ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

制作 : 近藤 隆文 
  • NHK出版
3.87
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本棚登録 : 1164
レビュー : 155
  • Amazon.co.jp ・本 (488ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140056035

作品紹介・あらすじ

「パパがどんなふうに死んだか知る必要があるんだ」「なぜ?」「そしたらどんな死に方をしたか発明しなくてもよくなるから」9.11の物語。世界的ベストセラー待望の邦訳。

感想・レビュー・書評

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  • 映画公開前に読んで良かった、これはすばらしい。9.11を扱った小説は何冊か読んだ。やはりアメリカ人にとって悲劇を物語らざるを得ない出来事なのだろう、最近ではアーヴィングも然り。
    本作が他と決定的に違うのは、現代性とバランス感覚。ホールデンの地獄めぐりと似ているようでいて、「重さ」はまったく質が異なる。父を失った少年は傷つき戸惑っているのだが、あくまでユーモラスで軽やか。「ありえないほど」「ゴーグルプレックス」「ホゼ」・・・こういう言葉づかいもたまらなくいい!
    そしてオスカー側の軽快な主旋律の裏で、アメリカが加害者となった大戦のドレスデンの空襲が、祖父母の体験として重層的に描かれるのも重要だ。訥々と語られる惨劇は、重厚な音を奏でる。作者は広島に言及することも忘れない。恨み、怒りではなく、失ったものを悼み弔う、普遍的な鎮魂の物語となっている。
    タイポグラフィやイメージを使ったビジュアル本的な作りも面白い。物語と緊密に結びつき、効果を生んでいる。デジタル世代の作る「本」は、文字+αであっていい。
    これは評価するポイントではないが久しぶりに読書で泣いた。記憶に残る物語。

  • 『一度、真夜中に目が覚めたら、バックミンスターの足がぼくのまぶたの上にあった。きっとあいつはぼくが見たこわい夢をさわっていたんだろう』-『グーゴルコンプレックス』

    ここには、一義的な正義に対する柔らかな批判があって、喪失に対するセラピーの処方箋があって、果たせなかった約束に対する無言の言い訳があって、それに対する雄弁な許しがあって、シニカルなユーモアがあって、シリアスなペーソスがあって、何にもまして混乱がある。文字は無力で、言葉は何も残せなくて、文字で埋められた紙を積み上げた山はビルを燃やす燃料になったり、埋められて永遠に伝えるという重荷から言葉を解放したりするってことは、それだけ聞けばおとぎ話のように聞こえてもしまうけれど、しっかりと現実の重さを持った出来事で、だから自分は本を読んでいるようでいてもちっとも本を読んでいるような気持ちにはなれないけれど、何かが身体の表側から裏側へものすごい勢いで通り抜けてゆく感覚だけはとてつもなく感じてしまう。その感覚で、この本の中にあることは現実の重さを持ったことなんだということだけは、解ってしまう。

    あの夜、いつまでもテレビの前から離れられなかったのを思い出すし、その直後に単身で海外に赴任したことや、この前の大震災の時もまた家族と離れて海外で暮らしていたという今の自分の在り方のことにもやっぱり思い至ってしまい、強烈に無力を感じたりする。結果として何でもなかったということと、何かあったらどうするということの間には、永遠に解り合えない溝があって、そのこちら側からあちら側へ自分自身を移動させることは、本当は無理なことなのに、でも僕らはその無理を難なくこなす。「もし」を忘れたことにして。

    こういう本は、本の中の物語がどうこうというよりも、自分の中の物語に常に引き戻されてしまうような本だと思う。それは、余りに強烈なフラッシュを見たとしても、脳がそれを受け入れるのを拒否してしまうのと同じ原理が働くからだし、それでもどうしようもなく残ってしまう視覚的残像に手持ちの意味を脳が張り付けるのと同じ作用が起こるからだ。

    あるいは、自分の身を現実の世界から引き離して映画を見るようにこの物語を眺めていれば、時間の経過と供に一つの謎は一つの行動を引き起こし、一つの行動が次の物語に繋がってゆくのを、遠く離れた世界の出来事としてみてやることもできて、ああそれはいい話の展開だなとか、随分実験的な小説だなあとか、そんな感想をつぶやくことだってできる。でもそれは、自分がその時間を生きてきたことに対する裏切りでもあって、例えば村上春樹のアンダーグランドを読むことや、ドン・デリーロのFalling Manを読むことと、この本を読むことは基本的に同じ地平線の上にある行為でしかありえない。もちろん、ドレスデン大空襲や広島の原爆投下のことが過去から現在の物語の中に挿しこまれるのには意味がある。その意味は自分の善みたいなものに刺さってくる。

    忘れたいことは常に忘れてしまうことができずに、忘れたくないことは簡単に忘れてしまうのは、一体どうしてなんだろう。

  • すごく映像的で、視覚に訴えてくる小説。
    パラパラマンガ
    字と字を重ねて印刷して、真っ黒になったページ
    写真
    など、現代アートの美術展にワープしたような心地になる、不思議な読書体験でした。

    そして悲劇的な題材を、「ユーモア」に描くことで、深い深い悲しみを抉り出す。作者のユーモアセンスと豊かな表現力に脱帽しました。

    主人公のオスカー少年が、もう大好き。
    同時多発テロで父親を亡くした彼は、「靴が重くなる」なか、それでも必死に父親の残したものを、父親の全てを探そうとする。
    父親の部屋から「ブラック」と書かれた封筒と、中に入った鍵を見つけ出し、全米のブラック氏を訪ねていく。

    この健気さに心打たれない訳がない!!

