アリステア・クックのアメリカ史 (下) (NHKブックス 727)
- 日本放送出版協会 (1994年12月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784140017272
感想・レビュー・書評
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著者アリステア・クックはイギリス生まれで、イギリス、アメリカ両方の放送局でアメリカ合衆国の諸々をレポートしつつアメリカの市民権を獲得。本書は英BBCテレビでキャスターを務めたアメリカ合衆国の歴史を振り返る内容の番組を新たに書き直して1973年に発表されたもので、この日本語版も1994年に改訂版としてリリースされたもの。
この下巻では、南北戦争後の西部開拓のフロンティア時代から1973年までの記述に、訳者の鈴木健二による「追補 その後の20年」が追加されている。この追補が、資料を含め30ページと、かなりの力作で、元の著者が時期的に間に合った(1973年以前)はずなのに書かなかった、非常に重要な黒人問題についての追加の記述がある。
なお、上巻と同様、アメリカといっても対象はアメリカ合衆国であり、カナダや中南米については、全く触れられない。
(以下、素人のにわか勉強による感想です。長文です。異論もあるでしょうがお許しを)
第7章は艦爆戦争後のアメリカがゴールドラッシュやフランスやスペインとの植民地獲得競争についてたびたび記述されるが、インディアンについては、上巻と同様、ほとんどは西部開拓者の白人に敵対する存在としてしか登場しない。インディアンの最大の悲劇、ウーンデッドニーの戦いについても、およそ1ページだけに白人の残虐さが見える程度なのが不満。付け加えると、白人読者に媚びて言い訳するかのような記述も見える。「それまで3世紀の間、インディアンと白人のあいだには良好な関係もあちこちで見受けられたし、ときには高潔とさえいえる交流もあった」。嘘ではないと思うが、稀な出来事をことさら言う必要があるのか疑問。
第8章はアメリカ白人の成功する話題、第9章は、世界中から集まる移民の話で、新しさは感じない内容で、あまり面白い部分もないが、強いて言えば、大量生産の手法がヨーロッパの職人に頼る技術を凌駕するあたりは痛快。昨今の日本の伝統職人の技術の衰微なんかも思い浮かぶ。
第10章では、第29代大統領トマス・ウィルソンの清教徒的で純粋な行動原理が見事で、それは宗教を離れて人道的見地から見ても尊敬に値すると思う。それでも、結局は第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約や国際連盟不参加などにおいて成果が出せなかったのは残念。
第32代大統領ローズヴェルトはニューディ
ール政策でアメリカの危機を抑えた人だという程度の単純な認識だったが、本書では「慈悲深い独裁者」が「国家社会主義」政策を試みた人として説明されている。つまり連邦国家の危機を理由に議会の持つ立法権を奪い、国家的規模で経済政策や社会保障政策を立案する権限を連邦政府に持たせるという原則を打ち立てる。このダイナミックな政治手腕は見事でもあるが、一方、危険を感じさせる。このことは、ちょうど今、取引(ディール)好きな第2次トランプ政権が権力を乱用し、世界にとんでもない混乱を起こす未来が来るのではないかという心配を思い起こさせる。
興味深かったのが、合衆国憲法修正第二条、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携行する権利はこれを損なうことができない」。一般的には後半部分しか知られていないように思う。しかし、市民の軍隊は、「規律ある民兵」でなければならない、という点が重要であり、著者は「山に入って大鹿や雉子を撃ったり」、「隣人を襲って凶器でおどしたり、大統領を暗殺」するのは「論外」と述べている。ぜひアメリカ人全員がこのことを理解して、銃乱射事件を無くしてほしい。
独立戦争で戦った大陸軍が、臨時の民兵で組織されていて、独立戦争後には解散し、「炉辺にライフルを置いて」市民に戻る、というのも面白かった。しかし、「第二次世界大戦まで、アメリカでは戦争とは職業軍人によって行われるものではなく、日常生活を中断し、一般市民が馳せ参じなければならない緊急事態である、と考えられていた」という記述は、どうにも疑わしい。読み進めると、陸軍ができたのは1784年(Wikipedia)、常備陸軍歩兵一連隊ができたのが1791年、海軍は1794年なので、第二次世界大戦の時期とは大きな差があるのだが。
原爆開発の地ロスアラモス。本書では国家機密を守るために移住した人たちは、「ここでは誰も家族との個人的な接触をはかることを許されず」と書かれているが、映画「オッペンハイマー」では、オッペンハイマーの判断で住人は家族ごとロスアラモスに移住していた。家族と離れていたのは施設建設当初だけではなかろうか。
