「昭和」という国家 (NHKブックス No.856 856)

  • 日本放送出版協会 (1999年3月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784140018569

作品紹介・あらすじ

「昭和」という“魔法の森の時代”があった!日本国の胎内になぜ統帥権国家という“鬼胎”が存在したのか。同時代の日本を解剖する。司馬遼太郎は言う。「昭和にはリアリズムがなかったのです」と。巨匠の遺言!

みんなの感想まとめ

昭和という時代の日本が抱えていたリアリティの欠如とその背景に迫る内容が描かれています。著者は、昭和前期の戦争の原因や国家の形成について、江戸や明治との対比を通じて深く考察しています。特に、統帥権がもた...

感想・レビュー・書評

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  • 「雑談『昭和』への道」は、司馬遼太郎誕生100年を記念して、2023年NHK大阪放送局で、関西地区中心に再放送されたそうです。そのDVDを頂いたので、それを見ながら、また並行して放送内容を活字にした「『昭和』という国家」を読み進めました。

    この放送は全12回(本では全12章)に渡ったが、司馬は毎回撮影スタジオへはひとりで手ぶらでやってきて、メモも見ることも無く全てをやり切ったそうです。
    内容については、日本が無謀な太平洋戦争へとまっしぐらに進んだ原因が何であったかを、訴えるものであるが、改めてこの人の誠実さというか、憂国の士というイメージを感じさせるものであった。

    この放送内容は、原題に「雑談」とあるように、内容が多岐に渡り纏めるのが非常に難しいが、特に、面白かったのは、9章(9回目放映)の「買い続けた西欧近代」と11章(11回目放映)の「江戸日本の多様さ」です。
    この二つの章の内容は、明治政府は、多様性のあった江戸期を否定し、ヨーロッパの近代を買い続けたことによる弊害が、時間を経るにしたがってより顕著になり、日本の不幸を生んだという。

    江戸幕府が定めた漢学は朱子学であったが、実態はゆるい統制であったので、いろいろな学問や思想が噴出して、海保青陵、山片蟠桃のような市場経済の研究や、その他富永仲持(哲学・宗教学)、三浦梅園(自然科学)、本居宣長(国文学)、荻生徂徠(儒学・政治学)、関孝和(和算)等、今と変わらないような学問のレベルまで達していた。
    司馬は自身を「明治維新のファン」と自認しているが、一方このような江戸期のリアリズムを断ち切ったのが明治政府であり、ヨーロッパの近代を買い続け、それを手本とした不幸を嘆いている。
    その不幸の代表例が、明治の申し子というべき漱石であった。漱石の基本的な学問は子供の頃に習い覚えた漢学であったが、その上に洋学が覆い重なった。ここには日本という要素は入っていない(司馬はこれは漱石が悪いのではないと強調している)。その結果ロンドンで漱石はノイローゼになる。漱石をノイローゼにさせるような日本人には越え難いものが、ヨーロッパの近代であったという。
    山崎正和の「不機嫌の時代」を例に挙げて、明治以降日本の知識人はノイローゼ気味であったと。

    それに関して、若干話が外れるが、真珠湾攻撃の直後に「文学界」という雑誌が、「近代の超克」というテーマで座談会を催し、論文が発表されたことに、司馬は注目する。
    この内容を評して司馬は「西欧というものにあこがれながらも、どうしても及ばないと思っていた日本の知識人にとって、真珠湾攻撃の成功と、イギリスの東洋艦隊の壊滅という華々しい戦果に日本の知識人は、大きな解放感、つかの間の極めて心理学的な解放感を得た」という。(当然この座談会は戦後批判に晒された)
    出席者や論文寄稿者は、小林秀雄、河上徹太郎、亀井勝一郎、林房雄等々、当時を代表する知識人であった。
    司馬はいう。「この座談会が基本的におかしなことは、ここでいう超克すべき近代というのは、情けないことに江戸時代ではなく、明治維新以後にずっと買い続け、あるいは移植や接ぎ木されてきたヨーロッパの近代を言っている。そこにはリアリズムはなく、それまで西欧には敵わないと思い、ノイローゼ気味の知識人が溜飲を下げた姿がある」
    司馬としては、江戸期に始まった合理主義的な日本の近代を再評価すべきと強調する。

    以上は、内容の一例であるが、要するに多様性・合理主義的であった江戸文化を断ち切って、近代化を突き進んだ日本が、その不幸の積み重なりを抱えながら昭和へと突入した。
    その中でも、特にドイツ陸軍を真似た日本陸軍は、偏差値エリート集団による参謀本部を強化し、後には統帥権の乱用により、合理主義を捨て、視野狭窄症状態で太平洋戦争へと突き進んだ。

