私とマリオ・ジャコメッリ―「生」と「死」のあわいを見つめて

著者 :
  • 日本放送出版協会
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本棚登録 : 94
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (113ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140813751

作品紹介・あらすじ

虚無と孤独の底から立ち上がる表現への渇望、自由への意思。孤高の写真家をめぐり静かに深まりゆく作家の言葉。

感想・レビュー・書評

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  • 辺見さんのジャコメッリの見方です。

    このジャコメッリの現実離れした白黒写真は、死の世界や天国や心の奥の中に踏み込んだようである。

    絵画のように創作した写真は、わざとらしく見えるものもあるが、一目見たらこれは何なんだという驚きがまず湧き上がる。
    こういう芸術の形が世界にあることは事実で、ジャコメッリはそれを誰にも共有できない形でもっていた。

    なぜこういう写真をとるのか、どのようにとったのか
    ジャコメッリという人に興味が向かう。

    写真もやはり見事。
    老人ホームで死にかけている抜け殻のような人の画面、鳥瞰してとった秩序ある自然をだましとった画面、そして白黒の死の世界と生の世界とはざまの画面。
    ぼくたち普通の人ではなかなか感じ取ることのできない画像である。

    ここではないどこか別の世界にひたりたいとき、ページをめくったり、見つめたり、現実的な違った場所に行ったりするものだが、本書もそういった期待に沿うものであろう。
    マリオジャコメッリの写真を初見したのは芸術新潮の小さな特集。

  • マリオ・ジャコメッリのことを知りたくて借りたものの、「辺見庸の考えるマリオ・ジャコメッリ」という内容だったので少し外した気がする。

    ジャコメッリの作品が何点か掲載されてたのでまあ良しとするってことで。

    読みながら、そう考える根拠は?って突っ込みたくなるところが大量にあった。おそらく根拠なんかなく、辺見庸がインスピレーションのままに自分の考えたことを記してる本なんじゃないかな。

    面白かった箇所抜粋↓

    「強奪されるものはもはや労働力だけでない。判断し決定する能力までもがうばいとられる」エルツェンスペルガー

    映像には2つの詐術がある。ひとつは権力の詐術、もうひとつは資本の詐術

    辺見庸は資本の詐術として「CMによる映像の詐術」を挙げているけど、現代的にはCMよりもSNSの映像の方が個人の意識に訴えかけるものが多いんじゃないかな?SNS映像の詐術、虚栄心の詐術、と言ってもいいのかも?

  • 私には、写真の良し悪しなどわからないのだが、本書では、ジャコメリットという写真家に対する私的な感想文であるため、まったく理解できなかった。しかも、文書自体が、恐ろしいほど難解かつ、錯綜的。著者はどうしてこのような本を書いたのか、まったく理解できない。

  • 正に辺見庸の眼差しで捉えた、他の何物でもない辺見のジャコメッリだった。納得する部分があったり、偏見に思える部分もあったり。それはそれでいいと思う。鑑賞する者の捉え方なんて千差万別だ。ただ思うのは、ジャコメッリの写真には視る者の心を剥き出しにしてしまう力があるということ。辺見はジャコメッリを視て語りながら、どんどんと己の感情が迸り出て収まりつかなくなってしまったようだ。世を嘆き悲しみペーソス漂う辺見の語りを、ジャコメッリの写真から見つめ返す鋭利な視線が冷ややかに突き刺す。「白、それは虚無。黒、それは傷痕だ」

  • トゥーサンの「カメラ」を読んだとき、イメージにあったのがマリオ・ジャコメッリの写真でした。思い出して再読。

  • 辺見さんはジャコメッリの作品をみると心に刺青を彫りこまれたような感覚をおぼえると言う。
    初めて東京都写真美術館でジャコメッリの写真をみたとき、過去の記憶の断片が頭の中にふつふつと浮んでは消え、なんとも言えない不思議な気持ちになった。
    なぜか幼い頃の記憶をめくりかえしてくる。僕も心に刺青を彫られたらしい。
    ジャコメッリの写真には死の匂いがあり、詩情が漂い、幻夢的で、リアルで、謎が満ちていて、異界の妖しさと狂気がある。
    不思議な表現者だが、心惹かれる。