そして原爆投下の被害については、「(広島の)死者は20万を超えた」とだけ記述されるのみ。むしろ「もしアメリカ軍が本土侵攻を強行した場合、...200万のアメリカ将兵の命が失われるだろう」と、アメリカ軍の大きな被害を懸念しており、すでに日本の敗戦が確実視されていたことや、一般市民が被る甚大な被害についての迷いや人道的懸念も書かれない。今でもアメリカ人の多数派の見方はこの程度なのかもしれないと考えるとやるせない。
朝鮮戦争にたいする国連安保理決議で、ソヴィエトのボイコットによって国連軍派遣が決まったということを知って驚いた。今もウクライナやガザの戦争に安保理が機能不全に陥っていることを考えると、苦笑を誘うような複雑な気持ち。 また、EUがハンガリーに退席を促して棄権させ、ウクライナの加盟交渉開始を決議に持ち込んだニュースを思い出した。
ジョン・F・ケネディの政策のページでは、「いまやアメリカは、原子爆弾を使用することができないにもかかわらず」と書かれているが、本当にそうなのか。根拠が不明で、とても気になる。さらに読み進むと、「…歴史を振り返ってり返ってみると、大量の武器の堆積は必ずいつか戦争につながっていった。ところが現在では事態は逆で、大量の核兵器が『恐怖のバランス』という安堵感を生み出しているといわれる」という記述がある(最近はもっぱら「核の抑止力」と呼ばれている)。本当に安堵感があるのか、ここでも根拠は示されない。
「黒人は何を望み、何を現実に得ようとしているのか。私たちがそれを理解できずに混乱しているのは、感心したことではないがやむをえない側面もある」。「私たち」という主語により完全に白人目線の文になっているのが残念。黒人をひとまとめに理解するのはそもそも無理があり、その意味では誰にとってもやむを得ないと言っていいのだけど。
リンカーンが奴隷解放を実現したのは確かだが、「黒人と白人の融合を予防する唯一の方法は、両人種の分離以外にない」と言って、黒人の平等を実現できず、「分離』」という言葉を「一種の免罪符」にしてしまったことは知らなかったが、残念に思う。著者は、「私個人の考えをいえば、(第五代大統領ジェームズ・)モンローや(ジャマイカの黒人民族主義者マーカス・)ガーヴェイの分離という解決策は ー リンカーンもそれほど積極的ではなかったが、一つの解決策としてこの分離策を認めているものの ー 1820年当時としては賢明だったかもしれない。いまでは一世紀半遅いと思う。私にはなにが現実的な解決策なのかわからない」と言っている。「聖人」リンカーンを持ち出して正当化しようとしているように見えてしまう。私個人は分離策は何の解決にもならないと思う。互いの平和的な歩み寄り(妥協ともいう)を促すことが必要で、分離により互いの交流がなくなれば分離は分断になるはずだ。とはいえ、読み進むと、追補で指摘されるように、「積極的措置」により分離がなくなってきても、白人が郊外に移り住むことで都市には黒人が増えてスラム化してしまい、その結果、分離が進んでしまうという問題が起こってしまう。人種の融合は一筋縄ではなくいかない問題だとわかる。
「アメリカは宣伝倒れの楽園にすぎず、純粋な社会などとというものは、文明に毒されていない高潔な未開人の住む、どこか遠い島にしか存在しないという感情である」。この文章は興味深い。根底にはキリスト教における倫理的理想の世界観の崩壊があるような気がする。日本人にはあまりない感情だろうと思う。日本人は明治時代以降、(太平洋戦争中でさえ)欧米の文化や経済を目標にしてきており、いまだにその世界観は崩壊していないのかもしれない。日本での観光ブームはただのレクリエーションに過ぎないと思う。さらに、「国連加盟国のほとんど半数が観光で成り立っているということも、たんなる偶然ではないと思う」という文にも少し驚いたが、キリスト教優位の国から世界の様々な国々への多くの観光旅行客については、言いえているのかもしれない。
最終章エピローグでは、「しかしこの国の独創的制度は、まだ力を維持している。私たちがその制度を注意深く維持していきさえすれば、合衆国は存続することができるはずである」と主張している。これは1973年の言葉である。確かにアメリカ人が独創的でバイタリティーがあることには、今も異論はない。
しかし、今のアメリカはといえば、世界の中での存在感は衰えてきていると言わざるをえないだろう。オバマ政権で「世界の警察ではない」発言もあり、イラクやアフガニスタンからの撤退、さらに第2次トランプ政権は「アメリカ・ファースト」を掲げ、関税の脅しで世界中を敵に回し、外交に消極的になろうとしている。アメリカ国内としては、もしかすると貿易赤字を減らしたり支出、一方で女性や黒人を軽視する発言のあるトランプ大統領の政策には期待ができないのではないだろうか。