    以上、纏まりに欠けますが、司馬の論理展開の巧さ、博覧強記ともいうべき膨大な知識の中から具体的に持ち出す事例のリアリズムに飛んだ的確さ、物憂げな表情や人懐っこい笑顔、その魅力を存分に味わえました。

  • 小説では書けなかった昭和前期、戦争の原因。
    統帥権による魔法の森。
    雑談の体を取っても語りづらく、ついつい江戸、明治の話になるが、対比として浮かび上がる昭和初期のリアリティの欠如。
    司馬氏が追い続けたこの国の形の断片。

    ・圧縮空気(=国家成立の精神以上、イデオロギー未満)としての朱子学・教育勅語。モダン過ぎた大日本帝国憲法とのバランス。

    ・「近代の超克」でいう「近代」はヨーロッパの「近代」。
    ・明治以後に江戸期を捨てたことに、日本の不幸があったのではないか。

  • 近代はひとつの「公」のためにみんなが一所懸命にやることが大事なのに対し、アジアは家族的な利己主義があり、利権を懐に入れてしまうために近代化が遅れた。

  • 江戸
    明治
    大正
    昭和
    敗戦

  • 明治という国家を読み流れで読んだ。同じように講演録なのだが、同じ人が講演しているので相当に重複した内容。昭和前期をリアリズムの無い魔法の森と解く。その背景には、日露戦争の勝利の驕り、試験秀才による政治、周りとの比較の無い絶対的な視点などなど。これに対して、画一的でなくバラエティに富んでそれぞれの特技があった江戸時代とそれを受け継いだ明治の前半を懐古しているという感じ。

  • 司馬遼太郎の歴史の見方、いわゆる司馬史観の一端に触れることができる一冊

  • 江戸時代や明治時代と比較しながら、昭和初期の太平洋戦争に向かった日本の特異性が、その時代の空気感と共に記載された本

    ▶︎戦略と戦術
    局地的な戦術だけでなく、落としどころや外交、経済、人の心などを総合的に考えて判断した戦略が必要

    ▶︎練度の高い正直さ
    言葉には天然の正直さではなく、訓練して身につけた正直さが必要
    それは実感の中から出てくるものでなければいけない
    訓練して正直さを身につけ、信頼を得る過程で、ユーモアを身につけ、魅力的になっていく、人柄に余裕が出る

  • 幕末〜明治〜昭和と、日本がどういう足取りを踏んできたか、著者の視点から語られている。著者の日本近代史観(司馬史観)は賛否両論あるようだが、著者の史観を知る事は作品を読んでいく上で大変興味深い。統帥権を持った参謀本部の批判なども印象深い。

  • 司馬遼太郎という作家と、戦争を体験した一日本人の「両者」が、本書に出る言葉を借りれば「トランスネーション」しながら、国家が壊滅した昭和前期を語る。昭和に至る歴史を所謂司馬史観で紐解きつつ、青年期に味わった苦悶がふと顔を覗かせたりするところが読みどころ。明晰で比喩も巧みな語り口の分かりやすさは、読んでいるとそれが真実に感じられるほどだが、明治や江戸期への好感などは、国を誤った昭和前期への嫌悪の裏返しの側面が強く、割り引く必要がある。とはいえそれを引き出した事はこの企画の成果ともいえるかもしれない。

  • ノモンハン事件をきっかけに、「いったい日本とは何だろう」という問題を考えるようになったという著者が、昭和の日本がなぜ戦争へと突き進んでいったのかを考察した本です。とりわけ著者の関心は、当時の日本を動かしていた人びとが、自分たちの置かれている状況を客観的に捉えることができなかったのはどうしてなのかという問題を解き明かすことに向けられています。

    著者は、日露戦争以後の軍隊の言葉が空疎なものになっていったと述べています。そして、日本海海戦の際に秋山真之が付け加えた「天気晴朗ナレドモ浪高シ」という文章に対して、海軍大臣の山本権兵衛が怒りを露わにしたというエピソードに触れて。その後の日本軍の内部で、山本のリアリズムが失われていったと主張します。リアリズムの欠如を言葉でごまかそうとしたために、空虚な大言壮語が昭和期の国民教育を支配するようになっていったのです。こうした日本人の態度と、公職に就いた西欧人が示す「文明の作法」として訓練された「正直さ」が比較され、「生の正直」という点では日本人の多くは正直であるけれども、ユーモアとレトリックの訓練によって身についた「正直さ」ではないと論じています。

