そっと耳を澄ませば

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  • 日本放送出版協会
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  • Amazon.co.jp ・本 (242ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140805824

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  • 視力を持たない人が、音を通じて世界を知るエピソードが詰め込まれたエッセイ集。
    抽象的な思考ではなく、具体的な音と記憶が呼びおこす思考が綴られている。
    最初のうちは少々読みづらい文体だったけれども、章が進むにつれて、どんどん文章がダイエットされ、いい感じになってきた。

    一般的に、人間が外界の情報を得るときはおよそ80%が視覚からだという。残りの2割弱が聴覚。しかし、視覚がない場合、聴覚がその代わりをする。著者の場合、様々な音の反響具合で、自分がどんな空間にいるかほぼわかるという。耳が一種のソナー探知機になるのだ。聴覚を最大限に活用して得られた世界像は、視覚に頼っていてはわからない驚きや豊かさで満ちている。

    目の見える人間が、見えない人間を哀れむのは間違っている、とつくづく感じた。それはなんというか、赤外線領域まで色彩として感知できる鳥類が、赤外線を見ることができない人類を憐れむようなものだ。もちろん見下すなんてもっての外だ。必要なのは、両者が気持ちよく共生できるようにするための、ちょっとした想像力と工夫。
     
    それでも晴眼者(目の見える人)が圧倒的に多いこの世界で暮らすにあたっては、見えるに越したことはない。見えないからこそ気づけたこと、得たものがあって、それは幸せと呼べるのではないか――これが著者が本の最後にたどり着いた結論で、ここに至るまでにはどれほどの葛藤があったのかを思うと胸が熱くなる。

    幼い時には目が見えた著者は、視力を失って以来、ずっと心の奥底で「見える世界」に憧れていたのだろう。エッセイには音を視覚化する描写がたくさん出てきて、それらはいちいち新鮮な驚きを読者に与えてくれるが、それは、なんとかして音を見たい、という著者の強い欲求の賜ではないのか。生まれつき全盲の人にも晴眼者にもできることではなく、中途失明者だからこその芸当なのだと思う。
    失われているからこそ、強く求める。失わなければ得られない感覚や表現。三宮氏のエッセイは、悲しい出来事さえ楽しく愉快に綴られているが、その底にはやり場のない嘆きと怒りと強靭な意志が流れているように見える。

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