そして、著者の「自由な国民の政府というものは本来論議の対象となるべき性質のものだ」や、オリヴァー・ウェンデル・ホームズ判事の「…健康な生活とは絶え間ない闘争の連続だ」という考えは、上巻で紹介されている、合衆国憲法を起草したジェームズ・マディソンの「たくさんの派閥が自由に利益を主張できるということは…実は、国会が特定のイデオロギーや『党派』の従僕になることを防ぐ」、「利害の対立は政府にとって自然であるばかりでなく、完全な政府の源である」と重なって、民主主義の根本となる最も大切な原則だと思う。昨今、民主主義は行き詰まっていると言われるが、日本人としても、改めて民主主義のこの根本を考え、新しい民主主義の姿を学び直したいと思う。
さて、最終章エピローグの後に、翻訳者による「追補 その後の20年」が追加されている。
この追補には、1895年10月の黒人の血ひくホーマー・プレッシーの事件が記述されている。
「連邦最高裁判所は1896年、施設が平等であれば、たとえそれが黒人と白人を区別していても憲法違反ではないという判決をくだし、これが分離政策を維持しようとする南部諸州に、<分離すれども平等>という法的根拠を与えてしまった」。この事件はアメリカの歴史において非常に重要だと思うが、著者の記述がないのは非常に残念に思う。この判決のもしかすると救になるかもしれない、「施設が平等であれば」という部分は、以後の裁判でどのように適用されたのだろうか。
そして1954年に最高裁判所による「白人と黒人の分離教育を定めた州法は合衆国憲法に違反するという明確な判断を示した」判決は、アメリカ史においてさらに重要である。前述1896年の「分離すれども平等」の判決にたいして、「公立の教育機関では、<分離すれど平等>の原則は受け入れる余地はない」と明言している。「公立の教育機関では」と限定されているのがひっかかるのだが。
人種問題を誠意をもって(多少とも公平に)記述するなら、原著にこれらの判決に触れないのは残念な欠陥ではないかと思う。原著の発刊前に遡って、かなりの量の追補を執筆した翻訳者の意気込みを大いに称賛したい。
1991年のロス暴動の判決について、「有罪を確信していた国民の大多数の予想に反して、92年4月、警察官たちは無罪の判決を受けた」という記述がある。「国民の大多数」は本当なのだろうか。もしそうなら、警察と裁判に問題があるということになる。最近のBLM運動の影響の一つには「警察改革法案」が審議されているらしい。成果に期待する。本書でも指摘されているが、裁判の場所選定法と陪審制による弊害も改革が必要だと思う。
同様の疑問はもう一箇所あって、「(アンドリュー・ハッカーが『二つの国民』で示した)こうした黒人についての惨憺たるデータは、黒人と白人とを問わず、 あらゆるアメリカ人を失望させる」という記述でも、「あらゆるアメリカ人」がどの程度本当なのか、引っかかる。
新しい中流階級の黒人の「人種疲労」の指摘は興味深い。黒人社会が二つに分裂していると指摘するが、中流階級が増えて、そして目立つようになったこと自体は歓迎すべきことなのかもしれない。とはいえ、人種問題を口にすることがためらわれる風潮は、今でも黒人中流階級だけでなく白人にも蔓延していて、問題の解決に向けた大きな障害になっているはず。
さらに指摘されているのが、行き過ぎた黒人中心主義という問題。本書で紹介されたいくつかの例はかなり過激で、現在も同様なのか多少疑っているが、それでもやはり行き過ぎかもしれないと思う最近の出来事として、Black Lives Matter運動に反応したものがある。名作として有名な映画「風と共に去りぬ」の配信の一時停止、大統領のセオドア・ローズヴェルトやトマス・ジェファーソンの像の撤去などで、それぞれの理由は、理解できなくはないが、深刻には思えない。「風と共に去りぬ」が当時の奴隷制に関する注釈を追加して配信が復活したのは、とてもいい対応だと思う。奴隷制維持を主張したわけでもなく、何かの功績のある大統領の像であれば、当時の状況など注釈の銘板を追加で設置し、復活させてもいいのではないか。こうした行き過ぎが、どうも黒人自身から出ているというより、白人自身の行き過ぎた反省、あるいはキリスト教的贖罪の気持ちを強く持った人たちや、人種を問わず匿名SNSで増殖しているただ騒ぎを起こしたい野次馬の輩も加わっているように思える。
特に最近話題になっているのが、白人貧困層の問題。彼らは有色人種のための優遇措置に不平等を感じて不満が溜まっていると言われている。それに加え、所得格差の問題。特にアメリカでは超富裕層が富を独占し、中間層や貧困層の所得は伸びず、格差が甚だしいといわれている。白人ももはや分裂しているのではないのか。アメリカの人種問題は格差社会問題、さらにはウクライナやイスラエルの支援問題の分断も絡みあって、ますます複雑化しているような気がする。
余談だが、218ページの「モンローの時代から現代まで一世紀半のあいだに、エイブラハム・リンカーンは大部分のアメリカ人の考えを代表して、非常に率直な発言をしている。」という文章はどうも不自然。原文はどうなっているんだろう?
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