アリステア・クックのアメリカ史 (上) (NHKブックス 726)
- 日本放送出版協会 (1994年12月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784140017265
感想・レビュー・書評
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著者アリステア・クックはイギリス生まれで、イギリス、アメリカ両方の放送局でアメリカ合衆国の諸々をレポートしつつアメリカの市民権を獲得。本書は英BBCテレビでキャスターを務めたアメリカ合衆国の歴史を振り返る内容の番組を新たに書き直して1973年に発表されたもので、この日本語版も1994年に改訂版としてリリースされたもの。この上巻では、北アメリカの「発見」から南北戦争直後までのアメリカ合衆国の歴史を、生き生きした文章で学ぶことができる。
アメリカといっても対象はアメリカ合衆国であり、カナダや中南米については、ときおり触れられるけれども、基本的に対象外であることに注意。
内容としては、決してアメリカ合衆国の栄光を讃えるばかりではなく、また、批判ばかりにも終始せず、アメリカ合衆国が移民、植民地、独立・建国、南北戦争などを通してアメリカ的な民主主義の考え方・思想を実に分かりやすく解説している。
特に感動的なのは、ユダヤ人法学者のジェームス・マディソンが深い洞察と明晰な論理構築で合衆国憲法の草案をまとめ上げるくだり。各州がすでに持っている権利をまったく損なわずに連合主権を成立させることは決してできないと喝破し、地域主義(セクショナリズム)、党派を認めることで、たとえ集団相互の対立が生じても、政治が特定のイデオロギーや党派の従僕になることを防ぐことができる、と主張する。それは「おおいなる妥協」でもあるが、不可避で唯一の解なのである。
そして、歴史上の有名人の皮肉を交えたエピソードも面白く、読んでいて飽きない。
かのリンカーンも独断的な態度を叩かれている。しかし、南北戦争中に「説明できない脳の化学変化」によって偉人になったうえ、暗殺されたことによって聖人になったと(皮肉とユーモアを込めて)述べている。
本書は1994年の発行で、ネイティブ・アメリカンという語の意味が必ずしも一定していない(アメリカ生まれのアメリカ人という意味もある)との理由で、原著の直訳である「インディアン」という語で通している。今となっては「インディアン」という語に強い違和感を覚えるけれど。
この上巻を読んだ限りでは、やはり白人のアメリカ合衆国の話題に偏っていて、インディアン(すなわちネイティブ・アメリカン)の苦難の歴史についての記述は極端に少ないと言わざるを得ない。白人に協力的なインディアンはたびたび登場するが、敵対的で残虐なイロクォイ族、白人の頭の皮を剥ぐインディアンなど否定的な記述も見られる(ディー・ブラウン著の「魂を聖地に埋めよ」には、数多くの白人の裏切りや嘘が調べ上げられていてお薦め)。
また、黒人奴隷の苦難についても、通りいっぺんの表面的な記述にとどまっている印象。黒人を同じ人間と認めないのも、時代風潮のせいとしてやむを得ないと述べて白人を擁護している感がある。南北戦争以前は、南部奴隷州の「数多くの農園で黒人は寛大に取り扱われていた」、という記述には、疑いを感じてしまう。
また、「200年前には、ほとんどの人が、文明人と未開人のあいだにはっきりした差があると考えていた。...『独立宣言』の起草者たちも、平等は白人のあいだだけの問題だとし、それ以外の考え方があろうなどとは、まったく考えてもみなかったのである。」と述べている。疑問が湧く。なかなか想像しづらいが、疑問に思い続けた人もそれなりに多かったと思いたい。例えば奴隷でないアフリカからの移民、西インド諸島で主人から解放されて自由になった黒人など、自由黒人という存在はどう考えられていたのか。北部自由州でのアメリカ市民でない外国人と自由黒人との違いはどうなのか(奴隷解放令以前に自由黒人は存在しなかったのか?)。北部自由州で奴隷制がなかったのは、人道的な理由がその一つではなかったのか。
西部のインディアンの土地を保証する約束を、わずか7年後には最高裁判所の裁定を無視して反故にしたジャクソン大統領について、「最も恣意的で破廉恥な行為」としながらも、「1829年、...テネシーを地盤とするアンドルー・ジャクソンが第7代大統領に就任したが、西部の入植者出身者としてはじめて合衆国大統領となった彼としては、こうした政策を取るのも、やむをえなかったかもしれない。」と述べている。
一方、南北戦争直後には、一時的に黒人の州議員が増えたことや、一時的に黒人が選挙権を得たがふたたび失ったこと、奴隷解放令が南部諸州にのみ適用され、南北の境界州の奴隷には直ちに適用されないものだった、などはちょっとした驚きだった。知っている人は知っているのだろうけど。
加えて、「ミズーリ協定線」も初めて知ったのだが、ここで、とても大事なことだと思うのだけど、北部の自由州が奴隷制を取らなかった理由、自由州がなぜ奴隷州を対立する相手と見なしてバランスを取ろうとしたのか、がよくわからなかったのは残念な点である。
余談ですが。(1994年12月25日第1刷発行)p249の「採来採鉱する金をプールして」の「採来採鉱」ってどういう意味? もしかして誤植?
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