死の所有―死刑・殺人・動物利用に向きあう哲学

著者 :
  • 東京大学出版会
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  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784130101196

作品紹介・あらすじ

死刑、安楽死、脳死、殺人、戦争、動物利用-さまざまな倫理的問題に潜んでいる虚構とは?「人格」「権利」といった近代的な概念をとおして「死」のありようを問い直し、法的領域と人文的領域をとらえて、死生をめぐる実践的課題を哲学する和辻哲郎文化賞・中村元賞受賞作を経て、アクチュアルな問題に挑む渾身の一作。

感想・レビュー・書評

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  •  死刑論(とりわけ死刑廃止論)は無数にあるが、いずれも歴史的もしくは法学的なアプローチがほとんどであり、哲学的な死刑論にお目にかかることはほとんどない。本書は哲学者である著者が、死刑、安楽死、脳死、殺人、戦争、動物利用等々のテーマに取り組んだ野心作である。
     本書において一ノ瀬は「死の所有」という観念を提示する。だれか(とりわけ身近なだれか)の生命が何者かによって不当に奪われたとき、われわれは代償としてその何者かの生命をも奪うべきだと考える。死刑の感情的正当性もそこに求められるだろう。しかしよくよく考えてみるとこの理屈はおかしい。殺人犯の命を奪ったところで、被害者の命が補填されるわけではない。死ぬことは生命が消滅することであって、生命が差し出されることではない。差し出されるのは生命ではなくむしろ死である。死刑が所有権の「喪失=賠償」として解釈されているのだとすれば、そこには「死の所有」という倒錯した観念が虚構されている。だがそれはむろん幻想に過ぎない。よって死刑とはそもそも不可能なのである――。
     本書において展開されている議論のテーマは、個人的には全て大いに興味のある問題であるし、結論としては著者の方向性(死刑の廃止、食肉の禁止、等々)に異存はない。にもかかわらず本書を読んでいて、なぜかほとんど共感することができなかった。少なくとも本書に「哲学」を感じることはできなかった。
     例えば著者は動物の殺戮を嫌悪し、だからこそ食肉を拒絶する。首尾一貫しているように見える。しかし調理された肉を食べなかったところで、すでに殺されている動物が生き返るわけではない。もうこれ以上動物が殺されないようにすることが著者の願いであるならば、すでに殺された動物の肉を食べることに問題はないはずであろう。いいや、そうではない。食肉を忌避することによって、食肉という文化を否定し、これ以上動物が殺されないよう訴えることに矛盾はない、という反論があるかも知れない。しかしその理屈は、死刑を執行することによって、これ以上殺人事件が起こらないようにするという死刑擁護論と同断ではないだろうか。動物愛護精神に基づく食肉忌避は、犯罪抑止効果を論拠とする死刑執行を正当化してしまうのではないか。
     しかしそのような時間的議論には立ち入らず、本書は空間的議論に終始し、固定したパラダイムの上を横滑りしているという印象を受ける。著者の並々ならぬ思い入れは感じられるが、むしろそれだけに好き嫌いが分かれる一冊であろう。

  • 【書誌情報】
    『死の所有――死刑・殺人・動物利用に向きあう哲学』
    著者:一ノ瀬正樹 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/profichinose.html
    ISBN:978-4-13-010119-6,
    発売日:2011年01月上旬,
    判型:A5, 408頁

    ◆死刑,安楽死,脳死,殺人,戦争,動物利用――さまざまな倫理的問題に潜んでいる虚構とは何か?
     「人格」「所有」といった近代的な概念が可能にしている“死をめぐる思考”を問い直し,社会制度や宗教文化をふまえた,私たちの死生観の深層を探る.和辻哲郎文化賞,中村元賞を受賞者した『人格知識論の生成』から,さらに現代の課題に挑む渾身の一作.
    http://www.utp.or.jp/bd/4-13-010119-6.html

    【目次】
    まえがき(二〇一〇年一二月 一ノ瀬正樹) [i-x]
    目次 [xi-xvii]

    序章 「涙の哲学」に向けて――「死」の誕生  001
    1 泣くという作用 001
    2 「涙の哲学」のプログラム 003
    3 死という喪失 005
    4 パースペクティブの反転 007
    5 人称の交錯 011
    6 彼岸視点/現世視点そして「死の所有」 015

    第1章 死刑不可能論――死刑存廃論に潜む倒錯 021
    1 死という逆説 021
    2 死刑の迷宮 024
    3 人格に対する所有権 028
    4 人格と生命の相違 032
    5 所有権の喪失としての刑罰 038
    6 死刑の残虐性と恣意性 043
    7 誤判と抑止効果の問題 048
    8 安楽死や自殺への結合可能性 053
    9 死刑存廃論から死刑不可能論へ 059
    10 「死の所有」の観念 068