    辺見庸という作家の眼を通して語られるから純粋なジャコメッリの作品論や写真論ではない。むしろ全篇辺見さんのジャコメッリを俎上にした文明論や死や表現についての論考が多い。でも充分読み応えがあるし、考えさせられる。ジャコメッリという謎に満ちた表現者を読み解く上でひとつの見方を辺見さんは与えてくれている。

  • なんかこのボヤッとした文章どっかで…って思ったら辺見庸さんだった…。この人の文章特徴ある。探さなきゃわからないところに名前書いてあるからわからなかった。

    文学論みたいなものかな、と思うけど、あまりにも辺見さんワールドすぎてちょっとはなにつくなぁ、普段あまり文学論読まないせいもあるとは思うけど…。「…~間違いない」って書いてあったら「え?本当に?出典は?」って思っちゃうので気持ちよく読めない。

  • 辺見さんの文体が夏にはちょっと向かないかもしれない。
    もしくは真夏の炎天下の公園で読むと、ジャコメッリの写真と相まって
    ぴったりくるかもしれない。

    ジャコメッリへの愛とオマージュがたっぷり。

    夜半の地下鉄にはぴったりだった。

  • 写真目当てで読んだのだけど、すごく読み応えがあった。
    関係ないけどジャコメッリの作品の邦題ってすごくセンスがいいね。「死が訪れて君の目に取って代わるだろう」、「私には自分の顔を愛撫する手がない」、「夜が心を洗い流す」とか。

  • 本を読んでいて気になる箇所があると、僕は付箋をつける。後から探しやすくするためだ。先ほど読み終わった本は、付箋だらけになった。ほとんどのページに付箋をつけてしまったのだ。それは「私とマリオ・ジャコメッリ <生>と<死>のあわいを見つめて 辺見庸」と言う本だ。

    ジャコメッリのモノクロームな作品と辺見庸の言葉が相乗効果を生み出し、この本の中に意識が埋没してしまうのだ。まさに「眠っていた記憶の繊毛たちがいっせいにざわざわと動きだし、見る者はいつしか、語ろうとして語りえない夢幻の世界への回廊を夢遊病者のようにあるいている(P10)」そんなジャコメッリの世界と、鋭利な刃物でのど元を撫でられるような辺見庸の言葉に、仙骨から脳髄へ突き抜けるような快感が走る。

    ジャコメッリに対する辺見庸のなりの解(ほど)きかたがカッコ良すぎるのである。
    「<記憶の原色>は色を超えたモノクロームである。」
    「モノクロームは<想像への入口>であり、それに着色するのはわれわれの内的な作業である。」
    「かれは頑固なまでにモノクロームにこだわり、白と黒の世界に「時間と死」を閉じこめつづけ、そうすることで「時間と死」を想像し思弁する自由をたもちつづけた。」
    「かれは私に現世とのうじゃけた馴れあいを断つようにもとめる。<黙(もだ)せ>と無言で命じるのだ。」

    紹介したいのはいろいろあるのだが、次の文章が好きだ。ある作家がシャッター音を、死んだ小鳥が水に落ちたような音と表現していることに対して、「ジャコッメリの映像を眼にするときはいつもそうした音が耳の底にわく。水とはひとのいない山奥の湖かもしれない。そこに息たえた小鳥が空から垂直に落下し、湖面を打つかすかな音がして、同時に、一閃の記憶が水面に結像する。ジャコメッリの映像はそうやって生まれてくる、と私は根拠もなく信じている。」と書いている。

    年末の気忙しい時期なのに、この本をひとたび読み始めると、少しだけ異世界に迷い込むような錯覚がするほどそんな不思議な本だった。

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著者プロフィール

1944年宮城県石巻市生まれ。早稲田大学文学部卒。70年、共同通信社入社。北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを経て96年、退社。この間、78年、中国報道で日本新聞協会賞、91年、『自動起床装置』で芥川賞、94年、『もの食う人びと』で講談社ノンフィクション賞受賞。2011年『生首』で中原中也賞、翌年『眼の海』で高見順賞、16年『増補版1★9★3★7』で城山三郎賞を受賞。

「2021年 『月』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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