- Amazon.co.jp ・本 (524ページ)
- / ISBN・EAN: 9784130160322
作品紹介・あらすじ
省みられることの少ない一次資料の発掘に基づき、ロシア語を中心にヘブライ語も含む文献を駆使して展開された、優れたロシア・ユダヤ社会史研究であると同時に、社会学的見地からのネーション論や集団的アイデンティティ論を踏まえた民族問題論。パレスチナに行かなかった「シオニスト」たち、忘れられたユダヤ思想の文脈に光をあてる第1回東京大学南原繁記念出版賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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シオニズムはユダヤ人のそれまでの「受け身」の生き方を「主体的」な生き方に変える思想や世界観として、シオニスト自身には意識されてきた。
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本書は記念すべき第1回東京大学南原繁記念出版賞受賞作。誤解されがちな「シオニズム」を数としてのマジョリティ(ロシア)と発想としてのマイノリティ(国民国家以外のオプション)の交差するロシア・ユダヤ人を舞台に論じた意欲作である。
近代シオニズムの端緒は、19世紀末のこと。当時、世界中のユダヤ人のほぼ半数が居住していたロシア帝国だが、同地のユダヤ人排斥の動きを背景に、シオニズム運動が活発化した。本書が注目して分析するのは、帝政末期からロシア革命に至るまでのロシア・シオニズムである。その代表的な活動家たちの言論を追跡することで、その目的を明らかにする。
シオニズムと聞けば国民国家としての「イスラエル」を支えるナショナリズム運動と同義と今日では理解されている。しかし本書を読むと、それはシオニズムのひとつの結果であって実は様々なシオニズムがあったことがよくわかる。パレスチナに行かなかったシオニストも存在する。本書が注目するのも後者だ。
大勢として「ネーション」を追求する運動であったことは否めない。しかし残留シオニストたちの選択したネーションのアイデンティティは、国民国家建設へ収斂されていくのとは別の選択肢の探求であった。ロシアのユダヤ人の置かれた地位は微妙だ。たしかに脱出して国家建設へという志向はどこにでも散見される現象だが、本質主義的に「ユダヤ性」なるものを何らかのかたちで規定することは避け、「純粋な社会性」として希求したことには驚く。
ナショナリズムというと、私など、どうしても国民国家形成との関わりの中で考えてしまう。そうではない「文脈」を教えてくれる。シオニズムと聞けば「ユダヤ陰謀論」へ傾きがちな理解とそれを後押しする類書の多い中で、本書は一線を画した重厚な思想史、歴史社会学の研究となっている。