短編集の一つ一つが、著者の晩年の思索を反映しており、特に最後の作品「使い走り」は、自己の運命を感じさせるものとなっています。苦味のある...
感想・レビュー・書評
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苦いコーヒーの味が残っている感じ。そして静かな迫力を感じた。また読み返したい本。
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カーヴァー最晩年の短編集。最後の「使い走り」が良かった。この作品執筆時点で、自身も同じような運命をたどるのかもとどこかで感じていたのだろうか。
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《そう、自分が目に見えない一線を跨いでしまったみたいに感じるのだ。自分がそんなところに来ることなんてあるものかと思っていた場所に来たみたいに感じるのだ。どうしてこんなところに来てしまったのか、わけがわからない。ここでは害のない夢と眠たげな早朝の会話が、私と消滅についての考察に私をひきずりこんでいく。》(p.68-69)
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7つの短編小説と、訳者の村上春樹による回想を含めた長めの解題から構成される。
「引っ越し」
引っ越しを繰り返す厄介者の母は、僕とパートナーの住む町から去ろうとしている。
面倒な母親だが不思議な存在感があり、心に残る。
「誰かは知らないが、このベッドに寝ていた人が」
深夜の間違い電話と、夜明けまで続く妻との会話。妻は植物人間になった場合にどうすべきかを夫に問う。
「親密さ」
小説家の男は別れた妻の町を訪れ、4年ぶりに再会する。妻は夫の裏切りを非難し、責め立てる。
「メヌード」
いまの妻と関係を持ったことから前妻と別れた男は、向かいに住む家庭ある女性と関係を持つようになる。
それぞれのパートナーに浮気が発覚し、男は決断を迫られる。
メヌードは友人アルフレードが作ったメキシコの内臓料理。
「象」
だらしない母、別れた妻、ヤクザな男と結婚し二子をもつ娘、大学生の息子にそれぞれ仕送りをする男。さらには失業した弟からも金を無心されるようになる。
男は子どもの頃に肩車をしてくれた父を象のように感じていたことをふいに思い出す。
暗い状況にもかかわらずユーモラスで勢いのある表題作。
「ブラックバード・パイ」
愛する妻は牧場主に連れ去られる馬たちと保安官補とともに、不可解な手紙を残して男の元を去ろうとしている。死をイメージさせるシュールレアリスティックな作風。
タイトルの料理は現実には存在しない。
「使い走り」
チェーホフの臨終までと、最後を過ごしたホテルでの出来事を描く。
作者はこの小説を書いている時点で医者によって癌を宣告されていた。
<解題>
冒頭で出版の経緯や作者の作品群のなかでの位置づけが紹介されたあと、訳者が作者の墓参りと妻のテスに再会したときの回想がつづく。訪れたカーヴァーの部屋ではマーク・ストランドによる「物事を崩さぬために」という詩に偶然出会う。各章の解題は後半に記される。 -
カーヴァー最晩年の短篇集。多くの短篇に死の要素が現れる。『大聖堂』などと比べるとどうも自分は淡々と読んでしまった。年を重ねるとより理解できるかもしれない。
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秋になったらすべてうまくいくはず。
彼の背負う今までの罪と、極限までの疲労と貧困と。でも、秋になったらすべてうまくいくはず。
そう。そんなわけあるか、と突っ込むことはできない。 -
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彼女は言う、さあもう立ち上がってさっさと帰ってちょうだい。主人がもうすぐお昼ご飯を食べに家に帰ってくるのよ。こんなところを見られたら、まったくどう説明すればいいのよ。
とんでもないことだとは思うのだが、私はそこに跪いたまま彼女のドレスの縁をじっとつかんでいる。私はそれを放したくなかった。まるでテリアになったみたいだ。体が床にくっついてしまったようだ。体が動かなくなったみたいだ。
