ことぱの観察

  • NHK出版 (2024年12月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784140057544

作品紹介・あらすじ

文芸の世界で最も注目を集める作家が挑んだ、言葉の定義をめぐるエッセイ集。

「好きになる」「さびしさ」「つきあう」――。日常で何気なく使っている言葉で私たちは、他人と「本当に」分かり合えているのだろうか。一つ一つの言葉が持つあいまいさや脆さを鋭く見抜き、記憶や経験、痛みや喜びの「手ざわり」からその意味を結び直す。他人や、自分自身や、そのあいだにある関係を観察した日々の、試行錯誤の記録。

ある言葉があって、同じ言葉を使う他人がいる。しかし、お互いにほかの文脈を持っていて、ほかの意味を考えている。だから会話が食いちがい、ときに関係がうまくいかなくなるのだ。定義をしながら、そしてその不完全さを思いながら、いつも感じてきたことがある。言葉がわたしの中である意味をむすぶとき、そこにはわたしの記憶や、経験や、痛みや喜びの手ざわりが、どうしようもなくまとわりつく。そしてきっと、他人の使う言葉には、彼らの記憶や、経験や、手ざわりが、同じようにまとわりついている。(「観察」より)

まえがき
1.「友だち」「遊びと定義」「敬意とあなどり」「やさしさ」「確認」「忘れる」「くさみ」
2.「好きになる」「恋」「ときめき」「性欲」「つきあう」「愛する」
3.あなた「友だち2」「めまいと怒り」「さびしさ」「寝る」「飲むとわかる」「乗る」「観察」

みんなの感想まとめ

日常で使われる言葉の定義を深く考察するエッセイ集は、私たちのコミュニケーションの奥深さを再認識させてくれます。著者は、例えば「友だち」「優しさ」「恋」といった言葉を通じて、他者との関係性や自分自身の感...

感想・レビュー・書評

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  • すごく良かった…
    著者:向坂くじらさんのエッセイと、そのエッセイを踏まえながら言葉を定義していく、という本

    同じ言葉でも人によって持っているイメージがそれぞれあるよなあ
    くじらさんの人柄や人生を垣間見ながらひとつひとつの言葉ので意義を肉付けしたり削ぎ落としたりしていく様が面白かった

    くじらさんの大学時代の話も多く書かれていて、それを読んで私も自分の学生時代を思い出して懐かしさに浸りながら少しずつ読んだ

    たくさんの言葉を定義してきたけど、中でも印象的だったのは「優しさ」と「好き」
    相手を思いやる気持ちは本当なのに多少周りの目を気にしているというところに共感して、太宰治の「幸福の家庭」を例として用いながら説かれていた身内への優しさは他人への優しさを阻害するに納得しつつハッとした
    (くじらさんと旦那さんの話を読んで、私は利己的なんだなと思ってたりもした)
    「好き」の定義で出てきたライブでの実体験をふまえて「いくら好きでも対象と同化しないうちはほどほどの好きで、それこそが好きである」には電車の中で「なるほど…」と言いそうになった

    図書館で借りて1周読んで返却
    すごく良い本だったし、まだ咀嚼が足りていない気もするからまた読みたい
    久々に買って手持ちに置いておきたいと思える本に出会えてシアワセ〜

  • 詩人・向坂くじらさん 生きづらくても“答えなき”詩でタフに | NHK(2023年8月4日)
    https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230804b.html

    たくさんの言葉を、ほんとうは見過ごしながら暮らしている。――「ことぱの観察 #01〔友だち〕」向坂くじら|本がひらく(2023年10月12日)
    https://nhkbook-hiraku.com/n/n0a7db2c130a4

    ことぱ舎
    https://kotopa.com/

    ことぱの観察 向坂 くじら(著/文) - NHK出版 | 版元ドットコム
    https://www01.hanmoto.com/bd/isbn/9784140057544