    さらに「教育勅語」にも著者の目は向けられます。「教育勅語」には、江戸幕府の施政を規定した儒教的道徳が流れ込んでいました。しかし、江戸時代には、儒学イデオロギーに尽きない多様な思想が存在していました。たとえば、荻生徂徠の古文辞学であり、海保青陵や山形蟠桃、富永仲基といった合理主義的な思想もあったのです。そして、彼らの存在を可能にしたのは、多様性を許容する幕藩体制だったと著者は主張します。また、日本には古くから技術を崇拝する合理主義が根づいていたことにも触れて、内藤湖南や狩野亨吉といった例外はあったものの、明治以降の日本の知識人がそうした合理主義を正当に評価してこなかったことが批判されます。江戸時代のような多様性が失われ、出世する軍人たちの歩むエリート・コースが整備されてゆくにつれて、しだいに日本が視野狭窄に陥っていったと、著者は論じています。

  • 昭和を前期(戦前)と後期(戦後)に分け、前期だけを語る著者。満州に従軍し、敗戦を契機に日本史を見つめ直した。戦争へと突き進む昭和「前期」の、日本史の中での特殊性に思いを馳せる。NHKの一人語り番組の活字化。右傾化の叫ばれる今読むといろいろ面白い。

  • 昭和20年までの昭和初期は、魔法の森。
    そう述べる筆者にただひたすら共感した。

    祖国防衛戦争であった日露戦争に勝利したものの、
    その実態を客観的に見つめ、報道する手段を持たなかった。
    辛うじて勝利を手にしたという現実を知らない国民。

    自国の軍隊が一番だと思い込む軍部は、
    狭い檻の中に閉じこもり、世界との相対化を忘れた。
    そして統帥権を口実に次々と戦線を拡大…

    本当に不思議な時代だと思う。

  • なるほど、
    これが日本人に隠されている日本史か…
    という印象。

    もはや、教科書です。

  • 教科書と並べて読んで欲しい一冊

    「リアリズムのひとかけらも持たない」軍部官僚の持ち出した「総帥権」。その「変な」正義の体系によって後々まで振り回されることとなった日本国家の闇と真実。

    これは'86年~'87年、計12回にわたりNHKで放送されたテレビ講演を収めたものだが、氏の「昭和」への鋭い眼差しはザッツ・ロケンロー!とも言えるもの。

    「歴史認識の違い」とは一体なんなのか?冷静に、かつ、真摯に互いを理解するために知らなければいけない真実がまだまだたくさんあることを今なお、私たちに教えてくれている。

  • [ 内容 ]
    「日本という国の森に、大正末年、昭和元年ぐらいから敗戦まで、魔法使いが杖をポンとたたいたのではないでしょうか。
    その森全体を魔法の森にしてしまった。
    発想された政策、戦略、あるいは国内の締めつけ、これらは全部変な、いびつなものでした。
    魔法の森からノモンハンが現れ、中国侵略も現れ、太平洋戦争も現れた。
    」司馬遼太郎が、軍部官僚の「統帥権」という“正義の体系”が充満して、国家や社会をふりまわしていた、昭和という“魔法の森の時代”を、骨身に軋むような想いで「解剖」する。
    日本のあすをつくるために。

    [ 目次 ]
    何が魔法をかけたのか
    “脱亜論”私の読みかた
    帝国主義とソロバン勘定
    近代国家と“圧搾空気”―教育勅語
    明治政府のつらさ ―軍人勅論
    ひとり歩きすることば―軍隊用語
    技術崇拝社会を曲げたもの
    秀才信仰と骨董兵器
    買い続けた西欧近代
    青写真に落ちた影〔ほか〕

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • ・2/18 読了.この人は昭和についての本は書いてないんだ.以外なのかやはりなのか.

  • 08068

  • 一気に読めた。
    自分日本史知らなさすぎるー

  • 昭和史に興味を持つきっかけになった本。同時に司馬氏に興味を持つきっかけになった本です。笑

  • 買った本。司馬遼太郎が昭和について語ったNHKの番組を書籍化したもの。「太平洋戦争とはなんだったのか」が主な内容。自身も戦車隊として満州に行き、その後長年にわたり考え抜いた上での結論は、とても理屈じゃ説明がつかない、やりたい人がやったとしか言いようがない、そのようなこと。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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