彼女は言う、さあ立ってったら。いったい何よ。あなたはまだ私から欲しいものがあるの? 何が欲しいのよ。私に許してもらいたいのかしら。だからそんな真似をしてるわけなの。そういうことなのね? それがわざわざあなたがここまで足を運んだ理由なのね。包丁の話で少しは目が覚めたかしら。おおかたそんな出来事はすっかり忘れていたんでしょう。私に言われてやっと思い出したというわけか。オーケー、あなたがもう行ってくれるんなら、いいことを言ってあげるわよ。
彼女は言う、あなたのことを許すわよ。
『親密さ』 -
カーヴァーが何者か知らずに、図書館で目についたので読んだ。
訳者の村上春樹の解説にあるように、登場人物の描写が生き生きとしており、物語よりも人物が強く印象に残る。クセのある人物だけれども、自分の身の回りにもいるようなそんな人物達。
どの作品も経済、健康、家庭など何らかの問題を抱えた中年男性が出て来る。多くの読者の日常と同じ様に、白黒つかないまま、あるいは後味が良くない結末で終わる話が多い。
明快に楽しい、悲しいなどの感情を想起させる話では味わえない読後感。 -
奥さんとモメる話ばっかり。
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カーヴァーの短編を「頼むから静かにしてくれ」からいくつか読んだが、この短編集だけは異色を放っているように感じた。しかし一番熱中して読めた。
遺作であるこの本ならではの重さ(逆に笑いもある)が伝わってくる。一文一文に意味がある一冊。
巻末の訳者(村上春樹)による解題がまた良い。
普段なら、文庫の後ろについている「解説」(作者以外の人間が書いたもの)は嫌いなので読み流すのだが、これにはかなり好感触。
やはり、訳という作業をした人間によるものだからなのか、またカーヴァーの生前に個人的な友好関係があった村上春樹によるものだからなのか…
この本は、解題まで読んで初めて完結すると思う。 -
曰く、レイモンド・カ―ヴァ―は短編の名手らしいです。
曰く、中流家庭の孤独や悲哀を描きだすのが秀逸だとか。
しかし、私にはまったくわからなかった。
面白いとも感じないし、共感も覚えない。
だからといって、レイモンド・カーヴァーが面白くないと言うつもりはありません。
根本的に判断を下す材料がないという話です。
なぜならば、本書で描かれる「中流家庭」にしても日本の中流家庭ではないからです。文化も生活様式も思考も違う人達のどこにのめり込めばいいのだろう。
アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための小説なのだと思う。だから、評価のつけようもないし、面白くはないという空虚な感想しか残らなかった。 -
レイモンド・カーヴァーは短編小説家であり、詩人でもあり、
日本ではそんなに有名ではなかったけど、
村上春樹がとてもカーヴァーを気に入っていて、
翻訳をし、それでだいぶ有名になった人、という認識。
カーヴァー作品は、不幸な、あるいは、なんだかズルズルした状況に陥った中年男性が主人公であることが多く、家庭の崩壊(多くは夫婦の別離)もまた主題としてよく登場します。
吟味され、そぎ落とされた文章と、作り出したシーンに深くのめりこみつつも一歩ひいた視線を忘れない、短編の名手です。
シニカルさとか、ユーモアとか、自分の色を出すことを極力避けているようにも感じます。
ぐぐっとひきつけるだけひきつけておいて、ふっと突き放されるような終わり方。
それがかっこよくもあり、ちょっと消化不良でもあり。
カーヴァーは癌で亡くなっているのですが、この短編集が最後の作品群なのだそうです。
それを知った上で読んだせいもあって、チェーホフの最期を描いた「使い走り」が、衝撃的なほどに素晴らしい短編です。
やられた、という感じ。
他の短編集ももう一度読みたくなってしまいました。 -
「カーヴァー的」危機的状況にある人たちの短編集。淡々と、ぎりぎりする。
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静かで、でも苦しい程切なかった、つらい。
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2009年4月1日購入
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どこにでもある人生の危機の切迫感を、かっきりと切り取る短編集。10代の頃はなんだかよくわからなかったカーヴァーの作品だが、20年たつと動かされるものがある。
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