  • 「言葉」に自分の定義をつけてみるという面白い発想。本書にあるのは、「友達、遊び、敬意、優しさ、忘れる、ときめき、愛する、寂しさ、わかる」など自分の頭に浮かぶ発想から「定義付け」してみると見事、友人、仲間との「ズレ」「思い違い」「勘違い」「思い込み」などがあることを発見する。特に「恋と愛」「好きになる」「片思い」など自分との感覚と感情のズレは気になるし、面白い発見をする。シンプルはいいが意味が通じなければ相手に伝わらない、分かり易い言葉を使う事への大切さは「言葉の定義」(認知バイアス)に大いに関係してくると思う。
    私流の定義は『「恋」は一人で思うもの、「恋愛」は2人で語るもの』と自分なりの定義を持っている。さらに『「結婚」は2人を埋め合うもの』としているがどうだろうか。「観察」と言う一つの行動からもさまざまな発想と疑問、さらに想像から詩集などが生まれるのは素晴らしいと感じる。

  • 何で見かけたのだったか、読んでみようと気になってからゆっくり一か月ほど時間をかけて読了。
    身近だけれど、抽象的で、人によっても解釈が異なりそうな「友だち」「やさしさ」「恋」「性欲」「愛する」といった言葉とあらためて対峙し、定義をしてみようじゃないかというコンセプト。
    わりと過激派な著者の考え方のなかでは、読みながらときたま迷子になりかけたけど、それもふくめておもしろさがあった。
    自前の感性と言葉を持ち寄って、ちょっとやってみたくなった。めんどくさい性格なのがバレそう。

  • 同じ語の定義でも人によってまったくバラバラなものが出てくることだ。表現が違うのはもちろんのこととして、そもそもの視点や、「遊び」に対する評価がまったく違う。お互いの発表を聞いて、「すごい!」「確かにそうかも!」と笑っていながら、ときどきふとゾッとする。わたしたちは、ここまでズレを抱えていながら、同じ言葉を使って語れている気になっていたのか。
    そして、「言葉」が反射的に引き出すあの拒絶、そしてその陰に見え隠れする傷を思い出す。わたしたちは、おそらく誰もが、言葉に痛い思いをさせられた経験を持っている。そして、言葉がときにわたしたちにおこなうあの裏切りは、わたしたちが日ごろ見過ごしているこのズレのしっぺ返しではあるまいか、という気がしてくる。お互いの持つある定義に対して、あるときには大ざっぱになりすぎ、またあるときには厳密になりすぎて、そのどちらでもわたしたちの言葉のやりとりはくじけてしまう。それがあるとき痛い経験となって、人間関係の上にあらわれてくるのではあるまいか。

  • ・誰かと共にいるからやさしくなりたいのではない。やさしくなりたいから、誰かと共にいたいのだ。

  • 何気なく使っている言葉たち。でも人によってその言葉が持つ意味は違うのかもしれない。難しいなあ。
    「愛する」「ときめき」「確認」が好きだった。時間が経ってもう一度読み直したい。

  • よく使うけれど改めて定義するのは意外と難しい言葉を、丁寧に考えて定義していく遊びをしている本。

    「友だち」という言葉のハードルの高さ、という部分に共感して購入した。

    友だち、遊び、敬意、やさしさは、解釈が面白いと思って読み進められた。

    その後の恋愛関係の単語はあまり共感はなくて、「ときめき」は、私は人だけでなくモノに対しても感じるので(例えば、可愛い雑貨を見て心がときめいたり)、人それぞれ感じ方はそりゃ違うよねと思ったりした。

  • 文章のリズムはそんなに合わなかったけど、例えの表現方法がすごく好き
    夫にイライラして嫌な面を見せてしまった時に『中トロとか特上の部分だけをあげたいのに』に対して『骨とかかまの部分も好きだよ』(意訳)とか、女性としてみられたいと社員として契約に則った扱われ方をしたいの表現とか
    すごい、腹落ち感がある

  • 「友だち」という言葉を使う時、どのくらい親しい人を想定しますか? 同じ言葉を使っていても、その意味や定義は人によって違うかもしれません。言葉について考えるエッセイ。
    (児童担当/なこ)

  • 作者の経験をもとに言葉の定義について書かれている。がわ(側?)ぎわ(際?)などあえて平仮名で書かれてあるのが多く感じ気になった。作者の思考部分の文章が複雑さや独自性を感じて深く理解しきれない部分があった。自分と似ていると思う部分に安堵したり、理解できない部分もあり、難しく考える人だなぁと思った。
    詩に対する知識がないのでどう感じたらいいのかよく分からない自分がもどかしかった。
    言葉の定義は人それぞれ違うのかもしれない。それなのに同じ言葉を使って他人と会話するのはさらに難しいことで齟齬は当然だろう。定義が似ている人とのコミニュケーションなら上手くいくのだろうか。それとも定義の違いをふまえれば齟齬に気づきやすくなり、上手くいくのだろうか。