    トム・ハンクスが父親役で映画化してます。小説とはまた違った打ち出しのようですが、これはこれで見てみたいな。
    米国のクイズ番組で優勝した天才少年がオスカー役だとか。ものすごく美形。
    http://wwws.warnerbros.co.jp/extremelyloudandincrediblyclose/index.html

  • 映画がものすごくよかったので、ぜひ原作も読みたいと思って読んだんだけど、いや小説もよかったんだけど、映画はすごくエンターテイメントにキュートに巧みにつくったなあと感心したような。ストーリーも細かいところはけっこう違っていて、映画は本当にうまくオスカーの話を中心にまとめてあって、おじいさんやおばあさんの過去の話は出てこなかったり。確かに、映画でおじいさんおばあさんが体験したドレスデン爆撃まで描いていたら長すぎて焦点がぼけるし、わかりづらかっただろうなと。
    そして原作はすごく実験的というか「しかけ」みたいなものが多くて、写真や図版がはさみ込まれていたり、白紙とかひとことだけのページとか、行間がだんだんせばまっていくページとかがあったり。表現も詩のようだったり、正直、読みにくいところも多かった。わたしはそもそもそういう実験的というか変わった手法で書かれたものが苦手ということもあって。。。
    やっぱりどうしても映画の印象が大きすぎて、正しく小説を評価できないというか、小説だけの感想を書けない感じだけど、あの映画のストーリーをつくったというだけでもすばらしいなあと。

  •  3人の語り手による一人称語りが交互に挿入される手法は、近年の日本の小説でも伊坂幸太郎らが盛んに取り入れている手法だ。一見異なる世代、異なる時制の話が一点に収斂していくのもまた然り。

     おそらくは発達障害的背景を持つオスカーは、9・11という唐突な事象により父を失うという事実を論理的に受け入れられない。3・11の後に自閉症の子の多くが情緒不安定になったのと重なる。PTSDの背景にある脆弱性は、感覚の過敏さと切り離せない。オスカーは「発明」に疲れている。
     エンパイアステートビルの展望台からニューヨークの街を見渡して双眼鏡で亡き父を捜すうちに、遠くにあるものがありえないほど近く感じ、情緒的に混乱を来すシーンは象徴的。

     戦争にせよテロにせよ、「死体」のない死をどうすれば論理的に受け入れられるのか?というのは難しい問題である。ここに描かれているのは、手紙というコミュニケーションツールと人間同士のシンプルな対話のみである。相互的なコミュニケーションの反復を通してのみ、未来の生が開かれているのだ。

     

  • テロや戦争に対する非難や主張は語られず、むしろたんたんと軽妙でさえあるが、それゆえ、読む者は喪失した者の苦しみをまざまざと味わう。登場人物それぞれ各人にしかわからない苦しみと、それとの向きあい方があり、最後に全て納得できる。

  • 凄い小説だった。主人公の少年が撮影した写真や、もはやデザインにも近しい手紙風の挿話が含まれていたり、読むことが正しく映画的で体験ともいえるような本だった。

    911で父親を亡くした少年、ドレスデンの爆撃で恋人を失い、言葉の発し方も失ったその祖父、祖父の恋人の妹であり、祖父に去られてしまう祖母の三者の話。それぞれ文体は違うが、全てが失った大切な物を軸に語られる。心が痛すぎて、何度か読み進めることが出来なくなってしまった。

    主人公の利発な少年がユーモアの効いた軽い語り口で物語を展開させるが、ふとした独白や、別の人の視点になった時、よく泣いていることが分かる。その見せ方もすごい。
    さらには言葉の発し方を失った祖父と、その祖母が離別するシーンの映画的な書き方。ジェスチャーで伝えなければならないがゆえに、その痛ましい情景が浮かんでくる。

    もちろん、最終的には三者それぞれ再生する。911の悲劇と真正面から向かいあい、それを乗り越えようとした、それだけのパワーのある小説だった。

  • テーマとタイトルで面白そうだ!と期待して、ページを捲ったら色々な企みがしてあって、すごいわくわくして読んだら超肩すかしを食らった。
    まず(原文を読んでないけど)翻訳が良くない。「なんぞ?」って…。子供の言葉遣いじゃないよ。