    第2章 「死ぬ権利」の欺瞞――安楽死の陥穽 075
    1 死者のパラドックス 075
    2 安楽死論争の構図 077
    3 「殺すこと」と「死なせること」  081
    4 「殺すこと」へのためらい  084
    5 自己決定の倒錯  089
    6 所有権の捏造  093
    7 「死者のパラドックス」から「死の所有」へ  099

    第3章 生命倫理と死ぬ主体――胎児、代理母、クローン、そして死にゆく人 105
    1 伝統と変化の交錯 105
    2 主体性の交錯 107
    3 代理母と親概念の変容 110
    4 遺伝子の共有 115
    5 死にゆく人からの誘引 121
    6 「自己決定」をめぐる係争 127
    7 「人格」概念への揺り戻し 131
    8 「パーソン論」の欺瞞 136
    9 響き合う「人格」 140
    10 「人格」の実在性 144
    11 死を所有する 148
    12 「死の所有」の顕現 153

    第4章 殺人者の人格性――虚構なのか適応なのか 159
    1 「殺すこと」の日常性 159
    2 尊厳性を損なう負性のパラドックス 163
    3 人格性の神話 169
    4 虚構性の空転 173
    5 繁殖への衝動 181
    6 明快性に潜む罠 187

    第5章 殺された人の非存在性――「害グラデーション説」の試み 195
    1 「殺された人」への死後表現 195
    2 エピクロスの死無害説 199
    3 死の恐怖 203
    4 被害者の非存在 206
    5 殺人の被害性 211
    6 害グラデーション説 216
    7 一人称的経験の仮託 222
    8 死者のオントロジー 226
    9 「死の所有」と因果的哀切の想い 231
    10 因果的プロセスのグラデーション 235
    11 mens rea の暗号 240

    第6章 戦争という法外な殺戮――戦争をめぐる事実と規範 245
    1 殺人と戦争の懸隔 245
    2 正戦論からユートピア論へ 248
    3 「正当な戦闘行為」の亀裂 251
    4 戦争の常在性 254
    5 戦争の称賛 257
    6 攻撃性の進化理論的効用 258
    7 戦争犯罪の問題 261
    8 「涙の哲学」への回帰 265

    第7章 動物たちの叫び――動物実験と肉食の彼方 269
    1 隠蔽された日常性 269
    2 動物実験という問題 271
    3 動物実験のモラル 273
    4 「モラル」を語ること 277
    5 義務説 279
    6 動物権利論と動物開放論 282
    7 自体的「動物の権利」 284
    8 権利の競合 287
    9 派生的「動物の権利」 290
    10 種差別 294
    11 不安定性と教条性の克服 297
    12 パーソンへの回帰 301
    13 「声主」としてのパーソン 304
    14 動物のパーソン性 306
    15 パーソン度の概念 309
    16 道徳的配慮度 311
    17 肉食への問い 315
    18 いのちをいただく 318
    19 死の所有の隠蔽 321
    20 非発展というプライド 324

    終章 死に基づく認識論――生と死を貫く同一性 327
    1 認識と同一性 327
    2 「ピュシス」と「ノモス」 330
    3 認識の基盤としてのパーソン 334
    4 パーソン分裂の深層 338
    5 応報的均衡の観念 341
    6 死刑を支える「死の所有」の虚構 343
    7 身近な存在者の死 347
    8 「別離」の瞬間 350

    注 [355-377]
    参考文献 [8-14]
    事項索引 [4-7]
    人名索引 [1-3]
    注 [355-]
    参考文献 [8-14]
    事項索引 [4-7]
    人名索引 [1-3]

  • 死とは何か。いのちとは?
    ロックの所有権論を基礎に、「死の所有」を元に論考が繰り広げられる一冊。
    死刑制度、尊厳死・安楽死、動物実験などの話題にも言及。

    哲学・思想関係の書籍であるものの、丁寧に引用などが行われており理解しやすい一冊。
    動物実験などに関する考え方については一部同意しかねる(と言うよりはそれ以前の段階で、何となく受け入れかねるといった程度か)部分があるものの、「死の所有」という概念は中々面白く感じた。

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著者プロフィール

1957年生まれ。東京大学大学院哲学専攻博士課程修了。博士(文学)。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授。和辻哲郎文化賞、中村元賞受賞。著書に、『人格知識論の生成』(東京大学出版会、1997)、『原因と結果の迷宮』(勁草書房、2001)、『死の所有』(東京大学出版会、2011)、『確率と曖昧性の哲学』(岩波書店、2011)など。

「2020年 『人間知性研究〈普及版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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