  • 何か一つの言葉を定義する、という設定で書かれたエッセイ集。「友だち」「遊び」「やさしさ」「恋」など、いろいろな言葉の定義を試みている。
    どの回も一つの言葉に真摯に向き合い、過去の経験に照らして熟考し、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませている様子が面白い。それも辞書的な通り一遍の定義ではなく、著者の人生、生き方から導き出された生きた定義だからこそ面白いのだ。

    「言葉がわたしの中である意味をむすぶとき、そこにはわたしの記憶や、経験や、痛みや喜びの手ざわりが、どうしょうもなくまとわりつく」

    その「言葉にまとわりつく形のないもの」をこそわたしたちは交換したいのではないか、という著者の言葉がすごくいいなと思った。
    言葉は人の中でそれぞれ違ったふうに生きている。そしてそれを交換し、飲み込んで、またあたらしい言葉にできる!なんて面白くて素敵な発想なんだろう。
    もちろん言葉の違い、交換は面白い、楽しいことばかりではないけれども…。この本を読んでいたって、えっ、その定義はどうなの?と思うこともあるし、さらっと語られる著者の奇行にぎょっとしたりもする。でも、そういった摩擦も言葉の成長には必要なのだろう。 

    「友だち(訂正)」の、友だちはなるやいなやすぐに不安定な最終地点に立たされる、というのがすごくわかるなと思った。そしてそれを不安に思うあまり、友だちと呼ぶのを恐れることも。痛みを怖がらないでいたい、きちんと怖がりたい、という著者の勇気に元気づけられる気がした。
    もう一回、ゆっくり考えながら読んでみたい本。

  • 啓光図書室の貸出状況が確認できます
    図書館OPACへ⇒https://opac.lib.setsunan.ac.jp/iwjs0021op2/BB50400898
    他校地の本の取り寄せも可能です

  • とても、よかった。
    こんな風に世界を見たり、咀嚼したり、受け止めたりする人がいるのかと。
    きっと感受性という言葉ではなまぬるい。
    くじらさんは自身のすべてを以て、実体のないもの、ミクロなもの、この世のありとあらゆるものと向き合っているんだろう。
    それは凡人の私からしたら感嘆すべきことなんだけど、それゆえにひりひりする思いもたくさん抱えてきたんだろうと思う。
    ちなみに、私が読みながら思ったこと。
    授業でも使えるし、中~大学入試にも出題されそうだな。
    なんと、つまらない人間か…

    いずれにせよ、向坂くじら、初読だったけど、俄にファンになりました!
    もっと他の作品も読んでみたい。

  • 独特な感じだな~…たしかに、ああいう小説書いてるわけだ…。


  • 著者は「さきさかくじら」さん。
    自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名付け、さまざまな「ことぱ」を観察する。言葉についてこんなに深く考えたことはないなぁ。「Pの魔力」はすごい。Pはかわいい。Pipiもかわいい!言葉を学ぶことと遊ぶことの双方が必要だ。

  • む、むずかしい....途中で断念

  • ことばを改めて定義する、というのは「みんなそう言ってる」「普通はこう」みたいな当たり前をとっぱらって、自分ごとにして深く考える営みだと感じ、他人がそれをしているのを覗かせてもらいたくて読んだ。

    くじらさんはもうなんにでも疑問があって深く深く考えていて、普段なんにも疑問をもたずスーッと生きている自分にとっては共感できるエピソードは少なかった。が、人はみんな共通のことばを使っていながら、そのことばの意味合いは人それぞれでズレがあるんだと改めて理解できた。肝に銘じたい。

    「つきあう」の定義には共感できた。

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著者プロフィール

向坂 くじら(さきさか・くじら):詩人、国語教室 ことぱ舎主宰。詩集『とても小さな理解のための』『アイムホーム』(共に百万年書房)、エッセイ『ことぱの観察』(NHK出版)など著書多数。小説『いなくなくならなくならないで』『踊れ、愛より痛いほうへ』(共に河出書房新社)は2作連続芥川賞候補となる。『つながる読書――10代に推したいこの一冊』(小池陽慈編、ちくまプリマー新書)にも執筆。

「2025年 『中高生のための表現読本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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