    • 怠さん
      そう、そう。あの企みには参ったよね。
      そう、そう。あの企みには参ったよね。
      2012/07/28
    • kwrlogさん
      コメントありがとうございます!
      そうですね、文字がギューって詰まっていくのなんかは、特に面白いと思いました。ただ、肝心の中身があんまり…
      コメントありがとうございます!
      そうですね、文字がギューって詰まっていくのなんかは、特に面白いと思いました。ただ、肝心の中身があんまり…
      2012/07/29
  • 9歳の少年、オスカーは、9・11のアメリカ同時多発テロで、最愛の父を失い、それ以来、家族からさえもどこか距離を感じるようになってしまう。

    父の葬儀からしばらく経ったある日、オスカーは家にあった花瓶の中に封筒に入ったカギを見つける。
    家じゅうの鍵穴を試してみるが、合うものはない。

    唯一の手がかりはカギの入っていた封筒に書いてあった「ブラック」という文字。
    どうやら人の苗字らしい、という事だけは分かったので、オスカーはニューヨーク中の「ブラック」さんに会いに行って、父の事を、鍵穴の事を知らないか、聞いて回る事を決心する。

    鍵穴が見つかった時、父がどのようにして死んだか分かる、そうすれば、父の死の瞬間をあれこれ想像する必要もなくなる、と信じて・・・。


    この作品は、主人公オスカーの鍵穴を探すエピソードの中に、オスカーの祖父が息子(オスカーの父親)へ書いた手紙、オスカーの祖母がオスカーへ書いた手紙が交互に語られる。
    オスカーの祖父、祖母はドイツからの移民なので、英語のタイプの仕方が独特、という設定で、2人の手紙は「。」の代わりに「、」が使われていたり、文と文の間に空白があったりして、少し読みにくい。
    また、意図的にかもしれないが、人の名前があまり出てこないので、誰から誰宛なのか、最初、分かりにくいのが難点。


    ところで、本作品でのオスカーの鍵穴探しは「謎解き」という程のものではない。
    そもそもカギが父親のもの、というのはオスカーの思い込みでしかないのだ。

    次第に明らかになるが、「鍵穴探し」そのものが、父親を偲ぶ行為となっている。
    確かに熱心に毎週末「ブラック」さんに会いに行くが、どこか必死さを感じない。
    むしろ、相手の話をじっくり聞いて、最後にカギについて聞く事が多い。
    聞きたいのはカギの事か、相手の話なのか、分からないこともしばしば。

    それでもラスト近くになって鍵穴は見つかる。
    が、オスカーは、そのカギが花瓶の中に入れられた経緯については詳しく聞くが、そのカギで開けたものの中に何があるかについては、興味を示さない。
    むしろ「鍵穴探し」が終わってしまう事に不安を感じる。

    「さよならもいわずに」(上野顕太郎)の中で、「弔問客には来てもらうだけでいい」と言う著者に対して、葬儀社の人が花かお線香をあげてもらう方がよい、と勧めるシーンがあった。
    葬儀社の人が言うには「何か形があった方が送り手の方が安心するもの」だから、だという。

    オスカーにとっての「形」が、この「鍵穴探し」だったのだろう。

    ところで、「鍵穴探し」は、オスカーにとって、当初、父親を偲ぶ行為であったが、次第に家族(特に母親)との「絆」を思い知る行為にもなった。
    どこか距離がある、と思っていたのはオスカーだけで、実は「ありえないほど近い」距離にいたのだ。

  • この作家さんの表現の仕方がすごかった。
    主人公の男の子がすごく魅力的で、彼を取り巻く人々も愛に溢れていた。
    心の傷、トラウマ、家族を失う悲しみ、支え合う人たち。
    9.11によってお父さんをなくしたことがメインだけれど、それだけじゃない。たくさんの感情をこの本から受け取った。

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著者プロフィール

1977年、ワシントンDC生まれ。プリンストン大学在学中に作家のジョイス・キャロル・オーツに才能を認められ、2002年に『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』(ソニー・マガジンズ。電子版はNHK出版)で作家デビュー。全米ベストセラーとなった同書はガーディアン新人賞、全米ユダヤ図書賞など多くの賞を受賞、世界30カ国で刊行された。2005年に発表した長篇2作目『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(NHK出版)も各方面で絶賛され、ロサンゼルス・タイムズ、シカゴ・トリビューンなど各紙でベスト・ブック・オブ・ザ・イヤーに選出。同書はハリウッドで映画化され、アカデミー賞にノミネートされた。2009年に食をテーマとしたノンフィクション『イーティング・アニマル』(東洋書林)を発表し、アメリカの食肉・水産業界に一石を投じる。本書『ヒア・アイ・アム』は11年ぶりに上梓された小説で長篇3作目にあたり、前2作と異なり自伝的要素を踏まえ、多視点で登場人物たちの心情をリアルに描くという新機軸の構成が各メディアに絶賛された。ニューヨーク、ブルックリン在住。

「2019年 『ヒア・アイ・アム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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